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最期の祈り(Fate/Zero)

作者:歪んだ光
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宴の終幕

祭りも佳境に差し掛かる。太鼓と笛の音が夕焼け空に木霊する。パリの町の大通りを日本のパレードどが罷り通る。
本来ならその光景の奇妙さに、日本の祭りに慣れ親しんだ者は少からぬ違和感を感じ、それでも体験した事の無いカタルシスに身を委ねながら楽しむ事だろう。一方のフランス人や西欧圏にいる人達もパリの街で極東の祭りを行う事のキテレツさに言い難い面白さを感じていた。現にフランス人であるシャルロットも、その幻想的とも言える現実を見た瞬間、主客未分の領域に差し掛かっていた。詰まるところ、放心状態な訳だ。
だが、生憎なことに衛宮切嗣は日本の祭りとは無縁と言って良い存在だ。確かにその光景から奇妙さを感じ取る事が出来立ても、エクスタシーに心を震わせる事は無い。
故に、彼が今幸福を感じているとすれば……
「切嗣と来れて、本当に良かった……」
我に返り、しみじみと今の現実に幸福を見出だしているシャルロットのお陰だろう。
「僕もね、こんな風に誰かとお祭り来るのは……いや、何でもない。そうだね、シャルロットと一緒に来ることが出来て嬉しいよ」
言いかけた言葉を切り、素直な気持ちを吐露する。
幸福……嘗て手に入れ、捨ててしまった大切なもの。結局のところ、切嗣が求める幸せは意外と身近なものなのだ。
「……ねえ、切嗣」
オレンジ色の光が辺りを照らし出す中で、彼女は切嗣にお願いをした。
「僕の事はね、シャルって呼んでくれないかな」
「シャル?」
「うん。小さい頃に母さんがそう呼んでくれたんだ。」
彼女自身、自分がその名前で呼ばれていた事を忘れていた。より正確に言うなら、自分が『シャル』と呼ばれていた幸福な時期があった事を忘れていた。
母と死別したその日を境に、彼女はその心を枯れ果てた荒野にただずませなければならず、意図的に忘れようとしていた。……いや違う。忘れる事など出来なかった。そのような事が出来る程、シャルロットは冷酷ではなかった。故に、その心を必死に凍り付かせようとしていた。
「だからね、切嗣にそう呼んで欲しいんだ」
しかし、彼女はその日、暖かい光を切嗣の中に見つけた。凍てついた氷をゆっくり、しかし確実に溶かし、幸福な時を蘇らせる魔法のような存在。
だから言う。
「僕の……魔法使いに」

