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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  十五話 夜の森で出会う

「ん~んんん~ん~ん~♪」
 鼻歌を歌いつつ、周囲警戒も忘れずに俺は進む。
三月の終わりに起こったあの決闘から、四週間近く。
本日、4月9日
午後9時34分

 俺は、とある上層階層の「引き込み林」というダンジョンに居た。
何故こんな時間に狩場に居るかと言われれば、単純に少々面倒クエストをこなしているからだ。

 条件はこのエリアに出現する、《アサシン・アウル》と言うフクロウ型モンスターを討伐すること。
ただこの《アサシン・アウル》が少々厄介で、午後8時以降にしかフィールドに出現してくれないのである。
 しかも当人(鳥?)たちは一メートル以上ある巨大梟である癖に何気にすばしっこく、俺の敏捷度だと滑空攻撃時にカウンターを喰らわせると言うこれまた面倒な闘いかたをしなければならない訳で……結果、結構時間かかってしまったのだ。

 まぁそれも終わり、俺は意気揚々我が家へ……帰りたいところだがそうではなく、俺は今安地(フィールド上に置いて、モンスターが出現・侵入しない安全地帯の事。ただしプレイヤーからの攻撃は有効)へ向かっている。
 実はこの引き込も……じゃなくて「引き込み林」、午後九時以降は翌日の午前六時まで林の外から入る事は出来ても、内側からの脱出は徒歩から転移結晶まで、何しても出来ないと言うスバラシイ仕様のダンジョンなのだ。

 ちなみに俺は今日、初めから野宿するつもりでこのダンジョンに来ているので準備はばっちりである。
後は安地で夕飯を食べ、あすの朝を待つため寝るだけ。

──のはずだったのだが

唐突に、前方から甲高い剣劇の音が聞こえて来た。

「ん?」
 こんな時間に、自分以外にも此処に用がある奴が居るのだろうか?


 さて……かなり可能性は低いが、もし狩りをしているのなら、近づきすぎるとモンスターの注意が此方に向いてしまい、しているプレイヤーの邪魔になるので、ゆっくりと見付からないように慎重に距離を詰めていく。
聴こえて来たのは、剣戟の音。そして獣の吠える声と息遣い。ギリギリ見える距離まで近づき、策敵スキルを起動して相手方をズームする。

 そこに居たのは一人の人間と二匹の黒い狼型モンスター。
モンスターの方は《ハイド・ウルフ》、昼間でもこのステージで姿をよく見かけるモンスターで、自身を隠蔽《ハイディング》する能力が高く、当然のようにその皮からも隠蔽能力の高い装備アイテムが作れる。
また、一体一体を倒していただける経験値が高く、最近LV上げプレイヤー達のまとになっているモンスターでもある。

 が、正直そっちはどうでもいい。問題は人間の方。
装備は、純白の美しい細剣《レイピア》。
身にまとうは白をメインに赤のラインが入った騎士風の戦闘服
そして何より驚いたのは、戦闘を行っていたのが俺とそう変わらない少女であったと言う事。

 そう、言うまでも無く、ギルド[血盟騎士団]の副団長。騎士姫さんことアスナである。

「あいつ、こんな時間に狩りやってんのか?」
 そんな事を思いつつ観察を続ける。
《閃光》の名を持つアスナだが、俺は彼女がソロで対モンスターの狩りをしている所を見た事は無かった。
まぁ……流石と言うべきか、アスナの立ち周りは正直見事な物だったと言えよう。

 二体のウルフの噛み付きや爪の一撃。突進を、バックステップやサイドステップでひらりひらりと回避。直後、異常とも言うべき敏捷度から繰り出される神速の突き技や切り払いが、的確に相手の身体を捉えていく。正に一方的な攻撃。

 しかも怖い事に、それをするアスナはこの上なく冷静沈着で、技も最早機械的ともいえる物なのだ。
あんな冷徹な攻撃を繰り返されようものなら、相手が並みのプレイヤーであればとっくに恐慌をきたし、無茶苦茶に剣を振り回すかなんかして訳も解らずやられるだろう。
そして何より……

