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空白期(無印~A's)
第ニ十五話
ゴールデンウィークもすっかり終わってしまい、春というには少し暖かくなり、梅雨入りの模様を見せ始めた六月上旬になった。
ジュエルシードを巡る事件も終結してから、すでに一ヶ月が経過している。つい最近まで地球の近くに停泊していたアースラだが、どうやらようやく時空管理局の本局へと帰れるようだ。次元航路が不安定だから、と言っていたが、魔法関する知識が基礎的なものしかない僕にはよく分からない話である。結局、簡単に説明してくれたユーノくんの言葉に従い、海が荒れているから帰れない、程度に理解しているが。
最後だから、と挨拶に来てくれたクロノさん、リンディさん、ユーノくんと別れの挨拶を交わし、八月の下旬に魔法世界へと行くことを約束して、なのはちゃんや恭也さん、忍さんと一緒に彼らを見送った。二ヵ月後には再び会うことにはなっているのだが、それでも別れは寂しいものである。もっとも、今後の予定などを連絡するために次元通信機というものを預かっているので、ユーノくんやクロノさんとはいつでも連絡を取れる状態ではあるのだが。
そして、もう一つ。申請していたアリシアちゃんの就籍申請が家庭裁判所に受理された。申請してから一ヶ月だから早いのか遅いのか僕にはよく分からない。だが、これでアリシアちゃんには戸籍と住民票ができたわけだ。戸籍上の名前はアリシア・テスタロッサで作られているが、これは仮名というらしい。そもそも、アリシアちゃんの本当の身元は、文字通り世界が違うため見つかるはずがないのだが。
戸籍を手に入れたアリシアちゃんは、すぐに僕の両親と普通養子縁組を組んだ。組んだのはいいのだが、アリシアちゃんの名前が外国人のような名前だったためだろうか、『蔵元アリシア』となるわけだが、どうにも違和感が拭えない。それを言うなら、アリサちゃんのお母さんだって『梓・バニングス』なのだが。まあ、すぐに慣れるとは思うが。もっとも、アリシアちゃんは、僕らと同じ苗字になったのが嬉しいのか、やたら嬉しそうに笑っていた。
さて、アリシアちゃんが事実上の家族というわけではなく、書類上も国から正式に家族として認められた以上、一つの問題が浮上してきた。それについては、僕一人で解決することなど到底不可能であるため、こうして放課後に僕はある場所へ向かって歩いていた。
目的地は、あまり児童が行きたがらない場所でもある職員室。職員室と卒業生か、あるいは上級生が工作の時間に作ったのだろうか、木材で作られた可愛らしい看板に迎えられて、僕は職員室のドアを開けた。聖祥大付属小学校の職員室は教室を二つか三つほど壁をぶち抜いたといわんばかりに広い。六学年十学級すべての担任を合わせただけでも六十人必要であり、さらに学科ごとの先生や中間管理職の先生を合わせるとさらに人数は拡大する。よって、職員室は一学級の児童の数よりも多くなるため教室がいくつか必要になるほどに広いのだ。
所狭しと机が並べられる中、僕は網の目を縫うように慣れた足取りで職員室を進んでいく。僕が一年生の頃からずっと学級委員をやっていたおかげともいえるのかもしれないが、そのせいで職員室の先生とは殆ど顔見知りで、机の配置ぐらいは覚えている。そのため、迷いなく進む事ができるのだ。
僕たちの担任である―――橘京子先生のもとへ。
先生の机の傍にたどり着くと、相変わらず先生は、机の上でカリカリと仕事をしていた。もっとも、放課後に用事もないのに残るような先生もいないので、仕事をしていないわけがないのだろうが。
「先生」
「……ん? ああ、なんだ、蔵元か。どうした? 今日は提出物はないはずだが」
先生の何気ない言葉に僕は、はぁ、とため息を吐いた。
確かに僕は、学級委員長をやっていて、提出物を持ってきたり、ちょっとした雑用のために先生と接触する機会は多い。しかし、小学生であれば、ちょっとした雑談のために先生に話しかけることもあるだろうに。僕の場合は、その可能性が最初から潰されているのだろうか。
「違います。今日はちょっと相談があるんです」
「相談?」
僕がその言葉を口にすると同時に顔はこちらに向けながらも手は、ちらちらと確認することで仕事を続けていた先生が、初めて手を止めて、椅子を回して僕のほうに体を向けてきた。どうやら、きちんと話を聞いてくれるらしい。
「なんだ、クラス内で問題でも起こったか?」
「え? いえ、クラスでは特に問題はありませんけど」
先生の言葉に少しだけ疑問を覚えた。
