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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§小ネタ集part2

§小ネタ集part2

≪鬼札≫
 アーリマン。闇の最高神にして諸悪の根源。「善」を司る叡智の主(アフラ・マズダ)に挑む無知の魔王。文献によっては一度勝ってんだぜ? スゴクね? 別名、怒りの霊(アンラ・マンユ)
 アーリマン。友愛の神にして救世神ミトラ第一の従神。ミトラの天地創造に助力した善良な神。拝火教以前の神話において重要な神の一柱。アーリマンとは古代ペルシア語で「人間の友」を指す。月日が流れ、拝火教の信仰が拡大する中で悪魔に堕とされても、一部の地域ではその信仰は続いて行った。これはミトラとの絆を示しているとも。堕天してなお、ミトラは庇いつづけたという話から来たのだろう。
 アーリマン。アフラ・マズダの双子の兄と言われる存在。ズルワーンの子。
 アザゼル。グリゴリの統率者の一人とされる堕天使。名前は「遠くへ去る」の意。元はシリアの神とされる。人間に兵器の製造法を伝え、化粧を教えた。
 アザゼル。別名孔雀王。ミトラ教七大天使筆頭。日曜日の天使。堕天使となるも復位、全天使の頂点に立ち光芒に包まれている。その古き名をアーリマンという。真名は「われは神なり」
 アザゼル。キリスト教・ユダヤ教のサタン・ルシファーに相当したことから欧米には悪魔崇拝として伝えられた神。イスラム教での名は「イブリース」

 僕のとっておきであるこの神は非常に多岐に渡って伝えられてる。地方によって伝承が異なり、名前も異なっている神だ。善神にして悪神。筆頭天使にしてグリゴリの長。……ロマンじゃね?

 またアザゼルが象徴とする孔雀、仏教では孔雀明王という名の明王が存在する。孔雀は毒蛇を食べることから命を救うとされインドの女神マハーマーユーリーがルーツと言われる。道教において孔宣と呼ばれる将軍として、周の前に立ちはだかる。太公望達崑崙の道士では全く歯が立たないチート……もとい圧倒的な強さを叩きだす。楊戩|(=二郎真君)やですらフルボッコ。彼が封神されたのち、孔雀明王となる。




「……ってことはさ、孔雀王=孔雀明王だとしたら、東西あらゆる宗教に登場するメチャメチャ知名度のデカイ神様だよね。本地垂迹説合わせればこの神様で欧州から日本まで全部つなげるんじゃない? いや、この神様日本に対応版あるかなんて知らないけどさ。八百万の中に一柱くらいいるだろ、って痛っ!!」

 書物が指先に落下してきて黎斗が呻いた。幽世の屋敷で山のような資料に埋もれた彼は、一見どこにいるのかわからない。よく見れば、崩れた古びた冊子の中で指がもぞもぞ動いているのがわかる。足の踏み場の全くないその部屋は、黎斗が現世から持ち帰ってきたり、黒衣の僧に頼んで持ってきてもらった本が所狭しとひしめいていた。過去形なのは黎斗の不注意により天高く積まれたそれらが今しがた崩れたからだ。部屋が揺れるような轟音と共に、彼は本の中に埋没している。

「道教じゃなくて封神演技だろ。しかもまたいい加減にまとめたなお前デマも嘘も混じりまくり……っかコレ人に見せる文章じゃねぇよ もうちょい粘れ。あと僕ってなんだ僕って。ちゃんと名前に直せ。これは作文じゃねーの、わかってんのか? チートとかフルボッコとか意味わかんねぇぞ」

 隣に座り酒を飲んでいた須佐之男命が呆れている。彼は黎斗の解説の真偽に言及することはほとんどない。言及するのは書類の書き方など内容以外の面がほとんどだ。「素人にひも解きなんざ期待してねぇ」と言うくらいならやらせるな、と黎斗は思う。これだけ資料があれば、もう少しまともな解説を作れそうなものなのだが。途中までは(贔屓目に見れば)それらしかったのに、後半のまとめ方、文章も酷い。これでは(三人の中で最も採点の甘い)瑠璃の媛でも赤点と言うだろう。

