SAO─戦士達の物語
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SAO編
二十三話 刃(やいば)の異名を持つ男
目の前に居るのは、絶対に出て来ては欲しく無かった仲間の姿であり、でも恐らく、自分がこの状況を打開するために心の何処かで出て来ることを期待していた人物の姿。
自分の中の「期待」と言う感情にアスナが気付いたのは、キリトの横から登場したその男……リョウの姿が、どうしてもこの上なく心強く見えてしまったからであり、同時にそこまで考えてしまった所でアスナは慌てて首を横に振った。
違う。今回は、今回だけはこの人物を自分の前に立たせる訳にはいかないのだ。
既に、自分せいで絶対に人を殺してほしく無かったキリトにすら殺人の業を背負わせてしまった。
「約束」した、だから、リョウをこれ以上の殺人者にするわけにはいかない。
そこまで考え、アスナは意を決してリョウに向かって口を開いた。
「な、何で出て来たの!?後ろに下がっててって──」
「誰がどこからどう見ても、んなこと言ってられる状況じゃねぇだろコレ」
「う……」
出鼻を挫かれた上に言い返せない。
リョウの言う事はまったくもって正論であり、この状況を生み出したのは自分達なのだから、彼が出て来るのは当然かもしれない。
だが此処でリョウの言う通りにして彼を戦場へと送り出せば、噂の通り何のためらいも無くリョウは人を殺す。
それは、今のほんの一瞬で十二分に分からされた。
だから駄目だ。ここで引いてはいけない。
「でもまだ、約束が……!」
「あぁ、あれなら、気にしなくていいぞ?」
「え……」
再び言いきる前に、リョウはあっけらかんとした様子で再び口を開く。
「別にお前らが役立たずとかじゃなく、俺が勝手にやるだけだ、お前らとの約束は関係無いしな」
「な……いいえ、それでも駄目!下がって!」
「ったく、今日はずいぶんと食い下がるな。どした?」
まるで普通の雑談をする様なリョウの態度に段々と苛立ちが募って来る。
今している会話の内容を、本当分かっているのだろうか?
ちなみにこの間、リョウは一度も此方を向いていない。ずっとオレンジ側を睨んだまま、それだけで、気性が荒いはずのオレンジプレイヤー達をその場に釘付けにしている。
やはり、リョウが居ると言うだけでその威力は絶大なようだ。
だが今はそんなことはどうでもいい。
「どした?じゃないわ!本当に分かってるの!?この世界で人を殺すってことがどういう事なのか!」
大体、義弟であるはずのキリトはどうして何も言わないのだろうか。
そこまで思った時、アスナの耳に別の声が割り込んだ。
「その辺にしてやってくれ。アスナ」
「き、キリト君!?」
アスナのリョウへの反感を止めたのはそのキリトだった。
そしてその発言に、アスナは大いにうろたえる。唯でさえ過去に前歴のある人間を前に、一体何を言い出すのだろう。
近しい関係であるならば、むしろこんな事をしようとする彼を止めるべきではないのか?
