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戦国異伝

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第八十九話 矢銭その八


「まさに稀代の傑物じゃ」
「そこまでなのですか」
「茶の道を作らんばかりじゃ」
「茶の道をですか」
「そうじゃ。茶も一つの世界じゃがな」
「では茶の世界を一つにするというのですか」
「まあそうなるかのう」
 羽柴のその茶の世界を一つにするという言葉にだ。松永は全面的ではないがおおむね頷いた。あながち間違ってはいないというのである。
「簡単に言うとのう」
「ううむ、茶の世界の統一ですな」
「茶といっても様々じゃな」
「そうですな。作法はありはしますが」
 一応それはある。だが、だというのだ。
「しかし完全には」
「決まってはおらぬ。それにじゃ」
「それにとは」
「作法だけではないのじゃ」
 松永はやや難しい顔になって述べていく。彼にしては珍しい。松永久秀といえば茶にも通じていることで知られている。数多くの茶の名器を持っているのは伊達ではないのだ。
 その彼が言うからこそだ。その言葉は説得力があった。
「茶にはまだ何かが必要なのじゃろう」
「必要なものとは」
「わしにはわからぬ」
 その茶に通じている松永でもだというのだ。
「茶は奥が深いからのう」
「それがしにはどうも」
「わからぬか」
「ようやく茶を飲みはじめたところです」
 羽柴はそうだった。何しろ百姓の出だ。それで茶の道にそれ程通じている筈がなかった。
「ですからどうも」
「そうか。しかし御主もわしもじゃ」
「松永殿も?」
「生まれは大して、いや全然違うのう」
 自分の言葉をだ。訂正したのだった。
「わしなぞ。所詮は」
「?所詮は?」
「いや、何でもない」
 今度は言い掛けた言葉を引っ込めた。
「何でもない。気にするな」
「左様ですか」
「まあ茶もやっていけばじゃ」
「わかってきますか」
「何事も数多くやることじゃ」
 あらゆることに言われていることだがそれは茶も同じだというのだ。
「やはり学ぶことじゃ」
「学問は苦手でございますが」
「まあ茶も学問に近いな」
「ではどうも」
「しかし学問が苦手だからといって逃げる訳にもいくまい」
 学問の話になるとしり込みする羽柴にだ。松永は言った。
「そうであろう」
「それもそうですが」
「御主は頭がよい」
「いえ、それがしまことに字があまり読めませぬ」
「字が読めずとも頭のよい者はよい」
「そうなのですか」
「そうじゃ。御主のそれは頭の回転が早いということじゃ」
 そうした意味でだ。羽柴は頭がいいというのだ。
「だからじゃ。少し学べばかなり違う」
「では茶もまた」
「うむ。まあ御主に上品にというのは合わぬと思うが」
 羽柴にはお世辞にもそうしたことはないというのだ。
 その話を受けてだ。その羽柴が言う。
「まあ。それがし品とかそういうものは考えておりませぬ」
「やはりそうか」
「どうもそうしたことは馴染みませぬ」
「しかし茶には興味があるな」
「はい、茶を飲むこと自体は好きです」
「ならばじゃ。その者に会ってみるとよい」
「千利休に」
「わしも会いたい」
 他ならぬ松永もだというのだ。彼の場合は茶を嗜む者として関心を抱いているのだ。そしてそのうえでだ。彼は堺に向かいながら言うのだった。 
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