ただ、少し相談があると言っただけで、どうしてクラス内での問題と思ったのだろうか? 学校生活や私生活での問題かもしれないし、もっと他のことかもしれない。どうした? ぐらいで聞いてくると思ったのだけど。もしも、先生が学校以外でのことは教師の仕事の範疇外で相談されても困る、というような先生ならそういう聞き方もしてくるだろうが、この先生はそんな先生ではないことは三年の付き合いの中で知っている。
つまり、先生は、今のクラスの中で僕にとって相談するような事が起きることを把握していることになるが―――と、そこまで考えたところで、先生が何を言いたいか、少しだけ分かった。
「ああ、なるほど。僕に反感を持っている子たちのことですね」
こっそりだが、彼らの存在は隼人くんと夏希ちゃんから聞いている。先生は、おそらくその子たちが何か問題を起こしたと思ったのだろう。
僕がそのことを指摘すると、先生は本当に呆れたようにはぁ、とため息を吐いた。
「私は、蔵元と話していると、あんたが小学生だってことを忘れそうになるよ」
「忘れないでください」
確かに頭脳は大学生レベルだろうが、身体は小学生なのだ。見た目が大事なのは言うまでもない。それに僕には大学生の記憶があるなんて言ったところで、信じてはもらえないだろうし、変人だと思われるのも勘弁願いたい。だから、僕は自分が小学生であることを主張するのだ。
それはともかく、先生の疑念を晴らしておくべきだろう。
「あの子たちのことなら大丈夫ですよ」
「ほぅ、なんでだ?」
少し興味深そうに先生は笑う。どうやら僕の解答に興味があるようだ。もっとも、僕が何かしたわけではないのだが。
隼人君による男子の現状は、僕に味方してくれる子が、大体男子の三分の二程度―――中立も含めばだが。三分の一が僕に反感を持っている子ということになる。しかしながら、反感を持っている子たちの中で、全員がまとめられるような子はいないようで、二、三人程度が三グループあるらしい。二人か三人でできることなど高が知れており、せいぜい僕を無視したり、学級委員長の仕事の足を引っ張るぐらいだろう。前者は、僕から話しかけるような事が少なくなるだけだし、後者は、作業の邪魔―――宿題の提出を渋るなど―――は、自分の成績を落とすだけだ。だから、男子に関しては問題がない。
一方の女子のほうだが、どうやら僕が反感を買ったのは四月の事が大きく影響しているようだ。僕が隣のクラスのなのはちゃんと仲良くした事が、彼女達にとって裏切りに見えたらしい。幸いにして、僕は夏樹ちゃんとは幼馴染で、クラスの中では結構大きなグループのリーダー格なので、女子が結束して、僕に報復をなんてことにはならなかったようだ。それに僕に利用価値があることも幸いしたようだ。確かに算数とかは、最後の最後に難しい問題が出るので、僕がよく教えているけど、まさかそれに救われるとは思わなかった。よって、せいぜい陰口程度で済んだらしい。
男子のほうは少しだけ気づいていたけど、女子はまったく気づかなかった。まさか、彼女達の笑顔の下にそんな暗い部分があったなんて。ちなみに、両方の要素がなければ、女子達は結束して男子も巻き込んで、僕は半ば村八分になりかけていたようだった。げに恐ろしきは、幼いとはいえ、女の子たちの性質だろう。男の僕にはまったく分からないが。
「―――というわけで、女子のほうとも少しずつ改善しているので、まあ、大丈夫でしょう」
夏樹ちゃんのアドバイスに従って、少しだけクラスの女子と話す時間を持つようにした。これで、こちらのグループを優先してますよ、とアピールするらしい。その甲斐あって、少しずつ確執はなくなっているといっていいだろう。といっても、僕が時間を増やしたというよりも夏樹ちゃんの手引きによるところも大きいのだが。あの子は、姉御肌だからなあ。
「ふむ、なるほどな。分かった」
学校は小さな社会とはよく言ったものだな、とポツリと零した先生。僕も同じようなことを考えていた。前世での僕の小学校時代なんて覚えていない。だが、こんなにも深いものだっただろうか? と。大学生までの記憶しかないが、それでも似たようなことはあった。もっとも、僕の付き合いは男が多かったので、女子の暗い部分は噂でしか聞いた事がなかったが。
「それで、結局、蔵元の相談とはなんだ?」
「ああ、そうでした。実は、編入について聞きたかったんですよ」
そう、僕が先生に聞きたかったのは編入のことだ。アリシアちゃんは見た目的には、まだ小学校を卒業しているとは思えない。もっとも、正確な年齢は、今となっては分からない。ちなみに、誕生日は、アリシアちゃんが僕と同じがいいと強固に主張したため、七月の僕と同じ日になっている。年齢も同じくだ。よって、書類上は、僕とアリシアちゃんは双子の兄妹となっているわけだ。
「編入? お前の親戚でも引っ越してくるのか?」
「いえ、僕の妹ですよ」
僕が妹と口にすると、先生は少しだけきょとんとしたような顔になった。当然だ。僕の家族構成の中には、妹なんていなかったのだから。それが、突然小学校に編入するような妹がいるといわれても困惑するだけだろう。
