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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  四話 従兄弟同士

「さてさて……」
 俺は現在、始まりの町から出て北西に向かっている。
目的地は次の村。少しでも早くスタートダッシュをしておかないと、原則的に、全体として限りある物の奪い合いと言うに近い事をするMMORPGにおいて、ソロで力を得るのは難しいと判断したからだ。

 ちなみに初めからソロを選んでいるのは、確かにリスクはでかいが、それを補って余りあるほどリターンも大きいからだ。高い経験値、前線の情報、レアアイテムなど。うまくいけば、しっかりと自分の身は自分で守れるようになるだろう。
そのためには、直ぐに狩り尽くされるであろう始まりの町の中心は捨て、少し離れた所に拠点をかまえる方が良い。………と、

 前方に、色の茶色いワームと向き合っている少年片手剣士プレイヤーを一人見つけた。距離はさほど遠くない。恐らく彼も……

 俺は彼の向き合っているワームが、大きさや色、そして剣士の猛攻を耐えきっている点からこの階層ではレアな、ワームの上位種だろうと推測した。しかしそれと互角以上に戦っている彼の方も大した物だ、(しかも仮にもこの状況で。)
そして……ソードスキルが命中し、ワームの身体が可笑しな姿勢で硬直した。
終わった。と、俺もそう思った。剣士の方も、構えて居た剣から力を抜いている。

だが、そう簡単ではなかった。


 運悪く移動中にエンカウントした相手の上位ワームの身体が不自然な姿勢で硬直したのを確認した俺は、自身の勝利を確信し、持っていた片手用直剣から力を抜く。
だが、ワームの身体が消滅するまでの時間が、やけに長く感じられ……たと思った時には俺の脚元の地面が土くれのデータと共に弾けていた。

「なっ!?……しまっ!?」
 驚きつつも俺の頭は状況を理解する。あの硬直は消滅の前動作ではなく、地中に隠した尾の奇襲に気がつかれないためのブラフだったのだろう。ご丁寧に、HPバーをやられる寸前まで減らしての、文字通りワームの捨て身の策だったわけだ。

『まさかモンスターが、こんな見事な策を使うとは……』
 おれのHPは、通常種よりもしぶとく、攻撃力の高いこいつとの戦闘で既に残り三割近くまで減らされている。無防備なこの状態で此奴の攻撃を諸に受ければ、これまでの被ダメージから考えて、俺は多分一撃でポリゴンを散らす事になるだろう。
 そんな状況に有っても、俺は訪れようとする死への恐怖よりも、そんな、純粋な驚きを覚えていた。

『ベータテストの時も此処まで見事な策は使ってこなかったのに……もしかしたらモンスター達も、実際のゲームが始まったことで命への危機感が出てきたのかもしれないな。』
「キシェアアアアアア!!」
 そんな事を考えている間に、低空とはいえ空中に居るので身体を動かせない俺に喰らい付こうと、ワームは容赦なく首をのばしてくる。

『ああ、死ぬのか此処で……結局、クラインの事も見捨てておいてこのざま。情けない、な……』
 やけにゆっくりと、ワームが自分の首に喰らい付こうと近付いて来るのが見える。剣はさっきの奇襲で石に腕を弾かれて飛ばされたので、防ぐこともできない。

『スグ、母さん、親父、ごめん。リョウ兄、頑張ってくれよ……』
 俺は今は此処にいない家族と、俺と同じくこのゲームに囚われているはずの従兄弟の事を思い浮かべながら目を閉じようとした。だが、
「ァアアアグゴギャ!?」
 俺の頭に喰らい付こうとするその瞬間、今度はワームが横から来た『何か』に吹っ飛ばされた。

「……は?」
「おっオオオ!!」
 横から来てワームを吹っ飛ばした『何か』、両手槍使いの青年は、突然の事に呆けた俺の事を無視してワームに白ののライトエフェクトを纏った右斜め上からの槍の振り下ろしをたたき込む。

