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空白期(無印~A's)
第二十三話 後
旅館に着てから一夜が経過していた。
昨日の夜は、温泉に入った後、部屋で晩御飯を食べた。晩御飯は、山間だからだろう。山の幸が使われた鍋料理だった。外見と内装どおり高級旅館だからか、料理は絶品と言っても過言ではなく、もう二度と食べることはないだろうと味わっておいしくいただいた。
ご飯を食べ終わった後は、少しゆっくりアリサちゃんたちとお喋りしていたのだが、寝るにはまだ早いという時間帯だったので、旅館にあるという卓球場へと向かうことにした。高級旅館とはいえ、温泉旅館と卓球は切っても切り離せないものだったらしい。そこで展開されたのはすずかちゃん無双だった。今まで忘れていたが、そういえば、彼女は『夜の一族』だ。そのせいで、体力は有り余っているのだろう。まさか、見えないスマッシュを見られるとは夢にも思わなかった。
そんなこんなで卓球で汗を流し、もう一度温泉に入って、ゆっくりして一日目は終了。寝る前に布団の順番で少しだけもめることになったが、それ以外はつつがなく楽しい一日だった。しかし、なんで僕は女の子に挟まれて寝る羽目になるんだろう。これが中学生や高校生なら大変なことになっただろうが、幸いにして僕達は小学校の低学年だ。何の感慨も生まれることなく、寝る直前の卓球が堪えたのか、すぐに眠ってしまった。
さて、温泉旅行も二日目だ。
僕の寝起きは悪いほうではない。すっきり起きれるタイプだ。すずかちゃんも似たようなタイプだったらしく、起きるのに苦労はしていなかったが、アリサちゃんは少しだけ寝起きが悪いのか、五分程度しょぼくれた目をしばしばさせていた。
朝食は、他の部屋でバイキング形式で食べた。過去にビジネスホテルで同じように朝食をバイキング形式で食べた事があるが、少なくともそこよりも味は段違いだった……と思う。なにせ、もはや記憶の彼方に近いような記憶だ。しかしながら、おいしかったのは事実だ。
さて、朝食を食べた後、どうするか? という話になった。
「パパもママも行くわよね?」
「パパとママは部屋にいるから、アリサたちだけで行ってきなさい」
デビットさんの言葉にアリサちゃんは、え~、というような表情をする。
今からどうしようか? という話になってアリサちゃんが主張したのは、温泉街に行くことだった。温泉街とっても、温泉が並んでいるだけではなく、お土産屋などが並んでいる商店街のようなものだ。中には、宿無しの温泉だけの施設もあるようだが。温泉旅館がある以上、そこに来るお客さんを見越して店が立つのは当然のことだ。アリサちゃんはそこへ行こうと提案していた。
僕とすずかちゃんとしてはアリサちゃんの提案に異論はない。むしろ、ここがどんな場所か分からなかったため、下調べもしていない僕達からしてみれば、アリサちゃんの提案はむしろ有り難かった。そもそも、この周辺は山ばかりで目立ったレジャー施設もなさそうだ。それは、この温泉からの風景を守るためなのか、あるいは単純に採算を見込めないからなのかは分からない。
それはともかく、今はアリサちゃんが了解を取れた僕達とは他にデビットさんと梓さんも一緒に連れ出そうと画策していたところだったが、それは不発に終わったようだ。アリサちゃんの要請に笑いながら僕達だけで行ってくれ、というデビットさん。梓さんもデビットさんの意見に賛成なのか、同じように笑いながらアリサちゃんを見ていた。しかし、アリサちゃんとしては、デビットさんと梓さんの返事が気に入らないのだろう、頬を含まらせて不満を表していた。
僕としてはデビットさんたちの気持ちは分かる。彼らがここに来た理由は、休暇のためだ。決して疲れるためではない。日本人としては休暇に観光をぎっちり詰め込んで休暇なのか、疲れにきたのか分からないスケジュールを組むが、今回の場所が温泉地であることを考えても目的は、休むことなのだ。
そんな日を子どもに付き合って、疲れたくないと考えるのも仕方ないことだろう。これが、もしもアリサちゃんだけならば、デビットさんたちも付き合ったのかもしれないが、今日は僕とすずかちゃんがいる。時間もお昼だし、場所は観光地。危険は少ないと考えてもいいだろう。もしかしたら、このために僕達を誘ったのかもしれない、と思わず邪推してしまう。
もっとも、目的がそれであっても、僕としては連れてきてもらっているのだから文句は言えない。
