SAO─戦士達の物語
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ALO編
六十四話 三人と一人の遭遇
「ユイ、こっちか?」
「はい。丁度あそこです!」
「おっしゃ。行くぜ!」
キリトの胸ポケットからユイが指を差した森の中を目指し、キリトとリョウは飛ぶ。左手にある飛行操作スティックを前に倒し、その場所へ向かって下降していく。と、リョウはそろそろ地上が近い事に頭が思い当った。スティックのボタンを少し離すと、徐々に体が減速していく。だが……キリトのスピードが落ちない。あわてて注意を飛ばす。
「キリト、止まれ馬鹿っ!」
「え、あ、しま、うわぁぁぁ!?」
ガサガサガサッズゴッ!という音が、草むらの向こうに響いたのを聴きつつ、リョウは溜息をつきながらそこへ向かった。
────
キリトが突っ込んだ草むらの向こう側では丁度、一方的な戦闘がおこなわれる直前だった。
新緑色の瞳に、金色の長いポニーテール。布装備を中心とした軽装備に身を包み、ゆるい湾曲を持った長剣を携えた風妖精《シルフ》族の少女一人を、重装備のヘビーアーマーを装備し、長大なランスを構えた火妖精《サラマンダー》の男三人が半円状に取り囲んでいる。差し詰め追いつめられた少女剣士最後の戦い。と言った情景か。まぁ勿論負けたからといった少女が本当の意味で死ぬわけではないのだが。
そんな戦闘は、いま四人全員の眼が見開かれた状態で静止している。
四人の視線はそのすべてが、後ろでヨガか何かかという体制で眼を回している影妖精《スプリガン》であろう少年に向けられていた。この少年、この戦闘のさなかに文字通り行き成り飛び込んできたのだ。
「あたた……スピード出したまま着地なんか出来るわけないよなそりゃ……」
シルフの少女、リーファは、突然飛び込んできて今やっと体制を立て直した少年を見て驚愕した。少年の装備は、黒い簡素な胴着《タブレット》とズボンのみでアクセサリもアーマーの類もなく、武器に至っては背中に背負った小さな剣一本だけ。明らかな初心者《ニュービー》だったからだ。
呆気にとられるリーファの斜め後ろの草むらが更に揺れる。警戒したまま振り向くと、今度は赤い髪をした長身の男が現れた。一瞬サラマンダーの増援かと思ったが、その特異な瞳の輝きから、音楽妖精《プーカ》であると気づく。こちらも装備は簡単な布装備だけで、レザーアーマーすら付けていない。新米だ。
「あ、すんません。連れがどーも」
突然現れた男は、あっけらかんとした様子でそう言うと小走りでスプリガンの少年に駆け寄っていく。相変わらずリーファと三人のサラマンダーは唖然としており、青年の素通りを許す。
少しの間プーカの青年スプリガンの少年にあーだこーだ言い、それに少年が苦笑して返すのをリーファ達は着いて行けず見ていたが、やがて四人の頭が正常に戻る。サラマンダー達の眼にはイラつきの光が宿り、リーファは焦った。此処はスプリガンやプーカの領地からは遥かに離れた地であり、しかも中立域のかなり奥であるにも関わらず一体何故。という疑問と、一体全体何を考えているのか。という怒りが同時に湧き上がり、そこに仲良さげに笑う新米プレイヤー達が一方的な暴力にさらされるのを見たくないという思いが重なった結果、思わず彼女は叫んでいた。
「あなたたち何してるの!速く逃げて!」
しかし、黒衣の少年は全く動じたような様子を見せない。赤毛の青年の方にしても、「ほら、お邪魔っぽいぞ」とか言いながら横の少年を小突くだけ。その姿には緊張感のかけらも無く、状況の危険性を全く理解していない事が良く分かった。
その上、黒衣の少年は右手をポケットに突っこんだまま周囲を見渡し、リーファとサラマンダー達を見比べた後、事もあろうにこんなことを言った。
