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戦国異伝

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第八十八話 割れた面頬その十


「そしてです」
「武器に具足じゃな」
「織田家はそうしたものがありますから」
「殿はそこまでわかっておられるのじゃな」
「それで荒木殿は三好家には」
「下にいたことはあった」
 特に思い入れのない感じの言葉だった。そのことについては。
「しかしそれでもじゃ」
「思い入れはありませんでしたか」
「国人は自分達の土地が大事じゃ」
 荒木も摂津の国人だ。国人ならではの言葉だった。
「だからじゃ」
「国人ならばですか」
「そうじゃ。まあ土地に見合うものがあれば移るかもしれんがのう」
「しかしまずは土地ですな」
「そこは羽柴殿もわかると思うが」
「いや、それがしは只の百姓の出ですので」
 右手を後ろにやってだ。羽柴は明るく笑って言う。
「国人の方とはまた違いますので」
「むっ、そういえばそうか」
「百姓のせがれは土地なぞ持ってはおりませぬ」
 それが羽柴だった。土地なぞ最初からないのだ。
「耕す為の畑だけがあります」
「それだけじゃな」
「左様です」
「そうだったか。ではじゃ」
 ここまで聞いてだ。言う荒木だった。
「御主は何の為に織田家におるのじゃ」
「母親に楽をさせたいので」
 だからだというのだ。織田家の家臣になっているとだ。彼はこのことをありのまま荒木に話したのである。
「それ故にです」
「そうか。ではじゃ」
 ここまで聞いてだ。荒木はそのうえで言葉を返した。
「その母上殿の為に働くのならじゃ」
「はい」
「母上殿をいらぬと言われれば仕えぬであろう」
「考えますなあ」
 羽柴はその猿面を思案の色にして首を捻った。
「どうにもこうにも」
「三好殿はともかくあの男が問題じゃった」
「ああ、それはやはり」
「松永弾正じゃ」
 荒木もまた、だった。松永に対しては疑念を抱いているのだった。そしてそのことを隠さずにだ。羽柴に対してありのまま言うのだった。
「あの者は信用できんわ。何時寝首をかいてじゃ」
「土地を奪い取るか、ですか」
「公方様を殺し大仏殿を焼いた男じゃぞ」
 このことは誰も否定できなかった。紛れもない事実だ。
「それでどうして安心できる」
「それがしはそこまでは思っていませんが」
「何っ、羽柴殿はか」
「はい、そこまで恐ろしい方でしょうか」
「先の二つに加えて主家の三好家も内から食い潰しているのじゃ」
 荒木は眉を顰めさせていた。そのうえでの言葉だった。
「その様な者はとてもじゃ」
「信用できぬと」
「三好家にいても一刻の油断もならなかったわ」
 無論三好と敵対していてもだ。そうだったというのだ。
「到底じゃ」
「だから三好家にいてもですか」
「あの殿なら蠍に操られまい」
 松永は信長のその資質はもう見抜いていた。ただここでだ。彼は松永を忌々しげに蠍と呼んだのである。これは最早彼そのものの呼び名になっていた。
「安心できるわ」
「三好長慶殿の様にはならぬと」
「あの御仁も最初は違っていた」
 三好家の主であった。彼はだ。当初はどうだったかというのだ。 
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