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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  五十九話 ただいま

『あー……眩しい……』
 光が瞳の中を焼く。
ゆっくりと、瞳を閉じて開いてを繰り返し、ようやく周囲が認識できるようになるまで、りょうはずっとそんな事を考えて居た。
感じる重力の方向から、自分がひんやりと冷たくジェル状の柔らかい物の上で横になっていると言う事は分かるものの、今一思考が覚醒しておらず、自分の置かれている状況が分からない。
空気にはやたら色々の臭いの混ざった様な香りが有り、ぼんやりと見える視界の中では白い何かがせわしなく動いている。
何とかそれを認識しようと、再び瞬きをしようとした時……

「……がや ん……桐ヶ谷さん?」
「……ぁ」
『うおっ!?』
 突然視界の横から表れた女性の顔に驚き、悲鳴をあげそうになった。と言うか自分では実際に上げたつもりなのだが、口から出たのが声とも言えない様な掠れた音だけだったのだ。

「桐ヶ谷さん分かりますかー?ここ病院です。頭が痛いとか身体に何処かおかしな所ありませんかー?」
 眩しいと言う感覚もいつの間にか消えさり、りょうははっきりして来た視界の中にあるのが何なのか認識出来てきた。知らない天井……ではない。白衣を着た女性。看護婦だ。
少なくとも訪ねている内容と瞳の真剣さから察するに、レアアイテムでコスプレしたナース気取りのプレイヤーでは無い事は何となくわかる。とすると彼女は本当の看護婦。と、言う事は……

『俺、生きてんのか……』
「ぁ……」
 質問に答えようして、再びかすれた声。看護婦さんがなにか納得が行った様な顔をして視界の外に消え、背中が持ち上がって行く。ベットが動き、自分の背もたれになってくれようとしているのだ。久々に感じる、機械の力……
 どうやら個室と言う訳ではないらしい。左側にカーテンの仕切り、右には窓が有り、日の光が射し込んできている。やがて、消えた若い看護婦が、水の入ったコップを口元に差し出して来た。何もそこまでしなくても自分で飲めると思い、腕を持ち上げようとするが……

『身体が……持ち上がんねぇ……』
 腕が有り得ない位に重たくなっており、少し浮かしただけで落としてしまった。仕方なく彼女に差し出されるままに、水を一口二口飲む。

「ゆっくりですよ……」
『こりゃ、きついな……』
 長い間使っていなかったせいだろう。喉がかなり乾いている事に水を飲み始めてから気が付いたりょうだったが、それでも二年近く使っていなかった喉は別の意味でも弱っているらしく、水を嚥下するたびにチクチクと軽い痛みが走る。
 結局、コップ二杯分の水を飲んでようやくまともに話せるようになり、リョウは体調については問題無い事を告げる。そうして、暫く幾つかの質問と脈拍などのデータを取った後、全裸だった身体に簡単な入院服を着せて、看護婦はカーテンの中から出て行った。

「さて……」
 ベットにもたれかかり、上体を起こした姿勢のまま、りょうは考える。改めて周りを見渡してみると、視界の殆どがカーテンで、精々右手に点滴が有るくらいだ。
試しに、掛け布団の中で足をパタパタと動かしてみるが……

「おっも……」
 掛け布団どころか自分の足が重く碌に動かす事が出来ずにすぐ足が疲れてしまった。
恐らく結構な時間がかかるであろうこれからのリハビリ云々の事を考えてりょうは辟易とする。病院が嫌いなわけではないが、動きを制限されるのは精神的に嫌だ。

「あ、あの」
 そんな事を考えて居たら、左から声が飛んできた。少年の様な……というか恐らく少年であろう高い声だ。というか……

「なに改まってんだ?今更俺に敬語とかなんか悪いもん食った?」
「こんのクソ兄貴……」
 どう聞いてもその声はキリトだった。試しに毒を吐いてみると、案の定呆れたような、諦めた様な声が返って来る。

「こっちは死んだと思って…………あー、すげぇ損した気分」
「あぁ、そう言う事か。はは、すまんすまん」
 確かに、自分はあの時ヒースクリフと完全に相討ちになったのだ。傍から見れば、自分は命と引き換えにあの世界を終わらせたように見えただろうことに今更気が付き謝罪する。取りあえずカーテン越しで顔が見えないまましゃべるのはあれなので、看護婦さんに教えてもらった手元のボタンを操作し、カーテンを開く。

「カーテンも自動か……」
「正直身体がまともなら必要かと思うとこだが……成程便利なもんだな」
 カーテンが開き隣のベットがあらわになる。
自分と同じく、背もたれを起こして座っている少年が居た。正直な所、二年もの間点滴等による栄養補給しかしていなかった為に余りにも痩せこけて居て、見慣れた顔とは言い難かったが、それでもその顔は間違いなくりょうの従兄弟にして義兄弟、キリトであり、桐ヶ谷和人のそれだった。恐らく自分の顔も、今朝までとは大きく違って見えるのだろう。

「おはよう」
「あぁ。おはようさん」
 お互いの無事な姿に、自然と笑顔がこぼれた。

────

 その後、何やら本当に公務員なのかと疑いたくなるような役人がやって来た。
突如プレイヤーたちが目覚めた事に付いてプレイヤーデータから上位プレイヤーとばれて居たりょう達を急襲して来たらしく、色々と聞かれた。
代わりに情報を聞き出した後、その男が看護婦さんに叩きだされ、りょうと和人はようやく落ち着く事が出来た。

