魔王の友を持つ魔王
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§1-? 数百年前
前書き
二つ名を破魔の主に変更
これで少しはマシな筈?
日が沈み、大地が漆黒に染まっていく。一寸先も見えぬ闇の中、人外同士が激突する。
「がはっ……」
「これでまた終わりだよ、ヤマ。アンタが何度でも復活するのなら、こっちは再生できなくなるまで殺すだけだ。あと何回で神力は尽きるかな?」
黎斗は指揮者のように腕を振る。それだけで死の神の身体はコマ切れになった。よく目を凝らせば見えるかもしれない。この空間に張り巡らされた無数の糸が。もっともそれは昼の話。星明り以外の光が存在しないこの場において、規格外の呪力を込められて魔術強化されたこれらの糸を視認することは容易なことではない。とても細く、とても複雑に張り巡らされているそれは、黎斗の意に沿い自在に動く。欧州で生活していた時に身に着けた、糸を用いての戦闘技術。
「小僧が……いい気になるな!!」
地の底から響くような声と、突き刺すような殺気が黎斗を襲うが、当の本人は涼しい顔。瘴気の満ちる毒々しい空間の内部に存在してなお、彼の表情に焦りは見えない。———いや、無表情な仮面の裏では焦っているのだ。神殺したる彼には大したことない毒だとしても、他の生命体には猛毒以外の何物でもないのだから。早急に決着をつけねばならない。村まで瘴気が広がればこちらの負けだ。
「だから、無駄だよ」
数多の糸が絡みつく。直後、またもや微塵切りの命運を辿るヤマ。糸はただの糸にあらず。魔力を通したそれはとても頑丈で、容易く鉄をも切断する。まつろわぬ神を相手にしても、武器としての役割を十二分に果たしてくれる。この場に来る前に泊まっていた宿の老婆から譲ってもらったなけなしの一品。彼女もまさかこんなことに使われるとは思っていなかっただろう。いや、魔術師の類が見ても夢と思うに違いない。ただ呪力で強化を施したに過ぎない普通の糸がまつろわぬ神を痛めつけているのだから。
「小癪な……!」
最初こそ傲岸不遜だったヤマだが、今や彼の神の声は焦りと苛立ちに満ちている。黎斗の指先が僅かに動いた瞬間、右足が吹き飛び左腕が細切れになった。更に首が吹き飛び、再びヤマは「死」を迎える。これで三百六十七回目。状況だけで判断するならば黎斗有利に見える。しかし日没と共に始まったこの戦闘は、当初の予定を超えて長引いていた。もうすぐ夜明けだ。このままではヤマの放出している瘴気がこの地域を制圧してしまう。ここまで広大に広がってしまっては邪眼で消去しきるのは無理だ。焦燥感が徐々に心の内で鎌首をもたげる。
「死者よ、我の……」
「唱えさせるかっーの……!」
敵が言霊を唱えきる前に頭部を粉砕する。 相手に攻撃させないそれは一方的な蹂躙以外の何物でもない。主を守ろうと突撃してくる鬼達も、時折吹き荒ぶ死の風も、邪眼が輝くたびに消去されていく。ある程度消去耐性を持つ強大な鬼ですら、黎斗まであと数歩というところで崩れて消える。それでもヤマは召喚を続ける。
「舐めるなぁ!!」
ヤマが採ったのは、強靭な再生能力に物を言わせた突撃。本来ならば瞬時に再生する肉体も、邪眼のせいで速度が鈍い。しかしいくら身体が引き裂かれようと再生するのだ。こちらが限界を迎える前に黎斗を殺せばいい。単純であるがもっとも効果的。普段、このような戦法をヤマはとらない。呪力の限界が早く来るからだ。更に彼はアテナ達と異なり闘神では無い。純粋な戦闘能力ならば彼女たちの下に位置するだろう。しかし今回は話が別。このままではジリ貧なのだから、肉を切らせてでも骨を断つ。彼の得意とするのは眷属大量召喚と瘴気放出。黎斗との相性は最悪だ。片っ端から消去されてしまう。それゆえの、突撃。
