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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  七十四話 全力全壊

「ったくよぉ……後始末も何も考えずに剣投げんなよな……」
「「ごめんなさい……」」
 リョウが腕を組み、ぶつぶつと言う前で、リーファとキリトはしゅんとして頭を垂れていた。周りからのクスクスと笑う視線が痛い。

「まぁ思いっきりやれっつったの俺だし良いけどよ……次からもうちょい先のこと考えろよ」
「「はい……」」
 肩を落としたままの二人に、リョウは続ける。

「ったくレコンにまで手伝わせやがって……」
「……え」
「り、リョウさん!しー!」
「あ……」
 時、既に遅し。既にリーファは拳をプルプルと震わせている。

「……レコン?」
「はいっ」
 そうして低い声で呟くと背筋を伸ばしたレコンの首根っこをひっ掴み……

「ちょっとこっち来なさい……」
「え、ちょと、リーファちゃん?り、リョウさん!」
「っと……ままま、リーファ落ち着け。な?」
 連れて行こう……として、危うくドナドナの再現になりかけたレコンをなんとかリョウが引き留めた。

――――

「さて……ユイ、いるか?」
 キリトが呼ぶと、空間にポンッと言う音を立てて、おなじみのピクシーがすがたを表す。

「もー、遅いです!パパに呼ばれないとナビピクシーは出て来れないんですからね!」
「わ、悪い悪い」
 謝りつつ差し出したキリトの左手にちょこん。と座るユイ。其処に、突然レコンが鼻息荒く割り込んだ。

「う、うおお!こ、これプライベートピクシーって奴ですか!?初めて見た……て言うかちっさい!スゲエ、かわいいなぁ!」
 顔を凄まじい勢いで近づけ、早口に言い切ったレコンを見て、ユイは若干引いている。

「な、何ですかこの人は!?」
「こーら、恐がってるでしょ」
「あ痛っ!痛いよリーファちゃん!痛い!」
 即座にリーファ耳を引っ張られ数歩下がる。リーファに「こいつは気にしないで良いよ」と言われて、キリトはようやく我を取り戻したようだった。ちなみにリョウはと言うと、一人腹を抱えて爆笑している。
何ともシュールな光景であった。

――――

「で、あの戦闘で何か分かったか?」
「はい」
 あの戦闘。と言うのは勿論、先程の対守護騎士戦である。
ユイによると、まあ大方の予想通り、一体一体はそれ程の強さで無い物の、ゲートへの距離に比例して増える湧出(ポップ)数が、異常だと言うことだった。
最接近時には、秒間十二体と言う、無茶苦茶な数値だったらしい。それらを踏まえた上でのユイの結論は……

「要は集団によって出来た撃破不能難易度の巨大ボス……って訳か。ユイ坊」
「はい……」
 ユイがしょんぼりと俯く。キリトが言った。

「大方、ユーザーの挑戦心煽るだけ煽って、ギリギリまでフラグ解除を引っ張るつもりなんだろうな……」
「だろうな。っとに胸糞わりい性格してやがるぜこのゲームの管理人」
「ですが異常なのは、パパ達のスキル熟練度も同じです。瞬間的な突破力だけならばあるいは……」
「…………」
 ユイはそう言うものの、リョウとしてはそれだけでは駄目だろうと感じていた。
どんなにスキル値が異常でも、所詮は個人の力だ。数と言う力の絶対的ファクターとなりうる戦力をどれだけ集めても突破出来なかったあの肉壁を、突破するには足りないように思う。
故に……

「ん……?」
 黙考する三人の横で、届いたメッセージをこれまでと同じくこっそり見た瞬間に、リョウはニヤリと妖しく笑った。

――――

「すまない、やっぱり、もう一度俺の我儘に……」
「っとそうはいかねぇな」
 言いかけたキリトをしかし、リョウはそれを遮る。キリトが「う……」と唸りながら顔をしかめる。

「け、けど……」
「さっきの二の舞で全滅(ワイプ)なんて笑えねぇよ。ちっと計画立ててから行こうぜ?」
「計画って……リョウ兄ちゃん、何かあるの?」
「ある」
 心底疑問そうに尋ねたリーファに、リョウは腕を組み、自信満々。と言った様子で答えた。少なからず、三人の目が見開かれる。