「結局何書こうと同じでしょ? アーリマンが親しい相手の力を拝借できるってことと邪気化して転移したり生命力奪えることがわかればいーじゃん。それにいい加減書物漁るのあきたし」

「……はぁ」

 須佐之男命は呆れることを諦めた。この馬鹿に呆れる時間が勿体ない。こんな使い方をされているのだ。世界中から集められた資料に意思があったならきっと泣いているだろう。集めた人間も報われない。

「っーかさ、なんで僕の権能解説を「僕が」やらにゃならんのだ。全部”No,Date”でよくねぇ? その方が格好いいし。何より秘密保持の観点でみてもいいじゃない。プライバシーの保護を求める!」

 現世ではようやくプライバシー保護が叫ばれる時代になったらしい。ここまで本当に長かった。これでやっと須佐之男命にもプライバシーという単語が伝わる。今までは説明が面倒で口に出せなかった言葉だ。

「一応作っておけば便利なんだよ。お前が現世で暴れて存在が公になったときとかな。正史編纂委員会の連中がオレに事情を聞きにやってきたところでこいつを突き出してやればお前の危険性は十分わかる。お前がオレの力を使えば絶対聞きに来るだろ。そっから情報が他の神やら神殺し共に漏れれば万々歳だ。友人が増えるたびに危険度を増していく神殺し。人の輪を断ち切らない限り延々と強化され続ける存在相手に真っ向から噛み付く阿呆はそう居ないだろうよ。……夜の闇討ちはあり得るだろうがな」

 今の黎斗は須佐之男命から一時的だが彼の権能を含む全ての力を借りることが出来る。彼が今までに簒奪した権能と組み合わせることで非常に多彩な戦法がとれるのだ。この脅威だけでも教えておけば黎斗に手を出す輩はまず居ないだろう。惜しむらくは借りれる相手が死亡すると能力を借りれなくなることか。

「そのためかよ! ……ったく、現世にはケータイの充電関係以外で出ることないから無用なのに。しかも最後こわいから」

「まぁそう言うな。人生何があるかわかったもんじゃない。大体お前少し前に数日間どっか行ってたじゃねぇか」

 そう言う須佐之男命に、どこか保護者のようなものを感じて黎斗は一人笑う。保護者。それは、どこか懐かしい響き。須佐之男命が怪訝な顔をしているが、別にそれを教えるつもりはなかった。





 この会話の僅か数ヶ月後、水羽黎斗は現世へと旅立つことになる。
 彼がまとめた資料は、皆から忘れ去られ、今も机の引き出しに眠っている。結局埃を被っていた。







≪自称魔神≫

 幽世に引きこもってから数百年が経過したある日、酒を飲む黎斗の口からとんでもない発言が飛び出した。

「やっぱさ、魔王ってなんかやだなぁ」

「は?」

 この時点で須佐之男命は、黎斗は永遠の命に飽きて神殺しの生をやめたくなったのだと思った。だが、次の発言は彼をして想像出来はしなかった。

「だってなんか負けちゃいそうじゃん? 魔王って最後は勇者や英雄、神によって負けるイメージが」

 須佐之男命は思わず彼を凝視する。どこか頭でも打ったのだろうか、こやつは。

「……」

 彼の沈黙を肯定と受け取ったのか、黎斗は持論を展開する。

「魔神とかかっこよくない?。まぁ魔神が負けないとは言わないけれどさ、魔の王と魔の神くらべてみ? 後者って心にすげぇ響かない?」

「発想が痛々しいぞ、お前……」

 黎斗のあんまりな発言に須佐之男命は突っ込む気力も失せた。永久に等しい命は人の精神を蝕むらしいがこれは酷い。一回現世に出して娑婆の空気を吸わせるべきだ。良くなる保証はどこにもないが悪化はしないだろう。それともこれは酔っているのだろうか。いろんな意味で。それなら寝かしつけるのが手っ取り早いのだけれど。

