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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  十六話 悪夢と夜明け

 あの後、十時半から一時半頃まで三時間程寝て再び起きた俺は、アスナと見張りを交代。
何故かアスナは渋ったのだが、さっさと寝るように言ってようやく寝てから二時間程。現在午前4時23分。

 まだ冬が過ぎきっていないのか、この季節は日が昇るのが遅い、当然この浮遊城にも光は差し込まないため辺りは薄暗く、肌寒い空気が満ちている。

「さっさと六時になってくれねぇかなぁ……」
 もうすっかり眼が覚めてしまった身体を揺らし、ホットティーを飲みつつ嘆く。
暇潰しだった朝の運動も終えてしまった俺は、そろそろ第二回に入ろうかとすら考え始めていた。

事が起こったのはその時だ。

「お…………ん……」
「ん?起きたのか?」
 随分早い朝だなあとは思いつつも、話しかけてみたが返事は無く、ただ呻くような声が聞こえて来るばかりだ。
顔色が青くなってり、綺麗な卵型をした顔には苦しそうな表情と脂汗が浮かんでいた。

「ちょっ……と待てよ?おい。」
「…や………て………いで………けて」
 とぎれとぎれに何かを言うその表情は必死の形相で、恐怖と苦しみに埋め尽くされており、俺にただ事ではない事を知らせる。
その様子はまるで悪夢を見ているかのよう……いや、恐らく見ているのだろう。この状況ではそれしか考えられない。

 暫く呻く内、段々とその声は音量を上げていく。
俺が戸惑っていると、ついにアスナは両手で空中にある何かを掴もうとするかのように虚空を掻きむしり、絶叫を上げ始めた。
尋常ではないその様子に、俺は思わず彼女の前に駆け寄って肩を揺さぶり起こそうとする。

「ああぁ、ああああああぁぁ、ああああああああああああああああああ!!」
「ちょっ!……おい!こら!起きろ!おい!」
「あああああああああああぁああああああああああああぁあああああああぁあああぁあああああああぁあああああああぁああああああああああああ!!!!」
「起きろ!!おい!起きろってんだ!アスナ!!」
「ああああああああぁぁぁあぁっっっ!!!」
「ちょっ!うおっ!」
「あああああああああああぁああぁぁぁあっぁぁぁぁっぁ……ぁ」
 そしてようやく悲鳴が止んだ。だが……



 夢を見た。
いつもの夢。

……ではない。

いつもとは違う。
普段のアスナの夢は何処とも分からない病院のベットの上で、両親や、同級生親戚の姿を見続けて終わる。

だが今日の夢は、健康体の自分の身体が、自分の部屋で目覚めることから始まった
自分は始め、現実の家族の中に居る。SAOの記憶もちゃんとあって、昨日までの事は夢だったのだと、本気でそう思う。
その内、自分の家に親戚の人々がやって来る。

 味気なく、規則正しい日常。
少しだけ、自分の生き方に疑問は持つけど、そんなものは悩むほど重大じゃなくて、もっと大きくて素晴らしい目標のために日々邁進し歩いて行く。そういう日常。

 私はそれに満足しているつもりだし、そもそも他の世界なんて考えた事も無ければ夢見た事も無いはずだ。
母は、貴女は普通の人間より特別なんだと何時も行っていた。
才能もあるし、この道を歩んでいけば必ず正しく幸せな人生になると。

 そう言った母や、既に成功を手にした父や兄達。
周りの期待にこたえるために生きて行く。
これまでもそうだったし、これからもそれは変わらないと、そう思っていた。なのに、


──気が付くと自分は、檻に閉じ込められていた。


 それは天空の、何処までも遠い空の中にある鋼鉄の檻。
SAOと言う名の、電子で出来た、絶対の檻。
外に手を伸ばそうとしても、それは決して届く事は無く、誰も助けてはくれない。

 檻の外では、両親や家族や親類やクラスメイト達が、自分の事を憐れむような目で見つめている。
助けを求めても外からは何も手を出す事が出来ず、その内にかつての競争相手だったクラスメイトや同学年の人間、従兄妹達は自分の事を憐れみつつも何処か嘲笑うような視線を向けて立ち去って行く。
その後に親類の叔父や叔母たちも続き、最後には兄や父、母も自分のもとから離れていく。

私の築いてきた日常が、世界が、私が生きるべき道が、コワレテシマウ…………

『待って!お父さん!お母さん!』
 見捨てられる事を恐れ、必死にそう叫ぼうとしても声は出ず、どんどん皆の背中は遠いものになって行く──

『待って!置いて行かないで!!助けて!』
 叫ぼうと母たちが振り向く事は無い。
それどころかどんどん離れていき、私の周りにあった青空も自分の後ろから迫って来た暗闇にのまれ始め、母達の居る場所はどんどんと遠く、小さな光の点となって行く……

──何故?

