SAO─戦士達の物語
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SAO編
四十八話 路地裏の徴税(恐喝)隊
さて、リョウがどうなったかというと……
まぁ、見事に振り切られ……無かった。
一応、レベルを上げる時にも自動上昇値として、ほんの少しだけだが敏捷値が上がる。サーシャのレベルが低かったことも有り、その分で三人に付いて行く事が出来たのだ。まぁ、それでもギリギリだったのだが。
取りあえず、後ろから追いかけて来ている子供たちに追い越されては格好がつかないので、それだけは幸いだったと言えよう。
いくつもの路地や、店の裏。NPCホームの庭までも経由した結果、やがて三人は一本の細い路地に差し掛かった。
奥で、複数のプレイヤーが道を塞いでいるのが見える。全員が灰緑と黒の鉄で出来た鎧を着込んでおり、《軍》の人間だと分かった。
先頭のサーシャに続き、アスナ、キリト、リョウも路地に駆けこむ。
「おっ、保母さんの登場だぜ」
「……子供達を返して下さい」
にやりと気味の悪い笑みを浮かべた軍の人間に対して、サーシャが堅い声で言うが……
「人聞きの悪い事言うなよ。すぐ返すって。ちょっと社会常識って奴を教えてやってからな」
「そうそう。市民には納税の義務って奴があるからな」
この二つの台詞と、甲高い笑い声で退けられた。
サーシャが血が出そうな程拳を強く握りしめ、小さく振わせる。
『お前等公務員じゃねぇだろうに……』
その様子を見ながら、リョウはそんな事を思う。
無論、この連中相手に、納税の義務は納めた税金が自身の役にも立つ事が前提になって初めて成立する物だとか、そもそもお前等がそんなもん徴収する権利は無いだとか、そんな正論を言った所で会話が成立する訳も無い事は分かっているので口に出しはしないが。
そんな事を考えている内に、サーシャが子供達の名前を必至の形相で呼んでいるのが耳に入った。
「ギン!ケイン!ミナ!!そこに居るの!?」
軍の連中の身体に隠れて見えないが、路地の奥から、少女の声が聞こえた。
「先生……先生、助けて!」
「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」
成程、もしもの時はそうするように言ってあるのだろう。
しかし続いて帰ってきた少年の声は、絞り出すように弱々しい否定の言葉だった。
「先生……駄目なんだ……」
「くひひひっ」
その言葉を、引きつった様に甲高い下品な笑い声がさえぎる。
「あんたら随分税金滞納してるからなぁ……金だけじゃ足りないよなぁ」
「そうそう。装備も全部置いてってもらうくらいしてくれねぇと、何から……何までってな……」
そこまで言ってから笑いだした連中を見て、リョウは彼らが何をしているのかを理解した。
装備を解除するのは簡単だ。しかし、それを彼らの後ろに居るであろう少年は「駄目だ」と言った。即ち、恐らく軍の連中は、装備はおろか、来ている服すら……早い話が、「裸になれ」と子供達に言っているのだ。
『趣味わり~~』
「……!」
リョウがそんな事を思っていると、隣に居るアスナが拳を握りしめて震えているのが分かる。
斜め前なので表情までは見えないが、怒っているのは明白だろう。
当然、子供達の保護者であるサーシャも怒り心頭らしく、声を荒げて、先程より威圧的な口調になる。
だが……
「そこを……そこをどきなさい!さもないと……!」
「さもないと、何だい?アンタが税金払うかい?」
『最早お前等の言う“税金”が分からん……』
相変わらずにやにやと薄気味の悪い笑みを浮かべたまま、男達は全く動こうとしない。
彼らのこの妙な自信は、とあるシステム上の設定から来るものである。
SAOにおいて、街中は基本的に、“犯罪防止コード有効圏内”に設定されている。
