SAO─戦士達の物語
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SAO編
三十三話 狭き世の中
三月も終わりに迫ったその日、俺は、最前線から十二層程下の階層の、とあるアイテム屋に、そこでしか売っていない性能の良い携帯用のランプアイテムを買いに来ていた。
「ん~んんん~ん~ん~♪」
鼻歌を歌いながら帰り道を歩く。この頃はまだプレイヤーホームなんて持ってはいなかったから、前線の方の宿賃の安い宿へ向かうために、転移門に向かっていた時だ。
前方、迷宮区へと続く大通りの方から、六人程度のパーティがワイワイと歩いてきた。
よい事でもあったのだろうか?全員が明るい顔をしており、殺伐とした雰囲気多いの前線ギルドとは違い、純粋にこのゲームを楽しんでいると言った空気が彼らにはあった。
少々得をした気分になりながら、彼らとの距離が縮まって行く。そしてすれ違おうとした時、その一団から、意外な声が投げかけられた。
「あれ、兄貴?」
「おあ?」
効いた事のある声で有り、何時も呼ばれているがゆえに思わず反応してしまう。
すれ違う寸前だったその一団の方を向くと、俺の義弟ことキリトがいた。
「あぁ?キリト?お前何で此処に?」
「いや、俺が聞きたいんだけど……」
「キリト、知り合い?」
状況の変化に少々戸惑いながら、キリトと会話をしていると、キリト後ろにいた俺と同じくらいの背丈の青年が、キリトに問いかけた。
慌てた風にキリトが受け答える。
「あぁ、俺のこの世界での義兄なんです」
「えぇ!?キリト……義兄弟がいるんですか!?」
青年は眼を見開く。
SAOに置いて、義兄弟設定の関係を結ぶ人間というのは珍しい。
それは、そのリスクが余りにも大きい事に起因するものだ。
義兄弟となった場合、その相手のプレイヤーのステータスを、何時でも好きな時に確認する事が出来る上に、策敵スキル等無しでも相手の場所を確認する事が出来る。
また、任意で共通のアイテムレストレージを持つ事が出来たり、専用アイテムが手に入ったりと、結婚とはまた違った関係性を持つ事が出来るのだ。
しかし後者一つはともかく、他三つは殺人や窃盗等に利用する事が出来る上に、この設定、実は片方から一方的に破棄が効く。
事実上の危険性は、《結婚》とほぼ同程度にまで登るため、どんなに親しくても、義兄弟と言う関係まで発展するプレイヤーと言うのはそうはいない訳である。
まぁ、俺達の場合はそもそもの理由が少し特殊だが。
驚いた青年に、キリトは苦笑いしながら答える。
「あぁいや、リアルでも従兄弟同士で。ホントはそれだけじゃ……って感覚も有るんだけど、まぁ色々と信頼できる人なんです。この人は」
「えーっと、キリト?その人達誰?」
今度は俺が尋ねる番だ。
正直、相手の素性が知れなくては自己紹介もしようが無い。
「あぁ。えーっと」
「あ、俺が説明します?」
キリトが悩んだように唸るのを見て、話していた青年が助け船を出す。
少し茶色がかった短髪に、黒い胸当てと型当てをした、人の良さそうな青年だ。
「あー……すみません、お願いします」
「オッケー。えーと、僕はケイタと言います。後ろにいるのはうちのギルドの団員で、名前は《月夜の黒猫団》。キリトとは、先程ダンジョンで助太刀してもらって。それで知り合いました」
成程。と俺は思う。この階層のダンジョンならキリトには余裕だろう。
しかしよく此奴がそんな事をできた物だ。下手をすれば非難を喰らう可能性だってあるのに。
そう思い、ふとキリトの方を見ると、何故少々苦しげな光が眼に宿っていた。ふむ?
