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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  三十話 短気は損気

第七十五層 主街区 コリニア

 その都市は、今、稀に見る活気に包まれていた。
ガヤガヤと、人混みが出す特有の喧噪の中から、食べ物や飲み物を売り込む景気のいい声がリョウの耳にも飛び込んでくる。
リョウは、先程そこの店で買った焼き栗……っぽい味のする緑色の木の実が大量に詰まった袋を片腕に抱えて、パクパクと食いつつ人の波の中をのんびりと歩いていた。

 目的地は此処、コリニァにある、観光名所となる事間違いなしであろう中世のコロセウムを思わせる巨大な建造物である。

 この喧噪は、今日がこの街の転移門が開放《アクティベート》。通称、《街開き》が成されてからまだ二日目である事に起因するものだ。
剣士は勿論の事、商人、職人プレイヤー、また、攻略に参加する訳で無いにしろ上層の街は見てみたいと言う観光客等が詰め掛け、この活気なわけである。

 特に、観光客の数は多い。
例えば、《はじまりの街》にゲーム開始直後から籠っている人々にとっては、新しい街を見る事が出来ると言うのはこの上ない娯楽だ。

 人間にとって、最も脳を刺激してくれる物と言うのは、良くも悪くも「新しい物」だと言われている。
今まで見たことも無い様な事、感じた事の無い感覚。
それこそが、人と言う種族の脳にとってはこの上ないごちそうなのだ。
でなければ、日々新しい商品を開発する企業の皆さんは、躍起になって「新感覚」だの「新開発」だのと言う謳い文句を広告に掲載したりはしないだろう。
 まぁ、それは同時に「経験が無い」と言う事でもあるので、その刺激が悪い事であった場合、パニックやネガティブを起こす原因にもなってしまうのだが。

閑話休題

 さて、前述したように、今日この日、このコリニァが此処まで賑わっているのは、《街開き》が最も大きな要因だと言って良い。
しかしながら、それと同時にもう一つ、今日に限ってのみ大きな要因となっている出来事が有る。

黒の剣士VS聖騎士ヒースクリフ……いや、もとい。
二刀流VS神聖剣
 現在リョウが向かっているコロセウムの中で、こんな大イベントが行われるのである。

それが決まったのは、つい昨日の事だ。

────

「はぁ?んで易々と挑戦受けたのかお前は」
「そうなの、私が説得するために頑張ろうとしてるのに、いきなり「デュエルで決着付けましょう」だよ!?信じられないよ、もう!」
「うぐ……申し訳ありませんでした……」

 前日に、いきなりのボス攻略と言うバカをやらかしたため、リョウはその日休暇を取る事にして、珍しく遅めに家を出てエギルの店へと行ってみた。と、店主に「二階で面白い物が見られる」と言われ、上がる。

 二階には、揺り椅子に座ったキリトが肘かけに座ったアスナにポカポカと殴られていると言う記録結晶にでも収めたくなる光景が存在しており、なんだか居てはならない様な気がして部屋を出ようとした所で、キリトからリョウにヘルプコールがかかった。

 で、何とかアスナを止め、事情を聞いて、この状況である。

 どうやら、アスナが暫くギルドを休んでキリトと攻略パートナーを組もうとギルドに休暇申請をした所、団長殿に面倒な条件を提示されたらしい。
キリトとの立ち合いがしたい、と。


ギルド[KoB]リーダー 《聖騎士》ヒースクリフ

 キリトと同じく、ゲーム上に習得者が一人しかいないユニークスキル、《神聖剣》有し、SAOの中でも最強の男として名高い剣士である。
同時に、攻略組最強のギルドのトップでもあるため、なし崩し的に攻略組全体のトップと言う事になるが……彼自身が攻略に口を出して来ることは少なく、どちらかと言うとボス戦闘の時等に無言で前線を支える様な、攻略組の連中にとっての「心の支え」的な人物だ。

 そんなかの剣士が、一剣士にデュエルを挑むと言うのは非常に珍しい。
と言うか、初めてじゃないか?とリョウは思う
何でいきなり?とか、色々と疑問はあるがとにかく、アスナがギルドを抜ける条件として、彼はキリトとの立ち合い。即ち決闘《デュエル》を提示して来たのである。

 しかしながら、キリトを面倒事に巻き込みたくないアスナはこれを拒否。
ヒースクリフが譲らないため、一度キリトの所へと戻り、相談の結果、キリト自身が直談判する事となったらしいのだが……

「断りに行って自分でデュエル受けて来るとか、阿呆かお前は」
「……もう、勘弁してください」
 易々とヒースクリフの誘いに乗り売り言葉に買い言葉と言った形で、試合の約束を自分からしてしまった訳である。
アスナが怒るのも無理は無い。

「けどさ、一撃終了のルールなんだし、そこまで心配しなくても大丈夫だって」
「まぁ、決めたのならとやかくは言わねぇが……そう言う事じゃないんだよなぁ」
「う~~~~~……」
 その通りだと言いたげに、アスナがキリトを睨みながら唸っているのを見て、慌ててキリトは慰め始める。

「ま、俺にはどうとも出来んしな、頑張れ。あのおっさ……団長さんは言うまでも無く強敵だが……やるからには勝つ気で行け」
 そう言いつつ、リョウは立ち上がる。
何時までも居ても仕方ないし。色々としたい買い物も今日は考えていたからだ。

「ん、おう」
「でも負けたら、私が休むどころか逆にキリト君がKoB入りなんだよね……リョウはそれでもいいの?」
 そう聞いてきたアスナに、リョウは首だけで振り向くと、何時ものようにニヤリと笑って言った。

「俺は別にそいつの進む道に関してとやかく言うつもりはねぇよ。それにな、キリトにとっちゃあながち悪い条件でも無いかもしんねぇぞ?」
「えぇ?何それどういう事──」
 問いかけに、肩をすくめることで答えて、リョウは扉を開いて外に出た。

──スキル《聞き耳》起動──

『……どういう事?』
『あぁ……いやその何と言うか』
『?』
 一度会話が止まる、さて、キリトが何と言うか、リョウとしては義兄という立場からも非常に注目度が高い所である。

『俺はその、アスナと一緒にいられれば別にどんな形でも良いんだ……うん』
『へ…………』
 しばらく沈黙。
トン、と言う音につづいてトコトコトコ……という窓側へと歩く音。
振られただろうか?
少々リョウは心配になったが……
続いてもう一つ、コツコツという靴音が同じ方向へと響き……最後に、ポスッと言う柔らかい布同士が当るような音が聞こえた。

 策敵スキルを使うと、二人が窓際で並んで立っているのが確認できる。

「…………」
 リョウは笑う。
しかしそれは何時もの企んだようなニヤリとした笑顔ではなく、優しく、暖かい目をした、頬笑みであった。

「……転移、リンダース」
 転移結晶を持ち、小さく呟くと、淡い青色の光が誰にも気づかれずにリョウを包み……次の瞬間には、そこには誰もいなかった。
 
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