「……媛さんがいりゃあ話は楽なんだがな。酔っ払いの世話押し付けられるし。エルもこんな時に限っていねぇ」

 自説を延々主張する黎斗に対し須佐之男命は身代わりを探すも見つからない。ヒートアップしていく黎斗を目に、須佐之男命は彼が酔っ払っているのだと認識する。自説を垂れ流すだけならともかく、それについて絡んでくる酔っ払い程、性質の悪いものはない。

「ちょっとー、スサノオ聞いてるぅー?」

 逐一聞いてるか確認してくる酔っ払い。勘弁してほしい。黎斗に飲ませる水を取りに動きたくても、黎斗がそれを許さない。これは覚悟を決めるしかないか。

「あーあー、聞いてるよ畜生ぅ……」

 抵抗を断念する英雄神。酔っ払いに逆らうはどこの世界でも下策なのだ。相手に思う存分喋らせてとっとと眠らせよう。下手に歯向かえば喧しい事この上ない。
 かくして須佐之男命の憂鬱な一日が幕を開けた。酒を飲みながら行われた黎斗による須佐之男命への主張「いかに魔神という称号が素晴らしいか」は限界に達した須佐之男命が黎斗に詫びを入れることで幕を閉じる。最期の方は黎斗も朦朧としながら喋っていたのだが、酷く酔っ払ったことにより発言内容がより一層理不尽に、意味不明になり更に一々確認をとってくる程に悪化していた。酔っ払いの猛威の前には流石の彼も無力だったのだ。
 屋敷へ帰宅したエル達が見たのは、部屋に転がる無数の酒瓶と、堂々と中央に陣取り大の字で眠る黎斗、部屋の隅で打ちひしがれている須佐之男命という意味不明な光景だった。須佐之男命がこんな醜態を晒すことなど、前代未聞だ。これまでも、これからも無いだろう。
 以後、百年近く黎斗は禁酒をさせられる羽目になった。本人は異議を申し立てていたが、まぁ自業自得である。








≪水羽黎斗≫

 水羽黎斗

 黒髪黒目の日本人。身長175cm、体重62kg。右利き。学業は平均的、外国語と数学が平均より若干上。身体能力は学年最下位、視力も悪い。甲信越地方出身で家族から離れて一人暮らし。家族構成は父、母、祖父、祖母、妹。父は大学講師で専攻は看護及び介護、母は量販店の店員、祖父母は農業を営んでいる。妹は今年から県内の公立高校に通学。家族中は良好。孤児であったところを数年前に引き取られた模様。


 重要事項

 須佐之男命の眷属。眷属でありながら須佐之男命と対等の立場のように振る舞い、また何故か須佐之男命本人もそれを認めている節がある。事実上古老の第二位。正史編纂委員会含む各魔術結社との面識は確認できず。剣の王(サルバトーレ・ドニ)の剣に匹敵する槍術を修めている。隠密系の術に優れ一度逃せば発見は絶望的。他の魔術は不明だが要警戒。魔力・霊力を巧妙に隠しており全力は未知数。

以下現在調査中の案件

・いつ須佐之男命の眷属となったのか
彼の家系はごく普通であり「こちら側」との関係は皆無に等しい
・どこでこれだけの実力を修めてたのか
権能こそ未使用なもののカンピオーネと互角という非常識な戦果を叩き出している
・厳重すぎる秘匿性について
古老直々に水羽黎斗本人の調査を打ち切るよう圧力をかけてくるという異常性をどう判断するか





「とんだ大物が釣れましたねぇ。エリカさんに人間がカンピオーネとやりあった、と聞いた時は四月馬鹿を疑いましたが。……しっかしこの少年、胡散臭いことこの上ないですねぇ」