「ああ、思い出した。一度だけ会ったことがあるな。あの訳ありの妹ちゃんか」
「そうです。あの妹ちゃんです」
先生の言い方に苦笑しながら、僕は答えた。しかし、いつまでも訳ありで通せるほど優しいものではないだろう。なにより、入学を考えている以上、ある一定ラインまでは説明しなければならないことは必須だったので、僕は魔法などを省いて少しだけ説明した。
アリシアちゃんを拾ったこと。我が家で保護したこと。今回、正式に養子縁組を行い、書類上も家族になったこと。義務教育が必要で、聖祥大付属に入学を考えていることを話した。
アリシアちゃんに義務教育が必要である以上、今は公立に通っているか? と尋ねられれば、答えは否だ。アリシアちゃんが見た目的にも外国人であることは疑いようがない。よって、役所に相談して公立に通う場合は二学期にしてもらい、現在は自宅で僕の昔の教科書を使いながら日本語と小学校一年生、二年生の勉強をしている。
「それで、どうですかね?」
「ちょっと待て。蔵元妹の学年は?」
先生の問いに僕が同じ学年です、と答えると、ちょっと待て、と言い残して椅子を降りると後ろの棚をガサガサとあさり始めた。え~っと、これでもない、あれでもない、と次々に書類の入った紙袋を出す先生。もしかして、整理していないのだろうか。およそ、五つほど紙袋の中身を確認した先生はようやく目的のものを見つけたのだろう。あ、これだ、と声を上げると、その紙袋を手に再び座った。
「喜べ。お前のせいで、私は学年主任だからな。編入の窓口は私なんだ」
「それは、好都合です」
少し棘のある言い方。まるで、僕のせいで別の仕事が発生したと言わんばかりだ。それは正解なのだろうが。だから、僕も皮肉って返してやると、お互いに顔を見合わせて、はははは、と笑った。
「さて、これによるとだな。編入試験は、夏と秋の二回行われ、どちらかしか受けられない」
「……そうですか」
おそらく、夏の編入試験で落ちた生徒が秋に再び受けられないようにするための処置だろう。しかし、この規定であるとアリシアちゃんは、最速で夏の編入試験しか受けられないようだ。僕の見立てが正しければ、今のアリシアちゃんでも合格しそうではあるのだが。
確かにアリシアちゃんはこの世界に来てから数ヶ月しか経っていない。しかし、日本語の中で平仮名とカタカナは完璧に習得しているし、今は漢字を勉強しているが、記憶力もいい。特に算数は―――いや、数学はすでに高校生レベルまでいっているのではないだろうか。だから、合格する可能性は高いと思っていた。
その可能性があるなら、できるだけ早く試験を受けて、聖祥大付属に入学してほしかった。彼女は、夕飯の後など、僕の話を聞いて目を輝かせているから。おそらく、学校を楽しい場所としてみているのだろう。憧れているのかもしれない。だから、できるだけ早くと思っていたのだが、規則なら仕方ない。夏休みが終わった後、魔法世界のあとのほうがゆっくりしているかな? と色々考えているところで、不意に先生の声が割り込んできた。
「ちょっと待て、但し書きがある」
「但し書き?」
「ただし、以下のものは特別に試験を行う、あるいは試験を行わず編入することができる。1.特別な事情により、学校に通わなければならないもの。2.緊急性を要するもの。以上である」
「アリシアちゃんはどちらかに該当するんですか?」
「まあ、1のほうには該当するだろうな」
確かに、記憶喪失で、戸籍ができて、義務教育が必要であるため、といわれると特別な事情といわざるを得ないのだろうか。しかし、2番目の意味があまりよくわからないのだが。
「2は、おそらく公立に通っている児童がいじめなどが原因で、聖祥大小をセーフティネットで使うためだろうな。だから、『2に該当するものは試験を課さない』、と書かれてるから」
「なるほど」
私立学校であるが故に校区に縛られることはない。しかも、スクールバスまで運行している。少し遠くでも通うことは可能だ。だから、地域のセーフティネットとしては十二分に活用する事が可能だろう。緊急性を要するとは、つまり、すぐにでも転校できる環境が必要ということだろう。
「まあ、本当は、面倒だから夏にしろ、と言いたいところだが、蔵元には、クラスの世話を焼いてもらっているからな。今回は、1のケースで進めておいてやるよ」
「ありがとうございます」
たぶん、さきほどの僕の落胆したような表情でも見られてしまったのだろう。めんどくさい事が嫌いな先生にしては珍しく、動いてくれるようだ。ただし、借りは高くつきそうだが。
「ほら、これに必要事項を記入して持ってくるといい。後は、パンフレットやら、色々だ」