重両手槍 初級単発技「スラッシュ」
 大上段からの一撃は、初級技だがこの層のモンスターには十分すぎる攻撃力を持つ。それをもろに受けたワームは、今度こそ大音量と共にその命を無数のポリゴンにして散らしたのだった。


「無事か!?あんた!」
 ワームを倒し、振り向いた両手槍使いの青年が片手直剣使いの少年の安否を確かめるために小走りで少年に近付く。どちらからも相手の顔はよく見えなかったが、とりあえず自分の命の恩人に感謝を伝えなければと思い、少年は頭を下げておく。
「何とか大丈夫です……。ありがとうございました。貴方の援護が無ければ今頃俺は死んでいた。」
すると青年は驚いたように、

「おいおいよしてくれ。助けられる所に、今にも殺されそうな奴が居るのに放っておけって方が無理な話だ。頭を上げてくれ」
 気さくで軽い感じだが、それでいてどこか真面目で不快感の無い話し方。どこかで聞いたような……?
そう思いつつ顔を上げると、そこには少年が、ある意味必ずいつかは会うだろうと思っていた人物が立っていた。

「リョウ兄?」
 少年がリョウ兄と呼んだ人物は、背の高い、どちらかと言うと引き締まった感じの細身の青年だった
「え、カズ?」
そして青年の方も少年の顔を目を真ん丸くして凝視している。

『確かにいつか会うだろうとは思ってたけど、まさかこんなに早くとは……偶然にしても出来すぎだろ』
従兄弟の目を丸くした顔を見ながら、少年こと桐ヶ谷 和人、HN、『キリト』は思うのだった。

────

 俺は丸テーブルの前に座っていた。
ここは、アインクラッド第一層、始まりの町北西の小さな村の宿、その一階にある食堂だ。
今、俺の前には一人の少年が座っている。
先程俺が戦闘に割り込んで、結果的に助けた形になった少年。
正体は現実世界で俺の従兄弟である、カズ……キリトだ。顔が現実世界の顔なのですぐ分かった。

 あの後、俺達は特に何ら問題なくこの村まで辿り着く事が出来た。
キリトも俺と同じく、ゲーム内でスタートが重要である事を知っていてこの村を目指したらしい。が、運悪くあのワームに見つかり戦闘を余儀なくされたのだそうだ。

 宿の外はもうとっぷりと暗くなっており、SAO初めての夜が過ぎようとしている。
始まりの町に居るであろう一万人近い人数の人たち。彼らも個々の夜を過ごすのだろうが、まぁ大半は大混乱するだけ。泣くか叫ぶか呆然とするかして朝を迎えるだろう。

「大変なことになったもんだなぁ……」
「……あぁ」
 誰に言うでもなく嘆いた俺の声にキリトが答える。
正直、あのアナウンスからは此処まで一気に来たので、今更ながら大変な事態に巻き込まれたという実感が湧いてきた。

ゲームオーバー一発でこの世からも退場のデスゲーム。
正に過去に例のない事態だと言っていいだろう、世界的にも俺の人生的にも。

 ふと、前に座る従兄弟を見てみる。
女にも見えるが、世間一般的に見て整っている部位に入るだろう顔の少年は視線をじっと目の前の「紅茶っぽいお茶」に注ぎ、何かを考えているようだった。

「……大丈夫か?」
「……え?」
「さっきから、ずっと心此処に在らずって感じだぞお前」
「あぁ……ゴメン」
「まぁ、気持ちは分かるがな、俺もこんなことになるとは思ってなかったし。」
 そう言って俺は天井を仰ぐ。此処まで予想もしなかった事態に遭遇すると、なんと言うか、逆に何も言えなくなる。
何というか、『理解はしているし、頭では現実だと受け入れているにも関わらず現実味が未だに薄い。』という奇妙な状態だ。