さて、アリサちゃんも、子どものように―――彼女は子どもであるが、「とにかく、行くのっ!」と理由にならない理由をつけながら、デビットさんと梓さんをひっぱて行きそうだったので、僕はアリサちゃんに近づくと怒っているような、懇願しているようなアリサちゃんの肩を叩いて言う。
「アリサちゃん、とりあえず、僕達だけで行こうよ」
ね? と遊びにでも誘うような口調で言う。僕が提案した後、少しだけう~ん、と悩む。どうやら脈はありそうだ。そう思ったのだが、やや心残りがあるように、でも……と呟くアリサちゃん。彼女がそんな反応をするかもしれないことは既に織り込み済みであり、だったら、と僕は妥協案を挙げた。
「最初に僕達だけで、行って、夕方ぐらいからデビットさんたちと行くのはどう?」
デビットさんたちの予定を勝手に決めてしまうのは心苦しいが、それでも、朝からつき合わされるよりも十分に休めるはずだ。それにせっかくの家族旅行に家族の時間がないのは、アリサちゃんからしてみても不憫だと思うからだ。だから、少しの時間だけでもいいからアリサちゃんとデビットさん達の時間を確保したかった。
それでいいですよね? と僕が視線を送ってみると、デビットさんと梓さんは顔を見合わせて、少し苦笑した後、確かに頷いてくれた。
僕が提案してからう~ん、と唸っていたアリサちゃんだったが、ようやく決心したのか、顔を上げて口を開いた。
「仕方ないわねっ! ショウの言うとおりにするわ」
アリサちゃんが相変わらずな言い方で、僕の提案に乗ってくれた。これでデビットさんたちの休息時間を取ることもできるし、アリサちゃんの時間も取る事ができる。かなりベターな着地点ではないだろうかと思う。
さて、決まれば後は善は急げである。アリサちゃんの気が変わらないうちにさっさと外に出てしまったほうがいい。
「それじゃ、行こうか」
僕はアリサちゃんの肩を押しながら出口へと向かう。「ちょ、ちょっと! ショウ!?」なんてアリサちゃんが戸惑っているような気がするが、聞く耳を持たないといわないばかりに僕はアリサちゃんの戸惑ったような声を無視したままアリサちゃんの肩を押す。その様子を見て、すずかちゃんがクスクスと笑っているのに気づいたが、意識すると恥ずかしくなるので意図的に受け流した。
そして、僕とアリサちゃんとすずかちゃんは、いってきます、という声と共にデビットさんと梓さんがまだいる部屋から飛び出した。
◇ ◇ ◇
「なるほど、これがデビットさんたちが着替えなくていいといった理由か」
旅館の入り口で、僕は一人納得していた。
温泉旅館というだけあって、部屋着として温泉地特有の白と黒のストライプのような浴衣が用意されていた。やはり温泉といえば、浴衣だろう。旅館に来た直後に温泉に入ったものだから、僕達は基本的に浴衣で過ごしたことになる。しかし、さすがに外に出るのはこの格好は拙いだろう、と思って今朝、出かける前に着替えようと思ったのだが、それをデビットさんたちに止められたのだ。
その必要はないから、と。
確かに外には部屋着である浴衣で出歩いている人もいるが、さすがに浴衣では身動きが取りにくい。だから、着替えようと思ったのだが、執拗にそれを停められ、僕のほうから折れて、浴衣のままアリサちゃんたちと一緒に外に出ることにした。しかし、デビットさんたちが着替えなくてもいいという理由は、旅館から出る直前に分かった。
どうやら、この旅館では、部屋着とは別に外出用の浴衣の貸し出しもしているようだ。出る直前に仲居さんそれを言われて、僕はなるほど、と納得した。つまり、デビットさんたちはこのサービスを知っていたのだ、と。
浴衣など基本的には、縁日などの一日ぐらいしか着る機会はない。しかも、ゴールデンウィークのこの時期で、山奥にあるこの場所では多少肌寒いのでは? と考えたのだが、どうやら生地は分厚いものをつかっており、肌寒いとは感じないつくりになっているようだった。
もっとも、女の子にはそんな理由はあまり関係なかったようで、飾られている色とりどりの浴衣に目を奪われたように、きゃいきゃい言いながら好みの浴衣を選んでいた。どうやら柄にも色々あるようだ。もしも、僕が女の子であれば、三人寄れば姦しいという状況を作っていたのだろうが、生憎ながら僕は男だった。だから、僕は手早く近くにあった黒い浴衣を選んで、さっさと着替えてしまった。
ちなみに、僕の浴衣というのは、下はズボンタイプで、腰紐で締めるタイプだったので特に着付けなど必要はなかった。