「閃光……か」
 その戦いには美しさがあった。
圧倒的な速さから描き出される白の軌跡と、アスナの舞う動きに合わせて踊る戦闘服《ドレス》。
それらが、元々きれいな顔立ちをしたアスナをより映えさせて見せ、実に美しい。
正に今、あの戦場は彼女の領域《ステージ》なのだと、誰も言わずとも分かる。そんな闘いだった。


 まぁなんにせよ、このままいけばあっという間にアスナの勝利だ。その後のんびりと安地へ行けばいい。
面白いものが見れた事に俺は得をした気分になった。

 が、……その時、これまで端役に過ぎない存在だった黒い獣が、思わぬ反撃を見せた。

 突然それまで仲間の後ろにいたウルフが入れ替わるように前へと出て、バックステップで下がったもう片方のウルフが、天高くへと吠え声を上げたのだ。

「遠吠えか?……っておいおい!」
 驚いた声を上げた俺だが、仕方ないと思う。
なぜなら、突然アスナの後ろの茂みから、新たな《ハイド・ウルフ》が三匹出現したからだ。
何度か奴等とは戦闘をした事があるが、あんな技は初めて見た。夜専用の特殊技か?

 いずれにせよ、それまでテンポ良く立ち回っていたアスナのステップが突然の事態に大きく乱れる。
五対一という、圧倒的不利な状況に突然追い込まれてしまったのだから当然だろう。
彼女の眼に、明らかな戸惑いと焦りの光が浮かぶ。
一応なりとも此処は上層階なのだ。あいつ等の体力もあれだけ数が居れば馬鹿には出来ない。俺から見ても、あれはまずい。

「つーかまたこんなのか!」
 何か、俺がフィールド上で人を偶然見かけると、こう言う事になる確率高い気がする。偶然のはずなのに、なんか悪意を感じるんだよこれ!
そんな事を思いつつ、一気に駆け出した俺は、すぐにアスナの居る広場へと到達する。
変わる代わる仕掛けて来る五匹に囲まれ、木を背にして身動きがうまく取れないでいるアスナの正面に位置するウルフに狙いを定めて跳躍。

 またしても現れた乱入者に驚いた顔を見せるアスナの事はほおっておいて、空中で得物である、冷裂《れいれつ》を一回転させ、その切っ先を未だこちらに気が付いていないウルフの頭に向けながら重力に従って俺の身体は落ち、ついでに振り下ろす。

「覇ァ!!」
 轟音、と共に土煙が上がり、周囲のウルフがたじろいだように飛び退く。
急所部位《クリティカルポイント》である頭を貫かれたウルフは、そのままポリゴンとなって四散。
地面から冷裂を引き抜いた俺は構えながらアスナの斜め前に立って話しかける。

「助太刀する。かまいませんな?」
少し戸惑ってその後迷ったような表情を見せつつもアスナが頷くのを確認した俺は、「左をやる」とだけ告げて、こちらを未だに睨む左側のウルフ二体へと突っ込んだ。

────

 ぺこり。と、目の前の少女は頭を下げ、俺も同じく頭を上げる。
これが助け、助けられた時の上層部での基本的な礼儀だ。
いちいちありがとうだの何だのと言う挨拶は無い。

 ただ頭を下げるだけ。
助けた側は、いちいち例など求めないし、
助けられた方も、大概は短く礼を言うか、無言化のどちらかだ。

 最前線と言う常に死が付きまとう状況下では、フィールド上の助力などお互いさま。という暗黙の了解があるからだ。
終了後は無言で戦闘処理を終えて次へ。
それが自身を護り、強さを維持していくために、効率的で合理的な事にのみ目線を向けた攻略組と言う人種なのだ。

 俺はそのまま安地に向かおうとする。こんな時間だ。当然、アスナも同じだと思ったのだが……あろうことかまた森の奥に行こうとしやがった此奴!