普段の自分の夢は、こんな、全てが自分から離れていくような夢ではないはずだ。
少なくとも両親は、自分をベットの傍で表情が見えないながらも見下ろしている。
その表情が心配である事がアスナの持つ一つの希望の光でもあった。
……なのに、何故今日はこんな夢を見る?
まさか、両親は自分の事をもう……

 そしてついに、自分の周囲が暗闇にのまれた。
私の……結城明日奈と言う人間の世界が完全に消えてしまったと。アスナにはそう感じられた。

 後に残ったのは孤独、孤立、恐怖、空虚……絶望
ある意味では、当然だ。
これまで生きて来た道以外に生きる道を知らないアスナにとって、その道が消える事は、死ぬことほぼ同義と言っても過言では無いのだから。

『……や……い…あああ……』
 気が付くと、自分の意思とは関係なく声が漏れていた。
それは、絶望と恐怖に押しつぶされそうな一人ぼっちの少女の叫び。

『いやああああああああぁぁあああああああぁぁあああああああああああああああああぁああああああああああああ!!!!!』
 止めようも無く上がる叫び声に身体が呼応するように、なにも無い虚空にアスナは手を伸ばし、ありもしないのにそこにある希望を掻き集めようとするかのように暗闇を掻きむしる。

『ああああああぁああああぁぁああぁああああ『……い!』ああああああああぁ『……い!…ら!』あああっああああぁっ!『…きろ!……スナ!!』』
 唐突に、何かが聞こえた。
誰かの声だろうか?
何でもいい、この叫びを止めてくれるなら、今は誰でもいい何でもいい!

 アスナは必死に音のする方に向かって手を伸ばす。
そして何かを掴んだ、と思った瞬間、視界に光がはじけた。

──────

「はっ、はっ、はあ……」
 視界の中に映る物がなんなのか、アスナはおぼろげな意識のせいかよく理解できなかった。
息は途切れ途切れで、汗のべたべたとした不快感が全身の表面に張り付いている。
またこれか、と思いつつ、徐々に頭が五感の感覚から得た情報を整理していく。

 視界に映る緑色は森の木々の色、そうだ。
自分は今日、狩場の安地で寝ることになって……それで……

「おーい、落ち着いたか?」
「はぁ……は?」
 急に耳元で春せられた声に、妙な声を上げてしまう。
それに伴い自分の今の状態への理解が進む。
そう言えば、視界がいつも起きた時より少し高い様な……それにこの身体を包んでいる温もりは何だろう?

「落ち着いたらでいいから離してくれんか?圧迫されてる。」
 完全に理解した時、恐らくアスナの顔は真っ赤になっていただろう。
今、アスナは、フィールドで出会い、同じ安地で寝る事となったリョウと言う青年の身体に抱きつく形になっていたのである。

「き……」
「き?」。
 尋ねる様に首を傾げるリョウ。
関係無く、先程の夢の中と同じように意識と関係なくアスナは声を上げていた。ただし先程とはだいぶ、違う意味で。

「きゃああああああ!!!!」
まだ暗い森に、少女の悲鳴が木霊した。



二十八話 

「で?理解したか?」
「すみませんでした。」
 事情の説明を終え、腕を組んで首を傾げるリョウに、アスナはそう謝罪した。
と言うのも、自分から抱きついた(らしい)リョウから意識を取り戻して離れる時、ハラスメント通報をするのも忘れて飛び退き、レイピアを引き抜いてリョウの説得も聴かずに武器を振り回して(全部回避された)リョウの震脚で転ばされ、武器を取り落としてそれをリョウに弾かれ、レイピアが遠くに転がった所でようやくリョウの主張を聞いたのだ。