一方、女の子であるアリサちゃんとすずかちゃんは、やはりというか、時間がかかるものである。女の子の着替えに時間が必要なのは、年齢がいくつであっても変わらないようだ。現に僕は、更衣室に消えたアリサちゃんとすずかちゃんを着替え終わった後もぼ~っ、と椅子に座って待っている。
それから、どれだけ待っただろうか。総じて楽しい時間というのは一瞬で、待つ時間は長く感じられるので正確な時間は分からない。だが、それでも一時間以上待ったということはないだろう。精々、十五分ぐらい。その程度待って、ようやく目の前の更衣室のカーテンが、シャーとレールを走る音と共に開かれた。
「どう……かな?」
最初に戸惑ったように姿を現したのは、すずかちゃんだった。彼女は、藍色を基調にして、薄紫色をした花をあしらった浴衣を着ていた。僕が雑誌などでよく見るような髪の毛をアップにした様子はなく、すずかちゃんの長い髪は流したままだ。
「うん、可愛いと思うよ」
本当に愛らしいと思う。もっとも、それは妹から感想を求められたときのような気持ちであり、恋愛漫画の中にあるような年頃の女の子が意中の男の子に尋ねられ、答えるようなものとは色が違う。まあ、僕の精神年齢を鑑みれば、当然のことではあるが。
そう、ありがとう、と少し照れながらも言うすずかちゃんに続いて、その隣の更衣室のカーテンがすずかちゃんの時と同じような音を立てて開いた。
「どうよっ!」
すずかちゃんの少し控えめな態度とは百八十度ぐらい違っていそうな態度で出てきたのは、アリサちゃんだ。彼女は、白を基調として薄桃色の花をあしらった浴衣に身を包んでいた。髪はやはりすずかちゃんと同じくアップにした様子はなく、流したままだ。
そういえば、前世の頃、縁日や花火大会などでどうして、女性は髪を上げるのだろうか? と疑問に思った事があったが、僕の友人曰く、うなじが色っぽいから、と答えていた。あの時は、なるほど、と納得してしまったが、今にして思えば、それは僕達の理由であり、彼女達の理由ではないのではないだろうか。
さて、そんなことはどうでもよくて、すずかちゃんと同じように感想を求めてきたアリサちゃんに僕は、女の子はどうして、こうも評価がきになるんだろうか? と思いながらも、すずかちゃんと同じように差し障りない答えを返していた。
「……ショウ、めんどくさくなってない?」
もしかしたら、アリサちゃんは、更衣室の向こう側で僕がすずかちゃんに答えた回答を知っていたのかもしれない。いまいち信じられない、と言いたそうな疑いの表情で僕を見ていた。しかし、それは誤解だといっておこう。少なくとも彼女達が着こなしているのは間違いないのだから。
―――僕が女の子を褒める語彙が少ないことは認めるが。
「そんなことないよ。うん、可愛いよ」
「まっ、今回はショウを信用してあげるわ」
尖った言い方だが、口元には笑みが浮かんでいるのだから、喜んでいると思ったほうが言いのだろう。ありがとう、と素直にお礼がいえないのは照れくさいからなのか。僕とすずかちゃんはアリサちゃんの性格を知っているから、裏に隠れた感情を悟って、お互いに見合って仕方ないな、という感じの意味をこめて苦笑する。
「あっ、そうだ」
全員が浴衣に着替えて、いざ、温泉街に出発というタイミングで、アリサちゃんが何かを思い出したように自分が持ってきていたポーチから何かを取り出していた。アリサちゃんの手の平に納まる感じの金属の光沢を持った四角い箱のようなもの。すぐにそれがコンパクトタイプのデジタルカメラだと分かった。
確かに旅行といえば、写真かもしれない。僕もそう思ったのだが、今回来る場所は温泉である。温泉で写真を撮るのは何か違うだろう、と思った僕は、親父から貸してやろうか? という言葉を断わったことを思い出していた。しかし、僕とは違ってアリサちゃんは持ってきていたようだ。
デジカメを手に少しだけ周囲を見渡して、すぐ傍を通った仲居さんを呼び止めていた。
アリサちゃんが呼び止めると、彼女が手に持っていたデジカメと着替えた僕達を見てすぐに納得がいったのか、手馴れたようにデジカメを手に取ると僕達に並ぶように指示してくれる。
並んだ順番は、アリサちゃん、僕、すずかちゃんだ。僕が真ん中でいいのだろうか? と思ったが、特に他意はなかった。偶然に並んだだけだ。写真の画面全体に僕達を収めようとしたのか、あるいは面白がっているだけなのか、仲居さんはやたらと僕達にくっつくように指示を出し、肩がくっつくぐらいの位置でようやくシャッターを切った。念のためにもう一枚。
