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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  七十六話 断ち切られる絶望

『うるせぇっつの!行き成り悲鳴あげんな騎士姫!!』
「え……」
それは良く通る。そしてとても印象に残る声だった。
若い男の声、しかし須郷の者とは違い全く不快感は無く、寧ろ聞こえるだけで(無論彼女達にとっては、だが)安心感を覚える。そんな声。

『ったく、こっちはイヤホン使ってそこの声聞いてんだぞ、配慮しろよ……』
「リョウ……リョウなの!?」
『はいはーいリョウですよ~。あ、その状態じゃ話しにくいか?ちょっと待てな……』
そう言って一度声が途切れる。数秒後、アスナとキリトにかかっていた重圧が消え、突然鎖が消え、アスナは地面に落ちた。

「いたっ!?」
『ははっ、ナイス尻もち』
「そ、それよりサチが……!」
「アスナ。大丈夫だ。ほら……」
駆け寄って来たキリトが、須郷の方を指差す。と、須郷はウィンドウを前を前に一人イラついたように何度も同じ場所を押していた。
それと同時に、空中にいたサチがアスナとキリトの近くへと降りて来て、地面へと横たわる。慌ててそれを、アスナが受け止める。

「くそっ!?どうなってる!言う事聞けこのポンコツ!!」
『おろ、なんか問題起きたみたいだねぇ、須郷さんよ、どうしたー?ってまぁ俺がやってんだけど……』
からかうような声が響くと、須郷は突然天を振り仰ぎ、苛立ったように絶叫する。

「な、なに!?どこからだ、実験室か!?誰だ!隠れてないで姿を現せ!消し炭にしてやる!」
『いや、そもそも消し炭にするとか言いながら出て来てもらえると思ってるお前に驚きなんだが……つーかよ、おっさん。もう忘れちまったのかよ?』
「な、何!?」
『はぁ……今出てってやるから待ってろ。あ、その前に……』
声が途切れる。と、須郷の前にあったスクロールが突然消えた。

「な、何だ!?何をしやがった!?」
「…………」
返事はない。アスナやキリトは余りの急な展開について行けず、絶句している。
と、しばらくして……

「っと、はい到着~おっす御二人さん。にしても、再会して早々災難なこったなお前らも……なんか憑いてんじゃねぇの?」
「え?あ、うん……」
「あ、一応言っとくけど俺リョウだからな?」
「う、うん」
そこにいたのは赤毛にオレンジ色のロングジャケットを着た男だった。先程までの絶望的な雰囲気はもうかけらも無く、呆気にとられっぱなしのアスナに軽めに話しかける。

「そうじゃないと願いたいけどな……て言うか兄貴、どうやって此処に?」
「ははっ。ん、まぁそりゃ色々とな。さて……」
リョウはキリトに少しだけ笑うと、アスナの腕の中で瞳を閉じたままのサチを一瞥する。そうして少しだけ真剣な表情で目を閉じると、須郷の方へと向き直った。

「須郷ちゃん、お久、でもないか?」
「だ、だれだ……誰だお前は!?」
「おいおい、酷くね?ちゃんと言ったじゃねぇかよ。忘れんなよ?って」
「な……」
それを聞いた瞬間、須郷の頭の中に数日前の病院での出来事がフラッシュバックする。

『その言葉、忘れんなよ?』

「桐ケ谷……桐ケ谷涼人ォ!!!」
「ご名答!ま、出来れば一発で思い出してほしかったけどな。改めて、二日ぶりか?須郷ちゃん、また会えて嬉しいぜ」
憎々しげな目でリョウを睨む須郷を、リョウはやはりからかうような目で見、笑いながら返事を返す。