「つっても、このメンバーだけでやるわけじゃないんだが……」
「……どういう事?」
「まぁ、聞けよ」
 そう言って、リョウは三人とひそひそと話し始めた。

────

「……それ、本当なの?」
「あぁ。メッセージとは言え本人から聞いたんだ。間違いねぇさ」
 リーファの問いに、リョウは自信満々と言った様子で答える。
正直今回ばかりは、自分のフレンドリストにレコン以外の名前が無い事を後悔している彼女だった。

「でもそうすると重要になってくるのは……タイミングですね」
「そうだな。ぴったりタイミングが合えばもしかするとあの壁も突破できるかもしれないけど……」
「ま、そこは運試しだな。奴らの技量を信じてみようぜ。どの道俺達だけで全部ってなぁ無理があるし、とりあえず、第一段階だけ始めてみるか?」
 真剣な表情で俯くレコンと、キリトに、リョウが頭の後ろで手を組みながら言う。それと共にキリトがスッと顔を上げ、一度コクリと頷いた。

「分かった。やってみよう」
「うんっ」
「は、はい……」
「おっし!」
 キリトの一言で、各々が其々の返事を返し、頷く。作戦は発動される事になった。

────

「あ、あの、リョウさん……」
 広場から決戦のホール内へと向かう。キリトとリーファが並んで先に歩きだしたとき、不意にレコンが、リョウの服を引っ張り彼を呼び止めた。

「ん?どうしたレコン?」
「あの、これは二人には言わないでほしいんですけど……実は……」
 呼びとめたレコンがしてきたのは、ある一つの提案だった。その提案に対してリョウは少しだけ目を見開くと、二、三質問をレコンへと返し、かれもそれに丁寧に答える。そうして説明が終わると、リョウは心底驚いた顔を浮かべていた。

「本当に、良いのか?」
「あはは……斥候(スカウト)の僕じゃ、これくらいでしか、役に立てそうにも無いですし……」
 苦笑しながら言う少年に、リョウは苦い顔を向ける。

「けどよ……」
「毎回なんですけど、リーファちゃんの足手まといは、ちょっと泣きそうになるんです。曲がりなりにも男として……」
「あー。はは……分かった。んじゃ頼むぜ?」
「あ……」
「ちょっとレコン!リョウ兄ちゃん!早くしてよ!」
 レコンがぱっと顔をほころばせたところで、リーファから声がかかった。
苦笑し、リーファ達の方へとゆっくりと歩き出すとともにレコンはリョウに言う。


「すみません。無理言って……」
「よく言う。デメリット負うのは殆どお前だけだろ?しかし、こうなるとお前も戦いのキーになってくらぁ。全力で援護するから、成功させろよ?」
「はいっ!」
 黄緑色の髪をもった少年は、珍しく、真剣な瞳でリョウを見据えて答えた。

────

「それじゃ、良いか?」
「うんっ」
「はいっ」
「何時でも良いぜ?」
 キリトの真剣な問いに答え、キリトが大扉を低い音と共に開く。そして……

「……行くぞ!!」
 一気に四人は、ドームの中へと飛び込んだ。
リョウの作戦の第一段階は、先ずなるべく初めに守護騎士をあぶり出しておく。と言う事だった。それを果たすため、先ずキリトが、天頂に向かって凄まじいスピードで突撃する。
リョウがその後ろ。埋め尽くされた白騎士たちと、キリトへの回復スキルを唱えているリーファ達の間に入った。
 実は先程レコンと別れた時、リョウは二つに用事を済ませていた。一つは、守護騎士の行動アルゴリズムを調査する事。もう一つは、支援演奏が可能かどうか。
先ず一つ目の結果は、これまでのモンスターと守護騎士たちの行動アルゴリズムには、若干の違いがあると言う事だった。
 これまでのモンスターは、自身の反応圏内に敵が侵入するか、弓やスペルで遠距離から攻撃されない限りはプレイヤーを襲う事は無かった。つまり、ヒールや支援演奏は特に問題なく可能だったのだ。
しかし守護騎士の場合、支援演奏やヒールであっても、その効力が発動した瞬間にそれを起こしたプレイヤーに向かって牙をむく。これは適当にそこら辺のプレイヤーに、守護騎士の湧出《ポップ》だけを起こして撤退してもらい、自分は騎士たちの反応圏外から演奏した結果分かった事だった。