写真を撮り終わった後、仲居さんが、デジカメをアリサちゃんに渡しに来てくれた。なんだか、微笑ましいものでも見るような笑顔で。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
僕とアリサちゃんとすずかちゃんは唱和して、仲居さんにお礼を告げる。彼女たちはこれが仕事なのかもしれないが。僕たちからお礼を言われた仲居さんは、「どういたしまして」といった後、僕たちを見渡して、ふっ、と笑って口を開いた。
「あらあら、君、両手に可愛い花を持っているわね」
にっこり笑いながら、それだけ言うと、ほほほほ、と袖で口元を隠しながら、仲居さんは、次の仕事があるのだろう。別の場所へと行くために去ってしまった。その場に残されたのは、仲居さんの言葉に呆然としている僕とアリサちゃんとすずかちゃんだけだ。
「両手に花って……あたしたち花なんて持ってないわよね?」
アリサちゃんは、国語の成績はいいのだが、さすがに小学生が両手に花という言葉を知っているわけではなかった。僕は当然知っているとして、すずかちゃんも知っているのだろうか。少し照れたような表情をしていた。
「ねえ、ショウ、どういう意味かしら?」
純粋無垢な瞳で僕に聞いてくるアリサちゃん。だがしかし、ここで素面で説明できるほど僕の面の皮は厚くない。だから、誤魔化すように済ました顔で僕は「さあ?」と答えた。
「それよりも、早く行こう。時間がなくなっちゃうよ」
まだまだ、夕方までは相当時間があるにも関わらず、早くこの話題を打ち切りたいため、誤魔化すようにアリサちゃんを急かして僕たちは温泉旅館を飛び出すのだった。
◇ ◇ ◇
温泉旅館の目の前に広がる温泉旅館の客をターゲットにした商店街とも言うべき温泉街を僕達は歩いている。こういう場所で、先陣を切るのは決まってアリサちゃんだ。彼女は、楽しそうに僕とすずかちゃんよりも二歩ぐらい先を駆けていく。
浴衣にも関わらず大丈夫なのだろうか、と思うかもしれないが、僕たちの履物はスニーカーだ。浴衣には付き物の下駄をはいていない。今日は、温泉街を探索するため、長時間歩くことになるだろう。それなのに普段から履きなれない下駄など履いては、足が痛くなるのは目に見えている。だから、僕たちは浴衣にスニーカーという格好で外を歩いていた。外見上は小学生なので勘弁願いたいところだ。
「なにやってるのよっ! 早く来なさいよっ!」
旅館で貰ったパンフレットを片手にアリサちゃんが大きく手を振りながら僕たちを呼んでいる。僕とすずかちゃんは、いつもの事ながら、思わず苦笑して、まるでアリサちゃんの親のような―――いや、兄や姉のような気分になりながら、呼ばれるままにアリサちゃんの下へと歩き出した。
さて、温泉街というのは、思ったよりも広い事が分かった。もしかしたら、海鳴にある駅前商店街よりも大きいかもしれない。しかし、色合いはかなり異なる。当然といえば、当然だが。こちらは観光客目当て、駅前商店街は地元住民目当てなのだから。駅前の商店街は、生活に密着した晩御飯などの材料のための店や喫茶店がほとんどであるが、こちらはお土産屋や昼食を食べる店がほとんどだった。雰囲気的には京都の清水寺の前の坂道にある土産屋のような雰囲気だ。もっとも、あそこほどゴチャゴチャしている訳ではないが。しかし、よくよく考えれば、旅館の中にも昼食を食べる店はあるが、高級旅館なだけあってそれなりの値段がする。ならば、外に安い外食店があってもなんら不思議でもない。
そんな温泉街を僕たちはパンフレットを片手に回っていた。温泉街には付き物の温泉饅頭を専門に扱っているお店。源泉の温泉を利用した温泉卵を売っているお店。温泉にはまったく関係ないだろう、といいたくなるようなお土産を売っているお店。そんなお店を冷やかしたり、時にはお土産を買ったり―――僕はアリシアちゃんとアルフさんへのお土産を忘れるわけにはいかなかった―――まるで、温泉街のお店をすべて制覇するような勢いでお店をはしごしていた。
適当なお店でお昼を済ませ―――特にこだわりはなく、手打ち蕎麦を食べた―――午前中の続きだ、といわんばかりにお店を回っていた僕たちだったが、もう少しで全部の店を回れるんじゃないか、といった直前でアリサちゃんが足を止めている。
どうしたんだろう?