「いやぁ、此処のシステム堅くてな。入るのに結構手間取ったぜ?流石に腕鈍ってるって良く分かったわ。セキュリティも進化してるし、姉貴とおっさんがいなきゃ無理だった、お前の部下別に無能じゃねぇと思うぞ?あ、セキュリティも萱場のおっさんが組んだもんだったりすんの?」
「な、何言ってる……それより答えろ!僕の世界に何をしたお前ェ!!」
「僕の?おかしなこと言うなお前。お前じゃなくて萱場のおっさんのだろ?盗んだもんを自分の者みたいに言ってちゃ泥棒だろ?あ、既にか」
「こ、この糞ガキがぁ……後悔させてやるぞその物言い……その首すっ飛ばしてやる!!」
そう言うと、須郷は虚空に向かって高らかに叫んだ。

「システムコマンド!オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!!」

・・・・・・

しかしなにも起こらない。

「ぷっ……っははははははは!!」
突如、リョウが笑いだした。それを、三人は矢張り呆気に取られて見つめる。

「え、ちょお前。ウィンドウ消失した時点で気付けよ!お前のバイザー権限既にレベル1だから!何の権限もねぇから!」
「な……な……な……」
「って言うかお前が剣持っても碌に振れんのかよ……っま、それはいいや……」
「システムコマンド。オブジェクトID。《エクスキャリバー》をジェネレート」
と、今度は、リョウがコマンドを発動した。当然のように主を変えた神の御業は新たな主に従い、その力を発揮する。
リョウの手に現れたのは、純白の、この上なく美しい至高の剣。全プレイヤーが求める唯一つの剣がコマンド一つでリョウの手に収まっていた。

「やっぱ冷裂と比べっと軽いなぁ……ほれ」
と、その剣を、須郷に投げ渡す。カランカラン。と音を立てた剣を、須郷は慌てて手に取る。

「んなに剣使いてぇなら存分に相手してやるよ」
そう言うと、リョウは突然、背後のキリトに振りかえる。

「キリトがな」
「は……?」
何言ってんだ?と言いたそうに眉をひそめたキリトに、リョウは……。

「いやもう正直此処まででだいぶ疲れたんでな。後始末は頼んだ。それに……」
リョウは地面に転がったキリトの剣の柄を足で踏んで跳ね上げ、キリトの前に突き立てると……

「お前だって、ちったぁ仕返ししてぇだろ?」
にやりと笑って、そう言った。

「……正直、そうだな……」
そう言って、キリトは立ちあがると、剣を取る。引き抜き、まっすぐに切っ先を須郷に向ける。その顔はどこか悔しそうだったが、同時に小さな微笑みも浮かべていた。

「おう。遠慮せず良いとこもってけ」
「いや、それはもう兄貴が持ってった」
はぁ。と小さな溜息をつくキリトに、リョウはより一層楽しそうに笑う。

「ま、そう言うなって。王様に剣向ける勇者とか、絵的にも面白いじゃん?」
「はいはい。さてと……」
「こ、このガキども……どこまで僕を馬鹿に……!」
「あ、そだ。システムコマンド。ペインアブソーバ、レベル0に変更」
「なっ!?」
驚いたように目を見開く須郷に、リョウはニヤニヤと面白がるような笑顔を向ける。

「さ、これで白黒はっきり付けられるぜ?頑張れ須郷ちゃん」
「く、くそが……この糞ガキどもがアアアァァァァァ!!」
突然、須郷が剣を大きく振り上げ、キリトに向かって踏み込むと一気に振り下ろした。
存外、素人にしては良い踏み込みだ。まぁ破れかぶれになって恐れが薄くなっているだけだろうが。

「……!」
それを右手の大剣でキリトは受け止め……

「ふっ!!」
一気に弾く。
すると急な力のベクトルの変化に耐えきれず、しっかりと剣を握っていなかった須郷の手から、エクスキャリバーが飛ばされる。
容易く飛んだその剣は、数回転したのち、闇のかなたへと消えた。