「これはご丁寧に。俺はリョウコウって言います、皆にはリョウって呼ばれてますけど……どうもウチの義弟がお世話になっているようで、ありがとうございます」
「いやいや、お世話になったのは僕らですよ。彼の助けがなきゃジリ貧だったんですから、お礼を言うのも僕らの方です」
お互い初対面なので、敬語で挨拶を交わし合う。
話し方もフレンドリーだし、中々に社交的な人物だ。こういう人間には結構好感が持てる。人柄も良い様だし、成程確かにリーダーの器としては申し分ないだろう。
この時俺は、目の前の子の青年と、義弟に気を取られていたため後ろにいた他のメンバー達にそこまで気を配っていなかった。
そのため、その声が聞こえた時も、初めは何処から聴こえたのはさえ分からなかった。
「……りょう?」
「……ふぬ?」
男性の物ではない、明らかな女性の物と分かる小さな声を俺が聞き逃さなかったのは、恐らく殆ど偶然だっただろう。
しかし前述のとうり何処からその声が聞こえたのか分からなかったため、俺は声の主を探して回りをキョロキョロと見回す。
それでも声の主を発見できず、首を傾げ……
「こっちこっち」
「……はい?」
再び同じ声、今度ははっきり、聴こえたのはケイタの方だった。
しかしだからと言ってそれはケイタの声と言う訳では無く、その後ろ、ケイタの背の高さによって俺の死角となる位置にいる黒髪の少女が、ケイタの横から顔を出していた。
その顔を見た瞬間、俺は思わず声を発していた。
「……み、みゆk「待って」あ……えっと?」
「サチ……って名前が今の私だけど……えっと、本当にりょう?」
「あ、あぁ……多分お前の知ってるりょう」
そこまで言った所で、思考がたがいにフリーズしてしまう。いきなりの事に頭が付いて来ない。
「…………」
「…………」
「吸ぅ、吐ぁ」
突然深呼吸をした俺に、周囲が驚いたように目をむく。ただし、キリトとサチは除いてだが。
「久しぶりだな。元気……してたか?」
「う、うん……」
問いかけに対して緊張した面持ちサチはチコリと頷く。
まだ混乱は抜けていないようだ。
「えっと……?」
「おい兄貴、説明しろ」
「あ……いや、だからその」
────
「「「「「幼馴染ぃ!?」」」」」
「あぁ、一緒にいたのは小学生までだけどな」
キリトと黒猫団の面々が素っ頓狂な声を上げる中、俺は冷静に答える。
此処は同じ階層の酒場、俺はいま、黒猫団の宴会でキリト達にサチとの繋がりを説明していた。
俺とみゆ……では無くサチは、小学校を卒業するまでは同じ学校に通う同級生で、家が近かったこともあってとても親しい間柄だった。
と言うか親しくならない方がおかしい。何しろ俺もサチも親が片方しかおらず、毎日家の近くの人の良い老人夫婦の家に親が迎えに来るまで預けられていたのだから。毎日会ってりゃそりゃあ親しくもなる。
そんな事を話していると、横にいたサチが俺のほうを見てこんな事を尋ねて来た。
「そう言えばしーちゃん元気かなぁ?」
「しーちゃんってお前……あいつもいい加減その呼び名は嫌だと思うぞ?けど……そういや俺も連絡とってねぇな」
しーちゃんと言うのはばーちゃん達……もとい老人夫婦の家のお孫さんで、この子も父親不在の子だった。本好きで、誕生日に本を送ってやると結構嬉しそうにしていた事を覚えている。ちなみに、うちの母親とサチ達の母親は境遇が近いせいか仲が良かった。
しかし、俺は中二の時に、サチは小学校の卒業と同時に引っ越してからは、たがいに殆ど連絡をとる機会も無かったため、今彼女がどうしているのかは不明だ。
「しかしこんな所でお前に会うなんてなぁ……変な縁っつーか、世間なんて狭いもんだな」
「うん……そう、だね」
何となくサチに覇気が無い様な気がするが、気のせいだろうか?此奴は昔から、何故か眼の読みにくい奴だった事を今更思い出した。
「あー、皆、ちょっと二人と話したいんだけど、いいかな?」
「え?あ、うん。じゃあ私皆といるね」
ケイタがそう言うと、サチは一緒にいた仲間たちと共に近くのテーブルへと近づいて行った。
それを確認してから、ケイタはとても聞きづらそうに俺達のレベルを聞いた。と言うかどちらかと言うと、キリトのレベルを知りたいようだ。
先行して、俺は自分のレベルを答える。その数値を聞いてケイタは一瞬目を見開いたが、それ以上は何も聞かなかった。
続いてはキリトなのだが……一瞬キリトは迷ったような光を見せ、やがてこんどは決心したように口を開く。
「──だよ」
『はぁ!?』
俺は内心でかなり驚く。何しろキリトの口にした数字は、本来の此奴のレベルと比べ20も下の数字だったからだ。
だが、一瞬訂正しようと開きかけた口はしかし、言葉を発する前に俺の意思で閉じられた。
キリトが案外と他人の眼を気にする正確なのは、この世界に来てからより顕著に表れている事の一つだった。と言うより、キリト自身がかなり人の眼を避ける様な行動を取っている事が多かったのだ。
俺にはその気持ち自体は分からなかったが、キリトが他人にビーターや、はぐれ者と嘲られる事を恐れているのは、何となく察していた。
恐らく、今回もそうした危機回避の一つとしてこういう言動を取っているのだろう。
反射的にそう考えた事が、俺の口を閉じさせたのだった。
暫く驚いていたが、その間にキリトとケイタの会話は進んでいく。
曰く、それのレベルで、あそこでソロ狩りが出来るのか?