「……分かったよ。シャル」
「うん」
そこから、二人はパレードを目に焼き付けた。奇しくも、日本の祭りを実感するのは二人とも初めて。そのある意味蠱惑的な芸術群に魅力され、でもお互いの存在を感じながら時間を過ごした。
そんな時、切嗣は子供の泣き声を聞いた。少し辺りを見回してみると、果たしてそこには踞り泣いている女の子がいた。未だ、九歳くらいであろう女の子だ。
「シャル、少し良いかい」
そう言うと、切嗣は子供の所に向かっていった。
「どうしたんだい?」
自分もしゃがみこみ、その子と同じ目線になって話しかけた。
「×××、×××!××……」
「え、あ……」
だが、悲しい事に切嗣は未だフランス語を日常会話程度に持っていったところ。泣きじゃくる子供の、未だ多少拙い訴えを聞き取る程には熟達していない。
「大丈夫だよ。そんなに泣かなくて」
しかし、近くに寄ってきたシャルロットは難無く、その嘆きを解し頭を撫でる。
「何て言ったんだい?」
「お母さんとはぐれてしまったんだって」
泣いている子を宥めながら、シャルロットは答える。
「ねえ、名前は何て言うの?」
「……ユーリ」
今度は聞き取れた。
「とりあえず立とう。こんな所で踞っていたら危ない」
そう言うと、切嗣はユーリを自分の首に跨がらした。
「え、あ……あの」
「とりあえず、こうすれば君のお母さんも見つかるだろう」
言いながら歩き始める切嗣。その隣を歩くように、側を行くシャルロット。
「何て言うか……切嗣って意外と子供の扱いに慣れているね」
人混みを掻き分けながら、シャルロットは思った事を口にする。
「まあね」
これでも家庭を持った身だ。小さいイリヤスフィールを抱きかかえ、父親として愛情を注いだ事があるのだ。扱いには手慣れている。
しかし、
「う……ひっく……」
ユーリが泣き止む陰が見えない。
「大丈夫だよ」
それを見かねてか、急に立ち止まる。
「切嗣?」
訝しげにシャルロットが問いかける。しかし、「まぁ、見てな」とでも言うように目線で応える。
一旦ユーリを地面に下ろし、ゆっくり喋りかける。
「大丈夫だから。ユーリのお母さんは絶対に見つかるから」
「ほんと?」
泣きべそになりながら、何とか顔を上げる。
「ああ、約束するよ」
「うん……ありがと、おじさん」
「おじさんは酷いな」
少し、困ったように笑う。それにつられてユーリの顔も笑いが戻ってくる。
「おじさんおじさん!」
「はいはい……それじゃあ、お母さんを探そうか」
「うん!ありがとう、おじさん」
さっきから「おじさん」と連呼され微妙に落ち込む切嗣をバックに、ユーリはシャルロットにも話しかける。
「お姉ちゃんもありがとう!」
「うん、どういたしまして。それと僕の事はシャルロットって呼んでね」
それから、三人は人を探し続けた。まぁ、その傍ら祭りもしっかり楽しんだが。切嗣の奢りで射的や金魚すくいを楽しみ、林檎飴を堪能しながら捜索は続いた。小一時間程経った頃、切嗣の頭の上に跨がりながらユーリは彼の名を尋ねた。
「そう言えばおじさんは名前、何て言うの?」
「僕かい?」
「うん!」
シャルロットは予測していた。彼は普通に自分の名前を明かすものだと。
「僕はね、藤村って言うんだ」
「え?」
「そっか~、藤村って言うんだ」
しかし、予想とは裏腹に彼は偽名を使った。
「ん?あれは……」
そんなシャルロットに気付かず、切嗣は目敏く丁度誰かを探しているような女性を見つけた。向こうも気付いたのか、此方に駆け寄ってくる。
「お母さん!」
「ユーリ!あぁ良かった……」
そう言うと、一つ深呼吸をし、改めて切嗣に向き直った。
「娘をありがとうございます」
「いえいえ。ユーリちゃんのお母さんが見つかって良かった」
そう言うと、ユーリを地面に降ろす。また、母親の手に繋がれたその子を見やりシャルロットは優しく注意を促す。
「もう、はぐれちゃ駄目だよ」
それは、彼女の心からの願い。
「うん!ありがとうね、おじちゃん、おねえちゃん!」
恐らく、彼女の一言が持つ意味をユーリが完全に推し量れたとは思えない。それでも是と返す。もう、この手は離さないと。
「もし、よろしければお名前を伺っても?」
「僕の名前はシャルロットって言います。」
「僕は、藤村」
やはりと言うか、またしても切嗣は偽名を名乗った。
「藤村さん……ですか。すみません、ちょっと最近有名になっていた日本の人と似ていて。確か、衛宮切嗣さんでしたっけ」
思わず息を呑むシャルロット。
「ええ、よく間違われるんですよ」
切嗣が偽名を名乗った一番の理由はこれだ。もし、シャルロットから足がついてシャルルに行き着くとすれば、それは他ならない「衛宮切嗣」としてのネームからだろう。
衛宮切嗣は男性のIS乗りである⇒隣にいる女性もISに関連しているのか?⇒そう言えばその子、シャルル・デュノアに似ているな⇒疑わしい
こういう図式が成立する。故に切嗣は最初の段階で疑われるファクターを消す。実に合理的な考えだ。合理的だが……
(ちょっと寂しいな)
その親子が去った後、シャルロットは切嗣の腕を抱いた。
「シャル?」
「……から」
衛宮切嗣の名前は絶対に否定させないから
しかし、祭りの歓声に掻き消され切嗣の耳には届かなかった。
ふと、何を思ったか、切嗣は空を見上げた。夕焼けが夜の闇に侵食され塗り潰される、その僅かな瞬間。その刹那的光景は耽美に過ぎ、切嗣の心を無性に感傷的にした。
――あぁ、祭りが終わる――
明日、二人はフランスを発つ。どうか、それまでの間、二人を阻むものがないように…… 
 

 
後書き
次回から本編再開です。
出来れば、今回のような文章が継続して書ければ良いのにな……
後、お詫び。
今現在、僕は携帯で執筆しているのですが、困った事に文頭が一マス空けられない状況にあります。正確に言うと、空けても修正されてしまう。パソコンが使える状況になったら修正しますので、どうかご容赦を…… 
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