ぽんぽんぽんと渡される冊子の数。編入試験について色々書かれていたり、聖祥大付属小学校のパンフレットだったりする。先ほど取り出した紙袋の中にまとめて入っていたのだろう。似たようなものがいくつか先生が取り出した紙袋の中にも見える。実は、編入に関する扱いの冊子は以前に貰っていたのだが、一つだけ貰わないというもの悪いような気がしたので、素直に受け取っておくことにした。
「分かりました。本当にありがとうございました」
「なに、良いってことよ。蔵元にも教師らしいところを見せてやる必要もあるしな」
くくく、と少しだけ意地が悪そうに笑う先生。もっとも、僕が先生が先生であることを忘れたことはないのだが。まあ、それはともかく、これで用件は終わりだ。早く母さんやアリシアちゃんにこのことを伝えようと、僕は先生から貰った冊子を脇に抱えて、回れ右をしたのだが、動こうとした瞬間、先生に肩を掴まれた。
「ちょっと待った!!」
僕が振り返ると先生が、少しだけバツが悪そうな顔をしていた。おそらく、さっきかっこいいことを言ったのに、こうして呼び止めてしまったため、気まずいのだろう。
「なんですか?」
せっかくかっこよかったのに、という落胆を少しだけ声の色に乗せて先生に言うと、先生はバツが悪い顔そのままに視線を宙に泳がせて、やがて意を決して口を開く。
「いや……ちょっと、あれ片付けるの手伝ってくれないか?」
情けない声で頼まれて、先生が指差した先には、パンフレットを出すために散らかした棚と、たくさんの書類が所狭しと床に散らばっていた。
おそらく、先生にもう一度頼むと、再び書類が必要になったとき、今以上に散らかってしまうだろう。先生もそれが分かっているから僕に救援を頼んでいるのだ。ついさっきは、編入をごり押ししてもらった恩がある。だから、僕は仕方ないな、というため息を吐くと、まずは床に散らかっている書類を集めることから始めるのだった。
◇ ◇ ◇
「遅いじゃないっ!」
僕が職員室から帰宅のために直接下足場へと行くと、そこには二人の少女が誰かを待つかのように立っていた。そのうちの一人は、先の言葉で分かるようにアリサちゃんであり、その傍らに寄り添うように立つのは、すずかちゃんだった。
「あれ? 待っててくれたの?」
今日の話の流れが分からなかったため、今日は誰とも約束せずに帰りのショートホームルームが終わった後に直接、職員室へと赴いていた。だから、今日はこの後、一人で帰るだけだと思っていたのだが、どうやら予定とは違った方向になりそうだった。
「うん、だって、ショウくん誰とも約束していなかったでしょ? だから、一緒に帰られるかな? って、思ったから」
僕の問いに答えてくれたのはすずかちゃんだった。
すずかちゃんは、最近、変わったように見える。いや、容姿や性格ではなく、態度が。ちょっと前までは、僕とアリサちゃんとすずかちゃんが集まるとアリサちゃんが中心になって話を進める事が多かったのだが、今ではすずかちゃんが中心になる事も半々ぐらいだ。さらに、休日などに図書館や雑貨屋へ行こうと誘われる。これが、アリサちゃんも一緒なら問題はないのだが、僕と二人だけの場合がほとんどだ。
これらの態度が変わったことや今までを加味すると、どうやらすずかちゃんが、僕に吸血鬼の事がバレて、浮かれているかもしれない、なんて考えは木っ端微塵に砕けたと考えていいだろう。アリサちゃんと話してると明らかに間に入るような行動も見て取れる。ここまで露骨に行動されて、気づかないほど鈍感ではないつもりだ。
自惚れでもなければ、多分、すずかちゃんは僕のことを好きなのだろう。初恋だと考えてもいいのだろうか。しかしながら、思い出せば、たぶん、なのはちゃんも似たような想いを抱いていると考えると、僕のどこがいいんだろうか? と思ってしまう。
それはともかく、すずかちゃんへの対策は、なのはちゃんと同じく現状維持だ。なのはちゃんのときも考えたが、普通は僕たちの年代では『恋』を認識することはきわめて難しい。『好き』という言葉を簡単に口に出せる年代だ。もう少し年上になれば、簡単に口に出せるほど軽い言葉ではなくなるだろう。
さて、ここで奇妙なのは、すずかちゃんの行動だ。なのはちゃんも同じような想いを抱いているはず―――これで間違いだったら恥ずかしいことこの上ないが―――なのに、すずかちゃんは、まるで中学生や高校生のような態度を取ってくる。僕たちの年代であれば、自分で自己完結するか、あるいは、友達に話すぐらいで、交際という段階まで持っていくことは稀だ。たとえ、あったとしても、言い方は悪いが、『ごっこ』になってしまうことは仕方ないだろう。そこまで、心も体も成長していないのだから。