「あーあ。せっかく呼び出してやったってのに……」
そうリョウが呟いたのと同時に……

「っらぁ!」
一気に踏み込んだキリトが、須郷に向かって剣を振り下ろす。反射的だったのだろう。須郷は腕を掲げて出来るはずも無いのに防ごうとし……当然のように、腕を斬り飛ばされた。

「アアアアアァァァァ!!腕が……僕の腕がぁああああ!?」
「うっわ、痛そー」
血こそ出ないものの、痛み自体は何者よりも純粋な「痛み」そのものだ。おそらくは相当痛いだろう。
キリトの連撃は止まらず、そのまま今度は須郷の胴を薙ぐ。当然、やたらと均整のとれた体は真っ二つになり……

「グボアアアァァァァァァァ!!!」
またしても須郷の甲高い悲鳴が上がった。

「うっさ……」
面倒臭くなって、リョウは欠伸をしながらその姿を見つめる。
下半身のみが消え去り、上半身のみになった体で、須郷は悲鳴を上げ続ける。はっきり言って非常にやかましい。
キリトはそのままその上半身を持ち上げ、空中に投げると……

「おォォ!!」
落ちてきた須郷の右目に思い切り剣を突き刺し、須郷は最後まで悲鳴を上げながら、消失した。

「ふぅ……」
小さくつく溜息。

「お疲れさん」
「あぁ……」
「んじゃほれ。感動の再会の続きをどうぞ?」
「え、あ……」
先程の煩い悲鳴が無かったかのように、リョウは二人を冷やかす。
その余りにも動じない態度に違和感を覚えないでもなかったが、今は窮地を脱した喜びの方が深く、しかし冷やかされてはどうにもやりずらい。

「そ、それよりもサチは……?」
「そうだ!兄貴、大丈夫なのか?」
「ん?あぁ。特に問題ねぇだろ、実験の方は入力切ってあるし、一応さっき須郷のおっさんがしようとしてた事も意識起こされる前に止めたからな。……あ、でも、一応今なら起こしてやっても大丈夫なはずだぞ?起こすか?」
さしたることでもなさそうに言うリョウに、アスナ達は若干戸惑った。サチの事なのだから、リョウが一番起こしたそうなものだが……

「ま、そうなったらお前らだけで頼むわ。こいつに恩売ってもしょうがねぇし、あんま面倒事避けたいし」
「め、面倒事って……」
アスナが呆れたように言うと、リョウは後ろ手に頭を掻いて……突然何かを思い出したかのようにニヤリとわらった。

「ま、こいつの相手に恩人面してもな……あ、お前らはいくら感謝してくれてもいいぞ?」
「なんか、色々台無しだな兄貴……」
「うん……やっぱり、リョウはリョウだね……」
「おろ、光栄だなオイ」
やはりニヤニヤわらったまま言うリョウに同時に呆れの溜息をつくと、リョウは大声で笑った。

────

「さーて、んじゃまぁさっさとログアウトと行きますか?アスナさん」
「あ、うん……あ、あのね二人とも!」
サチを入力経路を遮断したまま元に戻し(要はただ眠らせ)リョウがアスナをログアウトさせようとウィンドウを動かした時、アスナが声を上げた。

「ん?」
「どうした?」
「まだ言ってなかったから……ありがとう二人とも。きっと、来てくれるって思ってた」
「おやぁ?思ってたのはキリトだけでは?」
「そんな事……あるかも」
少し意地悪い笑みを浮かべて言ったアスナに、リョウは少し驚いたような顔をした後、豪快に笑う。

「っはっはっは!言うようになったもんだ!ま、いいだろ。で、どうです彼女のヒーローことキリトさんは?」
「そ、そうあれるよう、努力します」
「あぁ?ったく、そこは堂々と、任せろの一言でも言うのが筋ってもんだろうが」
「う、し、しょうがないだろ!」
少し憤慨したように言うキリトを、リョウは笑って流す。