この犯罪防止コードは、街中で偶発的犯罪を犯さない。もしくは犯せないように設けられている物で、プレイヤーの他プレイヤーに対する武器や素出などによる干渉を、デュエルもしくはその他の設定しない限り一切無効化する。という物だ。
例えば、今この瞬間にとち狂ったキリトがリョウに向かってその凶刃を振るったとしても、リョウの身体に到達する直前で見えない壁に阻まれ弾かれただけで終わる。街の中での、絶対的安全を保証するものである。(一部の「圏外村」等と呼ばれる場所は除く)
ただし、このコード、実は悪用する方法が合って、仮に行く手を悪意あるプレイヤーが塞いでいたとしても、そのプレイヤーを力ずくでどかす事が出来ないのだ。
無論、その悪プレイヤーが自分から此方に触れたりすれば、今度は“ハラスメント防止コード”が働き、即座にその不届き者を牢獄へとブチ込むためその手の心配は無いのだが(逆も然り)、結果として相手を「唯動かさないだけ」ならば、四方を囲む“ボックス”や、通路の一部だけを塞ぐ“ブロック”等で簡単に出来てしまう。
今されているのは、その“ブロック”だ。無論、幾らサーシャが無理矢理に軍の男たちをどかそうとしても、どうしようもない。まぁ……
『俺らの場合そうでもないんだが……』
しかしながら、それが通用するのはあくまで「自分達が壁になれる範囲」のみだ。「身長を乗り越えて跳躍」等と言う三次元的な手段を取られてしまえばまったく意味を成さない。
今の状況だと、いずれ我慢できなくなったアスナがそれを実行するだろう。そうなればリョウは続くつもりだったが、取りあえず今は静観している事にした。
「そう言えば保母さん……」
軍の一人が切り出した、この会話さえなければ。
「アンタんとこ、すっげぇ量の貯金溜めこんでるらしいじゃん?」
『…………』
「っ!?な、何でそれを……」
「今そこのガキどもから聞いたんだよねぇ……昔上の方に居た“おねいさん”から貰ったお金が有るって……さ!」
『…………』
「カカカ……!」と、奇妙な笑い声を出した男の、その台詞を聞いた途端、リョウは行動していた。
先ず前に出ようとしていたアスナを、肩を掴んで抑える。
「あ、あのお金は……」
「なぁ?それくれたらさぁ、今回は取りあえず引いてやるよ?」
「あぁ。滞納分全部払えるくらい有ったら、だけどさ?」
『…………』
不満そうな顔で此方を睨んだアスナを取りあえず無視し、前に出る。
「ほらほらぁ?金でもガキの裸でも、俺達はどっちでも良いんだぜぇ?」
「……っ!わ、わかり「ちょっとすんません」」
ついに了承しようとしたサーシャの横を、少し避けて通り……
「あ?何だテメ……」
「退け」
「えっ?」
「は?」
「な?」
「……ハァ」
「ェぎぁ!?」
怪訝そうな顔をした軍の内の一人に思い切り冷裂を振り下ろし、男を吹き飛ばして、“ブロック”を突破した。
「ったく……ガキ相手に寄ってたかって、ちったぁ恥ずかしいとは思わねぇのか?」
呆然としている全員(キリトを除く)を無視して子供達を囲んでいた連中の上を飛び越え近付き、放心状態の子供に装備を戻すように言ってから、振り向いたリョウが初めに言った一言は呆れかえった様子のそれだった。
「な……う、うるせぇ!何だテメェは!軍の任務を妨害する気か!?」
「任務……ね。ガキ相手の恐喝が任務たぁ、軍ってのは何時から出来そこないのヤクザみてぇな集団になったんだ?」
「んだとぉ!?」
イラついたように男はリョウに詰め寄って来るが、その肩を、後ろに居た更に重厚な鎧の男の手が抑えた。どうやらリーダーのようだが……
「まぁ待て待て……アンタ、見ない顔だけど、『軍』に立て付くって事の意味、分かってんだろうな?何なら本部でじーっくり話聞かせてもらっても良いんだぜ?んん?」
『言ってる事殆どヤーさんじゃねぇか……』
段々と近づいてきつつ、此方を睨んでそんな事を言う男を鬱陶しそうに眺めながら、そんな事を思う。