「重戦士三人で女の子一人を襲うっていうのはちょっと格好良いとは言えないかなぁ……」
「何だとテメェ!」
リーファの方に槍を構えていた左右のサラマンダー二人がその台詞に反応し、槍を構えたまま空中を移動。少年たちを前後で挟み込むように空中待機の姿勢を取ってランスの切っ先を彼らに向ける。
赤毛の青年は「この馬鹿……」とか言いながら額に手を当てているが、その態度にはやはり緊張感が無く、明らかに恐れも焦りも抱いてはいない。
「くっ……」
助けに入ろうにも、残りの一人、リーダー格の男が抜け目なくこちらにランスを向けているため、それもできない。
「テメェ等ぺーぺーの癖にノコノコ出てきやがって、馬鹿だろ?お望み通り纏めてさっさとやってやるよ!」
そう言って、兜のバイザーを下し、黒衣の少年の前で構えていたサラマンダーが深紅の光の帯を引きながら少年たちに向かって突進を開始する。
ランスが少年の体を貫く瞬間を見るのが忍びなく、眼を閉じようとしたリーファの行動を、少年の声が遮った。
「兄貴」
「おう」
短い会話。ふと見ると、少年と背中合わせに立ち、後ろに居たもう一人のサラマンダーを正面から見据えていた赤毛の青年が膝を曲げ、頭を下げたのだ。何をする気なのかと思った時には、右手をポケットに突っ込んだままの少年の左手が、ガードエフェクトの光とともにサラマンダーのランスの切っ先を掴んでいた。
「えっ……?」
「な……!?」
新米が……否。玄人がやるにしても普通ならあり得ない現象である。驚くリーファとリーダー格のサラマンダーをよそに、少年は自分の背後……丁度、青年の方が頭を下げた事によって出来た空間に、相手自身の勢いを利用してランスごと突撃したサラマンダーを放り投げる。
「うおわあああああぁぁぁ!!?」
結果、少年達が回避したら時間差で突撃して仕留めようと空中に待機していた仲間にその体がぶち当たり、二人は錐揉みしながら地面に落下した。
それを見てから、少年は背中に背負った小さな剣の柄に手をかけると……やや戸惑ったような顔で、リーファにこんなことを聴いてきた。
「えーっと、あの人たち、斬っていいのかな?」
「そりゃ……いいんじゃないかしら?……少なくとも先方はそのつもりだと思うわよ?」
「つか、今更許してくださいとかいう気かお前は」
「そりゃそうだよな……んじゃ失礼して……」
少年は剣を抜くと、少し腰を低くして剣をだらりと垂れ下げ構える。気合いが入っていそうには見えないフォームだったが、そんな印象云々の事は少年が右足を前に出した瞬間、砕け散った。
ズパァン!という空気の破裂するような音が鳴り響き、一瞬で黒衣の少年が二人のサラマンダーの後ろに現れる。その姿勢は剣を振り下ろしたように低い姿勢となっていて、一瞬遅れて立ちあがりかけだったサラマンダーの片方が、《エンドフレイム》と呼ばれる死亡エフェクトを残して消え去り、その場に《リメントライト》という蘇生待機エフェクトがその場に残る。余りの速さに、リーファ達の眼が着いて行けず、少年は完全に消えたように見えた。
そしてそれは少年だけでは無い。リーファ達がその速さを完全に理解しきるよりも早く、今度はもう一つののんびりとした声が響く。
「よそ見してていいのかい?お兄さん」
いつの間にかもう一人のサラマンダーのすぐ後ろに立った赤毛の青年が、右手に持ったダガーを逆手に持ちながら奇妙なほど自然な口調でそう言った。
「な……が!?」
後ろに回られたサラマンダーが驚いて振り向く刹那に、そのサラマンダーもエンドフレイムをまきちらし、リメントライトと化す。此処まで来てようやく、この二人の動きが速すぎる事をリーファとリーダー格のサラマンダーの二人の脳が完全に理解した。