ならば、すずかちゃんとなのはちゃんの態度が異なるのはなぜか? たぶん、すずかちゃんに入れ知恵をした人間がいるはずだ。そして、僕はその人間に心当たりがある。すずかちゃんの姉―――忍さんだ。すずかちゃんの家にお茶会に行ったとき、本人から直接聞いた話だが、最近、恭也さんと男女交際を始めたようだ。それは素直に『おめでとうございます』お祝いの言葉を言う事ができるのだが、妹にまで入れ知恵をしないで欲しいと思った。
もっとも、忍さんの性格から考えると、妹を本気で案じているのか、遊んでいるのか分からないところがあるが。忍さんだって分かっているはずだ。いくら、同年代よりも大人びた態度を取る事ができる僕でも、普通に考えれば、男の子である僕が―――通常、精神年齢や心の早熟というのは、女の子のほうが早い―――『恋』などできるはずがない、と。いくらすずかちゃんが頑張ってもハムスターの車輪のようにからからと空回りするだけ、だということに。
それでも、諦めないのは、いつもの態度から僕が『恋』できると感じているか、あるいは、ありえない話であるが、僕が二十歳の精神年齢をしていることに気づいているか、ということである。前者は少しだけ可能性があるかもしれないが、いくらなんでも後者はありえないだろう。
どちらにしても、現状は、すずかちゃんの好意には気づかないことにする、という方針は変わらない。確かに、すずかちゃんからの好意は嬉しいが、それは、例えば、アリシアちゃんに『お兄ちゃん、好きっ!』といわれるのと大して代わりはない。そもそも、二十歳の精神年齢を持っている僕がすずかちゃんに本気で恋などできるはずがない。だから、現状維持なのだ。
「って、あれ? ショウ、何持ってるのよ?」
すずかちゃんに、そうだね、一緒に帰ろうか、と話したところで、不意にアリサちゃんが僕の脇に抱えている小冊子たちに気づいたようだった。
「ああ、これ? 編入の手続きのための書類だよ」
別に隠すようなものではなかったため、あっさりと答えたのだが、僕が正直に答えた瞬間、アリサちゃんとすずかちゃんの顔色がさっ、と変わった。何か変な事を言っただろうか? と自分の発言を鑑みるが、別に変な事を言ったつもりはない。分からない僕は、どうしたの? と尋ねる前にアリサちゃんとすずかちゃんが詰め寄ってきた。アリサちゃんにいたっては、僕の肩を掴むほどだ。驚く僕を余所に、アリサちゃんたちは慌てた様子で口を開いていた。
「ちょっと! ショウ、どっかに転校するのっ!?」
「ショウくん、転校するのっ!?」
ああ、なるほど。
僕は、アリサちゃんたちの疑問を聞いて、ようやく彼女達が何を言いたいかを把握した。つまり、アリシアちゃん用の編入手続きを僕のと勘違いして、僕が聖祥大付属小から転校すると勘違いしたわけだ。ああ、そういえば、確かにアリサちゃんたちはアリシアちゃんのことを知らないのだから、編入といわれたら、僕のものと勘違いするのも無理もない話だ。
しかし、勘違いと分かっている僕は、失礼な話だが、アリサちゃんたちの本気で焦っている顔を見ると思わず笑いがこみ上げてくる。
「何笑ってるのよっ!」
「ご、ごめん。違うんだ。これは、僕のじゃないんだよ。これは、僕の妹の編入用の書類だよ」
僕の話を聞いて、妹の存在を初めて知ったであろうアリサちゃんとすずかちゃんは、目をパチクリさせて驚くばかり。まあ、それもそうだろう。弟のアキの存在は知っていただろうが、妹の存在は知らず、さらには編入というのだから。
「ちょ、ちょっと! どういうことよっ! アキ以外に知らないわよっ!!」
案の定、アリサちゃんが吼えた。ここで説明しても別に構わないのだが、それでは時間がかかる。なにより、少し込み入った事情なのだ。さて、どうしようか? と考えたところで、いい案が浮かんだ。要するに百聞は一見にしかずなのだ。
「ねえ、今から僕の家に来ない?」
僕の提案にアリサちゃんとすずかちゃんは顔を見合わせて首をかしげるのだった。
◇ ◇ ◇
聖祥大付属小から僕の家の帰り道で、僕はアリシアちゃんについて先生に説明したのと同程度の説明をアリサちゃんとすずかちゃんにした。アリサちゃんもすずかちゃんも、僕の話をまるで信じられず、胡散臭そうな目で見ていたが、何度も言うことでとりあえずは納得してくれたようだ。まあ、無理もない。よくよく考えれば、どこの小説の話だ? というほどの話なのだから。もっとも、本当は、魔法などが絡んでくるためもっとファンシーな話になるのだが、そこまでは説明できなかった。
そんなことを話していると、僕の家の前に着いた。僕が先導するような形で僕は、ただいま~、という言葉とともにドアを開いた。その後に続く、お邪魔します、というアリサちゃんとすずかちゃんの声。それを確認しながら、靴を脱いでいると、リビングのほうから聞こえてくるドタドタと廊下を駆けてくる音が聞こえる。こんなに走るのは誰だ? と考えるまでもない。この家には、そんな人物は一人しかいないからだ。