 ただし、自分の側に全面的な責任があると頭で理解はしていても、羞恥や怒りが邪魔をして納得は出来ていない。

 顔を赤くしてぶつぶつと何事かをぼやいているアスナに、突然リョウがそれまで面倒くさげだった顔を引き締めて訪ねてくる。

「で?何だあの悲鳴?正直、常軌を逸してたぞあれは」
 一瞬、驚いた。
自分が夢の中で上げている悲鳴を現実にも上げているとは思わなかったからだ。
意外にもこの世界に置いても夢の中の出来事は現実の身体にも影響するらしい。しかも、目の前のリョウの口調を見るに相当。
本当に、何で今日に限って……そんな考えが頭によぎったが、表面上は出来る限り冷静に答える。

「……別に、悪い夢を見ただけです」
「ふーん?……さよか。」
 さらりとした物言いに、もう少し追求されるかと覚悟していたアスナは内心安堵した。
その感情を見透かされた訳ではないだろうが、話題をずらしてリョウは続ける。

「まぁ、取りあえず水を飲め。あんだけ叫んだんだ。喉、渇いてるだろう?」
「あ……いただきます」
 今更ながら、自分の喉にガラガラとした違和感を覚えたアスナは、先程とは違い今度は素直に応じる。

 よし、と言う声と共に、リョウはレアアイテムだと言う無限液体ポットからアイスティーを銀色のコップに注ぎ始めた。
少々リョウに自分勝手な印象のあったアスナだったが、気遣いを受けたせいか、幾らかこの青年に対して印象を回復させる。
思えば、夢の中で聞いた声はきっとリョウの物だったのだろう。悲鳴を上げていた自分を、心配してくれたのだろうか……?
聞くのもなんとなく恥ずかしいので、黙ったままアスナはそんな事を考える。

『嫌なだけの人じゃないかな、無愛想だけど』
差し出されたカップを受け取りつつ、アスナはそう、リョウに対する結論を付けたのだった

──────

 暫く黙ってカップを傾けていた二人だったが、不意に、リョウがのんびりとした調子で口を開く。

「そういやさぁ……副団長さんって、攻略休みのとき何してんの?」
「……特に何も」
痛い所を突かれたと言うか、答えずらい質問だ。

 アスナは基本的に、攻略を休んだりそれと関係無い事をする。と言う事が少ない。
というか、殆ど無い。
その旨をリョウに伝えると……

「んじゃ、フレンドもいねぇのか?それ悲しくね?」
「いや、そう言う事じゃ……」
 一応フレンドは居る。
だがその殆どは、他ギルドの連絡担当者や軍関係者、情報屋等、攻略やギルドの仕事に関係する人物たちであり、連絡用に登録しているだけだ。大して親交がある訳ではない。

 無論親交のある友人もいる(男は居ないが)特に、自らの大事な装備を全て任せるために、信頼のおける人物を探しまわった結果知り合った鍛冶屋の少女とは仲が良く、偶に買い物に行ったりもするほどの仲だ。

 だがやはり、それほどの友人が多く居る訳ではないし、休日が少ない事が変わるわけでもない。
 そもそもこの休日の少なさは自ら望んだものなのだ。
一刻も早くこの世界から出なければならない自分にとって、休みなど邪魔な物。そう思うがゆえに、休めと言われてもアスナは休む事を拒んできたのである。
そしてそれはこれからも変わらない──この狂った世界を脱出するまでは。

「ふーん……まぁそれがお前さんの考えか」
「ええ」
 即答する。
それ以外の選択肢などありえ無いし、迷うつもりも無い。

「ま、それももまた一つ……か。でもなぁ」
「?」
 言葉を続けたリョウの顔は至極真剣な物で、さっきまでののんびりとした青年とは別人のようだ。
何処となく、自分の知っている誰かに似ている様な気がしたが、それが誰だかは分からなかった。

「やっぱ、たまには休めよ?」
「…………」
「迷惑かも知れんがな、勝率100%じゃ無い勝負を無限に繰り返し続ければ、いつかは負ける時が来るんだ。だからまぁ、たまには休息も必要だって納得しろ」
「……考えておきます」
 少々そっけなく返事をして、少しだけうつむく。
冷静になればリョウの言っている事が正しいのは理解できるが、自分がそれを実践できるかは、現段階では分からない。


「さて、んじゃもう一つ聞きたい事がある。いいか?」
「ある程度なら」
 流石にギルド内部の情報等は答えられないため、そう答えつつアスナはもう一口カップのアイスティーに口を付ける。


「お前さん、好きな人とかいねェの?」
「~~~!!?」
 いきなりの質問に、アスナは口の中に含んでいたアイスティーを噴き出す。
リョウとアスナはランタンを挟んで向かい合って話していたため、当然噴出されたアイスティーは……