この世界におけるアバターの動きの速さを決めるのは、それを操るプレイヤーの脳の反応速度だ。反射神経や長年の経験からも鍛える事が出来るとされるそれが、目の前のこの二人はけた違いに速いのだった。
またスピードもさることながら、残り半分は残っていたヘビーアーマー装備のサラマンダーのHPを一撃で全損させた攻撃のその威力もすさまじい。
ALOでの攻撃ダメージを算出する要素は、大きく分けて四つある。攻撃の速度。命中部位。武器自体の威力。そして被ダメージ側の装甲だ。今回、少年達の武器の威力はほぼ最低域。対し中立域の奥深くでPKを行うメンバーだったサラマンダー側の装甲はそれなり以上の高レベルだっただろう。つまりそれを覆してしまうほどに、少年達の攻撃速度および部位に対しる精度が正確だった事になる。特に、青年の方については、斬られたサラマンダーが首の辺りを中心にエンドフレイムを出していたことから見て超高速で急所部位《クリティカルポイント》である首をかっ斬られたのだろう。制御の難しいハイスピードで、的確に装甲の隙間であるアーマーと兜の間を狙うとは、もはや異常の域である。
そんな事をリーファが分析していると、不意に黒衣の少年がリーダー格のサラマンダーに話しかけた。
「で……どうする?あんたも戦う?」
「ははは……いや。これは勝てないな。アイテムをおいて行けと言うなら従うから、見逃してほしい。もうすぐ魔法スキルが900に乗るんで、死亡罰則《デスペナ》が惜しいんだ」
「おーおー、正直だなお兄さん。キリト、俺は構わんぞ。まぁ最も……」
にやりと笑い、赤毛の青年がリーファの方を向く。
「そっちのが納得すれば、だけどな?」
「そうだな……お姉さん、どう?彼と戦いたいなら邪魔はしないけど……」
そう言えば。と、リーファは自分の中に先程追いつめられた時まではあったはずの戦意が、驚愕等によってすっかり押し流されてしまっている事に気がついた。苦笑しながら、彼女は答える。
「わたしもいいわ。次は負けないからね。サラマンダーさん」
「望むところだ。まぁ、君ともタイマンじゃあまり勝てる気はしないけどね」
ははは。と小さく笑うと、重戦士は燐光とともに森の向こうへと飛び去って行った。少し時間がたち、二つのリメントライトが消えてから、リーファは少年と青年に話しかける。
「で……私はどうすればいいの?お礼を言うべき?逃げるべき?それか……戦う?」
リーファとしては三つ目の選択肢は受けたいか遠慮したいか微妙なところだった。
今の戦闘を見た限りでは負ける予感の方が頭の中に強く浮かんできてしまっているが、あのスピードと正面から剣を交えてみたいと言う戦士らしい欲求も頭には浮かんできている。
「ははっ、中々気の強いお嬢だな」
「お嬢ってなによ……」
「いやいや。気になさんな」
言いつつ、二人は互いに剣を背に。短剣を腰に戻す。
「しかしまぁ、俺たちにしてみりゃ「ヒーロー見参!」ってな場面なんだ。そう警戒してくれるな」
「あー、お姫様を騎士が助けるみたいな?」
「おうよ。ついでにお嬢がお前に半泣きで抱きついたりすりゃ完璧……」
「な……ば、馬鹿にしてるの!?」
予想外の答えに、少し顔が赤くなったリーファは半ギレで目の前の二人に剣を突き付ける。
青年はあわてて手を上げ、しかしやはりからかうようにカラカラと笑った。
「おっと、怖いな……冗談冗談。そう怒りなさんなって」
「この……」
「兄貴のはそうは聞こえないよなぁ……」
「ほんとです~」
青年の方に剣を突き付けつつ、リーファがそろそろ斬るか……等と物騒な思考を立ちあげ始めたところで、ふと違和感に気付いた。会話の最後に、もう一人女性の声が……?
