銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける
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第十五話 海賊達の総会
帝国暦 489年 3月30日 オーディン テオドール・アルント
オーディンの宇宙港の到着出口に大勢の利用客が現れた、しかし俺達の待ち人は現れない。
「遅いですね、所長」
「そうだな」
イライラする。巡航艦バッカニーアが宇宙港に着いたのは四十分も前の事だ。普通なら十分前には親っさん達は到着出口に現れている。一体何が有ったのか……。ここには自分を入れて十人で迎えに来ているが皆いい加減焦れてきている……。
「落ち着け、アルント」
「ですが」
「落ち着くんだ。アルントだけじゃない、皆も落ち着け。ここに居るのは俺達だけじゃない、皆が俺達を見ている事を忘れるな。おたおたすると足元を見られる」
低い声でリスナー所長に押さえつけられた。ハインリッヒ・リスナー、オーディンに有る黒姫一家の事務所の所長だ。親っさんの代理人として百人以上の人間をオーディンで動かしている。この仕事に着くまではリューデッツでインフラ整備を担当していた一人だ。まだ三十代半ばだが冷静沈着な人間だと一家の中では評価されている。親っさんの信頼も厚い。
「安心しろ、幸い変な騒ぎは起こっていない。多分何らかの事情で足止めを食らっているんだろう」
「そうですね、……それにしても連中、何者でしょう」
「さあな。……あんまりじろじろ見るんじゃないぞ」
到着出口付近には俺達以外にも人が居る。友人、家族、恋人を迎えに来たのだろう。だがそれとは明らかに様子の違う人間達が居る。わざと目立つようにしている者、さりげなく佇んでいる者。私服、軍服、男、女……。誰かを迎えに来ているのではない、何かを待っている。おそらくは親っさんだろう。
「警察と軍でしょうか、それにしてはちょっと多い様な気もしますが」
俺が問いかけるとリスナー所長がチラッと俺を見た。
「まず警察だな、社会秩序維持局は有難い事に活動停止だ。軍からは憲兵隊と情報部だろう。あとは同業者とフェザーンだな……」
警察、情報部、憲兵は自分にも見当がついた。でも同業者とフェザーンは気付かなかった。まだまだだ。
「軍服を着ているのは憲兵隊か情報部ですか」
「あれは軍服を着ているだけだ、軍人とは限らない。先入観で決めつけるな」
リスナー所長がまたチラッと俺を見た。“はい”と答えたけど顔が熱くなった。情けない話だ、全然所長には及ばない。
「親っさんです!」
誰かが声を上げた。間違いない、親っさんは隠れてて見えないがアンシュッツ副頭領、キア、ウルマン、ルーデルが見える。ようやく一安心だ、それにしても相変わらず親っさんは小人数で動く、周囲には十人程度しかいない。本当なら最低でも倍の二十人は要る、そう思った時だった。
「周囲に目を配れ、妙な動きをしてる奴はいないか」
リスナー所長が低い声で注意した。慌てて周囲を見る、皆親っさん達に視線を向けている、妙な動きは無い。
皆が口々に異常が無い事を告げるとリスナー所長が
「そのまま周囲を警戒しろ、ゆっくりと歩くぞ」
と言って歩き出した。
所長の指示に従って周囲を見ながらゆっくりと歩く。連中は親っさんより俺達に注目している。慌てて視線を逸らす奴もいる。なるほど、こういう警告の仕方も有るのか……。親っさん達が到着出口から出てきた。先頭はアンシュッツ副頭領だ、リスナー所長が傍によって挨拶をした。
「御苦労様です」
「そっちこそ御苦労だな。待たせたか、リスナー」
「ええ、何か有りましたか、副頭領」
「警察がな、職質をかけてきた。嫌がらせだな」
アンシュッツ副頭領が顔を顰めている。確かに嫌がらせだろう。明日、海賊がオーディンで総会を開くのは警察もとっくに知っているはずだ。殆どの頭領は既に集まっている。敢えて親っさん達に職質をかける必要は無い。
「嫌がらせとは限らないでしょう。ローエングラム公が実権を握ってから役人の綱紀粛正が進んでいると聞きます。我々に対しても通常任務として行ったのかもしれません」