 自身の胡散臭さを棚に上げて、甘粕東馬は上司に見ている書類を渡す。手書きで色々書き込まれており、空白の部分がほとんどない。黎斗について調べ上げられたこの紙の束は、ここ数日で慌てて作成されたものだ。

「正史編纂委員会が知らない、ということはご隠居様の私的な友人かなにかかな? ……いや、まつろわぬ神に人間の友が居るはずなどないか」

 書類の内容を頭に叩き込んでいく。その最中にふと湧いた思考。ありえないと一蹴したこの考えこそが、真実であるを沙耶宮馨はまだ知らない。

「監視は……やめておこう。バレた際のリスクが大きすぎる。恵那が情報をくれるとは考えにくいけど、一応聞いてみることにしておこう。恵那がこんな長期間山籠もりに行かないというのも引っかかるんだよね。そこから何か掴めるかもしれない」

 神懸りをする巫女は強大な力を得ることが出来る。しかし、そのかわりに彼女たちは俗世の穢れに身を汚すことは許されない。恵那も例外ではない筈なのだ。にもかかわらず、彼女は春からずっと彼の住処に居座っている。霊山に行くこともあるようだが、頻度も期間も以前とは比べ物にならない。もはや行っていないも同然だ。上層部の一部には「清秋院家の娘が駆け落ちした」などと言う者が出始める始末。一歩間違えれば分裂しかねない状況だったにも関わらず古老がこの行動を黙認していたのは、宿泊先が彼らの手の内だったからなのだろう。だが、だとすれば彼女が霊山に行かなくなったのにも理由がある筈なのだ。

「そうそう、その件なのですがね」

 事の真偽はわかりませんが、と前置きして甘粕は馨にとんでもないことを言い放つ。

「彼の家、この前お邪魔してみたんですよ」

「……は?」

「彼の周囲をそれとなく探ろうとしましたらあっさりとバレてしまいまして。彼の部屋でお茶を頂いてきました」

 隠密に関して言えば最高峰の実力者である甘粕を容易く発見する。黎斗の脅威を再確認した馨は、黎斗が凄まじいまでの気配察知能力保持者と認識したのだが実際は異なる。
 いかに黎斗でも甘粕の隠行の術を察知することは出来なかった。せいぜいが「なんか見られてる気がするなぁ……」レベルの話である。だから黎斗がもしカンピオーネでなければ、この事態は起こらなかっただろう。甘粕の誤算は、黎斗がカイムの権能”繋げる意思(リンク・ザ・ウィル)”を所持していたことだ。いかに甘粕といえど、大自然全てからその身を隠すことなど出来るはずもない。

「……なにをやってい」

「それでですね、入った時に感じたんですが彼の部屋は人間のものじゃありません。ラノベとかゲームが乱雑に置かれてるんですがね、澱みが全くないんですよ。下手な霊山を凌駕する聖域ですよ、あそこ。最初入ったとき震えが止まりませんでした」

 馨の叱責を回避するため、彼女の言に割り込んだ彼は言いたいことを言って肩をすくめた。

「……お灸は後回しだね。とりあえず合点がいったよ。それならわざわざ山に行くことはないだろう。不肖の部下が行ったことを謝罪するためにも直接こちらから会いに行こうか。二学期始まっているし学校帰りの方がいいかな」

 甘粕が無事に帰ってきているのだから、相手はそれほど気性の荒い相手ではないのだろう。もし彼がヴォバンに代表されるカンピオーネのような存在ならば、甘粕は今頃墓地にいるはずだ。古老の関係者なのだからこちらに害をなさないだろうという予想もある。ならば彼の暴挙の謝罪を兼ねて直接会ってみた方が早いかもしれない。そんな決意を、甘粕はいとも容易く打ち砕く。

