戦国異伝
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第九十二話 凱旋の後その四
「都で論功かのう」
「いや、それは美濃に帰ってからとのことじゃ」
村井がこう言ってきた。彼も今は軍勢の中にいる。
「それからじゃ」
「では都では何を為さるのですか、殿は」
「公方様の御前に行かれてじゃ」
戦を終えてだ。その報告に参上するというのだ。
「そのうえで我等も公方様の御前に引き出して頂けるとのことじゃ」
「あの公方様にですか」
「今一つのう。わからぬ方じゃが」
義昭についてはだ。村井は難しい顔になって述べた。
「しかしそれでもじゃ」
「御前に我等もですか」
「そうなっておる」
「わかりました」
金森は少し考える顔になってから村井のその言葉に答えた。
「ではまずは服を整えて公方様の御前に赴きましょう」
「いや、それは今日ではないぞ」
「今日ではありませぬか」
「うむ、しかも公方様に会われる前に」
その前にだと。村井はここで顔を引き締めて金森達に言ったのだった。
「どうやらより尊い方の御前に参上することになるな」
「といいますとまさか」
「帝じゃ」
この国の主、その方にだというのだ。
「御会いすることになりそうじゃ」
「公方様の前に帝ですか」
「というとそれがしもまた」
慶次は自分を指差しながら村井に問うた。
「そうなりますか」
「そうなるのう」
村井は今はいささか不満げに慶次を見つつ答えた。
「御主もじゃ」
「ううむ、それは予想しておりませんでした」
「しかし主だった家臣は揃って参上することになるそうじゃ」
「そしてその中にそれがしもまた」
「そういうことじゃ」
「また夢の様な話ですな」
慶次は首を捻りながら言う。とにかく彼には信じられないことだった。何しろ彼は傾奇者を通しているのだ。その彼が帝の御前に出るなぞ考えたこともなかった。
だからだ。今度はこんなことを言うのだった。
「実はそれがしは狐の都におるのでは」
「ここがそれだというのか」
「はい、そうではなかろうかと」
「では揚げを出してみよ」
村井は慶次の言葉に合わせてだ。笑ってこう返した。
「して誰もが飛びついてきたならじゃ」
「狐の都でございますか」
「そうなる。では出してみよ」
「いえ、今揚げは持っておりませぬので」
「では犬でもけしかけるのじゃな」
狐は犬を大の苦手としている。だから犬を連れて来れば尻尾を出して逃げ去るのだ。村井もそのことを知っているからこそ言うのだった。
「そうしてみよ」
「しかし犬もおりませぬ」
「そうじゃな。では確めるのは諦めようぞ」
「そうしますか」
「そうせよ。まあとにかくじゃ」
「はい」
「間違いなく御主も帝の御前に参上することになる」
村井は慶次にあらためてこのことを告げた。
「服は整えておく様にな」
「青の礼服ですな」
織田家の色である。とにかく織田家とくれば青だ。だからこの色なのである。
「それで」
「そうじゃ。さて、帝となるとのう」
村井は馬上で腕を組みながら言っていく。
「また大きな話になってきたわ」
「ですな。しかしそれは殿がそれだけの方になられたということです」
金森は微笑みになりその村井に返した。
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