「親っさん、我々は犯罪者じゃ有りませんが」
アンシュッツ副頭領が抗議すると親っさんがクスッと笑った。
「しかし犯罪者より悪名は高い」
親っさんの言葉に皆が苦笑した。苦笑が収まると動き出した。俺と所長が先頭に立つ、その後を親っさん達が続きその後をウチの人間が固める。外の駐車場には車が六台、運転手と共に待っている。
六台の車が事務所に向かう、俺はリスナー所長と共に三台目の車に乗る。親っさんも一緒だ。車が動き出すと親っさんとリスナー所長が話し始めた。
「それで状況は」
「良くありません。我々が向こうと取引をするのが気に入らないようです。軍人、商人、警察、政治家、皆我々を非難しています。唯一の味方は改革者だけです、しかし決して声は大きくは無い」
親っさんが溜息を吐いた。
「やれやれですね」
「今日も随分と見物人が居ました。我々の弱みを掴んで押さえつけたい、そう思っているのでしょう」
「なるほど、……憲兵は如何です」
「見物には来ていたと思います。しかしそれ以外はこれといって動きは有りません」
親っさんは面白くなさそうだ、顔を顰めている。
「……気付いていないと思いますか」
「そうは思えません。先日も我々の件で軍内部で喧嘩が有ったくらいです」
「……敢えて放置している……」
「その可能性は高いと思います」
今一つよく分からない会話だな。いろんなところがウチを面白く思っていないのは分かる。憲兵が動いていないって言ってたな。親っさんは面白くなさそうだけどそれがよく分からない。憲兵なんて動かないでいてくれた方が助かると思うんだが……。
事務所に到着すると親っさんは副頭領、リスナー所長と打ち合わせに入った。暫くは俺達は控室で待機だ。キアやウルマン達と話すのは久しぶりだ。コーヒーを入れて皆で飲む。宇宙港で緊張したせいだろう、旨い。キアが話しかけてきた。
「アルント、随分とデカい屋敷だな。内乱で没落した貴族の屋敷だって?」
「ああ、持ち主は戦死してるよ。政府が競売にかけてな、ウチがある不動産屋に買わせてそこから購入した。直接ウチが買うと煩いからな」
「他にもそういう屋敷は多いのか?」
「持ち主が居なくなって病院とか福祉施設、学校になった屋敷は結構ある。ウチの右隣は病院だし左隣は戦傷者のための職業訓練学校だ」
「はーっ、帝国も変わったな。実感が湧いたよ」
キアが嘆息するとウルマン、ルーデル、ヴァイトリング、ヴェーネルトが頷いた。
少し雑談をした後、気になっていたことを問いかけた。
「一つ聞いていいか、マテウスさんが追放されたが一体何が有ったんだ?」
皆の表情が強張った。そしてウルマンが吐き捨てた。
「アルント、もうマテウスさんじゃない、マテウスだ。ウチとは関係ないんだからな」
「……」
フランツ・マテウス、俺やキア達より十は年上の構成員だった。先月の半ば過ぎ、突然他の数名と共に組織から追放された。親っさん達がこちらに向かう直前のはずだ。
「薬に手を出そうとしたんだ」
「薬? まさかサイオキシン麻薬か?」
「いや、もっと軽い奴だがな」
信じられない、ウチの組織はその種の薬は禁止している。一体何を考えているのか……。呆然としているとルーデルが後を続けた。
「最近辺境も景気が良くなって妙な奴が増えてるんだ。金髪が改革を始めてから中央は取り締まりが厳しくなった。それで、辺境なら景気が良いし取り締まりも厳しくない、そう考えたらしい」
「流れ者か……。それに引っかかった、そういうわけか」
「妙な奴が居る、それで密かに調べている最中だった。そんな時にマテウスと奴の仲間が接触したんだ。どうも薬を売るのを助けようとしたらしい。俺達と組めば辺境じゃ大儲けできる、そう言ったらしいな」
「馬鹿げている……」
「馬鹿なんだよ」
俺が呟くとキアが厳しい声を出した、こっちを強い目で睨んでいる。
「辺境はウチの縄張りだ。ここまで一家が大きくなったのは辺境の住民と協力してきたからなんだ、それが分かってねえ。薬なんか流してみろ、俺達は縄張りを失いかねない」
「……それで追放か……」