アスナの中の“常識”と言う判断材料はそう答えを出しており、それを止めようとするキリトの態度は、混乱以外の物をアスナにもたらさなかった。
「で、でも!このままにしたらリョウはまた──」
「良いんだ」
「え…………」
「兄貴が今しようとしてる事は、俺達にとってどうしようもなく有りがたい事だし、その事に兄貴も納得してる。だから……良いんだ
キリトの言っている事の意味がアスナはすぐに分からなかった。
恐らく、よく考えれば分かったのだろうけど、反射的に分からなかったことから、アスナは咄嗟にキリトに聞き返す。
「ど、どう言う……意味?」
「そのままの意味だ。ここは兄貴に任せる。その方が良い」
「何を……!」
良いわけがない。そう言おうとして、ようやくアスナの頭は答えを導き出した。
違う、キリトの言っている事は確かに正しいのだ。
恐らく、自分やキリトが殺人を犯せば、その事実は一生背負うべき罪として永久に自分を苦しめ続けるだろう。
だがリョウは、話の通りならば人を殺しても精神的ダメージが他人に比べ圧倒的に少ない。
つまりは……
「ったく、その言い方じゃまるでお前悪い奴みたいだぞ?」
「別にいいさ、兄貴に肩代わりさせてる時点で──」
「だから、俺が勝手にやってんだからいちいちそう言う事考えなくていいっつの」
うつむいたまま動かないキリトに、アスナは何も言う事が出来なかった。
彼も、悔しいのだろう。リョウに任せなければならない事が。
だが、たとえ既に一人を殺っていても、それをさらに重ね、更に一生背負い続ける様な覚悟はまだアスナにもキリトにも無かった。
「ほれ、下がってろ。さっさと片付けてくっから」
「でも、でもそれじゃあリョウは……!!」
自分の事を殺人鬼だと思いながら生きて行かねばならない。
それに恐らく、これだけのプレイヤーの前でそれを行えばせっかくデマだと思われている噂も証明が成され、周りからのリョウを見る眼すらも悪い方向へと変化してしまう可能性は、決して小さくないだろう。
自分達のせいで、そんな事にはしたくない……
「かまわねぇさ」
「え…………」
リョウの口から紡ぎだされた言葉は、とてもやさしく、同時に何処か納得して居る様な……諦めているような雰囲気を孕んだものだった。
「よく言うだろ?人殺しは殺した分だけその罪を背負わなきゃいけないとか何とか。俺、効率悪いのあんま好きじゃねぇしな、より良い方法があるならそっちを選びたいわけさ。で、どうせ何も感じない奴が背負った方が、他の奴が背負うよりこっちの負うリスクは小さいと。俺自身も、それが友人や親類のためなら大歓迎だし。な?効率いいだろ?」
「…………」
まただ。また、リョウと自分達の間に明らかで根本的な溝を感じる。
元々、この青年は、偶にどこか常人離れした所を見せる事がある。人の心を読んだかのように話し始めたり、異常な的中率の勘が働いたり。
だが、今回は最早曖昧な物ではなく、明らかな物としてアスナにははっきり感じ取れた。
それはそうだ。実際ついさっき、リョウは平然と人を殺したし、たった今も、リョウは遠回しに、「他人のために殺人をする事になっても構わない。」と言ったのだから。
この世界に、自分以外の者のために殺人を犯せと言われて、平然と了承出来る物がいったい何人居るのだろうか?
少なくともアスナやキリトが知る限りでは、目の前に居る青年一人しか心当たりが無かった。
「な?そう言う訳だから。もう、いいよな?」
「う、ん」
頷くしかなかった。どんなに反論しても、此処ではリョウの言う事が最も上策である事は疑いようも無い。
正直、悔しい。
自分にもっと精神的な強さがあれば……どうしても、そう思わずには居られなかった。
「さーて、んじゃまぁ、パパァ~っと行くか!」
リョウが得物を構えたまま一気に走りだす。その後ろ姿を見ながら、キリトは拳を堅く握りしめ、アスナは小さく「ごめんなさい……」とつぶやいた。
────
走り出す時、後ろでアスナが言った言葉はしっかりと俺の耳に届いていた。
「ごめんなさい」
