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戦国異伝

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第九十四話 尾張の味その三


「左様です」
「それでは全く同じ味ではないのか」
「それは召し上がられて下さい」
「そのうえでじゃな」
「そうして頂けると何よりです」
「わかった。それではじゃ」
 信長も料理人の言葉を受けた。そのうえでだ。
 彼は箸を手に取りその昨晩のものと全く同じ料理を食べた。そして。
 にんまりと笑ってだ。こう言うのだった。
「ふむ」
「どうでしょうか」
「美味い」
 これが信長の返事だった。美味いというのだ。
「よい味じゃ。どの料理も極めて美味い」
「そうですか」
「あれじゃな。昨晩のものは都の味じゃ」
 信長はわかっていた。このことも。
「そうであろう」
「はい、それは」
 料理人は素直に答える。平伏しながらも誇りは失っていない。
 そのうえでだ。こう答えたのだった。
「それがしはこれまで三好家に仕えておりまして」
「三好家は代々将軍家に仕えその舌も都のものになっておったな」
「はい」
 その通りだというのだ。信長に対して。
「ですからその味付けにしました」
「しかしこれはじゃな」
「こう言っては何ですが」
「尾張、田舎じゃな」
「お言葉ですが」
「ははは、よい」
 田舎という言葉はだ。信長は笑って済ませた。
 そのうえでだ。こう料理人に言うのだった。
「事実だからのう」
「左様ですか」
「それを言ってもどうでもよいわ」
 信長はあくまで余裕だった。そしてその余裕と共にまた料理人に言う。
「しかもそれは悪くないしのう」
「田舎だからといって」
「そうじゃ。田舎の何処が悪いのか」
 信長にとってはそんなことはどうでもいいというものなのだ。それでだった。
 料理人にだ。今度はこう言うのだった。
「しかもどうじゃ。田舎の味にしてみても」
「美味しいと仰いましたな、確かに」
「その通りじゃ。美味ければそれでよい」
「都の味も田舎の味も優劣はないと仰いますか」
「わしはそう思う。さて」
 ここまで話してだ。そうしてだった。
 信長は食事を食べながら料理人に対してこう言ったのだった。
「褒美じゃが」
「それは別に」
「よい。美味いものを食わせてもらった礼じゃ」
 そしてその礼でだというのだ。
「何がよい」
「そうですな。それでは」
 料理人も信長の心を受けることにした。そうしてだった。
 信長は彼が作った田舎の料理を堪能したのだった。彼は最後まで食べた。
 そしてそれからだ。歯を磨き幕府に赴く前にこう家臣達に述べたのである。
「美味ければそれでよい」
「都の味にはこだわらない」
「そう仰るのですか」
「では御主達は都の味がよいのか?」
 信長は己の家臣達に問い返す。
「あの味がよいのか」
「そう言われますとどうにも」
「あの味は」
「それがしも少し」
「好きになれませぬ」
「どうにもこうにも」
 誰もが言うのだった。彼等の殆どは尾張や美濃の者だ。それならだった。 
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