髑髏天使
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第三十八話 老婆その十
「知っている店だしな」
「あれっ、夫婦善哉行ったことあるの」
若奈は彼の今の言葉にその垂れ目を少し丸くさせた。
「牧村君も」
「前に妹と行った」
このことも話すのだった。
「だから知っている」
「ああ、未久ちゃんとだったの」
「それで二人で行った」
「そうそう、あのお店は二人で行くものだからね」
若奈は頷きながらこう話してきた。
「一人で行く場所じゃないから」
「二人でか」
「そう、二人で」
また言うのだった。
「二人で行く場所よ」
「夫婦善哉だからか」
「どうして善哉が二つ出されるかよ」
彼女が話すのはここからだった。
「それも考えるとね。やっぱりね」
「二人で行く店か」
「そういうこと。だからよ」
今は牧村に顔を向けて話していた。
「あそこはね。一人で行く店じゃないのよ」
「だが一人でいた客もいたな」
「随分変わった人ね」
若奈は自分の主観から首を傾げさせて述べた。
「その人って」
「織田作之助の本を読んでかららしい」
「ああ、成程ね」
それを言われるとだった。彼女も納得した顔で頷くのだった。
「それじゃそれもわかるわ」
「それでいいのか」
「小説の中に出て来る味を知りたいのよ」
それだというのである。
「それでなのよ」
「それで一人で入ってか」
「そういうことよ。それもありね」
こうも述べるのだった。
「あそこはね」
「文学の店だからか」
「よくあるのよ。作品の中に出て来る味を確かめたいってね」
「それで実際に入ってみて」
「食べるのよ」
彼に顔を向けての話であった。
「そういうことなのよ」
「それでか」
「牧村君はそういうことする?」
「文学に出て来る店巡りか」
「ええ。それはするの?」
「意識しないがそうなっているな」
牧村は考える目で若奈の今の問いに答えた。
「自然とな」
「そうなってるのね」
「なっているな。ただ」
「ただ?」
「意識はしない」
このことはまた言うのだった。
「それはしない」
「つまりそういうことにはこだわらないのね」
「そうなるな」
こう若奈に述べた。
「大事なのは美味いかそうでないかだ」
「味が第一なのね」
「有名な店でもまずいものがまずい」
そしてこうも述べてみせた。
「それは事実だと思うが」
「そうね。それはね」
「事実だな」
「ほら、東京なんか行ったら」
若奈はその目を自然に顰めさせていた。そのうえでの今の言葉だった。
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