「んじゃま、帰ったらちゃんと、こいつの病室行けよ?」
「行くさ。真っ先に行く」
「ふふふ……お出迎え、よろしくね?」
「あぁ。任せろ!」
ついさっき言われた言葉を慌てたように言うキリトに、リョウとアスナはそろって爆笑した。

────

「さて、俺らも戻ろうぜ」
アスナを返した後、キリトは直ぐにそう言った。焦っているのがバレバレだ。

「あ、ちょい待ち。……オイおっさん見てんだろ!」
「え……」
『やれやれ……矢張りその呼び方は変わらないのかな?』
リョウが虚空に向かって怒鳴った途端、空間から低い男の声が聞こえた。それはキリトも確かに聞き覚えのある、特徴的な声……

「ヒースクリフ……なのか?」
「じゃなきゃ誰だよ。この声が他に何人もいてたまるか」
『ふむ……リョウコウくん、しかし私がヒースクリフであると言うのは、実を言うと本質的には正しくないとも言えるのだがね』
「あん?」
『私はどちらかと言うと、茅場晶彦と言う人間の残滓に近い、いや。電子化した記憶の集合体と言うべきかな……』
「「…………」」
相も変わらず分かりにくい事を言うヒースクリフに呆れつつ、二人は黙る。
……先に口を開いたのは、リョウだった。

「んで?ID貸してくれた事は感謝してっけどよ。なんで貸してくれた?」
「え、んじゃ……」
「あぁ。このおっさん行き成りメールで自分のログインID送ってきやがってな。研究設備のシステムは先に抑えといたんだが、ゲームシステム上でも須郷の上位に立てたのは、正直このおっさんのお陰って所がでけぇんだよな。癪だけど」
リョウが先程の芸当を出来たのには、リョウの努力とヒースクリフの助力、二つが重なった結果だ。
キリトが天凱を突破した後、自宅へと戻ったリョウはあらかじめ行っていたALOのシステムから須郷のパソコンや研究用サーバ等への侵入を続行、研究のシステムを止めていた所、キリト達のアドレスがロックされている事に、ユイの動向から気づいた。
その後、救出の為に須郷の制御していたあの空間に電子的に侵入。しかしALO内でトップの権限を持つIDであるオベイロンの攻略出来ず、攻めあぐねていたところに、茅場からヒースクリフのIDを貸し与えられ、スーパーバイザー権限の変更などのコマンドを行使。先程の状況に至ったわけである。

『何故、と問う辺り、君とは話がし易いと感じるところだ。今回の事に対する代償は、難しい頼みでは無いよ。君に……君達にこれを渡したくてね』
茅場の声がそう言うと、上から銀色に輝くの小さな丸い何かが落ちてきた。それを、キリトが手で受け止める。……小さな卵型の結晶のような物。中心部が、かすかに瞬いているのが分かる。

「何だ?これ」
『世界の種子だ』
「世界の……種子……?」
キリトとリョウが訪ねるように首をかしげるのをよそに、茅場は話を続ける。

『それがどういう物かは、芽吹けば分かるだろう。その後の判断は君達兄弟に任せるよ。消去し、忘れてくれても構わない。しかし、もし君達があの世界に、憎しみ以外の感情を残しているのならば──』
そこでいったん、声は途切れた。次に来たのは、そっけない挨拶の一言。

『では、私はそろそろ行くとするよ。いつかまた会おう。キリト君……リョウコウ君』
「あ、おい!」
リョウが咄嗟にそう叫んだが、既に茅場の気配はなく、辺りに静寂が戻った。

「……で?どうすんだこれ……」
「とりあえず……今は保留かな……それより……」
キリトは、現状では結論の出しようも無いためとりあえず今は置いておく事にして、もう一つ、どうしても心配だった事を呼び掛ける事にする。