まぁ何と言うか、どちらかと言えば申し訳ないのは俺の方だと思う。
殺人の重みを彼らに背負わせたく無いのが根本に有るはずなのに、結局の所彼女たちにも精神的負担をかけているのだから、とんだ詐欺師だろう。
だがそれでも、彼らには殺人だけはして欲しく無い。
まだ俺が人間らしい事を自分自身に証明できるその思いを果たすために、俺は姿勢を低くしてオレンジの群れへと突っ込んだ。
先ずは第一関門、噂もあるため俺を警戒したのか、三人の両手槍使いが俺の前に立ちふさがっている。
俺は原則的に、筋力値を中心に上げている、と言うか殆どそれしか上げていないため、敏捷値はレベルアップ時の自動上昇分だけ。つまり足も腕の振りもレベルの割に相当遅い。
リーチの長い武器を複数使って囲めば、何とか抑えられると思ったのだろうが……
「慣れてんだよ。その対応」
言うと同時に俺は地面を踏みきって、一瞬でその距離を詰める。
勿論走りきった訳ではない。空中に向かって、斜めに低く、低空を「跳んだ」のだ。
通常この世界での「走る速さ」や「腕を振る速さ」等の現象のスピードは確かに敏捷値によって決定されるが、跳躍なら話は別だ。
地面を蹴り、その際身体が飛ぶ「距離」「移動速度」「高さ」は全て、筋力値によって決定づけられる。
まぁ、地を走れないなら空を跳べばいいと。そう言う訳である。
「は?」
「打ぁ!」
中央に居た青髪ピアスの奴が声を上げるが、既に遅い。
とうに俺の身体は槍の穂先など抜けており、赤いライトエフェクトを纏った俺の右脚が、身体の後ろから追いついて来るように腰を軸にして思い切り振り切られ──
ポリゴン破砕音と共に首から上の無い一人のプレイヤーが、消滅した。
足技 単発技 飛脚《ひきゃく》鎌断《かだち》
「先ずは一人。ってね」
猫のように姿勢を低くして着地した俺に対し、一瞬既に後ろに居る槍使い二人と、目の前に居る多数のオレンジプレイヤーは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに戦闘態勢を取ろうとする。
だがやはり遅い。
俺は既に《足技》のスキルを使った硬直から復活している。
この《足技》のスキル。幾つかの特異性があり、その内一つに、「硬直時間が異常に短い」と言う物があるのだ。
足技の硬直時間は長い物でも2秒。短い物だと、0.3秒も無い。
俺は相手方の対応と心の準備が追いつくより速く、次の行動へと移る。
「覇ァァァァァ!!」
右足を軸に、左足を少々前に出し、右手の冷裂を長く掲げて大きく回転する。
その一撃に巻き込まれ、近くに居た三人のプレイヤーが一瞬で消滅する。これで四人。
勿論だが、一回転で終わりではない。既に刃の部分に緑のライトエフェクトを纏った冷裂を持った俺の身体は、そのまま足を代わる代わる入れ替えながら回転を維持して常人の身体ではあり得ない早さで前方へと進む。
二回転目で追加で二人。
三回転目でもう一人。
四回転目で更に二人。
圧倒的な筋力値から生み出される剣技《ソードスキル》の威力は、オレンジ達のHPを危険域のレッド、注意域のイエローはおろか、まだグリーンの状態の物でさえ、一撃でアバターごとポリゴンの欠片として砕け散らせて行く。
爆散により起こったポリゴン片と回転によってクルクルと尾を引く緑色のエフェクトとが、さながら光の嵐のごとく輝き続ける。
これで、9人。
「ま、初手としちゃ十分か。」
そう言いながら回転を止める。合計四回転。
薙刀 上級連撃技 「乱嵐流《らんらんりゅう》」
正直、始めてこの名前を見た時は某ハンバーガーチェーンを思い出したものだが、名前とは裏腹に威力、範囲は共に文句のつけようのない非常に優秀なスキルである。
が、しかし、そうそう全て上手く行くかと言うとそうでも無い。
原則的に、薙刀のソードスキルと言うのはどれも他の武器のスキルよりも硬直時間が長い。無論、優秀な技である以上それはこの《乱嵐流》も例外ではない。
で、当然集団に囲まれていれば皆その硬直を狙ってくる訳で……
「いけぇ!」