顔を見合わせながら、すずかちゃんと一緒にアリサちゃんが足を止めている場所に行ってみると、そこで個人的に作っているのかわからないが、小さなシルバーアクセサリーを売っている行商の人が居た。路上に布を広げて飾っているアクセサリーは数は多く、その一つ一つが形が異なるが、精々ワンポイントにしかならない程度に飾りは小さい。もっとも、飾りが小さいだけに値段も手ごろで、一番大きなワンコイン程度の値段でしかない。
彼女達も幼くても女の子ということだろう。小さく輝くアクセサリーを前にして彼女達の目も輝いていた。しゃがみこんで一つ一つ眺めているアリサちゃん。その隣にはいつの間にか一緒にすずかちゃんもしゃがみこんでアクセサリーを見ていた。
「いらっしゃい。ゆっくり見て行ってくださいね」
僕たちが覗き込んでいることに気づいたのだろう。これを作ったであろうと思われる年の若い店主が僕たちを迎えてくれた。人の良さそうな顔であり、客商売には向いていると思われる。しかし、彼といえども僕たちにはあまり売るつもりはないようだ。僕たちが何かをしないように見ているだけで、商売のために声をかけるつもりはないようだ。
そもそも、この温泉街には僕たちのような子どもは珍しい。いや、いないこともないが、それでも親子連れであり、僕たちのように子どもだけというのは珍しい。だからだろう、彼が売るつもりがないのは。興味を持ってくれただけ御の字といった様子だった。微笑ましいものを見るような目でアリサちゃんたちの様子を見守っていた。
しかし、彼女達が興味を持ってくれたことは僕にとってチャンスだった。
「ねえ、どれが好き?」
僕は、彼女たちと同じようにしゃがみこむとおもむろに切り出した。僕の言葉にアリサちゃんとすずかちゃんは、僕の突然の言葉にえ? というように驚きの表情を浮かべていた。
たぶん、そんな顔をするだろうな、と思っていた僕は、彼女達が僕の想像通りの表情を浮かべたものだから思わず苦笑して、もう一度同じ言葉を口にする。
「だから、どれが好き? プレゼントするよ」
そう、プレゼントだ。
アリサちゃんには今回の旅行について何かしらのお礼をしようと思っていた。確かにお金などを払っているのはデビットさんたちかもしれないが、そもそも、アリサちゃんが僕たちを誘ってくれなければ、実現しなかった旅行だ。アリサちゃんにお礼する意義は十分にあるだろう。
すずかちゃんは、日頃のお礼だ。僕では手の届かないハードカバーの本を借りているのだから。すずかちゃんは、自分も読む本だから、気にしなくても言いというかもしれないが、それでも、お礼をしたいという気は常にあった。
もっとも、僕には女の子に何をお礼としていいのか分からなかったから、今日まで延びてしまったが。だから、ここは都合のいい機会だったというわけだ。
「本当なのっ!?」
アリサちゃんとすずかちゃんの反応は本当に対照的だった。嬉しそうに喜ぶアリサちゃんに対して、申し訳なさそうながらも、少し嬉しさが見え隠れするすずかちゃん。
「うん、本当だよ」
どうやら、喜んでくれたようでよかった。僕が下手に何かを選ぶよりよかったのではないだろうか。後は、アリサちゃんたちが選んだものを買うだけだ、と安心していたのだが、そうは問屋はおろさなかった。
「でも、あたしたちが選んだのをショウがプレゼントするっておかしいわよね?」
「そういえば……」
安心していた僕に対して不意打ちを仕掛けるようにアリサちゃんがにぃ、と意地悪く笑う。まるで、僕が選ばずに済まそうと思っていたことを見透かしたように。なんとなく、嫌な予感がして、それを回避しようと口を開こうとしたのだが、時既に遅しだった。
「だから、ショウが選んでよ」
「僕が?」
うん、と笑顔で頷くアリサちゃん。
無理だ。僕に選ぶことなんてできるはずがないと、助け舟を求めるようにすずかちゃんに視線を移すが、彼女は、微笑んだまま首を軽く横に振って、僕の視線の意味を分かっていながら否定の意を示した。アリサちゃんが手加減してくれるはずもなく、すずかちゃんにも断わられた僕は、藁でも掴むように目の前の店主に懇願の視線を送ったのだが、目が「さっさと選んでやれ」と言っていた。参ったことに他に援軍はなく、四面楚歌の状況で、アリサちゃんからの提案を呑まざるを得なかった。
さて、しかし、どうしたものか? 生憎ながら、僕にお洒落の感性などは求めないで欲しい。着る洋服には、それなりにお洒落というものに気を使っていたが、どうも僕はアクセサリーなどに興味が持てず、適当に首からぶら下げている事がほとんどだったのだから。
三段ぐらいで並んでいるシルバーのアクセサリーの山を順番に見ていく。さすがに適当に選ぶわけはいかないだろう。しかし、いくら悩んでも僕の感性が成長するわけではない。ここは一つ覚悟を決めるしかないようだった。
ふむ、と一呼吸おいて、彼女達のイメージに合いそうなものを選ぶ。「それでいいのかい?」と店主のお兄さんが聞いてきたので、はい、と答えて財布から千円札を取り出し渡した。どうやら、小銭はおまけしてくれるらしい。