 つまり、後方でキリトの突撃をサポートするリーファ達にも護衛が必要と言うわけだ。
案の定、リーファとレコンのヒールスペルがキリトに届いた途端、下の方にいた守護騎士四体ほどが此方に向かってきた。それを……

「はいはい、ウチの妹デートに誘いたきゃそののっぺらぼう外してきな!」
 リョウが叩き落とす。

「あ、じゃあ僕は……」
「お前は許可する!」
「リョウ兄ちゃん!訳の分かんない事言ってないで倒してよ!」
 まったくもって姫を救うための決死隊が言っているとは思えないような台詞だが、リョウもすぐに仕事に戻り、リーファ達もキリトのHPの回復を再開する。そのキリトはと言うと……

「オオオッ!!」
「秒間十二、ね……」
 凄まじい数の守護騎士たちに囲まれながらも、勇猛な戦いを続けていた。しかしやはり、彼個人で突破するのは無理がありそうだ。実際、かなり扉に肉薄してはいるものの、剣を振るって数匹の守護騎士を叩き潰してもそのへこみが直に他の個体によって修復されてしまう。
まったくもって、システムの悪意としか言いようがない。この世界の管理者(カミサマ)は本当に性格が悪い。

「まぁ、だからこそ……」
 その時だった。不意に、リョウ達が入って来てから開きっぱなしだった扉に大きな影が差した。間髪いれずに、巨大な音の津波が鬨の声を上げながら部屋の中へと突入する。それは、緑色の鎧に身を包んだシルフの大軍団だった。

「こんだけの連中に手伝ってもらうんだけどよ」
 おそろいのフル装備は、その装飾の細かさから全てが伝説級のワンランク下。古代級武具(エンシェントウェポン)だと知れる。まぁ勿論強力な装備である事には全く変わりないが。
目算でも70を軽く越える数の彼等は一気にリーファ、レコン、リョウの横を駆け抜け、一部は空中に待機。一部は既に守護騎士に囲まれつつあるキリトの援護へと向かう。どうやら段取りは問題なく伝わっているようだ。
 その後ろから、更に数の少ない部隊が突入してきた。その数は十程度しかし一体一体が途方も無く巨大な影だった。兵士の者だろう鬨の声と共に、低い巨獣の雄叫びが聞こえる。

「す、スゲェ……」
「飛竜……」
「ヒュウ。久々に見たな」
 それは、尾から頭の先までを灰色のうろこと金属製の鎧で包んだ飛竜(ワイバーン)の集団だった。
背には鞍にまたがった騎士たちが、しっかりと鎖のたずなを握っている。ケットシー族がテイム出来る最高ランクモンスターであるドラゴン部隊。通称、竜騎士(ドラグーン)隊。ケットシーの切り札であり、これまでその存在が頑なに秘匿されスクリーンショットすら公開されていなかった。この世界においては伝説とすらされる戦士たちである。

「遅かったな、サクヤ、ルー」
「これでもかなり急いだのだがな。しかし、遅刻は認めよう。すまん」
「ごめんネー。レプラコーンの鍛冶匠合を総動員して人数分の装備と竜鎧鍛えるのにさっきまでかかっちゃって。君の弟君のから預かったユルドも含めて全部使い切っちゃったから、もうウチもシルフも金庫はすっからかんだヨ!!」
「これで全滅などすれば、両種族とも破産確定だ」
「そりゃやべぇな、なら撤退不可の一本勝負か。頼むぜぇ御二人さん!」
「応!」
「オッケーだヨ!」
 三人の会話を見ながら一体いつの間に彼等はこんなにも仲良くなったのかと甚だ疑問なリーファだったが、先程聞いた話だと、リーファ達が見て居ないところで相当情報交換をしていたらしい。その過程でこの作戦を思いついたのだと言う。
 そうこう言っている間に、大人数でキリトの援護を行っていたシルフ部隊が、キリトの撤退路を確保していた。確認したリョウとサクヤ、そしてルーが一斉に叫ぶ。