「連中を捕まえて船を調べた。結構な量の薬が有ったよ、雑貨に混じってな。連中は警察に突き出した。マテウスとその仲間は追放だ、未遂だからな。他の組織にも辺境の住民にも追放は通達した」
「……」
「ウチは親っさんの名前で辺境領域の住民に謝罪文を出した。もう少しで迷惑をかける所だったってな」
「……そうか」
マテウスは追放された。組織からだけじゃない、辺境からもだ。辺境ではどこの住民もマテウスを相手にすることは無いだろう。辺境以外のどこかで生きていくしかない……。海賊にはなれない、何処の海賊組織も追放された人間など受け入れない。まして追放したのが黒姫の頭領だ。下手に受け入れればウチと揉める事になる。何処かの企業に勤めるか、軍に行くか、或いは土地を耕すか、一番可能性が高いのが犯罪者だろう……。あと五年、生きていられるかどうか……。
「馬鹿な野郎だよ。……アルント、野郎がオーディンに現れても関わるんじゃねえぞ。但し監視は付けろ、ウチの名前を悪用しねえようにな」
「ああ、そうするよ、キア。その時はそっちにも知らせる」
「そうしてくれ」
そう言うとキアは忌々しそうに大きく息を吐いた……。
帝国暦 489年 3月31日 オーディン エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
「ホテル・ヴォルフスシャンツェですか、随分と気張りましたね、オーディンでも一流ホテルですよ」
総会が開かれるホテル・ヴォルフスシャンツェへ向かう途中、地上車の中でキアが話しかけてきた。
「幹事はワーグナーの頭領ですからね。腕の見せ所でしょう」
俺の言葉にキアが頷く。総会の準備は幹事が行う、幹事の任期は三年、そして幹事は総会での議長を務める事になっている。ワーグナーは今年から幹事になった。張り切っているのだろう。
「二年も経てば親っさんに幹事をって話が出てくるかもしれません」
「面倒ですね、他の人にやってもらった方が良い。組織間の揉め事の調整なんて嫌ですよ……」
「そうは言っても逃げられますかねえ。ワーグナーの頭領は親っさんを頼りにしていますよ」
幹事は組織間の揉め事の調整を行う事も有る。基本的に揉め事は当事者同士で解決するのが決まりだが、揉め事を起こした組織が幹事、或いは有力者に調停を依頼する事も有るのだ。有力者は断れるが幹事は断れない。その所為で調停に随分苦労した幹事も居ると聞いている。
要するに幹事は海賊組織の調整役なのだ。調整役には力が要る、従って幹事に選ばれるのは海賊組織でも五指に入る大組織の長が選ばれることになっている。黒姫一家は帝国でも五指に入る大組織になった。幹事の資格は十分に有る、やる気はゼロだが……。
幹事には当然だが旨味も有る。総会に出る組織は幹事に対して会費を納める。まあ言ってみれば一年間の活動費みたいなもんだ。一組織が収める金額は二十万帝国マルク。総会に参加する組織は五十近くある。何も揉め事が無ければ丸儲けだ。総会に参加しない組織も有る、当然だが会費も納めない以上揉め事が起きても幹事に頼ることは出来ない。総会に出た組織に比べ弱い立場になる。
警察が総会を黙認するのもこの総会が揉め事の調停機関だと認識している所為だろう。取り締まるよりも利用した方が治安に役立つと思っているのだ。しかしオーディンで総会を開くか。ワーグナーも気合が入ってるよな。そろそろホテル・ヴォルフスシャンツェだ。何事もなく終わって欲しいもんだ。
帝国暦 489年 3月31日 オーディン カルステン・キア
ホテル・ヴォルフスシャンツェに着くと親っさんと共に会場に向かう、八階の会議室だ。俺の他にはアンシュッツ副頭領とウルマン、ルーデルの三人、計五人だ。時間は午後二時、総会の開始は二時半だが会場は二時から使える事になっている。問題は無いはずだ。エレベータで八階に行くと既に人が大勢いた。
俺達がエレベータから降りると皆が俺達に視線を向けた。去年も一昨年もそうだったな、そして年々視線が強くなる。そんなに見るなよ、恥ずかしいだろう。ここから先は親っさんが先頭だ。挨拶を受ける事になるからな。俺達が会場に向かうとすっと近づいてきた男が二人いた。一人は中肉中背、四十代後半、もう一人は長身、三十代前半。ベーレンス一家の頭領とシュワルツコフ一家の頭領だ。