「お兄ちゃんっ! おかえりっ!」
「おっと」
流れるような金髪をツインテールにして、翻しながら駆け込んできた速度そのままで僕にぶつかるように抱きついてくるアリシアちゃん。どうやら、温泉に旅行に行ったときからこれが気に入っているのか、僕が帰ってきたときは、抱きついてくる事が多くなった。僕としては、質量がほぼ同じのアリシアちゃんが抱きついてくるのはかなり苦しいものがあるのだが。そこは、兄としての威厳のために耐えるようにしている。
いつものように抱きついてきたアリシアちゃんを離していると不意に背後から視線を感じた。ああ、そうだ。アリシアちゃんを二人に紹介しないといけないな。
「ほら、アリシアちゃん、僕の友―――親友のアリサちゃんとすずかちゃんだよ」
途中で、アリサちゃんのきつい視線を浴びて言い換えながら、僕はアリシアちゃんにも自己紹介するように彼女達の前に出すのだが、途中で、怯えたように僕の服を掴んで隠れるように背中に回ってしまった。
「え? あ、アリシアちゃん?」
こんな態度のアリシアちゃんは初めてだったため、動揺してしまったが、もしかして、アリシアちゃんって人見知りするのだろうか? そういえば、家族以外に紹介するのは初めてだ。だから、アリシアちゃんが人見知りをするなんて考えた事がなかった。これは、二重の意味で都合が悪い。目の前のアリサちゃんとすずかちゃんの視線も不味いし、これから学校に行こうというのに人見知りのままでは困るからだ。
だから、僕は心を鬼にして、アリシアちゃんを背後から肩を掴んで無理矢理僕の前に持ってくる。その際、僕の友達だから大丈夫と囁きながら。僕の言葉にどれだけ効果があったか分からないが、ちょっとだけ僕を見た後、まっすぐアリサちゃんとすずかちゃんを見ることはできずに下を向いていたが、それでも絞り出すような声を出した。
「く、蔵元アリシア……です。……………よろしく」
自己紹介というには足りず、自分の名前と最後にとってつけたような挨拶を言っただけだが、それでアリシアちゃんとしては、限界だったのだろう。それ以上、何か言葉を口にするようなことはなかった。
二人の反応はどうかな? と見てみると、最初に動いたのは、すずかちゃんだった。
「アリシアちゃん……でいいかな? 私は、月村すずかよ。ショウくん―――あなたのお兄さんの友達よ」
まるでアリシアちゃんを安心させるような声で、すずかちゃんが一歩出てきてアリシアちゃんに自己紹介する。すずかちゃんの優しい声は、アリシアちゃんの人見知りに効果があったのか、少しだけ顔を上げて、すずかちゃんをちょっと見るとコクン、と頷いた。
「ああっ! もうっ! 暗いわねっ! あたしはそういうの嫌いなのっ! あたしは、アリサ・バニングスよ。ショウの親友なんだからっ!」
「う、うん」
無理矢理、顔を持ってきて真正面から見るアリサちゃん。多少、いや、かなり強引だが、こういうほうがいいのだろうか? すずかちゃんの優しい笑顔とアリサちゃんの強引な前の向かせ方。僕にはどちらが良いのか分からなかったが、とりあえず、自己紹介は済んだようだった。
「それじゃ、リビングに行こうか」
自己紹介が済んだ後は、いつまでも玄関にいる必要などない。それよりも、座って話をしたほうが良いだろう、と判断した僕は、アリシアちゃんたちを連れてリビングへと向かう。リビングのテーブルの上には、アリシアちゃんが勉強をしていたのか、社会の教科書とドリルとノートが広げられており、向こうにある台所では、母さんが晩御飯の準備をしていた。アルフさんは見かけなかったが、おそらく、子ども部屋でアキの子守でもしているのだろう。………最初に話す言葉が、アルフさんを見て、『ママ』だったら、母さんショック受けるだろうな。
そんなくだらないことを考えていると、母さんが僕たちに気づいたのか振り返った。
「あら、ショウちゃん、おかえりなさい。って、今日はずいぶん華やかね」
おそらく、後ろのアリサちゃんとすずかちゃんのことを言っているのだろう。母さんに見られた二人は頭を下げて、お邪魔します、と頭を軽く下げる。この辺りは、さすが、資産家の子どもなだけあってしつけが行き届いてるな、と思う。そんな二人に、はい、いらっしゃい、というと、台所にある食器棚からグラスを四つ取り出す。
「オレンジジュースでいいかしら?」
どうやら、飲み物を入れてくれるらしかった。何かを話すにしても飲み物は欲しいと思っていたところだ。実に有り難い提案だった。だから、僕はお願い、と言い、アリサちゃんたちは、ありがとうございます、というと再び頭を下げていた。
さて、と僕はいつもの定位置―――アリシアちゃんの隣―――に腰を下ろすと、忘れないうちに伝えておこうと思っていたことをアリシアちゃんと母さんに伝えることにした。
「ねえ、母さん、アリシアちゃん。聖祥大小の編入は大丈夫だって」
