戦国異伝
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第九十六話 鬼門と裏鬼門その三
「では信長に文を出そう。許すぞ」
「畏まりました。それでは」
「織田殿に文をお願いします」
こうしてだった。禄のことは信長の予想通り快諾で済んだ。そうしてだった。
信長は義昭からの文を受け取るとすぐにだった。明智達幕臣達に禄を与えた。しかも与えたのは禄だけではなかった。それはというと。
「むう、その茶器は」
「どう思われますか」
赤茶色の碗を手にしてだ。明智は茶室の中で細川に問うた。
「この茶器は」
「見事ですな。かなりの価値がありますな」
「三千貫でしょうか」
信長はこの茶器の価値をそれだけのものだと見た。
「おおよそですか」
「でしょうな。それだけのものですな」
「やはりそう思われますか」
「はい、それが織田殿からですか」
「頂きました」
こう言うのだった。
「おそらく暫くしたら細川殿にも」
「それがしにもですか」
「茶器なりが贈られてくるでしょう」
「それが織田殿の禄ですか」
「そして御心ですな」
禄や贈りものにはだ。それも入っているというのだ。
「間違いなく」
「織田殿は我等をそれだけ買っておられますか」
「そうかと」
「義昭様はどうも」
ここでもだ。細川は義昭のことを苦く述べた。
「ご自身のことは熱心に考えておられますが」
「他のことにはですな」
「どうも」
「ですな。残念なことに」
「確かに幕府には最早領地も宝もありませぬ」
つまりだ。幕臣達に碌に禄を出せないというのだ。
「それではです」
「織田殿のあの申し出は渡りに舟」
「そしてこれによりどうなるかというと」
ここからが問題だった。
「幕臣は織田殿に心を向けますな」
「人は禄だけではなく心を向けてくれる方に向かいます」
だからだった。明智はこのことを言うのである。
「幕府にいる者もその殆どが」
「織田家に入りますか」
「そうなるかと」
「ただ。そのことは義昭様は」
「気付いておられません」
幕臣がいなくなる、そのことにだというのだ。
「幕府が最早飾りに過ぎないということも」
「わかっておられませんか」
「最早幕府の命運は尽きているやも知れません」
義輝の死から今の義昭を見ての言葉だ。
「残念なことですが」
「ではこれからは」
「織田殿ではないでしょうか」
次の天下は信長のものではないかというのだ。
「私はそう見ていますが」
「そうですな。少なくともです」
「最早天下の五分の一は手に入れております」
「国にしてですな」
「十六国、大きいです」
それが今の信長の力だった。
「おいそれとは手出しはできなくなりました」
「どの家にもですな」
「おそらく。相手になるとすれば」
明智の目が光った。そして話に出す相手は。
「本願寺でしょうか」
「あの石山の」
「あの寺の力は半端なものではありませぬ故」
だからこそだというのだ。
「織田殿にも対することができましょう」
「確かに。あの寺は」
明智が茶を煎れるのを見ながらだ。細川も言う。
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