「御苦労様です、黒姫の頭領」
「お会いできて嬉しいです、黒姫の頭領」
「御苦労様です、ベーレンスの頭領、シュワルツコフの頭領。早いのですね」
ベーレンスの頭領とシュワルツコフの頭領にとっちゃウチの親っさんは大事な客だ。そして海賊組織の実力者でもある、挨拶は欠かせねえ。
「何時も私達に仕事を回してもらって感謝しています」
ベーレンスの頭領が言うと隣でシュワルツコフの頭領も頷いている。まあ内乱の所為でかなりやばい状況にまで追い詰められたらしいからな。今でもまだ十分に回復しているとは言えねえだろう。これからも仕事を回してくれ、仲良くしたい、そんなところだな。
「いえこちらこそ助かっています。ウチがフェザーンに武装艦を置くのはちょっと問題が有りますのでね、困っていたのです。これからもよろしくお願いします」
「それはもう」
「喜んで」
「規模は小さいのですが新しく輸送会社を手に入れましたのでそちらの方もお願いすることになります」
あーあ、二人とも喜んでるよ。親っさん、相変わらず上手いよな。そりゃこっちも困っていたけどよ、困ったの度合いが全然違う。馬鹿な奴なら威張り散らすだろうが親っさんは相手を立てるんだから……。まあフェザーンの喉元に有る星系を押さえている組織だからな。ウチはフェザーンと面白くねえ関係に有るし味方に付けておけば色々と心強いのは確かだ。
新しい輸送会社は所有輸送船は四十隻だから確かに大きくはねえ。グラスコ輸送会社、血族会社でオーナーの一族が好き勝手やっていた。だがウチとの価格競争に負けてどうにもならなくなった。オーナー一族が自分達の取り分を少なくして価格を下げればいいものを船長達の取り分を下げようとしたんだからな。
当然だが船長達は契約違反だって訴えたし、そんなトラブル抱えてる所にゃ仕事は来ねえ。あっという間に会社が傾いたぜ。あとはウチが買収して終わりだ。ウチが買収して船長の取り分は契約通りと言ったら船長達は皆訴えを取り下げた……。
「よう、黒姫の、来てたのかい」
太い声とともに大柄な男が近づいてきた。ワーグナーの頭領だ、相変わらず元気一杯って感じだな。顔には笑みが浮かんでる、その所為で右頬の刀傷が一際目立つぜ。幹事だからな、嬉しいのかな。
「幹事役、御苦労様です、ワーグナーの頭領。今日は宜しくお願いします」
「いや、宜しくお願いするのはこっちの方だぜ。ベーレンスの頭領、シュワルツコフの頭領、済まんが黒姫の頭領を少し借りるぜ」
二人とも笑顔で頷いた。まあワーグナーの頭領に頼まれたら嫌とは言えんよな。
……そうか、ベーレンスとシュワルツコフの頭領達が親っさんとの関係を強めたいと思っているのは仕事だけじゃないな、ワーグナーの頭領の件も有るか……。これから三年はワーグナーの頭領が幹事だ。ウチの親っさんはワーグナーの頭領と親しい、これは何かと心強いよな。
ワーグナーの頭領が親っさんを人気のない所に誘った。二人で話し始めるが声を潜めている所為だろう、周囲には聞こえない。皆が注目しているな、まあ無理もない。ワーグナー一家と黒姫一家、どちらも帝国では五指に入る組織だからな。この二つの組織がこれからも協力していくのかどうか、その協力の度合いはどの程度の物か、興味津々だろう。
ワーグナーの頭領は上機嫌、親っさんは時々苦笑している。ワーグナーの頭領に“頼りにしている”とか言われているんだろうな。親っさん、そういう風に言われるのが苦手だから……。あ、こっちに戻ってきた。
「ワーグナーの頭領、私の力が必要な時は遠慮なく言ってください。喜んで協力させていただきます」
「そうかい、あんたにそう言って貰えると百人力だぜ。なんたってあんたはイゼルローン要塞を落した男だからな」
ワーグナーの頭領が豪快に笑った、その傍で親っさんが穏やかに笑みを浮かべている。
周囲が皆顔を見合わせている。決まったな、親っさんが周囲に聞こえるように言ったって事は本気でワーグナーの頭領を支えるって事だ。総会でグダグダ言う奴はいないだろう……。
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