「ひどいですねぇ。人をダシにするなんて。あぁ、彼今居ませんよ。友達に引きずられて昨夜北海道へ旅立ちました」

「北海道?」

「なんでも夏休みの続きだとか。昨夜散々メールで愚痴ってましたねぇ」

「……メール?」

「はい。私お茶した時に彼とアドレス交換したんですよ。ハマってるゲームの対戦もすることになりましたし。言ってませんでしたっけ?」

「……なんかもういいよ」

 ここまで相手の懐に潜り込めた甘粕を称賛すべきなのだろうが、素直に称賛できない馨だった。目の前で「吹雪? ……やっぱ冷凍ビームですかね。特性はシェルアーマーか」などと言い出した男を見れば、しょうがないのかもしれない。

「だが、これで他組織には一歩リードかな」

 黎斗はカンピオーネとは違う。警戒しすぎる必要もないとわかってはいるのだが、サルバトーレ・ドニと打ち合える程の手練れを野放しにしておくのは危険すぎる。当人にバレないように首に鈴をつけるのなら、甘粕のやり方が一番良いのかもしれない。何より、これから先彼が神を殺める可能性は非常に高い。日本に二人目のカンピオーネが現れれば万々歳だ。正史編纂委員会(自分たち)が強大なパイプを持つ神殺し、というのは他の魔術結社に対し優位に立ち回ることを可能にしてくれるだろう。草薙護堂(センパイ)との仲も良好。なんとまぁ、おあつらえむきではないか。

「こんな考え、お偉いさまに聞かれたら怒られそうだけどね」

 一応繋がりを強固にするために甘粕(友人A)だけでなく愛人も送っておくべきか。年頃の男子なら美少女をつければ一発だろう。ハニートラップ万歳。

「って、恵那が居たんだっけ。じゃあ十分か。……ふふっ、しかし我ながら罰当たりな事考えてるなぁ」

 あとは、水羽黎斗が神殺しとなるのを待つばかり。そんなことを考えながら沙耶宮馨は一人苦笑する。






「へくしっ!」

「なんだなんだ黎斗、風邪か?」

「待て、反町。そんなことあってたまるか。ここで風邪引いたら新学期そうそうにピンチじゃん…… 噂だよ噂」

「こういう時の噂ってのはロクな噂じゃねぇぞ、きっと」

 名波の言うとおりだと黎斗も思う。嫌な予感がビンビン来ている。虫の知らせというやつだろうか? こちらは昨夜敵さんと戦って疲れているというのに。今回は相手が精神攻撃系だったので物理被害がほとんど無く、魔術組織への隠蔽工作も楽に終わったのが救いだった。被害者全員の記憶が無いおかげで黎斗がした隠蔽工作など必要最低限でしかない。しかし一難去ってまた一難。もうウンザリだ。このエンカウント率はおかしい気がする。

「多分寝不足だよ。昨日遅くまで眠れなかったし」

「……夜コッソリと外出してお姉さまとよろしくやってなかっただろうな!?」

 なぜそうなる、と事実無根な反町の問いに言い切れなかったのは悪魔狩りに外出していたからで。ばれないだろうと思っていた事実が一部あっけなく露見したことに黎斗はわずかに動揺する。

「アホか、反町。黎斗がそんなことするワケねーだろ、と冗談は置いておいて、風邪引いたらお前親御さん心配するだろ? 早く治せよ?」

 絶妙のタイミングで援護してくれた高木が居なければ、事態は更にややこしくなっていただろう。

「ありがと、そーするわ。みんな心配性だからねぇ」

「ま、長男が一人で上京してくれば心配するのも当然だろ。むしろオレは黎斗一人を都会に送り出したことに驚くぞ」

 家族が居ないままではマズイと考えた黎斗が記憶改竄と洗脳の呪術を用いて偽造家族を作り出したのが、飛行機に乗る数日前。記憶改竄をミスったのか元からなのかはわからないが、親の黎斗に対する想いが重い。これが本当の家族なら気にならないのだが、偽りであることが黎斗の良心を刺激する。

「せめて立派な長男を演じないとな。あと仕送りか……」

「あ? 黎斗なんか言ったか?」

「んーん、なんでもないよ。大丈夫。北海道の土産も郵送するかな」

 今、委員会で自分の正体が論議されているとも知らずに、黎斗はお土産コーナーへ歩き始めた。知らぬが仏とはこういうことを言うのだろうか?