「……ちっ、まだ再生すんのか。ロンギヌス!」
舌打ちと共に召喚するは、神殺しの槍。ヤマが間合いに入った刹那、右手が煌めき敵の心臓を貫く。そのまま蹴って相手との距離を引き離す。左手の指先から糸が舞い、更に四肢を寸断した。
「まだまだぁ……!」
「……マジ化け物だろ、オイ」
接近してくるヤマをロンギヌスで突いてまた殺しながら、辟易とした声で黎斗が呟く。何度殺そうが甦り襲ってくる様は軽くホラー。手持ちの糸はもう無い。さっきの攻撃でとうとう耐久が限界を迎え自壊した。いくら丈夫でも聖遺物たるロンギヌスと異なり限界がある。これで、残る得物はロンギヌスのみ。
「捕まえたぞ!」
焦る両者が何時間と戦う中で生まれたほんの一瞬の隙。その隙をヤマは制することに成功する。乱戦の最中、ヤマの右腕が黎斗を掴む。黎斗を掴む右腕から、ヤマは生命力を奪っていく。神殺しの呪術に対する絶対的耐性を持ってなお、壊死を始める黎斗の肉体を前に彼は陰鬱な声で嗤う。
「……やっべ」
咄嗟にロンギヌスでヤマの右腕を破壊、脳天を潰し素早く距離をとる。が、肉体の壊死は大きい。今の僅かな一撃だけでだいぶ呪力も奪われた。内臓までやられなかったのは不幸中の幸いか。数秒遅かったら、喉だけでなく心臓や肺まで壊死していたかもしれない。紙一重の幸運に感謝し、黎斗は気を引き締める。
「我は無知なる闇の神! 怒りに震えし邪悪の化身!」
言霊と共にアーリマンの力を発動。右腕を邪気化、死の波動を収束し解き放つ。螺旋を描く死の風を相手に直接叩きつける!
「効かんなぁ神殺しよ……!! あはははははは!!」
「くっ、やっぱ無理か……」
平然と嗤うヤマ相手にやはり、と言った表情で邪気化を解除。ロンギヌスで接近してきたヤマを吹き飛ばす。「最初に死んだ」という名を持つ神に即死系攻撃が無効だったのは当然というべきか。死人に概念的な死を与えることなど出来はしない。もう死んでいるのだから死にようがない。黎斗はそう思い納得している。死者から生命力を奪うなんておかしな話だ。まぁ、死者が動いている時点でおかしいのだけれど。
「……そういやあの女神サマも死んだカミサマか」
自身が最初に屠った神も冥府の神であったことを思い出し嘆息。眼前の神との違いを考察したくもあったがそんな暇は無さそうだ。彼女の力の行使も考えたが、やめる。まだ最後の鬼札を切るつもりは、ない。
「どうした神殺し?」
挑発してくるヤマに沈黙で答える黎斗。とにかく、これで手札は無くなった。彼は防御系の能力こそ豊富にあるが、攻撃系の能力が少ない。負けはしないが勝てもしない、いわゆる千日手になりやすいのが現在の欠点だ。だが、今はそんなことを憂いている余裕など無い。やはり、物理的に破壊することで死を与えるしかない。
「……しょうがない、普通に奥の手だ」
ヤマの呪力は莫大。半分以上削ったとはいえ、おそらくあと三十回以上は殺さねばならない。正攻法を諦めた黎斗は、一対一の戦闘の切り札を切る。それはこの場に敵がもう一人でも居た場合、黎斗の敗北を確定させかねない諸刃の剣。
「天空よ、我が名の下に裁きを与えよ。未来より迫る滅びを縛れ。左に剣を。右には鎖を。我が腕を贄とし汝を封ぜん!」
言霊を紡ぐと黎斗の右腕が壊死を始める。それは、天空神テュールの権能、破滅の呪鎖の代価。一ヶ月もの長きに渡り彼は利き手を奪われる。だが、この力はその欠点を補って余りある力。邪眼と破滅の呪鎖。この二つこそ黎斗がシルクロードを旅していた頃、破魔の主と呼ばれ畏怖された所以。相手に行動をさせないのが彼の戦闘法。どんな相手でも封殺する。一切の抵抗を許さず潰す。数百年を生き延びて来たのは流浪の守護だけに頼ってきた訳では無く、また決してまぐれなどではない。
