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戦国異伝

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第九十話 堺衆その九


「礼を守っておられましたな」
「確かに。それは」
「そうされていました」
「普段あの方は傾いておられるのです」
 その信長の本質もだ。利休は見抜いていた。
「それだけなのです」
「では信長公は傾奇者ですか」
「そうだったのですか」
「そうです。だからあの身なりや振る舞いだったのです」
 特に幼い頃に言われていただ。それはそうしたことだったというのだ。
「うつけなどではなく傾いておられていただけなのです」
「それで今もなのですか」
「傾いておられるのですか」
「そうです。そうされておられるのです」
 利休は町衆の面々に静かに話していく。
「そして茶の道にも」
「随分茶がお好きな様で」
「常に茶を飲まれているとか」
「そのことは聞いていますが」
「はい、あの方はかなりの茶好きです」
 このことも既にだ。利休は知っていた。彼は既に他の堺の者達よりも信長のことを知っていた。彼についての情報を集めて聞いていたのである。
 それ故にだ。彼はこう言えたのだ。
「茶器についてもかなりの造詣がおありです」
「利休殿がそう言われるまで」
「そこまでなのですか」
「はい、そうです」
 まさにだ。その通りだというのだ。
「そのことも御会いする時の楽しみとしています」
「ううむ、では信長公は茶の道にも通じている」
「そうした面にも秀でておられますか」
「古今、和漢の書にも通じておられるとか」
 このこともだ。利休は言ったのだった。
「書もよく読まれているそうです」
「では。学識もおありですか」
「直感だけの方ではありませぬか」
「織田信長様は決して侮れぬ方です」
 淡々とだがそれでもだ。利休の言葉は確かなものだった。
「ですから我等堺もです」
「三好家から織田家に」
「そちらにつくべきですか」
「その通りです」 
 利休もだ。やはりこの考えだった。
「何があろうともです」
「しかも前非は問わぬとのことですな」
「三好家に与していたこと、それは」
「決してだと」
「しかし。それで三好家が怒りませぬか?」
 町衆の中の一人がふとこの危惧を口にしてきた。
「そして落ち着けば。この堺に」
「都ではなくですか」
「この堺に攻め寄せてくると」
「その危険は全くないと思いますが」
「では港を固めればいいだけです」
 利休はその危惧に対してだ。こう述べただけだった。
「さすれば何も怖くはありませぬ」
「港を船で固める」
「そうすべきと」
「そうです。そしてそれは織田家の水軍があります」
 既にだ。利休は彼等のことも頭の中に入れていた。
「ですから港を固めることもです」
「できると」
「左様ですか」
「ですからさしあたって堺の問題は織田家と揉めぬことです」
 このことがだ。最も危惧すべきことだというのだ。
「信長公は寛容な方ですが戦では苛烈に攻められます」
「そうした方だからこそですか」
「揉めぬ方がよいですか」
「左様です」
 こう言うのだった。 
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