と、今度は男は何を思ったか腰からブロードソードを引き抜いて、何故か刀身を触りながら話し始めた。
「それとも圏外行くか?圏g「やなこった」いげ!?」
長々と話している内に、男の顔面に冷裂が叩き込まれ男が吹っ飛んだ。
ちなみに当然だがこの街は「圏内」なのでダメージは無い。ならば何故吹っ飛んだかというと、犯罪防止コードの、もう一つの特徴ゆえだ。
以前言った通り、基本的にコードが働く「圏内」では、武器を誰かに叩きつけてもその刃が相手に届く事が無い。即ちダメージは通らないのだ。
しかし実はこれ、切られる側の安全を保証する以外にもう一つ意味が合って、幾ら誰かを切りつけても「切る側」が犯罪者カラーに落ちる心配も無い。
そしてこれを利用した物で、ギルドなどでよく行われる訓練に《圏内戦闘》と呼ばれる物が有る。
即ち、武器を当てても見えない壁に阻まれる圏内で、安全、かつ限りなく実戦に近い形での戦闘をするというものだ。
そしてこれ、慣れていない新人ギルドメンバーや、一般人には結構怖い。
何しろスキル値や攻撃の威力が高ければ高いほど攻撃命中時に被害者の身体直前で起きるライトエフェクトは派手になるし、威力によってはノックバックも発生するのだから。
今回重要なのはこのノックバックで、先程までの冷裂の叩きつけ、実はすべて重単発ソードスキルである、《剛断》を使用して行われていたのだ。
《剛断》は薙刀のスキルの中でも一撃の威力の高さがかなり上位に入るソードスキルであり、リョウも良く使用する。
そして威力によってノックバックの大きさが変化する中、他ならぬリョウによって放たれたその一撃を受けた軍の男は──
「ぎっ!」
──ものの見事に、二、三メートルの距離を吹き飛ばされた訳である。
ちなみにキリトが溜息を付いたのは、以前キリトの前で同じ事をしたからだ。
「ったく、話がなげぇよ」
面倒臭そうに冷裂を肩に担ぎなおし、呟くリョウの後ろで、相変わらず子供達は唖然としている。彼らが何を思っているのかは分からないが、少なくとも彼等の眼前の状況が少々本人達の常識を超えた状況で有る事は確かだろう。
「て、てめぇ……!」
「どうしても『軍』を敵にしてぇらしいな……!」
リーダーがやられた事で逆上したのか、今度は後ろに控えていた男達が次々に己の武器を抜く。
西日に照らされ、いくつもの刃がギラギラと凶暴な光を放つ様子はサーシャや子供たちにとっては恐ろしい事この上無かったが、その刃を向けられた先に居る男にとってはそうでもないらしく、あくまで余裕な様子を崩そうとはしない、否、むしろ楽しそうにすら見えた。
「敵……ね、そうだな。あの教会に手ぇ出すってんならまぁ……俺っちはちょいと、私情によりアンタらの敵に回らせてもらおうか?」
「それ、私も乗った」
「じゃ、俺も」
ニヤリと笑ったリョウの後ろに二つの人影が新たに降り立ち、軍の男達は何時の間に頭上を乗り越えられたのかと動揺する。
降り立ったのは当然、キリトとアスナだ。
キリトはユイを抱えた状態なので少々間が抜けているが、アスナは既に愛用の細剣、《ランベントライト》を抜剣している。
目もまるでキリトと出会う前……《狂戦士》と呼ばれていた時代に逆戻りしたかのように、爛々と闘いに餓えた光を放つ。完全に戦闘モードだ。
「助太刀させて。構わない?」
「っは……オッケ」
確認しつつも、否定の言葉も制止の言葉も聞く気は無いのが丸分かりの強い語気で聞いたアスナに、リョウは楽しげに笑って答える。
アスナも、怒ってはいつつも再び肩を並べる事を喜んでいるのが言葉だけでよく分かったのだ。
「左行くわ、そっちお願い」
「イエス、マム」
その会話を最後に、リョウは冷裂を、アスナは細剣を突き出した。
ニヤリと、そして二コリと笑った二人の戦士を前に、切っ先を向けられた男達が出来たのは唯、飲み込まれることだけだった
────
「ま、こんなもんか……」
「ふぅ……」
