戦国異伝
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第九十六話 鬼門と裏鬼門その十
「比叡山があの有様じゃな」
「はい」
「そして高野山もそうだとすると」
「そうです。都を護るどの山も護りとなりませぬ」
「では今都には」
「鬼やあやかしが自由に出入りできる有様です」
そうなっているというのだ。
「だからこそなのでしょうか。都がああなのは」
「ううむ。兵で天下を平定してもじゃな」
「そして政を治めてもです」
「そうしたこともあるか」
「この世にいるのは人だけではありませぬ」
雪斎はこう考えていた。彼の深い学識からである。
「鬼やあやかしもまた」
「おるか」
「古来より怨みを呑んで死んだ者が魔王となったこともあります」
こうした話も枚挙に暇がなかった。実に。
「どなたとは申し上げるには少し」
「うむ、そうじゃな」
ここで言ったのは林だった。彼は暗い顔になっていた。
「やんごとない方にも関わるからのう」
「ですからこのお話はこれで」
「止めておくべきじゃな」
「しかしです。この世にはそうした者がいるのもまた事実です」
このことはだ。雪斎は強く述べた。
「そして中には」
「勘十郎様についていたあの者か」
川尻はあの男のことをだ。ここで思い出したのだった。
「あの闇の衣の男が」
「津々木という者でしたな」
「あやしげな術を使っておった。あれはどうも」
「忍の者ではないな」
その忍の者から出た滝川が述べた。眉を顰めさせて。
「断じてな」
「ではやはりあの者は」
「限りなく怪しいのう。妖しいと言うべきか」
言葉は違うが言い方は同じだった。
「そうした者ではないのか」
「あれからじゃ。殿もじゃ」
今言うのは丹羽である。
「あやかしの類はあまり信じぬ方じゃったが」
「そうじゃったな。鬼とか霊とかもな」
「ご存知ではあったが口に出されることはなかったのう」
「それがじゃな」
その津々木と会ってからだというのだ。
「少し変わられた」
「そうした存在を否定されなくなった」
「となるとじゃな」
「やはり。あの者は」
「拙僧は見てはおりませぬが」
雪斎はその頃はまだ織田家ではなく今川家にいた。当然他の今川家からの家臣達もだ。それでは津々木を知らぬのも当然だ。だが、だった。
「お話を聞く限りは」
「うむ、雪斎殿はどう思われるか」
「あの津々木のこと、どう思われるか」
「やはりあやかしでござろうか」
「それとも鬼か怨霊であろうか」
「そのどれとも違う様ですな」
雪斎は話を聞く限りでこう述べた。
「おそらくはですが」
「では人か」
「そうなるのか」
「はい、人かと」
津々木はそうした意味では異形の存在ではないというのだ。
だが、だ。彼はここでこうも言った。
「しかし姿形がそうであってもです」
「その性根が違えば」
「そういうことでござろうか」
「はい。霊はただ身体から離れただけです」
そうした存在に過ぎないというのだ。霊というものは。
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