「ユイ、いるか?大丈夫か!?」
言うと同時に、世界が一閃に裂ける。真っ二つに割れた黒い空間がひび割れ……砕けると、そこはあの鳥籠の中だった。
空はオレンジ色に染まり、夕日が今日最後の光を放っている。音は風が吹くだけで、静かなものだ。

「……ユイ?」
もう一度呼びかけると、今度は反応があった。キリトの目の前に光が凝縮し、ポンっ!と弾けたかと思うと……

「パパっ!!」
飛び抱いた元の十歳児サイズのユイが、キリトの胸に飛び込んだ。

「無事だったか──よかった……」
「はい……突然アドレスをロックされそうになったので、ナーヴギアのローカルメモリに退避したんですが、再アクセスしてみたらもうパパもママもいなくて……心配しました──」
『……やれやれ』
スッとリョウは一歩下がり、その場でウィンドウを出す。後はキリトが説明するだろう。この場に長居する必要も無い。

直ぐにログアウトのボタンを押そうとしてふと、世界を眺める。
夕日に染まった、妖精の世界。この世界がこの先どこへ向かうのか、おそらくは誰にも分からないだろう。偽りの王は消え、リーファ達もどうなるのかは分からない。

『まぁ、気にしても、しょうがねぇ、か』
少しばかり心配でもあったが、それをリョウがどうこうする事は出来ない。
きっと時が何とかしてくれるはず。そんないささか消極的な事を思いながら、リョウはログアウトのボタンを押した。

────

「ふぅ……」
頭に着けていたナーヴギアを外して、涼人は小さくため息を吐く。

『ギリだ……』
正直若干危なかった。先に奪っていた研究プログラムから、ばれないように偽装しつつ被験者達の脳を奪取するまでは簡単だったが、ゲーム内でオベイロンのIDを持つ須郷を圧倒しようと思うと、リョウの腕ではどうしてもより高位のIDを偽装する必要があったため、時間が掛かりすぎてしまう。
あの時ヒースクリフがIDを貸してくれなければ、サチは救えてもキリト達が何をされていたか分かった物ではない……

「今回ばかりは、マジおっさんに感謝だな……っと」
そう言うと、涼人は椅子から反動を使って立ち上がり、それを元の場所に戻して、いくつかのそうさをしてメールなどを送った後、使っていたパソコンから離れた。
恐らくは和人が明日奈の待つ病院へと向かうだろう。自分の仕事の結果を確認する意味でも、涼人は和人に付いていくつもりでいた。夫婦水入らず?なんだそれは。

「とりあえず……」
適当に着替え始める涼人の身体には汗も無く、シャワーも必要ないほどだ。今頃和人も、大急ぎで着替えをしている事だろう。

「全く、好きだよな彼奴も……」
そんな事を呟きつつ、涼人は机の上の携帯端末を手に取る。
机の上には普段から彼が使っているパソコン二台に加えて、他幾つかの外部接続機器も置いてある。
その内幾つかは、姉である桐ヶ谷怜奈から国際便で借りたハッキング用のツールだ。姉自身に手伝って貰えば今回の件の収束も早かっただろうが、怜奈は今日本に居ないし、確信の無いことで忙しい姉の手を煩わせたくはなかった為、ツールを借りただけで止めた。

「さて、と……」
下に降りると、サンドイッチを作って居る直葉が居た。

「よぉ。スグ、一個くれ」
「降りてきて早々そういうこと言うんだから……はい」
「サンキュー、サンキュー」
言いつつも、分厚いサンドイッチを手渡してくる直葉礼を言いつつ、リョウはホクホク顔でそれをパクつく。と、何かを思い出したようにリョウは口を開く。

「ング……そういやスグ」
「え?」
もう一個(恐らくはキリト用だ)サンドイッチを作り終えながら振り向いた直葉リョウはニヤリと笑うと、言った。

「サンキューな。色々俺達に付き合ってもらってよ。お前と会えたのは、正直滅茶苦茶運良かったと思うわ」
「……ぷっ」
すると直葉は突然、小さく吹き出した。それを見て、涼人は訝しげに眉をひそめる。

