戦国異伝
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第八十五話 瓶割り柴田その五
「もっともあれは音がせぬからこの度は最初から使えぬがのう」
「だからこそ鉄砲ですな」
「撃つぞ。よいな」
「はい、それでは」
奥村が応えてだ。そのうえでだった。
佐久間が率いる織田家の軍勢は川岸に来てだ。そこからだ。
持っている鉄砲を一斉に放った。その轟音でだ。
六角の軍勢は怯んだ。そして口々にこう言うのだった。
「な、何じゃ!?」
「ここにもあれだけの鉄砲を持って来ておるのか」
「織田家の鉄砲とは何という数じゃ」
「それに何という音じゃ」
何百もの鉄砲の一斉射撃だ。音はかなりのものだ。その音にだ。
六角の軍勢は気を取られた。それは六角自身もでありだ。
音に驚き自ら陣頭に出てだ。対岸の織田家の軍勢を見ながら言った。
「届いておるのか」
「幸い一発も当たっていませぬ」
「しかし。当たるやも知れません」
「とにかく凄い音でした」
「その音をみますと」
「ううむ、これはいかんのう」
足軽達の言葉を受けてだ。深刻な顔になる六角だった。そうしてだ。
その織田家の軍勢を見つつだ。また言うのだった。
「油断できぬな」
「そうですな。対岸にありながらも攻めてくるとは」
「しかも鉄砲をそれだけ使うとは」
「ここにいてもうかうかできませぬな」
「隙を見せればですな」
「こちらがやられるわ」
六角は眉を顰めさせて言った。
「よいか、鉄砲に注意せよ」
「はっ、それでは」
「撃たれぬ様に」
こう話す彼等だった。この一瞬だ。六角も将兵達も対岸の佐久間が率いる織田家の軍勢に目を向けていた。それでその一瞬だけではあったがだ。
柴田が率いる騎馬隊の動きを見落としていた。彼等はその隙に一気にだった。
川に飛び込み渡っていく。六角の軍勢がそれに気付いた時には。
「まずいぞ!既に川の半ばまで来ているぞ!」
「渡るのは時間の問題だ!」
「いかん!渡られれば終わりだぞ!」
「敵が来るぞ!」
行こうにも間に合う距離ではなかった。そしてだ。
柴田もだ。己が率いる軍を急がせていた。彼はこう命じていた。
「渡れ!渡れ!」
「川を渡りそのうえで」
「次はどうされますか!」
「決まっておる。敵陣に雪崩れ込むのじゃ!」
騎馬隊の衝撃をだ。そのままぶつけるというのだ。
「横からだ。よいな!」
「はい、それでは!」
「今より!」
「一番槍の手柄を挙げよ!」
柴田はこうも言って彼等を鼓舞する。
「よいな、そうせよ!」
「畏まりました」
柴田のその言葉に応えたのはだ。慶次と。
可児だった。彼が笑いながら柴田に言ったのである。
「では一番槍と共に笹の葉も見せましょうぞ」
「うむ、そうしてみよ!」
柴田もだ。可児のその言葉を受けて返した。
「よいな才蔵!わしにその笹の香りをかぐわせてみよ!」
「ではいざ!」
「おっと、わしもおるぞ!」
その可児の横にだ。慶次が黒い巨体に赤い燃える様な鬣の馬に乗りながら出て来た。
「この朱槍と松風もそう言っておるわ!」
「ふん、では松風と共にか」
「今日も傾くわ!」
まさにそうするとだ。笑顔で返す慶次だった。
「天下無双のふべん者の不便さ見せてやるわ!」
「面白い。ではどちらがより傾くか不便か」
「勝負じゃ!」
二人は共に一番槍を競い川を渡っていく。その二人を追う形でだ。騎馬隊全体がだ。
そのまま川を渡る。それを見てだ。六角は咄嗟に軍を割こうとした。
「槍隊を敵の騎馬隊に向けよ」
「はい、そうしてですか」
「騎馬隊を止めますか」
「すぐに向かえ。さもなければ陣に雪崩れ込まれるぞ」
六角もわかっていた。騎馬隊の怖さはだ。だからこそ対処しようとしたのだ。
だが彼が軍を動かそうとするとだ。ここでだ。また佐久間の軍勢が鉄砲を放ってきた。しかもだ。
彼の軍勢も川を渡ろうとしてきた。それを見てだ。六角は思わず目を止めた。
「くっ、あの者達もおるか」
「殿、あの者達も川を渡ろうとしています」
「ここであの者達に川を渡られれば」
家臣達が言う。そうなればどうなるかは明らかだった。
「我等はまさに挟み撃ちです」
「負けが決まってしまいます」
「ですから」
「兵は割けぬか」
六角は逡巡した。そうなるかと思ったのだ。
これは一瞬だった。彼はここでも一瞬そうなったのだ。しかしその一瞬にだった。
柴田は一気に進みだ。そのうえでだった。
「よし、全軍突撃せよ!」
「おおーーーーーーーーーーっ!」
自らが率いる騎馬隊を六角の軍勢に雪崩れ込ませた。その先頭にはだ。
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