「前衛隊、後退!」
「キリト!第二フェイズだ、下がれ!」
「ドラグーン隊、ブレス攻撃用──意!!」
 リーファ達を囲むようにホバリングしていたワイバーン達が、一斉に首をS字にもたげ、口の奥からオレンジ色の光を漏らす。同時に、キリトと前衛にいたシルフ達が一斉に下がる光栄に居たシルフ達が、その撤退を援護するようにスペルを放つ。が、焼け石に水と言わんばかりに、ほんの少しだけ追って来る守護騎士たちの勢いをとどめられない。
 そのわずかな隙をついてキリト達が逃げたし、それを大量の守護騎士たちが追って来て……

()ェ!!」
 ギリギリまで引きつけたところで、突如、巨大な爆発が守護騎士たちの中心に連続して起こった。ワイバーン達のファイアブレスが、一斉に発射されたのだ。
これによって、円錐状の形で突進して来ていた守護騎士たちの先端が、一気にへこんだ。まるで巨大なへこみのように、守護騎士達の陣形が凹む。
しかし、それも関係ないと言わんばかりに守護騎士達が再び突進を……

「行けぇ!レコンッ!!」
「はいっ!!」
「えっ!?」
を始める寸前に、一つの影が軍団から飛び出した。それは、いつの間にかリーファから離れた、レコンだった。
 打ち合わせには無い行動に驚いたリーファとキリトはあわててリョウを見るが、すでに彼は次の行動に移っている。笛を取り出し、演奏を始めたのだ。それを、守護騎士の内何体かが不快な音を発し、遮ろうとする。
その瞬間、リーファは演奏による支援は諦めた。

 演奏妨害(プレイ・ディスペル)
 演奏をおこなう時にプレイヤーが使用する右から左へと流れる譜面の中に、ランダムで偽音符(フェイク)を割り込ませてくる能力で、これをされると大体のプレイヤーはミスやパニックを起こして演奏失敗(ファンブル)してしまう。まして事前に言っていた……現在リョウが演奏しているのは実は演奏でも最大級の難易度を誇る曲の一つなので、おそらく失敗は確実だと、リーファは予測したのである。
こればっかりは、部の悪い賭けのようなものだ。成功したらめっけもの。である。

 レコンの方へと視線を戻す。と、瞬間、リーファは少なからず驚いた。リョウの方を向いていたのは本当に一瞬だったのにレコンは既に、守護騎士に完全に肉薄する位置まで到達していたのだ。垂直急上昇(ズーム)の飛行スピードが、普段の彼と比べ明らかに速い。同時に、すでに助けられない高度まで上昇してしまっているが、あれは……

「随意飛行……?」
 小さくつぶやく。
これまでは、彼は一度もリーファの前で随意飛行している姿を見せた事はなかった。早いとか、怖いとか言って嫌がっていたのだが……

『ちゃんと、練習して……』
 おそらくは、上昇のみに行動を絞る事で、なんとか維持している飛行なのだろう。その顔に、必死さが見て取れる。しかして、単一の行動に絞って行われているその飛行は実際かなり速かった。だが……

『だからって、どうする気……!?』
 いくら速いスピードで突っ込んでいったからと言って、守護騎士達がボーリングのピンのようにすっ飛んで行く訳ではない。迎撃の為に振り上げられる大剣によって、叩き落とされるのが落ちだ。
そうこう思っている間に、案の定先頭の守護騎士が凶悪な光と共にその剣を振り上げ……

 突如その体が紫色の立体的な魔法陣に包まれた──

「えっ!?」
 レコンを中心に、空中に紫色の巨大な円形魔法陣がいくつも展開される。それは直に守護騎士達をも飲み込み、最早完全な円形だともとれるほどたくさんの魔法陣が展開された時、それが一気に中心にいるレコンに収縮され……