「おらぁぁぁぁl!」
「死ねやぁぁ!」
ほら来たよ……
目の前や左右には槌やら斧やら剣やらを構える野郎共の姿。当然、このまま硬直してたらまぁもろに当たってHPがごっそり持って行かれるのだろう。
駄菓子菓子
「そんなつもりは毛頭ねぇんだよ!」
そう言いながら、硬直しているはずの足を振り上げ、土色のライトエフェクトと共に地面に叩き付ける。
足技 範囲妨害技 大震脚
ズン、と言う重々しい音と共に地面が大きく揺れ、周囲に居たプレイヤーたちは昔懐かしいギャグの様にこける。
まぁ彼らにとってはギャグでは無く真剣に命の危機なわけだが。
「なっ!?」
「馬鹿な!?」
おーおー、驚いてる驚いてる。
まぁそれはそうだろう。この世界での絶対の隙であるはずの硬直時間を、無視してスキルを使用したのだから。
これが、足技のスキルのもう一つの特異性《硬直割り込み》である。
本来ソードスキルは使用すると硬直時間が科せられ、その間はいかなるスキルも使用できない。
それどころか動く事も出来ないのだが……《足技》のスキルは唯一例外として、ソードスキルからの場合のみ(同じ足技スキルは不可)硬直時間に割り込んでスキルを発動させる事が出来る。
しかも驚くべき事に、その後科せられる硬直時間は発動した足技スキル分だけなのだ。
つまり、非常に短い。
まぁ今回も、接近して来たオレンジ達が立ち上がりきるよりも俺の方が硬直から回復する方が早かった訳で……
「はい、残念~」
スキルを使うまでも無く、少ししゃがんで冷裂を振り、周りに居た四人を切り裂く。
これで十三人。
冷裂を振り終わってから、俺は構えを崩さずに周りを見る。と、いつの間にかオレンジが押している混戦だった状況は逆転し、徐々に討伐組が押し始めているようだ。
あれだけの状態を見ても、俺に刃を向けたままの勇気あるオレンジプレイヤーもまだ数人いるが、彼らの顔は一様に恐怖に彩られていた。
そんな彼らに向かって、俺はなるべく「何時も通り」のニヤリとした笑みを浮かべて、言う。
「さぁ諸君、旅立つ準備は出来たかね?」
ちょっと格好付け過ぎの様な気もするが、まぁこの歳だし、まだ許されるだろ。
それに、今の言葉で間違いなく目の前の連中ビビってるし。
恰好を付けると言えば、ジン、と言う異名は誰が呼び始めたのか知らんが結構その方面のもんだと思う。
まぁ、実際の所何も感じず人を殺すと言うのは言いえて妙だと思うが、少々それには語弊があるとも思える。
……否、或いは俺がそう思いたいだけなのかもしれない。
──俺は、人を殺しても、何か感情を抱いた事が無い。
罪悪感はあるが、殺した事に対しては大して何も感じてないし、精神的な重圧なんて皆無だ。
友人や親類が死ぬ事がどれだけ悲しいか俺は知っているし、今までに殺した連中にとってのそういう人々は今頃死ぬほど哀しんでいる人もいるんだろうって事も分かってる。
だけど、何も感じない。
自分だって、親の死に目を見た経験が在る身だ。その苦しさや悲しさを肌で感じて知っているはずなのに、自分が殺した事に関しては何も感じない。感じられない。
殺した後には、ただ、殺した事が分かるだけ。
それが生み出す哀しみを、俺は知っているはずなのに、その全てを俺は、極論、たった一言で片づけられる。
──どうでもいいや──
……正直言えば、これだけ殺してそれでこんなにも自然で居られる自分の人間性を疑った事は今までに一度や二度じゃない。
何故何も感じないのか?何故何も考える事が出来ないのか?それがどういう事か分かっているのに、何故?なぜ?ナゼ?
考え続けて、頭がおかしくなりそうになった事も無い訳じゃない。
だけどもう諦めた。
人殺しと言うなら、言えば良い。
殺人鬼と呼ぶなら、呼んでもらって結構。
たとえ、人として大切な物が何か欠けていると言われようと、
それでも、責任や重圧を全て俺が受けるだけで済むのなら……俺は刃を振るおう。
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