「おい、ちょい待ち閃光の騎士姫さん?」
「なんですか?」
 威圧するような目線で此方を見て、否、睨んでくる。
軽く呆れが入っているのは多分呼び方のせいだ。
仮にも助けた相手に向ける視線かそれが。俺が遅刻魔だからか?風紀委員みたいなやつだし根に持つタイプなのか?……嫌、そうではなく。

「あんたまだ狩りを続けるつもりか?」
「そうですけど何なんですか?」
「止めとけ。今の戦闘で解ったはずだ。あんたの力で此処の一人はきつい。つーかさっきの顔から察するに、夜ここに来るのは始めてだろ?騎士姫さん?」
 実際、あいつ等《ハイド・ウルフ》の経験値が高いのは最近分かった事だ。知らなくてもおかしくない。

「……前から言おうと思ってたんですけど、その呼び方止めて下さい。」
「何で?」
「……止めて」
「……はいはい、で?」
「……確かに危なかったのは確かですから、今夜はあきらめましょう。」
「さいで」
 そうして、彼女は森の別方向へと行こうとする。ありゃ?

「何してる?安地はこっちだぞ?」
「?何で安地まで行く必要があるんですか?」
 攻略ギルドには情報が集まるはずだよな?何で知らんのだこいつ……

 それから俺は、この林の夜における特性などについて、懇切丁寧にアスナに説明した。
全てを聞き終わったアスナは、まさしく「苦虫をかみつぶした顔」と言うに相応しい顔をしていた。

「……つまり、今日はもう、」
「まぁ、此処の安地で野宿するしかねぇわな」
「………………」
「なんだその眼は。」
「別に何も思ってません、ただ、何かしようとすれば即座にハラスメントの通報をするって事だけ言っておきます」
「そりゃ自意識過剰ってもんだよ、お嬢さん?」
「なっ……!」
 軽い皮肉で返してやると、アスナは顔を真っ赤にしている、眼に宿るは墳怒と羞恥。ふむ、少し刺激が強かったか?

『まぁ……どうにかなるか?』
 そう思いつつ、俺は歩き出した。


「さて……取りあえず飯にするか。」
 安地に入っての俺の第一声はそれである。まぁ先ずは何をおいても飯。腹が減っては戦は出来ぬは、生き物の鉄則だ。

「…………」
「なにしてる?器は貸すからお前も自分の分の食材とか出したらどうだ?」
 フライパンや無限ポットを出しつつ、安地の入り口で突っ立ったまま口を開かないアスナのほうを向いてそう話しかける。

「……んです」
「……はい?」
「持ってきてないんです。食べるもの……」
成程ね。
恐らく帰れるつもりでここに来たからだろうが、案外とうっかりしてるんだな。

「はぁ……分けてやるから座れ」
呆れて言うと、アスナは少しむっとしたように強気な声で返してきた。

「憐れまれるほどじゃありません。ご心配無く」
「あのなぁ、腹へって無いのか?」
「……別に大したことありません。」
 そう言う割には此方から……と言うか食材から目をそむけて──「ぐうぅぅぅぅ」

「もう一度聞く。腹へって無いのか?」
「……減ってます。」
 顔を赤くして眼には羞恥を宿し、同時に少々悔しそうにしながらも、アスナは己の空腹を認めた。

「分けてやるからこっちに来て座りなさい。」
「はい……」
「よろしい。」
全く……なんだってこう、変な所で意地っ張りなのかね?この娘。

「…………」
「…………」
 飯を食いつつ思う。
会話がないなぁ、此奴とだと……

というわけで仕方ないし、こっちからアプロ―チだ。

「所で、」
「……なんですか?」
「そう睨みなさんな、恐ろしいから。」
いやほんと、眼力で人が殺せそうだぞおまえ。

「何でこんな時間にダンジョンに居た?危険度が高いのは分かってるだろ?」」
「それはそちらにも言えると思いますけど」
「俺はクエストの条件上仕方なくだ。対象モンスターが夜行性でな。で?」
「…………」
 だんまりか。此処でこっちも黙るのもいいが……コーブのサブリーダーと個人的に話せる機会なんざそうそうねぇだろうし、何とか話を繋げて行きたいのが本音だな。
……と言うか此奴に関して個人的に気になってる事があるしな。(変な意味では無い)