「ぐっ、なんだこれは!?」
鎖に囚われ叫ぶヤマ。グレイプニールに絡め取られ自由を失った相手は、自力で戒めを破れない。たとえどんな権能を持っていたとしても、どんなに身体能力が高くても。一度捕まってしまえば脱出は不可能。転移も、破壊も、憑依も、ありとあらゆる力を撥ね退ける。外部より攻撃を受けるその日まで、所有者を破滅より守護し続ける呪いの鎖。外部からの攻撃には非常に脆いが、内部からの行動には絶対を誇るインチキじみた、滅びの鎖。紐でなく鎖なのはパンドラ曰く黎斗の心理が関係しているらしいが、鎖でも紐でも構わない。今の彼にとっては形状より効果こそが重要なのだから。
「こういうのは卑怯であまり好みではないのだけれど、流石にこれ以上相手をするのはしんどいからな。時間も無いし。悪いが許して頂戴な」
黎斗の声と同時に、槍の一撃がヤマを襲う。心臓を抉った一撃を受けてなお、不死なる肉体は甦る。だが、鎖に囚われたヤマはもう、蘇生以外の行動が出来ない。動くことも攻撃することも叶わないヤマの頭部を再び槍が穿って抉る。
「甚振るのは嫌いだから、全部心臓か頭狙うよ。お互い早く終わらせよう? ———早く、死ね」
冷酷なる宣言。一方的というにはあまりにも一方的な、情け容赦の無い蹂躙。ヤマの絶叫が辺りに響き渡る。
それは幾度目か。一方的に嬲られていく光景が、ついに終わりを告げる。既に死亡数のカウントを放棄した両者だが、呪力の減り具合がヤマの余命を確実に伝える。太陽が姿を見せ始めるころには、彼は死亡寸前になっていた。残り命運が僅かとなった彼を前に、思うところがあったのだろうか。黎斗は最後にヤマへ告げる。
「これで終わりかな。次会うときは再生ばっかすんなよ。っーか瘴気撒き散らすな」
夜明けの日差しを浴びながら、黎斗は最後になるであろう一撃を放つ。ロンギヌスが太陽の光を受けて、黄金色に輝いた。対象の消滅と共に役目を果たした破滅の呪鎖も消えていく。死者が七色に煌めく粒子となりて、霧散していくのは幻想的で、ついさっきまで凄惨な虐殺の場だったとは思えない。
「ん……権能の片方はヤマみたいな超再生か」
パンドラに会ってきた黎斗は、自身の簒奪した権能を確認する。最初に死亡した神、ヤマ。彼の神を葬った彼は不老不死となった。正確にはこの権能を簒奪した時点で一回死亡。その反動で神殺しとなる以前まで肉体が戻る。一見デメリットしか見えないこの権能、この権能の真価は”既に死亡していること”これに尽きる。老いることは無い。寿命も無い。既に死んでいるのだから。死の呪詛も受け付けない。死者を呪い殺すことなど、誰にも出来はしない。あらゆる精神攻撃も通用しない。死んでいるのに風邪引いたり生理現象があったりするのが謎だが、そこはまぁご愛嬌だろう。死人と化した彼を討ち滅ぼすには物理的に肉体を破壊し尽くす他は無い。しかし、ヤマの力により規格外ともいえる再生能力を有した彼を殺し尽くすの困難を極める。肉体全てを一瞬で全消滅させても次の瞬間には再生するのだから。呪力での再生が何回可能かは彼自身にもわからない。ただ二桁ギリギリくらいは再生できるだろう。ヤマの逸話に再生関連のエピソードがあったかどうか知らないが、死者を救う地蔵菩薩と同一視されたことからこの権能は誕生したのだろうか? 小学生の頃、授業で調べた地蔵菩薩のご利益に「何度でも天界に生まれ変わる」というのがあったような気がする。正直、ご利益が多すぎたので合っている自信はない。小学校での学習がこんなところで役立つとは。