≪お盆≫

「あーづーいー」

「お兄ちゃんだらしないよ」

「そう言ってやるな。都会のクーラー生活に慣れた黎斗にこの大地は辛いだろうさ」

 お盆。実家に戻った黎斗は熱気に負けて倒れていた。扇風機の前でグダグダしている様は、とてもじゃないが恐れる魔王に見えない。扇風機に向かって「あ”〜」などと言っている神殺しが見れるのは後にも先にもここだけだろう。ちなみにエルはお留守番。連れて行こうとしたのだが「私をまたリュックに押し詰める気ですか!?」とキレられて断念したのだ。

(洗脳してなきゃホント寛げるんだがなぁ……)

洗脳していることによる罪悪感がひしひしと募り、心があまり安らがない。

「あ、お父さん。はい、コレ宝くじ当たったからお裾分け」

「また!? お兄ちゃんどれだけクジ運良いのよ…… 今度は一体何等?」

 少しでも家族の役に立てるように、マモンの権能で得た財産を換金し渡す。といっても現金数百万を稼ぐ高校生など目立ちすぎてしょうがないので、宝くじが当たったことにしているのだが、流石にやりすぎたか。義妹が呆れた目でこちらを見てくる。

「何等だったっけなぁ。そんなこと忘れたよ」

「お父さんとお母さんの稼ぎより黎斗の宝くじの方が稼ぎが良いわねぇ」

 義母も苦笑いを隠さない。春と夏だけで一千万近くを当てているのにこの対応。これは器が大きいと言えるのだろうか。少なくとも選んだ家族が強欲まみれでなかったことは幸運だった。

「運が良かったんだよ」

「運、ねぇ。私、最初はお兄ちゃんが犯罪でも始めたのかと思ったけど、犯罪に走ってもこんな額なかなか貯まるはずないし。ホントお兄ちゃん神がかってる運だよね」

「お義兄様をなんだと思ってるんだ…… 犯罪なんかしませんよ」

 真っ当な稼ぎか、と言われれば疑問符が付くが犯罪には接触していない筈だ。相場より若干安値で宝石を市場に流しているのでその筋の人間にとってみれば不倶戴天の敵かもしれないが。

「黎斗、お客様。玄関で待っていらっしゃるから早く行っておあげなさい」

 そんな兄妹のじゃれあいの中。義理の祖母、もとい祖母の呼びかけに応じ、玄関まで出た黎斗を迎えたのは予想外の人物だった。

「媛さん……? な、何故に……」

 玻璃の媛は涼しげな声でクスリと笑う。

「お久しぶりです、黎斗様」

 黎斗より早く、二人の人物が素っ頓狂な叫びをあげる。

「「れ、黎斗様ぁ!?」」

「義父さんも母さんも煩い。近所迷惑でしょーが」

 振り返れば義妹は口を金魚のようにパクパクさせ、声を出す様子は全くない。

「媛さん、人が悪いぞ。らしくない。こーなることくらい予想していたでしょ?」

「申し訳ありません。早期に隠密かつ確実に黎斗様に接触する方法がこれ以外に思いつきませんでした」

 念話でここまで言われればいくら黎斗とて重大用件と気づく。この距離でなら念話の盗聴もまずされないだろう。

「……おっけー。部屋に行こうか。僕の部屋で良い? お茶くらい出すよ」

 階段を上っている最中に下から「お、お兄ちゃんが亜麻髪美人の彼女を連れてきたー!!」などと悲鳴が聞こえるが、聞こえないふり。嗚呼、今日の晩御飯が怖い。みんなから尋問されそうだ。