 ズガァン!!という落雷のような音と共に、大爆発を起こした。

「ッ!?」
「うお……!?」
 リーファが息をのみ、キリトも驚愕する。大爆発と共に上がった黒煙がはれると……レコンの周囲に展開していた守護騎士達は綺麗に消え失せ、守護騎士達は天街付近までラインの後退を余儀なくされていた。
 凄まじい威力だ。単一、あるいは貫通魔法ならばともかく、範囲攻撃魔法でこれほどの威力を誇る魔法は、風はおろか比較的威力の高い攻撃魔法を有する火属性の魔法にも存在しないはずだ。何時の間にこんな隠し技を習得していたのだろう。
心の中で快哉を叫びながら、リーファはレコンに声をかけようと彼の居た場所を見て……絶句した。
そこにはレコンの姿はなく、代わりに黄緑色のリメントライトが小さく瞬くだけだったからだ。

「自爆、魔法って事か……?」
「っ……!」
 キリトの言葉に、そう言えば、と、リーファは思い出す。闇系統の魔法に、たしかその手の魔法があると聞いた事がある。しかしあれは、発動、死亡すると同時に通常の数倍のデスペナルティを科されるいわば禁呪。すなわち、レコンは自分が努力した時間を犠牲にして魔法を使用したと言う事だ。ほかならぬ、リーファ達の為に。

『レコン……』
 先程の随意飛行で彼が見せていた、必死な顔を思い出す。

「ありがとう……」
「あぁ……」
 隣で同じように呟いたキリトと共に、リーファは上を向く。一人の少年が、自分達の為に大きなものを犠牲にして突破口を開いてくれた。最早引く事は出来ない。シルフの精鋭たちも、彼らがコアゲーマーたればこそ、かの少年の行動に敬意を感じて居たし、同種族としてある意味では誇りすら覚えていた。ケットシーの戦士達もまた同様に、一種の尊敬のような感情を抱く。

 凄まじい数を倒されつつもなお、守護騎士達はまたも無数に生み出されようとしている。しかし……

「ファイアブレス──」
「フェンリルストーム──」
 妖精たちはそれを許すつもりはない。

「「()ェェッ!!」」
 間髪いれずに、ドラグーン隊のブレスと、シルフ隊のエクストラアタックと呼ばれる最上位魔法が一斉に放たれ、生み出されたばかりの守護騎士達に殺到する。着弾し、炎が彼らを焼き、深緑色の光が白い巨体を貫くのを確認した……瞬間……

「オオッ!!!」
「フッ!」
 軍団の中からひときわ早く、二つの影が天頂に向かって凄まじいスピードで飛び上がった。
言うまでも無い。キリトと、リーファである。二人の眼には、ある種の決意が宿っていた。
また、出来た隙を他の軍団が逃すはずも無く、サクヤの号令が響く

「続、けぇぇ!!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
 凄まじい声量の鬨の声が、一斉にホール内に響いた。
 それに後押しされて、二人は一気に天頂へと駆けあがっていく、行く先でまたしても守護騎士達が生み出されつつあるが、突破して見せる!

──そしてそんな背中を、もうひと押しする力が響く──

 それに二人が気づいたのは、接敵する直前だ。
部屋の中に、笛の音が響いていた。それを聞いて、リーファは先度の見たリョウの姿を思い出す。まさか……まさか……
 しかしそれはあり得ないはずの事だ。何故ならば守護騎士は少なくとも一匹もいなくなると言う事はなかったし、そうである限り演奏妨害は止むはずがない。
そしてそれの中でいま彼が演奏している曲を演奏しきると言うのは、某太鼓ゲームの中の上以上の難易度の曲で、基本難易度最高のモードにしてしかも演奏中に時折表れる少しだけ普段と違う色の偽音符一度も叩くことなく演奏するのと……あるいは某電子の歌姫の音ゲーで、高難易度の曲をやはり偽音符(記号?)を避けてボタンを押しきるのと同じくらい難しいはずなのだ。

 だからあり得ない。けれど思えばこれまでたとえどんなものでもゲームにおいて彼が負けたのを、自分はまだ一度も見た事が無い……
そうこう言っている間に説得する。キリトも気づいているのだろう。眼前の守護騎士を斬り倒しながら、その口角が少しだけ上がっているのが分かる。
やがて笛の音と共に、本来ありえないはずの音が聞こえ始める。なめらかな弦楽器の音が、硬質な金管の音が、堅く締まった打楽器の音が。
いくつもの音が一つの笛の音の下に重なり合い、そして、その力は発動する。
『ほら、行け』