店主の兄ちゃんから受け取ったアクセサリーをそれぞれアリサちゃんとすずかちゃんに渡した。
アリサちゃんには太陽をあしらった様なアクセサリーを、すずかちゃんには三日月をあしらったようなアクセサリーだ。感性がない僕には彼女達の各々のイメージにあったものを選ぶしなかった。果たして僕の感性は正しかったのだろうか? と下手をしたら受験のときもドキドキしながら彼女達の反応を待つ。
「へ~、いいんじゃない?」
「うん、いいと思うよ」
―――よかった。どうやら喜んでくれたようだ。
受け取ったアリサちゃんとすずかちゃんがアクセサリーを見て笑顔で受け取ってくれたことで、ようやく僕は安心してほっ、と息を吐く事ができたのだった。
ちなみに、そんな僕の様子を見ながら店主のお兄さんが苦笑していたことに僕はまったく気づくことはできなかった。
◇ ◇ ◇
満天の星空の向こう側に浮かぶ月を見上げながらふぅ、と息を吐く。この辺りは山奥で民家が少ないためか、星の数が海鳴よりも多く見え、夜空に浮かぶ月がいつもよりも輝いて見えた。
あのプレゼントの後、旅館へデビットさんたちを呼びに行き、僕たちは周ったお店の中で面白いものが売っていた場所をメインにして回った。僕たちのセンスがよかったのかどうかは分からないが、どうやらデビットさんたちは楽しんでくれたようだ。もっとも、デビットさんの場合は、少し顔が赤くお酒の匂いがしたから、少し酔っていたのかもしれないが。
その後は、浴衣を返し、お風呂に入って、晩御飯を食べて、また卓球をやって、お風呂に入った。まるで昨日の焼き直しのようである。いや、違うことといえば、最初のお風呂だけだろうが、しかしながら、思い出したくはない。あれは赤面ものだった。アリサちゃんたちも数年後に思い出せば、赤面ものだろう。その時、僕が責められても仕方ない。強引に誘ったのはアリサちゃんだからだ。しかし、今日も卓球をするとは思わなかった。アリサちゃんがすずかちゃんへのリベンジを諦めなかったのだから仕方ない。もっとも、アリサちゃんがすずかちゃんに勝てることはなかったが。
さて、残りの時間は持ってきていたトランプで適当に過ごして、就寝―――だったのだが、疲れているはずなのに眠れず、こうして夜の散歩へと繰り出したのだ。小学生が寝る時間としては十分だが、大学生だった記憶のある僕としてはまだ時間的には十二分に許せる日付が変わる直前のような時間帯だ。外に出るわけではなく、警備がそれなりにしっかりしている旅館の内部なら大丈夫だろう、と思って散歩に出かけた僕は、中庭にベンチ都合のいいベンチを見つけてこうして月を見上げていたわけだ。
奇妙な癖のようなものだった。前世の頃からだ。飲み会の帰りや友人宅からの帰り道。一人でこうして夜空に浮かぶ月を見上げる事が。しかも、そのときに限って小難しいことを考えてしまうのだ。例えば、哲学のような。
人生とは何か? どうして、僕は今ここにいるのか? 生きる意味って何だろう?
考えても答えが出ないことであるとは承知しておきながら、それでもそんなことを何故か考えていた。そして、今も考えている。
―――どうして、僕はここにいるんだろう? と。
それはもう考えても仕方ないことだし、幼い頃から考えていたことで、僕の中の答えは持っている。要するに気にしない、という正解には程遠い答えではあるが。
もっとも、これ以上、考えて頭がおかしくなりそうだから、僕は思考を意図的に他の場所へと誘導する。
「明日には帰るのか」
残念なような、我が家が恋しいような。旅行の終わりとは何ともいえない空しさが募るものである。旅行が楽しければ楽しいほど尚のことである。この旅行が終われば、学校という現実が待っているのだから。
人生が楽しいことだけで埋められればいいのに、と子どもでも思わないことを思ってしまった。だが、不意に自分の中にその言葉に反論が生まれた。人生が楽しいことだけであれば、それは日常であり、楽しいことを楽しいとは気づくことはないだろう、と。辛いこと、悲しいこと、きついことがあるからこそ、楽しいと思えるのである。
世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい。
つまり、同じようなことだろう。世界が美しいもので埋め尽くされているならば、それを美しいということに気づくことはない。ただそこにある普遍なものであるはずだ。世界には美しくないからこそ、美しいのだ。
「って、何を考えてるんだろう?」
小難しいことを考えないために思考を誘導したはずなのに何故か、またしても小難しいことを考え始めていた。これが月の魔力というものだろうか? 月には人を狂わせる魔力があるというから。ヨーロッパの方に残る狼男然りだ。
しまった。まただ、と思って、何か別のことを―――考えるべきことを考えている僕に不意に声がかかった。
「ショウ、なにしてるの?」
「―――アリサちゃん?」