「ったくよぉ……なんだありゃ?」
「俺に聞くなよ……けど色々と聞き出せそうだ。多分、知り合って置いて悪い事は無かったよ」
「はぁ……だといいが……」
 そんな会話をしながら、りょうは色々な事を散々聞いてきた役人……菊岡と名乗った男の事を思い出す。
何と言うか……役人にしては話し方や態度に堅苦しさが無いと言うのが第一印象だった。まぁこれは勝手な空想かもしれないが……しかし……

『《総務省SAO事件対策本部》……ねぇ』
 正式名はもっと長いのだが、忘れた。というかあんな長い名前一発で覚えられる奴いたら驚く。名刺は貰ったが、いちいち見てまで思いだしたい訳でも無い。

『っま、なるようになるか』
 正直、今のところは信用もなにもしようがないので開き直る事にする。
少々嘘を突いているように瞳は見えたが……全てのSAOプレイヤー達を病院に移送する手はずを整えてくれたのは彼らだと言うし、どうにも言いようがない。だましているのなら確信が持てた時に然るべき対応をすればいい。それよりもまずは……

「で?」
「え?」
 此奴だ。

「だから……どうすんだ?」
「……分からない」
 アスナこと、結城明日奈。キャラ名から本名を割り出した結果、アスナは所沢の病院に居ると言う事が分かった。しかし……菊岡の話によると、彼女は未だに目を覚まして居ないらしい。それどころか……

「ていうかそれを言うなら兄貴だってどうすんだよ?サチだって……」
 未だに三百人近い人間が、目を覚まして居ないと言うのだ。そしてその中には、サチ……麻野美幸の名も含まれていた。

「彼奴はまぁ……昔から鈍くせぇし、寝坊してるだけだろ。んな心配すっこたぁねぇよ」
「何だよそれ……」
 嘘である。
確かにサチは態度こそ鈍そうに見えるが、少なくとも彼女は寝坊は絶対にしないし、やると決めればテキパキとこなす人物だ。それが今関係無いとは言わないが、いずれにしてもおかしいのは確かだし、心配すべきだとりょうも分かっている。しかし和人の前でそれをすると彼自身にも不安を与えるだろうし、そもそも和人はアスナの事に集中すべきだ。取りあえずはサチの事は後に置いておく。

『……いや』
 むしろサチとアスナが目覚めない原因が同じなら、アスナの方が解決すればサチも目覚めるかもしれない。それならば二人で同じものを追いかける方が解決は早いだろう。故に、むしろりょうはキリトの方に協力することにした。

「それで?」
「……そりゃすぐにでも調べたいさ。けどこの身体じゃ……」
「それもそうか……」
 再びキリトに聞く物の、もっともな意見で返されてしまった。確かに、自分もろくに動けないくせに誰かの事を気にしている場合では無い。取りあえず今はこのろくに動かない身体の回復に努めるべきだ。
そんな事を、思っていた時だった。

 リニア式らしく、殆ど音を立てないドアがスゥッ……と開く。正直静かすぎると言うか、夜中に突然開いたらそれこそアスナ辺りが悲鳴を上げるだろう。
 扉が開いた所に立っていたのは、和人と同い年くらいの少女だった。髪は肩くらいの位置までの非常に色の濃い黒髪で、むしろ紺色っぽくすら見える。眉ははっきりとして居て、その下の瞳は強い意志力を感じさせる光を湛えているが、今は見開かれたまま揺れている。
服装は何処かの学校の制服で、白いセーターが暖かそうだ。

「ぁ…………」
 部屋のドアを開けた少女は、驚きと共に困惑した様な表情を浮かべ、そのまま固まってしまう。しばし無音の空気が流れる中、先にフリーズから回復したのは和人とりょうの方だった。

「……スグ」
「……よっ」
 和人は久々に見る妹の姿に、目に涙を溜め、リョウは普段通りのニヤリとした笑いを浮かべて、上手く上がらない手を軽く上げる。
その姿を見た瞬間、和人の妹であり、りょうの従妹でもある少女……桐ヶ谷直葉の眼に一気に涙が溜まり……

「おにぃ……ちゃ……!!」
 そのまま一気に、ベットに座ったキリトに抱きついた。

「スグ……!」
「お、にぃ……うぁ、うあああああああああああっっっ!!!」
 跳び込んで来たスグに勢いよく抱きつかれたおかげで一瞬苦しげに顔を歪めた和人だったが、そのまま自分の腕の中で恥も外聞も無く泣きじゃくる直葉の頭を碌に動かないだろう腕を酷使して何とか抱きしめる。

「おっ、いいシーンだねぇ……」
 そんな光景を見ながら、りょうはしみじみと小さな声で呟く。
妹と兄の感動の再会だ。邪魔するのは野暮と言うものだろう。そんな所に……

「和人……りょう君……!」
「母……さん」
「……お久しぶりです。翠叔母さん」
 もう一人女性が表れた。和人の母、桐ヶ谷翠である。
先程の直葉と同じくフリーズしたように立ちつくす翠に、リョウとキリトは笑いながら、何時か二人で絶対に言うと決めて居た言葉を放つ。

「「ただいま」」
「…………!」
「おかえり……なさい……!」
 桐ヶ谷和人。そして、桐ヶ谷涼人(きりがやりょうと)が、SAOから生還した瞬間だった。
 
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