交響曲(シンフォニー)・舞い踊れ妖精の如く(フェアリィダンス)

 その効果は、「パーティメンバー全員の物理、魔法攻撃力・物理、魔法防御力の上昇」
 その上昇数値たるや凄まじく、「通常値×1.5」だ。なおかつ、演奏に用いられているのは《魔笛・セイレーンの笛》。それにより、上昇効果が倍加効果である場合計算値の効果に「+0.3」。
つまりこの場合計算値は「通常値×(1.5+0.3)=通常値×1.8」である。
そしてさらに、リョウは現在その演奏効果が範囲の及ぶ設定を変更。周囲全域にしている。

 これらを総合する結果、現在の「交響曲・舞い踊れ妖精の如く」の効果は「自身の演奏が届く範囲にいる全ての妖精及び味方ユニット全員の物理、魔法攻撃力及び物理、魔法防御力を[通常値×1.8]に上昇」
これがどれだけ滅茶苦茶な効果であるかは、MMOをプレイした事のある読者であれば分かるはずである。そうでない読者諸君にも、「軍隊の強さが行き成り1.8倍になる」と言えば分かりやすいだろう。極論の単純計算をすれば、現在の味方軍団の数が80人だとして、彼らの本来の力と同じ強さの守護騎士を、一斉に140人までならば相手にできる計算だからだ。

 その最後の一押しの効果は覿面で、ズガァッ!!バギャアッ!!と金属の砕け散るような音を響かせながら、守護騎士達は凄まじいスピードで突破されていく。
そしてついに、キリトが天頂の大門直前まで接近した。その前を、妖精剣士たちの抑え込みを突破した守護騎士、おおよそ25匹以上が、行かせんとばかりに塞ごうとする。

 しかし、少女は、青年は知っている。そんなもので止まるほど、今のキリトの勢いはゆるくない……!

「キリト君!!」
 それまで息のあった完璧なタイミングによってキリトの援護をしていたリーファが、反射的だろう動作で自分の剣をキリトに投げる。その瞬間、キリトの両手にそれぞれ、一本の剣が収まった。

「う──」
「行け、キリト」
 ため込むように腹に力を入れたキリトの唸りと、リョウの言葉が重なり……

「オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!」
 大地を、空を、世界樹すら揺るがすだろうと感じるその雄叫びが、まるで吹きあがるコロナの如く、発射された。

 その勢いは最早、無機質なシステムアルゴリズムに止められるような生易しい物ではなく、唯全てを飲み込む烈火となり、眼前に屹立する全てを消し飛ばし……

「ッアアァァァァァァァァ!!!」
 ついに、その神の作り上げたであろう数値による絶対の壁を、打ち破った。

 キリトが天頂へと一気に駆け上がって行ったのを見たその瞬間に、サクヤとルーが叫ぶ。

「全軍反転!撤退!」
「ドラグーン隊、援護!殿は任せてヨ!」
 と、そこにリョウが割り込んだ。

「わりいな!頼むぜルー!……サクヤ!」
「?どうした?」
 目的を果たした充実感に満ちた顔を、怪訝そうに曇らせ、サクヤがリョウに問う。

「わりい。もういっこしなきゃいけねぇ事が残っててな……先下がりてぇんだが……」
「……分かった。この結果も、君がこのパーティと私達の連絡役になって全体の戦力把握の下に作戦を立てられたおかげだ。感謝する」
「よせよ。お前らのとこの数がなきゃ突破なんざぜってぇ無理だった。それに結局手柄独り占めしちまう形になっちまったし、重鎮静めんのも楽じゃなかったんだろ?次も協力すっから、そんときは呼んでくれや」
 リョウの言葉にサクヤはフッと笑顔を漏らす。

「それは助かるな。君の支援と戦闘力があれば百人力だろう。いや、千人力かな?」
「おいおい、大げさだぜ。万人力だ。んじゃ、乙!」
「っはっはっはっ!頼もしい限りだな!ああ。お疲れ様だ」
 こうして、リョウは戦闘後すぐさま広間を出て行った。
 その後広場から出たリーファはリョウを探してサクヤからその行方を聞き、「なんで先に帰っちゃうのよー!」と怒鳴るのだが、それはまた別の話。 
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