「別に深く言うつもりは無いが……こんなやり方でレベル上げしてたら、いつか死ぬぞお前」
「……解ってるなら聞かないでください」
 拗ねたように言うアスナに、俺は自分の行っている事が正しいと知る。
つまり、こいつは自分のレベルを上げるため、わざわざ真夜中にフィールドに出て来たということだ。


 そもそも前々から疑問ではあった。
原則、ギルドと言うのはメンバー全員がおなじ狩場でレベル上げをする。結果、メンバー全員が一定のレベルで頭を並べて戦う事になり易い。
しかし、此奴のギルドであるコーブには二人ほど頭一つ抜けた実力の人間が居る。一人はまぁ……仕方ない。あいつはこの世界じゃ最強だからな。

 そしてもう一人が、今目の前に居る此奴だ。だが……此奴はギルドの中で(もしかすると攻略組のギルド全体の中で)攻略に関する全権限を任される立場にいる。つまり、毎日のように最新の情報が入って来る上、それを頭の中でまとめ、ギルドメンバーに指示を出さねばならない。忙しいのだ。

 それだけならともかく、ギルメン(ギルドメンバーの略)のレベル上げを兼ねた全体の育成の管理、纏めもしなければならない。
要は、昼間自分のレベル上げをしている暇など無いのだ。
にもかかわらず、アスナはコーブに置いて──否、SAO全体に置いても突出しすぎた実力を持ち、それを維持している。
正直、昼間にちまちまギルメンとレベル上げをしているだけと言われても、計算が合わない。

 コーブに居る友人に聞いた話でも、アスナは殆ど一日中攻略作業と仕事に明け暮れているとのことだった。ギルメンにも厳しく、正直何かに取りつかれているようにすら見えるそうだ。

「じゃあ正しいと言う前提で話すがな、こんな時間にソロでレベル上げなんて、やめといた方がいいぞ」
「貴方に関係ないと思いますけど」
 心から不快そうなアスナだが、そう言われてもなぁ……

「残念ながらお前さんに死なれると困るんだよ」
「はい?」
「曲がりなりにもあんたは攻略組の前線を纏めてる存在だ。そのあんたに、ある日突然死なれたら、前線が混乱して面倒事が増える。」
 たとえばコーブが戦線に参加できなくなるとか、ギルド間の連携が上手く取れてないと言う事になったりとか。

「つまり自分にデメリットがあるから死ぬな……と?」
「まぁ平たく言えばそう言うこった。なんだ?心配してほしかったか」
「別に、初めから期待してませんし。と言うか──」
「余計なお世話……か?」
「……理解していただけて何よりです。あと、自分の都合で人の行動を制限しようとしないで下さい」
眼に宿るは怒り、怖いね。

「ふむ……すまんかったな」
「…………」
 おやおや、謝ったのに胡散臭そうな目を向けられてしまったか。感情込めずに行ったからなぁ……
まぁ確かに自分勝手な物言いだと反省はするが、後悔はしとらんので。

「そいじゃ、そろそろ寝るかね。見張りをお願いしたいんだが……」
「解りました。引き受けますのでお先にどうぞ」
 基本的に、街の中でだろうと安地だろうと、寝るときは策敵スキルの接近警報アラームを付けるか、誰か一人が起きていて交代で見張りをするのが基本だ。
特に、安地でのフィールド夜明かしの時は仲間がいれば見張りを付けるのが一般的だ。そうしないとプレイヤーの攻撃が有効な安地では危険だからである。
 まぁ目の前のこいつは、険悪なムードで有れど、殺人と言う愚行を犯すような奴ではない事を俺は知っているので、安心して今日は寝る事が出来る。

「すまんね、んじゃおやすみ」
「…………」
 未だに俺の事を疑うような眼で見ているアスナを一瞥しつつ、俺は自らの寝袋に入った。
 
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