「あら、そうなの。よかったわね、アリシアちゃん」
「うん、やった~っ! これで、お兄ちゃんと一緒に学校に行って、同じクラスで勉強できるっ!」
母さんは、少しだけでも編入のルールを知っているのか、僕から大丈夫という言葉を聞くと意外そうな顔をしていたが、すぐに微笑みに代わり、アリシアちゃんは、近くにアリサちゃんとすずかちゃんがいるのを忘れてしまうほど嬉しかったのだろうか、いつもどおりの態度で学校にいけることを喜んでいた。
「でも、同じクラスになるか、分からないわよ?」
アリシアちゃんが喜んだ内容に釘を刺すように言うアリサちゃん。確かにアリサちゃんが言うことは正論だ。僕と同じ学年とはいえ、同じクラスになるとは限らない。確かに現時点で聖祥大小への合格は間違いないと思う。算数、国語、理科、社会の四教科が試験科目であるが、それらに関していえば、算数と理科は満点が取れると思うから、後は、国語と社会だが、これが、流石に二年分となると大変だ。特に社会は、文字通り世界が違うところから来たのだから、ゼロから覚えなおしだ。編入試験までにどこまで覚えられるか、僕にはまったく分からなかった。
「え……そうなの? お兄ちゃん」
アリサちゃんの言葉を聞いたアリシアちゃんは、先ほどまでの喜びが嘘のように少し沈んだ声で、僕に確認してくる。ここで嘘を言って同じクラスになれなかったら、おそらくアリシアちゃんの落ち込みは、最底辺まで落ちてしまうのではないだろうか、と考えた僕は正直に言うことにした。
「そう、だね。確かに同じクラスにはなれないかもしれないね」
でも、学校にいけるからいいじゃないか、と口にしようと思ったのだが、その言葉を口に出すことはできず、アリシアちゃんの声に遮られることになった。
「そんな………お兄ちゃんと一緒じゃないと意味がないのに………お兄ちゃんと一緒じゃなきゃ……」
その声は小さい声だったにも関わらず、全員に聞こえてしまうほど暗く、重く、沈んだ声だった。先ほどまでの喜びで溢れていたリビングとは打って変わって今度は、アリシアちゃんの空気に引きずられるように沈んだ空気が蔓延しそうになる。
「で、でも、クラスは、成績順だから、アリシアちゃんの編入試験の成績によっては、同じクラスになれるよ」
暗くなった雰囲気を払拭するかのようにすずかちゃんのフォロー。確かに、他の小学校とは違って、僕たちの学校は、成績順のクラス編成になっている。公にはされていないものの、公然の秘密というやつである。だから、すずかちゃんの言うとおり、成績によっては、同じクラスにはなれるのだ。
それは、僕も考えていた。しかし、僕と同じクラスになるためには、平均で九十点は欲しいところである。算数と理科は大丈夫だろう。しかし、国語と社会をそこまで持っていくことは難しいと僕は思う。だから、僕はたぶん、なのはちゃんと同じクラスである隣の第二学級になると思っていた。もしも、アリシアちゃんがそのクラスになったときは、なのはちゃんと友達になってくれるかも、と考えていたのも事実だ。
「よしっ! そんなにショウと同じクラスになりたいなら、あたしが勉強を教えてあげるわっ!」
「えっ!?」
少し驚いた様子のアリシアちゃん。当たり前だ。つい先ほどまで他人だったアリサちゃんからそんな言葉が出れば、驚きもする。しかし、アリサちゃんは、別の方向に取ったらしい。
「なによ、信じられないっていうの? あたしは、これでもショウの次の二番手の成績よ」
といっても、本当に僅差だ。小学校の問題では、四教科で、一問か二問程度の差しかないのが困る。小学校で気が抜けない事態になろうとは、予想もしていなかった。これが、塾のハイレベルになると流石に余裕ができてくるのだが。
「だったら、私もお手伝いしようかな」
次に名乗りを上げたのは、すずかちゃんだ。すずかちゃんも第一学級に安定してなれるほどに成績はいい。おそらく十手の中には入っているだろう。すずかちゃんはアリシアちゃんと逆で算数が少しだけ苦手なのだ。それさえ治せば、一気に順位が上がることは間違いない。
「うん、それじゃ、アリシアちゃん、お願いしてみたら?」
どうしよう? というような視線を送ってきたので、僕は、彼女達の申し出を快諾するように言葉を促す。たぶん、僕がやっても同じような形になるだろう。しかし、それではせっかくアリシアちゃんに友達ができそうな機会をきってしまうことになる。それに、学校に編入する前に人になれる必要があるだろう。最初は、手近な人になってしまうが、仕方ない。いきなり見知らぬ人の中に放り込まれるよりもましだろう。
「さあ、ショウの許可は貰ったし、ビシバシいくわよっ!」
「アリサちゃん、あんまり厳しくしちゃダメだよ」
「あらあら、楽しそうね」