「あ、こら。出て来るなよ」
見ると、黒衣の少年の胸ポケットから何か光るものが飛び出したところだった。それはしゃらんしゃらんと音を鳴らしながら、キリトの周りを飛び回る。
「う~、でもパパのポケット狭いです~。それに叔父さん!パパとくっついていいのはママと私以外はあり得ません!」
「おっとっとこりゃすまn「ぱ、パパぁ!?それに叔父さんって……」ぬぅ……」
少し怒ったような調子の声に呆気に取られてよくよく近づいて見てみると、それは手の日サイズの妖精だった。ヘルプ窓から呼び出せる《ナビゲーション・ピクシー》のようだが、それにしては語彙が多すぎる。
話を聴くと、どうやらそれはプレオープン時に抽選配布された《プライベート・ピクシー》という個人用ピクシーだと言う事だった。リーファも実際に見るのは初めてだったが、こんなにも愛らしく感情豊かな物だとは知らなかった。個人的に欲しいくらいである。
ちなみに何故プレオープンなどと言うかなり以前から居ると言う割に装備が初期装備なのは、昔アカウントだけを作り、これまでは別のゲームをしてきたからだと言う事だった。
ついでなので、この不思議な二人に、リーファはさらに質問をぶつける。
「ふぅ~ん……それはいいけど、なんでスプリガンがこんな所に居るのよ?プーカはケットシー領を越えれば直ぐだけど、スプリガンの領地はずっと東の方でしょ?」
この質問に対して、黒衣の少年の答えは十分すぎるほどに異常で、なおかつ至極簡潔なものだった。
「み、道に迷って……」
「迷ったぁ!?」
余りにも予想外な答えに、驚きを通り越してリーファは思わず吹き出す。
「ほ、方向音痴にもほどがあるっていうか……君、変過ぎだよ~って……じゃあそっちは……?」
リーファに次の質問を回された赤毛の青年はしかし、一度やりずらそうに頭を掻き、事情を説明し始める。
「もともと俺とこいつはリアルでも知り合いでな……」
「兄弟でしょ?」
「……まぁ、そんなとこだけどよ……んで、ノームとレプラコーン領を越えてスプリガン領の近くまで行って合流して、そっからケットシーの領地の近くにある《蝶の谷》に行くつもりだったんだ……けどこいつに先頭任せた俺が馬鹿だったらしい……」
「すみません……」
「あははははははは!!ほんと、君たち変わってるね~!」
確かに、プーカ、ノーム、レプラコーン、スプリガン、ケットシーは後方支援職としてそれぞれそこまで仲が悪いわけではないため、可能では有るだろう。しかしそれにしても……結局そのあと、リーファはひとしきり笑い転げた。ちなみに黒衣の少年が胸中で「よくそんなポンポン口から出まかせが出るなぁ……」と変な関心をしたのは秘密である。
とにかく、その後なんとか笑いを収めたリーファは右手に下げっぱなしだった長剣を収め、二人を正面から見据えて微笑んだ。
「まぁ、とりあえずお礼を言うわ。助けてくれて、ありがとう。あたしはリーファっていうの」
「……俺はキリト。この子はユイ」
「リョウコウだ。リョウって呼んでくれや」
まぁなにはともあれ、此処に、どうにも奇妙な境遇と組み合わせの三人+一人が、集結したわけである。
────
森の中で出会った少女……リーファは、その容姿を裏切らない、快活な性格の持ち主のようだった。ハキハキとした声でしゃべり、なかなかに感情の起伏が激しいようだ。なかなかからかい甲斐もある(まぁ本人には言わないが)。
「ねぇ、二人とも、この後はどうするの?」
「どうっつーと……」
「特に予定も何も無い……かなぁ」
リーファの問いに、キリトとリョウが立て続けに答える。
「そっか……じゃ、その……お礼に一杯奢るわ。どう?」
「おっ、そりゃ嬉しいねぇ……こっちのケーキなんかも食いてぇと思ってたとこなんだ」
「え、ケーキ好きなの?」
「……意外で悪かったな」
リョウがジト目でリーファをにらみ、リーファは苦笑で返す。キリトはそんな義兄の様子を見て、声を殺して笑っている。
「ま、まぁ兄貴の文句は置いといて、出来たらついでに色々とレクチャーをお願いしたいんだけど……良いかな?特に……」