「うわ冷たっ!汚なっ!おまっ、バカっ!」
「ケホッ!ゲホッ!変な事、言うからです!いきなりなんなんですか!?」
 まじめな顔して突然恋愛の方面に話が飛べば、いくらなんでも誰だってこんな反応をするはずだ。
ましてや男女間である。
これで非難されるのは理不尽と言う物だ、そう思いつつ、アスナはいきなりのリョウの質問にその意図を問い返す。

「何でそんな驚く?別に深い意図は無いんだが……女子ってそういうの好きだろう?」
「だからって、いきなりその質問ってどうなんです?ナンパか何かだと思われますよ?」
 恐らく自分の今の眼は世に言うジト目になっている事だろう。

「あー、確かにそうか……気をつけよう、すまん。」
「そう言う所も無頓着なんですね……まぁ良いですけど……」
 実際、そう言う質問が飛んできた事が過去に無かった訳ではない。
と言うか、結構ある。ので、答えも考える前も無く用意済みだ。

「答えはNOです。好きな人なんていませんし、作る気も無いんです。私。」
「そりゃやっぱ、邪魔だからか?」
「はい」
 そもそも休み事態が要らない物だと考えているのに、恋愛などしている暇があろうはずも無い。
その程度の事はこの男なら予想しているかと思ったのだが、帰ってきた答えは意外な物だった。

「うーん、勘違いだったか?」
「?」
 首を傾げるアスナに、リョウ心底意外そうな顔で続ける。

「いや、てっきり好きな人でも居るかと思ってたんでな?」
「はぃ?何でそんな事を?」
「んー、まぁ判断材料ちょっとした事なんだが……。まぁいいや。気にするな」
「はぁ……?」
 少々疑問が残ったが、これ以上追及してもこの男は喋ってくれない気がするので、引き下がる事にする。
いつもと違う朝は徐々に過ぎて行き、段々と森の東側からは光が差し込み始めていた。

────

 現在時刻は午前六時
森が脱出可能な時間となった。

 アスナの眼が覚めてしまってから、俺達二人は色々と雑談を重ね、今は結晶アイテムを取り出し脱出を行おうとしている。
だが……アスナが転移結晶を掲げる寸前、ちょっとした事を思いついた。
こんな珍しい状況等、滅多にある物でも無いだろう。思いきって普通ならこいつにはしない提案をしてみる。

「なぁ、フレンド登録しないか?」
「え?」
「いや、無理にとは言わんが……そちらにもある程度メリットがあるように協力できることはするぞ?」
例えば、ソロ側との仲介とかな。
ちょっとした情報源になれる程度には色々知識あるし。武力の面ではある程度の物だと自負もしている。

「どうだ?」
「そう……ですね。分かりました。かの《ジン》との連絡手段ですし、持っていて損はなさそうです。お願いします」
「こちらこそ。コーブの副団長さんとの連絡手段なんざ、俺みたいなソロプレイヤーじゃ願っても得られるもんじゃないからな。頼んでみるもんだ」
そう言って、俺とアスナを対象にフレンド申請の操作を行う。

 キリトなんかは積極的にボス攻略の会議なんかにも出ているため、アスナやコーブの団長の連絡先なんかも持っているのだが、俺は基本その手の事には強制や、呼ばれない限りあまり出る事が無い。(この間はキリトと目の前のアスナに呼び出された)
どうにもああいう議論っぽい場は苦手だし……他の個人的理由絡んでの事だ。

「よし、完了。じゃ、またいずれ会おう」
「ええ、次のボス攻略でもよろしくお願いします」
そう言って、アスナは転移結晶を掲げ、青い光と共に消えた。
俺も同じように結晶を掲げて叫ぶ。

「転移!コラル!」
いったん自宅に戻るため、自宅のある階層の主街区の名前を指定して、青い光と共に俺は空間を移動する。

正直、コーブの副団長の連絡先が手に入ったのは運が良かった。
情報があらゆる事を左右するこの世界で、最強ギルドの重要位置に居る彼女と協力関係になれたのは、大きな収穫だっただろう。


 そう思っていたのだが……以外にも、俺とアスナの連絡は、協力者と言うより友人としての連絡が多くなるとは、この時の俺は知りもしなかった。
その要因となった事件が起こったのはこの数日後の事だ。
 
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