「何だよ?俺なんか面白い事言ったか」
「う、ううん。そうじゃ無くって……お兄ちゃんにも同じ事言われたからつい……さ」
「あーあ。なる……」
言っている間に、ダウンジャケットを着た和人が階段を下りて来る。
と、同じくジャケットを着た涼人を見て驚いたような顔をした。

「あれ……兄貴も行くのか?」
「おう。一応確認だけにな」
「あ、お兄ちゃん、これ作っといた……」
「お、サンキュ……」
そんな会話をしつつ外に出る。と、不意に、リョウの手に冷たいものが当たった。

「ん……雪か」
「あ、ホント……」
「え……」
三人が同時に見上げると、天空から、ちらちらと白い物が降り注いで来ていた。

「…………」
「いまからタクシー呼ぶよりは、自転車の方が早いな……兄貴、良いか?」
「ん?あ、あぁ。ママチャリだが……ま、積もらねぇ事を祈るとしよう」
「はは……」
そう言って、涼人と和人は自転車をこぐ。目指すは三日前にも行った場所……

────

雪の中一度タイヤを滑らせそうになりながらも、和人と涼人は丘の上に立つ病院へとたどり着く。所々の部屋に灯りは付いているが、人影はなく、どことなく恐ろしげな雰囲気も感じさせていた。
正門はと言うと、高度医療専門の機関であるため急患の受け付けはしておらず、この時間になると既に門は堅く閉ざされている。和人と涼人は駐車場の方まで進むと、職員用に開放されている小さな門から中に入った。

「これ、不法侵入じゃね?」
「状況が状況だし……多分なんとか許してもらえるさ」
「ついに俺も犯罪者か……」
「嫌な言い方するなぁ……」
降り続く雪の中、息を白くしながらも軽口をたたき、駐車場の端に自転車を止める。
和人は自転車から降りるや否や、小走り気味に受付の方へと歩き出した。

「はぁ……やれやれ」
気持ちは分かるので、涼人も続く。和人のすぐ後ろについて走って行き、駐車スペースを一つ分開けて止まっていた白いセダンと黒のバンの間を抜けようとした時だった。
バンの後ろからキリトの前に人影が現れ、和人が慌てて止まる。次の瞬間。

「ちょっ……待てコラ!?」
「え、うわっ!?」
涼人は思い切り和人の首根っこをひっつかみ、後ろに引き倒した。和人の前にいる男の手に、銀色に光る物が見えたからだ。そんなはずはないのに、涼人はその光に、リョウコウであったの時に何度も感じた、人を殺す重さを感じたのだ。
そしてその良そうに違わず、和人の方から、白い何かが舞った。一瞬なんだか理解できなかったそれは、和人の、ジャケットの断熱材だった。

「く……兄貴、何だ突然、っ!?」
「おーいおいおい……」
抗議の声を上げようとした和人が、目の前の人物に息をのむ。
涼人も、超展開過ぎて驚くしかなくなっていた。

「遅いよ君達……僕が風邪ひいちゃったらどうするんだよ……」
彼らの目の前には、黒いスーツに、大ぶりのサバイバルナイフを持った男が居た。
奇妙なほどに粘り気のある高い声を、最早囁くような音量で発し、髪が乱れ、髭の影が見える顔で此方を凝視している。メタルフレームの眼鏡の奥にあるその眼は異常で、右目が……そう、丁度キリトが突き刺したその位置にある瞳の瞳孔が、大きく開いた左眼と違い小さく収縮したままなのだ。
ネクタイを殆ど首に下げたままに成程ゆるくしたその姿は数日前に会った時とはだいぶ印象が違うが、それが誰であるかなど、考えるまでも無かった。

「す、須郷……」
その男が、そこにいた。 
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