それより問題は人間時代、つまり引きこもり少年時代だった頃に戻った、ということだ。身体能力が壊滅した、ということでもある。致命的な弱点となってしまった以上魔術強化で補うしかない。神殺し時代とは比ぶべくも無いが、魔術強化しないよりはマシだろう。強化すれば聖騎士級までとはいかずとも大騎士一歩手前くらいまでなら追随可能だと思いたい。
「しかも呪力ガタ落ちってのが笑えないな……地道に鍛錬しかないか」
呪力が神殺しとなる前まで戻ったことにより、激減してしまったことも痛い。こっちは訓練で伸ばしていくしかないだろう。一般人クラスの身体能力&凡人級の魔力量ではまつろわぬ神と戦っても嬲り殺しに合うだけだ。下手をすれば聖騎士にも劣る。今後の課題を認識した彼は、下を向いていた顔を上げる。
「さて、とりあえずこれで問題は解決でしょう。パンドラさんに文句言われたけど」
今回のように破滅の呪鎖で絡め取り一方的に攻撃するのは次から権能を増やさない、と言われてしまった。破滅の呪鎖は使い道に気をつけなければならなくなりそうだ。戦法に頭を悩めつつも気を取り直した黎斗は朝の日差しを背に、宿泊している村へ戻る。ヤマの撃破に伴い、死の瘴気は無くなっているだろう。村のみんなが無事だとよいのだけれど。
「…………」
世話になっている村への帰り道、金色の毛並みのキツネが足元に倒れている。何かの事情で右前足を失ったキツネ。既に呼吸をしていない。そっと、手を触れてみる。冷たく硬い感触が、黎斗の指を迎え入れた。
「……はぁ」
迷子になり空腹で今にも倒れそうな彼を今居る村まで案内してくれたのは、このキツネだった。罠にかかっているのを助けはしたが、それだけだ。カイムの権能で植物と会話することが出来ても動物と会話はまだ黎斗には出来ない。意思疎通ができないにも関わらず村までの道を案内してくれたのだ。
そのキツネは、もう動かない。周囲を見渡せば木々が枯れている。この辺はヤマの瘴気に当てられた領域か。
「恩人……じゃない。恩狐が死んでいる、ってのは目覚めが悪いな。やっぱり」
それは、禁忌を破る決意。死者は蘇らない。世界の根本原理を覆す力。地獄の主、閻魔王となったヤマのもう一つの権能。
「開け、黄泉の扉。地獄の主たる我に応えよ。魂を、呼び戻せ。喪われた時を、巻き戻せ。我は遍く死を司る者。死を領域とし、万物を従える者。終焉を破棄し輪廻を呼び込まん」
一つの種に対し、同時代に現界させられる魂は一つのみ。このキツネを蘇生させれば、このキツネが死なない限り黎斗は他のキツネを蘇らせることができない。しかし、これは完全な蘇生を可能にする力。肉体のみの復活や人格の完全再生(リプレイ)などといった程度の能力ではない、正真正銘、生命を従え制御する術。更に蘇った命は寿命の楔から解き放たれる。古来より幾人もの権力者が渇望した、秘術。それがヤマのもう一つの力、”偽りの灯火”。
とくん、と既に止まった心臓が再び鼓動を始める。むくりと、起き上がりこちらを見つめてくるキツネ。失った足もどういう理屈か取り戻している。どうやら完全な状態での蘇生を可能とする権能のようだ。
右手を動かして撫でようとして、失敗。右は壊死していることをすっかり忘れていた。気を取り直して、左手で撫でる。チロッと舌を出して嘗めてくるキツネに、思わず笑みが零れた。なんか気が合いそうだ。今まで一人旅だったし、こいつをこれから相棒としようか。村へ連れて行く道中に交渉してみよう。
真夏の正午、少年が一人砂漠を歩く。フード付きローブの下はジーンズとパーカー。この時代には有り得ない服装だ。少し後ろを、一匹の狐が追いかけてくる。カイムの権能を完全に掌握し、動物とも会話できるようになったのはこの時のことだった。
これは、過去の物語。一人の神殺しが、相棒を見つけた時の昔話。
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