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八条学園怪異譚

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第十六話 柴犬その十一


「チロはここに置いていきますね」
「そうしてくれると有り難い」
「ですか。それじゃあ」
「その犬はここで木にもリードをくくりつけておくか」
「あっ、大人しくて賢い犬なんで」 
 愛実はチロのその性格から話した。
「ここにいてくれって言ったらいてくれるんです」
「確かに賢い犬だな」
「だから特にリードを括りつける必要はないです」
 一応リードは持って来ていて右手に持っているがそれでも使わないというのだ。
「大の方も朝と夕方にしていますからしないですし」
「それも心配になるがな」
「おしっこ位ですけれど」
「それはどうにでもなる」
 日下部は愛実に答えながら自分の手にバケツを出してきた。その手には水が並々とある。
「海水だがな」
「海軍だから海水なんですね」
「これで流せばいい。しかしだ」
「しかし?」
「君は用意がいいな。リードだけを持って来てはいないか」
 見れば愛実の手には犬の糞を入れるビニール袋もある。紙も中にあってそれとビニール越しに掴んで包んで処理するものだ。
 愛実はそれも手にしていた、日下部もそれを見て言う。
「糞の処理も出きる様にしているか」
「念の為に」
「実にいい。やはり君はいい妻になれるな」
「備えあれば憂いなしですから」
 やはりしっかりしている愛実だった。伊達に食堂の娘ではないということか。
「ですから」
「考えているな。とにかく犬は安心していいか」
「はい、大丈夫です」
 愛実は確かな声で日下部に答えた。
「じゃあチロはここにいてもらって」
「狐狸達のところに行くか」
「そうさせて下さい」
 こうして話は決まった。チロはこの場に残して三人で狐や狸達のところに向かった。聖花は歩く中で愛実にこう囁いた。
「ねえ。農業科、大学の農学部ってね」
「どうかしたの?」
「広いわよね」
 聖花が今言うのはこのことだった。
「この広い学園の中でも特に」
「そうよね。牧場もあるし」
「それも歴史があるから若しもよ」
「若しも?」
「井戸とかが残っていたら」
「あっ、その井戸が」
「よくゲームでもあるじゃない。井戸の中とかね」
 聖花はその方面から知識を得て愛実に話していた。
「異世界につながってるとかあるじゃない」
「あるわね、確かに」
「中にはモンスターがいたりするけれど」
 愛実は少し苦笑いになってこうも言った。
「井戸は定番よね」
「でしょ?だから若しも井戸があったらね」
 聖花は愛実にさらに話す。
「調べてみるべきと思うけれどどうかしら」
「そうね。あったらだけれど」
 二人にとっては井戸はもう過去のものだ。上下水道しか知らない世代は日本に定着している、それがいいか悪いかはわからないが。
「調べてみるべきね」
「頭から落ちない様にしてね」
「昔は井戸に落ちて死ぬって話も多かったし」
「皿屋敷みたいに?」
 播州皿屋敷であったり播町皿屋敷だったりする。所謂お菊さんの話である。
 このお菊さんが放り込まれたという井戸はお菊井戸といい姫路城にもある、ことの真偽は定かではないが姫路城こそがこの怪談の舞台だと言われている。
 そのお菊さんの話を思い出して愛実は応えたのだ。
「ああいうの?」
「そうよ。井戸から出る妖怪とか」
「井戸からなの」
「そう、井戸からね」
 出て来るものもいるというのだ。 
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