キリトはふとした様子で北東……この世界の中心地が有る方向に視線を向けると、真剣な表情で「あの木の事とか」と言った。
「世界樹のこと?いいわ。これでも私それなりに古参な方なんだ。じゃあ、とりあえず北の方に飛ぼうか。少し遠いけど、中立の村が有るの」
「あれ?スイルベーンって街の方が近いんじゃあ……」
リーファの提案に首をかしげたキリトの言葉を、リョウが横から遮る。
「さっきも思ったんだが……スイルベーンはやめた方がいいぞ」
「え?なんか都合悪いのか?」
頭に「?」を浮かべて訪ねて来るキリトにリョウは掌で額を抑えて溜息をつく。リーファも全く何も知らないキリトに、苦笑半分呆れ半分と言ったところだ。
「《スイルベーン》はシルフ族の首都だ。んでもってその圏内じゃ、シルフ族は他の種族に攻撃出来るが逆に他の所属はシルフを攻撃出来ねぇんだよ」
「あぁ、成程。そりゃ確かに危ないな!」
キリトが納得したように頷くのを見て、リーファも「ウンウン」と頷いているしかし……
「でも……シルフの首都って綺麗そうだし一度見てみたいなぁ……それに、皆がいきなり襲ってくるわけじゃないんだろ?リーファさんみたいな人もいるし」
「え……?あ、うん、まぁ……っていうかリーファでいいわよ。さん付けはなんか違和感あるし……って……」
リーファは唖然とした様子でキリトを指差して、「これで素なんだよね?」と、リョウに聞く。「残念ながら」とリョウは頷く。
「なんだよ。俺をおかしな人みたいに……」
「「いや、十分おかしい」」
「うぐっ……」
リョウとリーファに同時に言われ、言葉に詰まるキリト。それをみて何と無く楽しげ笑ったリーファが話を続ける。
「まぁ、そう言うなら私は良いけど……保証はないわよ?ていうか……リョウ、さんは?」
「まぁ、別にかまわん。ちなみに、俺にも「さん」はいらねぇから」
「あ、うん。じゃあ……《スイルベーン》まで飛びましょうか」
「オッケーだ」
「あぁ……ってあれ?」
そう言うと、リーファは背中に背負ったクリアグリーンの翅を多少ふるわせる。先程まではこの世界での飛行時間制限である《飛翔力》残りを示す翡翠色の燐光が殆ど失われ翅は完全にその輝きを失って居たのだが、今はその力が戻り、翅全体がキラキラと光っている。
と、キリトが首をかしげ、不思議な物を見たような表情をする。
「リーファはコントローラーなしで飛べるのか?」
「あ?おぉ。確かに」
「あ、まぁね。って、君たちは?」
「俺ら二人揃って、つい最近これの使い方知ったばっかだ」
そう言ってリョウは左手をクイッと動かす仕草。それを見て、物はためしとリーファはキリト達にある提案を持ちかけた。
「そっか。まぁ随意飛行はコツがあるからね……よし、ちょっと試してみよっか」
「後ろ向いてみて」とリーファが言うと、キリトとリョウは若干戸惑った様子だったが後ろを向く。まず、キリトとリョウの肩甲骨辺りを触り、触っている事が分かる事を確認。ユイが見守る中、レクチャーを始める。
そもそも、随意飛行と言うのは別に名前の通りイメージだけで飛ぶというわけではない。確かに、「イメージで飛ぶ」と言う表現は間違っているわけではないが、そのイメージを集中させる場所にコツがある。速い話が、肩甲骨の根元から骨と筋肉が伸びているとイメージして、それを動かすイメージをするのだ。
これは単純にイメージ力の問題なので、そう言った感性に優れていればすぐに出来るようになるのだ。そしてどうやら今回のリーファの生徒はそこらへんの感性は優れていたらしく、すぐに翅がぴくぴくと動き始める。それを見てリーファが次の指示を出そうとした……その時だった。
「あ、成程な」
「え……」
唐突に、リョウの方がそんな事を呟いた。翅が動き始めてからまだ僅かに三秒だと言うのに、その言葉がまるで合図だったかのように急激にリョウの翅が振動数を上げて行き、すぐにヒィィィィィン!という甲高い音が鳴り始め……
「あらよっと」
「ちょ、ちょっと!?」
リーファが止める間もなく、リョウが強く地面を蹴った途端、その体が完全に空中に飛び立った。
「おっとっとっ……と……よし。“慣れた”……」