僕の許可を貰ったことでアリシアちゃんも快諾したと思ったのか、張り切る、いや、張り切りすぎるアリサちゃん。アリサちゃんの行動を微笑みながら、とめようとするすずかちゃん。そして、急な事態に目を白黒させながらも必死についていこうとしているアリシアちゃん。しっちゃかめっちゃかな状況におっとりとした微笑とともにオレンジジュースが入ったグラスを四つ、お盆に入れて持ってくる母さん。
そんな状況を僕は、苦笑と共に見守るのだった。
◇ ◇ ◇
アリシアちゃんの編入願いを出して、二週間が経とうとしていた。
「今日は、面白いお知らせがある」
朝のショートホームルームの最中、不意に先生がそんな言い方で切り出してきた。同級生達は、なんだろう? と困惑の表情を浮かべていたが、大人しく先生の続きを待つようにしたようだ。
「今日から、新しい友達が一緒に勉強することになった」
そう転入生の紹介だ。さて、ココまで来て、誰が来た? と騒ぐ僕ではない。もっとも、周りはそうではなく、ガヤガヤと騒ぐことになってしまったが、それも先生が手を叩くまでだ。パンパンと手を叩くと途端に静かになる教室。それを満足そうに見渡しながら先生は、入り口に向かって声をかける。
「入っておいでっ!」
その声と同時にドアが開く。教室の誰もがそこに注目する。教室の入り口を開けてまず最初に目に入ったのは、このクラスには一人だけいる彼女と一緒の流れる金髪。それを大きなリボンでツインテールにしている。次は、その小さいながらも整った顔立ち。確かに可愛い女の子が多いクラスではあるが、それでも頭一つは抜き出ているといってもいいだろう。身内の贔屓目を抜いてもそれは間違いないと思う。現に、クラスの何人かは、ぼ~っと呆けた顔をしていることだし。包まれている服は聖祥大付属小の白い制服。それが、彼女には実に似合っていた。
入ってきた彼女が教卓の隣に立つと、先生は黒板の高い位置に名前を書く。彼女が直接書かないのは、身長が届かないからだろう。
『蔵元アリシア』
和名と西洋の名前が入ったちょっと違和感を覚える名前が黒板に書かれる。と同時に僕にも視線が集まる。当たり前だ。同じ苗字をしているのだから。だが、それは仕方ない。なぜなら、彼女は僕の妹なのだから。
そう、アリシアちゃんは先週の土曜日と日曜日に行われた四教科と面接の編入試験に合格した。もっとも、面接は最低限の確認のみで大半は、四教科の試験のみで九割決まってしまうらしいが。その面接試験の後に聞いたのだが、どうやらアリシアちゃんは少しだけ国語と社会の点数のせいで第一学級になれる点数には足りなかったらしい。しかし、かなり高等な問題が入っているはずの算数と理科で満点を取ったため、アリシアちゃんの成績を伸ばすためには、第二学級では力不足ということで第一学級に編入という形になったらしい。
アリサちゃんのスパルタとすずかちゃんと優しい授業は無駄にはならなかったようだ。本当に足りなかったのは一部で、それ以上だったら、さすがに第一学級にはできなかったという話だから。
さて、教卓の隣に立ったアリシアちゃんはその整った顔を不安そうにしていた。アリシアちゃんは、人見知りをしているのだから仕方ないのかもしれないが。一緒に勉強している時間が長かったおかげもあるのかアリサちゃんとすずかちゃんとは、割と普通に話す事ができるようになったアリシアちゃんだが、やはりこうして赤の他人の前にくると不安になるらしい。よくよく見ると今にも涙がこぼれるかもしれない、というほどに目が潤んでいるようにも見える。
しかし、それも意を決してクラスを見渡した瞬間なくなった。その潤んでいたはずの視線は、まっすぐと僕を捕らえていた。先ほどまで不安一色だった表情に笑顔が浮かぶ。そして、嬉々とした声で口を開いた。
「あっ! お兄ちゃんっ! 私、同じクラスになれたよっ!!」
ぶんぶん、と大きく手を振るアリシアちゃん。
うん、嬉しいのは分かる。分かるけど、それは休み時間とかにして欲しかった。今は、自己紹介の最中で、注目するのは僕だけじゃないのに。
しかし、そんな僕の心の願いが届くはずもなく、アリシアちゃんは、何か悪いことした? といわんばかりに小首をかしげ、同世代の女の子がお兄ちゃんと呼ぶことに違和感を持っている同級生が僕に疑惑の視線を向けてくる。いや、一部―――アリサちゃんは、ざまあみろというようなニヤニヤとした笑みを浮かべ、すずかちゃんは仕方ないなぁ、という笑みを浮かべていた。
そんな中、僕にできることは、誤魔化すように、ははははと乾いた笑みを浮かべることだけで、その笑みを浮かべながら、これからもっと大変になるのかな? と心のどこかで確信するのだった。
後書き
将を射んと欲すればまず馬を射よ
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