声の持ち主は、足元に置かれた淡い光に照らされながら薄暗い闇の中から出てくる。そこに立っていたのは、僕が出るときには布団の中に入っていたはずのアリサちゃんだった。どこか不安そうな顔をしながら闇の中から出てきたアリサちゃんはゆっくりと僕のほうへと近づいてきた。
「座ってもいい?」
「あ、うん」
僕の隣に座るアリサちゃん。疲れているのか、あるいは、眠たいのをおしてきているのか、いつもの彼女の快活さは鳴りを潜めていた。
僕とアリサちゃんの間に無言の時間が少しだけ流れる。当たり前だ。こんな夜中に散歩している途中で見つかって、何を話せというのだろうか。しかも、アリサちゃんがいつもどおりならまだしも、鳴りを潜めたように大人しいのだからどんな対応をするべきか僕も悩んでいた。
しかしながら、その静寂を破ったのは、僕ではなくアリサちゃんだった。
「ねえ、ショウはチュウしたことある?」
「ぶっ!」
突拍子もない言葉に思わず噴出してしまった。驚きのあまり、僕は昨日の親父のように口をパクパクしているだろう。
さて、突然、アリサちゃんがこんなこと言い出したのは何でだ? と疑問に思い考えた結果、答えはすぐに出てきた。
「もしかして、あの池の庭に行ったの?」
僕の問いにコクンと頷くアリサちゃん。もしも、彼女が僕を追ってきたのであれば、確かに遭遇した可能性は十分にある。
この旅館には中庭が二つあって、一つは僕たちがいる中庭であり、もう一つは真ん中に大きな池がある中庭だ。同じようにベンチがおいてあり、足元を淡く照らす程度の明かりしかない。僕も朝の案内図に書いてあったことを思い出し、向かったのだが、行って後悔した。なぜなら、そこにはカップルしかいなかったからだ。
しかも、足元を照らす程度の淡い光しかなく、彼らの目からは闇の中にいる僕の姿や他の人たちの姿はよく見えないのだろう。彼らは自分達の世界に入っていた。つまり、人の目を憚ることなく―――とは言っても、それぞれが自分の世界に入っていたのだから、人の目などないに等しいのだが―――いちゃついていたというわけだ。
そんな姿に驚いて、僕はこの場に逃げてきたわけだ。この場には幸い、僕と同じように数人ののんびりしたい男性や女性がちらほらいるだけだ。なぜ、池がある中庭がカップルに人気か、というと、真ん中の池に夜空がちょうど写しのように映って実に綺麗だからだ。むしろ、差別化のためにこの中庭を作っている感じがする。
「ないよ」
とりあえず、無言になった空間を壊すためにアリサちゃんの質問に答えた。半分正しく、半分嘘ではあるが。
蔵元翔太としての経験はないが、前世ともなれば、話は別である。女の子との交際経験がまったくなかったわけではない。もっとも、今となっては、子どものような付き合い方だったが。高校時代だから仕方ないだろう。
「そうなんだ」
僕の答えにそうやって受け答えた後、やや考えるような仕草をして、アリサちゃんは意地悪っぽい笑みを浮かべて口を開く。
「ねえ、チュウってどんな感じなのかしら?」
試してみない? と笑みを浮かべて後にアリサちゃんは目を瞑って、顎を上げる。中々、堂に入った仕草だ。
突然すぎる展開に思わずうろたえてしまった僕だが、すぐに気を取り直した。これが、同世代だった女性にやられれば、ドキドキするだろうが、如何せん、彼女は小学生だ。例えば、少しませた子どもが、知識を仕入れてきたようなものだ。生憎ながら、小学生に迫られて興奮するような性癖は持っていない。
さて、しかしながら、アリサちゃんの態度をどう取るかが問題だ。パターンは二つ。
一つは、本当に興味から試している場合。小学校三年生といえば、少しずつではあるが、異性への興味が出てくるものだ。男であれば、女性の胸に興味を持ったりするようなものだ。特に女の子の場合、男よりも心の成長が早いから、アリサちゃんもそういうことに興味があるのかもしれない。
そして、もう一つは、全部を理解している場合だ。キスの意味も何もかもを、だ。
もっとも、どちらの場合にしても、僕の対応としては変わらないのだが。
僕は、アリサちゃんの顔に自分の顔を近づけるようなことはなく、代わりに少しだけ体を寄せ、同時に親指で押さえた中指を彼女の額に近づける。少し重心を前にかけながら、中指の射程圏内に右手が入って、少しの間、中指に力を溜めて、親指による支えを外す。力をこめた中指は、親指による支えがなくなり、力を解き放つように跳ね、アリサちゃんの額を直撃した。
パチン、という心地よい音がアリサちゃんの額から響いた。
「いたっ!」
反射的に痛みがした額を両手で押さえるアリサちゃん。閉じられていた目はすっかり見開かれていた。よほど痛かったのか、半分ほど涙目になりながら、何するのよっ! と言わんばかりに僕を睨みつけていた。
しかし、悪いのはアリサちゃんだ。だから、僕はその彼女の睨みつけを意に返さず、よっ、と座っていたベンチを降りながら言う。
「ダメだよ。試すようなことでそんなに簡単にそんなことしちゃ。そういうのは、もう少し大きくなって、アリサちゃんが本当に好きになった男の子にやらないと。ファーストキスは女の子にとって大切なものなのだから」