初めはふらふらとしてバランスを取るだけだった飛行が、やはり数秒で安定した物となって行き、空中停止《ホバリング》。そうして左右に飛び回り始めたかと思うと……
「おおっ!こりゃあいい!」
周囲の木を蹴っての急激な方向転換や、ゆっくりとした滑空《グライド》。空中バック転等、次々に高等なテクニックを連発させた後、地面に降りて来て……
「なーるほどぉ。こりゃ流行るわけだ」
「凄い……」
「流石……」
リーファが驚いた表情をし、キリトが二ヤッと笑うのと向き合って、二ヤリと笑った。
────
さて、兄が何かを出来るようになると、小さい子はまぁ大体弟もやりたがる物である。
決して小さい子ではないのだが……この場合のキリトも、その例に違わず、リョウが飛べるようになったと見るや、リーファに指示を仰ぐ。
「そう!今のをもう一回!もっと強く!」
教えられる事少しして、キリトの翅も振動数を上げ始める。そうして腕を組んだリョウとキリトの方の上のユイが見守る中、先程のリョウと同じくらいの勢いまで振動が達した瞬間…………
「えいっ!」
どんっ!という音とともに、リーファがキリトの事を空中へと押し出した。本来ならばそこで浮くのだろう。しかし唯浮くには、キリトの翅は推進力を上げすぎていた。結果としてリーファの一撃はキリトの翅のエネルギーを一気に解放して……
「うわあああぁぁぁぁ──」
キリトはロケットのような勢いで、空中に飛び出し、声の残響を引いて梢の向こうの上空へと消えた。
「……完」
完では無い。
「やばっ!」
「パパー!」
「はぁ……」
二人のあわてた声と、一人の溜息を残して残った三人もあわてて空へと飛び立つ。邪魔な木々を抜け、上空へと出るとそこには……
「うおわああああああああ!?たぁすけてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
飛行を制御できず。右に左にとふらふらに飛び回る人影が見えた。黒いその姿は月夜の影となり、まるで影を使った劇のワンシーンを見ているかのようにも感じる。勿論ギャグシーンだ。
それを見て……
「ぷっ……あはははははははははは!!」
「はっはっはっはっはっ!!最高だぜキリト!ナイスピエロ!はっはっはっ!!」
「ご、ごめんなさいパパ。面白いです~」
二人の妖精と一人の小妖精は、一斉に大爆笑した。空中でホバリングしたまま足をばたつかせて三人ともが笑い、少し収まってくると……
「わひゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!?」
これが聞こえてまた笑えてくる。
そんな事を何度か繰り返して、やっとキリトがリョウに襟首を捕まえられたのは、数分が過ぎてからだった。
────
「よーし、そうそう、そんな感じよ……」
「おっ……とっと……」
リーファにサポートされつつ、キリトは何とか空中でバランスをとれるようになってきたようだ。ちなみにそれが出来るまでの間、リョウは木の上で寝転んだりユイと喋ったりしていた。そうして……
「おぉ……これは……これはいいな!」
空中を安定してスイスイと進むキリトが、不意にそんな事を叫んだ。その顔には解放感が浮かんでいる。
「そーでしょ!」
並んで飛ぶリーファがそう叫んだ。
これまでの様子を見ているに、リーファはかなり飛ぶ事が好きなようだ。実際、空中に居る時はかなり楽しそうにしている。おいて行かれないように、リョウも随意飛行で横に並ぶように飛ぶ。
「どうだねキリト氏、気持ちよかろう」
「実に」
「何言ってるのよ二人とも」
やたらと神妙な顔で話す二人に、リーファは楽しそうに突っ込む。
「慣れてきた背筋と肩甲骨の動きを小さくするよう練習してみると良いよ。あんまり大きいと空中戦闘のとき剣振りずらいから。じゃ、このままスイルベーンまで飛ぶよ!ついて来て!」
「おうっ!」
「あぁ!」
夜空の中を、先程までと比べて一つ増えた、三つの光が、一直線に飛んで行った。
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