「申し訳ありません。幽世(あちら)の黎斗様のお部屋を掃除させて頂いたのですが、黎斗様の権能を記載した用紙が紛失しております」

「部屋……あーギャルゲエロゲ乙女ゲーで足の踏み場がない状態だったのに。って、は、入ったの!?」

 女性に入られたらアウト確実な部屋である。下手したら男性でも引く可能性がある混沌領域(カオスルーム)。天井に届くまで積み重ねられたゲームの山(バベルのとう)は、数知れず。ある種の芸術すら垣間見られる開かずの間。そこに入ったのはよりにもよって玻璃の媛。黎斗の精神ダメージはいかほどのものか。大半はエルの人間変化の為の資料だが、黎斗の私物もあったわけで。

「うわああああ……」

 頭を抱えて転げ回る黎斗に、生温い視線を向ける媛。

「まぁ、黎斗様も殿方ですしそれらは全て処分しましたし……って違います違います。権能を書いていただいた書類を紛失してしまいすみません。古老のいずれかが持って行ったものだと思うのですが……」

 油断しました、と申し訳なそうな表情の媛。ゲームを処分したことをサラリと言うあたりちゃっかりしている。

「処分…… ま、まぁいいさ、うん。権能の紙もさ、なんとかなるっしょ。あれはもともと僕が表舞台に立った時用だもの。見られても致命傷とならないレベルでしか書いてなかったと思う。切札(アーリマン)、邪眼(サリエル)、不滅(ヤマ)、主力(スーリヤ)あたりは書いたかもしれんけど。ただ僕が神殺しと公表されるのは困るから各方面の間諜を増やしてもらえると嬉しいかな」

「畏まりました。仰せのままに。今回はまことに申し訳ありませんでした」

 玻璃の媛の謝りっぷりはこちらが罪悪感を覚えるレベルだ。本当、美人は得である。大きく構えていられるのも、古老の面子なら須佐之男命の下で一枚岩であるだろう、という考えがある。それならば須佐之男命の友人たる黎斗の扱いも決して悪くはならない筈だ。古老など須佐之男命以外では黒衣の僧と玻璃の媛君くらいしか知らないが。

「用件はもう一つ。黎斗様の保険証を始めとする正式な(・・・)身分証作成が終了いたしました。よほどのことがない限り偽造発覚はないかと」

 たしかにこれの受け渡しをするなら玻璃の媛に出てきてもらわねばならないと、黎斗は一人納得する。なにせ黎斗が神殺しであることを知る関係者の数は少ない。これは機密保持には有利に働くが人員の面でみれば圧倒的に不利だ。偽造を実行した方々が探ったところで真相には辿り着けないように配慮してあるに違いない。幽世に呼び出す、という手を用いなかったのは気を使ってくれたのだろうか。わざわざ面倒くさいことをしてくれて感謝である。

「確かに。ありがと。これでよーやく堂々と旅行が出来る」

 各種身分証明書を受け取って黎斗は安心したように息を吐く。これでようやく男性職員の受付も行ける。いままでディオニュソスの権能”葡萄の誘惑(マイナデス)”頼みだったため女性職員が受付に居なければアウトだったのだ。最悪の場合は認識阻害で強引に侵入していた彼にとってこれでようやく大手を振って各種機関を利用できる。

 数日後、夏休みから二学期にかけての北海道旅行が計画されていることをしった黎斗は絶叫を上げるが、この旅行が新身分証の初陣となる。 
 

 
後書き
まさか再掲載させていただいたタイミングとお盆が一致するとは……
去年のお盆で挙げたお盆ネタを今年もお盆で挙げるなんて、人生何が起こるかわかりませんね(苦笑 
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