おおよそ三分後。カップめん一個分の時間の後、アスナがようやく我に返って周りを見渡すと、軍のプレイヤー達は全員地面に突っ伏し、呻くか気絶していた。
ちなみに、呻いているのは大体がアスナに相手をされた者。気絶はノックバックのショックで意識が飛んだ。つまりリョウに相手をされた者たちだ。
数が初めと合わない所を見るに、どうやら残りは逃げたらしい。
「リョウやり過ぎじゃない?」
「狂戦士様に言われてもなぁ……容赦なかったのはむしろアスナだろ」
「う…………」
言い返せない。
何しろ先程までは完全に怒りに身を任せて武器をふるっていたのでよく覚えていないが、間違いなく自分は急所のみを狙っていただろうから。
気まずくなり、空気を変えようと視線を泳がせると……そこには完全に絶句したサーシャト教会の子供たちが此方を見ていた。
「あ…………」
「ん?……あぁ」
先程までの自分達の鬼の様な戦闘の様子は、子供達には恐らく恐怖の対象だっただろう。そう思い、悄然としてアスナは俯いた……が、
「すげえ……」
「え?」
突然戦闘に居た赤毛ツンツン頭の少年が、興奮した様子で叫び始めた。
「すっげぇよ!兄ちゃんも姉ちゃんも……!あんなの……初めて見たよ!」
「お姉ちゃんも兄ちゃんも滅茶苦茶強い。って言ったろう?(ボソッ)特に兄ちゃんが」
「キーリートー?」
リョウがニヤリと笑って脅すようにキリトを見ると、キリトは苦笑し、今度は何処となく嬉しそうにニヤニヤと笑ってアスナを見る。リョウの方を見ると、此方も同じようにニヤリと笑ってアスナの方を見ていた。
釣られて、照れた様な、困った様な顔でアスナも笑う。
「……え、えへへ」
瞬間、子供達の「わーっ!」という歓声が路地裏に爆発し、子供たちが二人に跳びついてきた。
女の子はアスナに駆け寄り、男の子たちはリョウに近付いてぐしぐしと頭をなでられたりしている。
その時だった
「みんなの……みんなのこころが……」
突然、高く、よく通る声が響いた。アスナとリョウが声の聴こえた方を見ると、キリトの腕の中で何時目を覚ましたのかもしれないユイが、空中に視線を向けて右手をのばすと言う奇妙な情景が展開していた。
キリトと、アスナは慌ててその方向を見るが、そこには唯何もない虚空が広がるだけで、ユイが何に向かって手を伸ばしているのか分からない。
「みんなのこころ……が」
『こころ……?』
「ユイ!どうしたんだ!?ユイ!」
リョウが疑問を浮かべている間にもユイは手を伸ばし続け、キリトの声でようやく我に返った様にぱちぱちと瞬きをする。
走り寄ったアスナがユイの手を握り、少々必死な様子でユイに問いかける。
「ユイちゃん……なにか、思い出したの!?」
「あたし……あたし……」
ユイは何かに悩むように眉根を寄せて俯くと、言った。
「あたし、ここには……いなかった。ずっと、ひとりで、くらいとこにいた」
そうして、再び何かを思い出すかのように顔を歪め……次の瞬間、更に予想外な事を起こした。
「うあ……あ……あああ!」
彼女の顔がのけ反り、突然甲高い声で悲鳴を上げ始めたのである。
更に、ザザッっと言うこの世界に来てから久しく聞いていなかったノイズの様な音が辺りに響き……突然、ユイの姿がまるで崩れるように細かくぶれ始めた。
その姿に強烈な嫌な予《勘》を覚えたリョウは、反射的に大声で怒鳴る。
「っ!アスナッ!ユイ坊を離すなっ!」
「え、えぇ!」
一瞬混乱したように眼を見開いていたアスナだったが、リョウの声に我に返った様に、慌ててキリトの腕からユイを抱き上げ、絶対に離さないと言った様子で抱きしめる。
……そうして数秒後、謎の怪現象は収まり、脱力したように再びユイは眠ってしまった。
「おいおい……こりゃあ……」
リョウの言葉が、静寂のみが降りた路地裏に良く響いた
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