少なくとも男である僕はそう思っている。もしかしたら、男のほうがロマンチストというから、僕がそう思って欲しいと思っているのかもしれないが。
だが、僕の言葉に意外とバツの悪そうな顔をして、ごめんなさい、と蚊の泣くような声でアリサちゃんは謝罪の言葉を口にする。
僕としては、そこまで攻めたつもりはないのだが。自分を大切にして欲しいと思っただけで。だが、謝るほどに反省してくれたなら僕としては満足だった。だから、その場の空気を取り払うように僕は笑顔で手を差し出した。
「さあ、帰ろう。風邪引いちゃうよ」
いくら春とはいえ、夜の空気はまだ肌寒い。上着を羽織っているとはいえ、長時間いれば、風邪を引いてしまうかもしれない。ゴールデンウィークの旅行が、風邪で閉められるのもいかがなものだろうか。だから、もうそろそろ帰ろうと思った。手を差し出したのは、淡い光しかなく、足元が危ういからだ。
「そうね、帰りましょう」
差し出した手をアリサちゃんは、笑顔で取るのだった。
◇ ◇ ◇
次の日、僕たちは、鮫島さんが運転する車で海鳴の街へと帰っていた。
昨日の夜は散歩した効果が出たのか、部屋に帰って、すぐに寝る事ができた。もっとも、それでも寝る時間が遅かったのか、少し寝坊してしまったが。アリサちゃんにも影響が出てしまい、今朝は昨日の朝よりも手ごわかった。しかも、よほど眠かったのか、今も僕の隣で寝ている。車の揺れというのは眠りを誘うものだから仕方ない。ただ、僕の肩を枕代わりにするのはやめて欲しいものだが。デビットさんたちにも笑われるし。しかし、起こすのも忍びなく、そもそもの原因は僕にあるため、追い払うこともできなかった。
「ねえ、ショウくん、昨日の夜、アリサちゃんとどこかに行った?」
不意にすずかちゃんが、アリサちゃんを起こさないように小声で僕に尋ねてくる。
「うん、寝付けなかったから少し散歩にね。少しお話をして帰って来たけどね」
気づいていたんだ、と僕が言うと、どうやら僕たちが帰って来たときに物音で起きたらしい。もっとも、眠たくて、その場で追求することはやめたようだが。
「私も誘ってくれたらよかったのに」
不満そうな顔で言うすずかちゃん。やはり仲間はずれは悲しいものがあるのだろう。しかし、あの時は、アリサちゃんもすずかちゃんも眠っていると思っていたのだ。僕の勝手で起こすのは忍びなかったし。
次に何かをするときは絶対にすずかちゃんも誘うことを半ば無理矢理に約束させられてしまった。
その後は、海鳴に帰るまで小声でずっとすずかちゃんと温泉旅行の思い出や、最近話していなかった新刊についてなどについて会話を続けていた。時折、何か寝言のように言うアリサちゃんの表情を観察しながら。
車で移動すること二時間近くで、ようやく海鳴の町につく。どうやら最初に僕の家に行ってくれるらしい。それが一番効率がいいようだ。
「本当にありがとうございました」
「いや、こちらとしても楽しかったよ」
荷物を下ろしてもらった僕は、車内に残ったデビットさんと梓さんに最後の挨拶をしていた。最後が閉まらなければ、せっかくの楽しい思いでも、後味の悪いものになってしまうだろうから。だが、僕の挨拶に、やはり似合わないなあ、というような感想が見える苦笑をデビットさんは浮かべている。
「そういってもらえると嬉しいです」
「本当だよ? また、サッカーについて話せると嬉しいね」
「機会があれば」
そんなまるで社交辞令のような言葉を最後にして、デビットさんたちの車は今度はすずかちゃんを家に送るために再び発進した。すずかちゃんとは明日の学校で会うことを約束して。僕は、彼らの車が見えなくなるまで見送った後、自分の体ほどあるボストンバックを抱えて、自分の家のドアに向かう。
さて、手をかけて、ドアを開こうとした瞬間、逆に自動的にドアが開いた。
―――え?
そんな風に驚いていると開いたドアの向こう側から弾丸のように突っ込んでくる少女が。その少女は、ツインテールにした金髪をなびかせながらタックルのように僕にぶつかってきた。それは、相手が手加減したのか分からないが、何とか彼女を認識して、ふんばった甲斐があったもので、彼女―――アリシアちゃんのタックルの衝撃に耐え切る事ができた。
僕の胸に顔を埋めたアリシアちゃんは、しばらくそれを堪能するようにうずめた後、顔を上げて―――行くときの不満顔は何所へやら、笑顔で僕を迎えてくれた。
「おかえりなさいっ!」
ふと、アリシアちゃんから視線を外してみれば、玄関にはアリシアちゃんの態度に苦笑しているアルフさんの姿も見えた。彼女もきっと苦労してくれたのだろう。まあ、僕としては、行くときはふくれっ面だったアリシアちゃんがこうして笑顔で迎えてくれたことが嬉しいのだが。だから、僕も笑顔でアリシアちゃんに応える。
「うん、ただいま」
―――こうして、僕の二泊三日の温泉旅行は、つつがなく終わりを告げたのだった。
後書き
月は見ていたか。
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