曰く、敬語はやめよう
「あ、それ俺も頼む。やっぱやりずらいわ。」
「あ、あぁ。分かったよ……で、その……急に何なんだけどさ、リョウは無理でも、もしソロなら……キリト、よかったら、うちに入ってくれないか?」
「え……?」
「ほう……」
ケイタの提案にキリトは問い返し、俺は少々驚く。
案外と、この手のソロプレイヤーをこの世界でいきなりギルドに誘う奴は、あまりいない。
それはその大体が、気難しい等性格に難が有ったり、プレイスタイルが人と違う所が有る等、「訳あり」の人間だからで、この手の人間を誘うには少しばかり度胸がいるのだ。
それをやってのけたあたり、優男だと思っていたこの青年に対する印象を変える必要があるかもしれない。
キリトは一瞬俺の方を見たが、俺はあえてそれを無視する。
あくまでギルドに入るにしろ入らないにしろ、キリトが決めるべき事だ。俺が意見する所ではないだろう。
さらにケイタは言葉を続ける。
「その、僕等のレベルならホントはあの程度の狩場、楽に攻略できるはずなんだよ。けど……多分君等も気づいてると思うけどスキル構成がさ。前衛出来るのがテツオだけだから、どうしても回復がおっつかなくて、結局ジリ貧で後退してく形になっちゃうんだ。キリトが入ってくれればかなり楽になるし、それに……おーい、サチ、ちょっと来てくれよ」
先程向こうに行ったサチを、ケイタは再び呼び戻す。ワイングラスを持ったままサチは此方へ来て、ケイタの隣に並んだ。
ちなみに、黒猫団のメンバーの武器構成は、
長槍使い2 棍使い1 短剣使い1 盾+メイス1
というバランスの悪い物で、いまのケイタの説明の通り前衛が出来る者が盾+メイスの一人だけなので、そいつのHP回復のためにスイッチする仲間がおらず、ジリ貧になって後退し易い構成だった。
ケイタはサチの頭に手を置き、言葉を続ける。
「こいつ、メインスキルは両手長槍なんだけど、もう一人と比べるとスキルの錬度が低いから今の内に片手剣に転向させようと思うんだ。でもなかなか時間が取れない上にいまいち勝手が良く分からないみたいでさ、よかったら、少しコーチしてあげてくれないかな?」
「なによ、人をみそっかすみたいに」
ぷぅっとむくれるサチを見て、俺は思わず噴き出す。
「くく、いきなりモンスターに近づくのがおっかねぇんだろ。相変わらずだなサチ」
「へ!?あ……えと……」
「そうそう!やっぱり昔っから?」
そう問いを返して来たケイタに、俺は頷く。
「あぁ。昔っからかなり臆病でな?小二くらいの時に……」
「ストーップ!それ以上言ったら私も色々しゃべるからね!?」
「っと、それは怖いな……」
やめておこう、此奴には色々知られてる事も多いし。
「へー……サチ、後で少し教えて──「おーっとっとぉ!人の過去は余り探らない物だよキ―リトくぅん!」」
騒いでるうちに黒猫団の連中も集まって来て、結局、その後はただの宴会になった。
ちなみに、その流れでキリトは黒猫団に入る事にしたらしい。
まぁキリト自身も居心地よさそうだったし。人の輪に入るいい経験にもなるだろう。
それからしばらくの間、俺はキリトやサチの様子見がてらに彼らと関わり合う事になった。
────
「んじゃまぁ、帰るわ」
「うん……またね」
宴会も終わりへと近付き、黒猫団のメンバーが未だに歓迎と評してキリトとドタバタ騒ぎをやっている中、俺は遅くなる前にと酒場を出た。
眼の間には見送りに来たサチがいる。
「まぁ、ちょくちょく様子見に来るからよ。一応俺のかわいい義弟なもんで、よろしく頼むわ」
「わかってる。私にとっても新しい仲間だもの、皆ともきっとすぐ仲良くなるよ」
「はは、もう既にって感じだけどな」
「ふふ……そうだね」
後ろから聴こえて来る騒ぎ声を聞きつつ、俺とサチは互いに笑い合う。
そこでふと、俺はサチに聞きたい事が有るのを思い出した
「そう言えば……よぉ」
「え?」
サチが首を傾げるのを見ながら、俺は更に言葉を紡ぐ。
「……大丈夫か?」
「…………」
普通に聞けば質問になっていないその言葉から、サチは俺の言いたい事を察したのだろう。俺の眼を真っ直ぐに見つめ返し、答える。
「大丈夫だよ……もう、リョウの後ろに隠れてた時の私じゃないよ?」
どうやら、愚問だったらしい。
彼女とて、此処まで登って来た立派な戦士の一人、あんな話をしてはいても、既に俺の知る、ただ臆病なだけの少女では無いのだ。
今の問いは、むしろ無礼に当ると言う物だっただろう。
「そりゃ失礼。……けどな」
しかし、それが分かっていながらも俺は自然と言葉を紡いでいた。
それが自分の知るサチを自分の中でまだ消してしまいたくなかっただけの独りよがりなのか、もしくはご自慢の勘が働いた事によってサチの心の内を見透かしたのかは分からないが……
「無理はするなよ?ま、危なくなったらいつでも駆けつけて助けてやるから」
「うん。知ってる」
いつしたかも覚えていない。しかし期限など定めなかった約束を、俺はやっぱり口に出していたのだ。
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