「そうじゃ、無いんだ」
「ん?」
 始めて自分からしゃべりだしたキリトに俺は再び視線を向け、話を聞く姿勢になる。

「俺、始まりの町に友達を置いてきたんだ。」
「……」
「クラインって言ってさ、気の良い奴で、VR初心者だからって俺にレクチャー頼んで来て……」
「それで?」
「アナウンスも一緒に聞いた。それで……俺はクラインにも一緒に付いて来るように言ったんだ。けど、クラインは他のMMOで知り合って一緒に来た仲間たちを見捨てられないって言って、付いてこなかった。結局俺はこっちで始めて出来た友達を切り捨てて、前に進んだ。」
「成程な。」
「俺はあくまで利己的に行動して、自分だけのために今も此処にいる……」
 そこまで言ってキリトはまた黙りこむ。
要は後悔しているのだろう、たった数時間前の自分の行動を。

 元々こいつは、あまり人と交わるのが得意な奴ではない。中学校でも友人と呼べる奴は数人しかいなかったようだし、高校に入ってからも一学期は話し相手になる奴を見つけるのにかなり苦労していたようだ。
それはどうやら、顔の違うとはいっても見た目どう見ても人間な奴と会話するこの世界でも同じだったらしく、ベータテスト参加中は「やっぱり人と接するのは難しいな」とか、夕飯の時に俺に愚痴っていた。
そんなこいつが、四半日足らずで自分から友達と言うほどの奴なのだ。恐らく、かなり人好きのする良い奴なんだろう。
だがそれだけに、そいつを見捨てたというキリト自身の自責の念が強くなってしまっている。
ふーむ。

 他人の悩みに意見を言うのだから、あまり軽々しい事は言えない。
口調はのんびりと、だが軽く見えないように相手の目を見て。

「いいんじゃねぇの?利己的で」
「え……?」
面喰ったような顔をしている従兄弟に俺はさらに続ける。

「今はもうこの世界はサバイバル、生き残り合戦の世界なんだ。生きるための選択はそいつの自由。利己的な行動なんかごく当たり前さな。ソロで行くも、チームで行くもよし。結果としてお前はソロ、クラインはチームを選んだってだけの話だろ。」
「そういう事を言ってるんじゃ……「それにだ」
何か言おうとする従兄弟の言葉を悪いと思いつつも遮らせてもらう。

「お前はそいつにレクチャーしてやったんだろ?」
「え、ああ、うん」
「じゃ、何とかなるだろう。」
 ある程度知識を持っていれば、まぁ初期の混乱は生き抜けるだろう。
そして初期さえ抜けてしまえば、後は全体の流れに乗って多分何とかなるはずだ。まぁ勘だが。(後の話だが、この予想は間違っていなかった)
それはキリトも予想していたらしく、反論が少し止まる。

「けど……」
しかしそれでも何か言おうとする自分の優しい従兄弟に、俺は今度は真っ直ぐな口調で告げた。

「どうしても罪悪感が拭えねぇなら、生き残ったそいつらと会って、またレクチャーなり、一緒に狩りなりをしてみるといいさ。多分、お前の中でも元の友達に戻れるぜ。」
「あいつ等が生き残れるかはまだ……」
まだキリトの瞳は揺れていた。確かにこれでクラインとやら達がすぐに死んだらキリトはかなりショックだろう。本人もそれを一番恐れているんだと思う。
俺は、そんなキリトに断言してやった

「大丈夫だ、必ずそいつらは生き残るさ。むしろ直ぐにボス攻略なんかで嫌でも会う事になるだろうから、それまでに俺らも精いっぱい強くなっとかねぇとな。」
「……何でそんな事断言できるんだよ?」
 軽く危惧するような視線を向けて聞いて来るキリトに、俺はいつも現実でも言っている答えを返した。

「……勘だ!!」
「やっぱりか。」
いつも通りのやり取り成立。
軽くならないようにと意識したのに、結局軽い感じになってしまった感じが否めない。
そんな事を考えていると、不意にキリトが自嘲気味に笑った。

「まぁ、でも、リョウ兄の勘はよく当るからな、少しは信用できるか。」
「そうだろ、むしろきっちり信用していいぞ。」
「所詮は勘だから無理だ。」
即答で、しかし先程よりか幾分明るい声でキリトはつっこんでくる。
どうやら、何とか少しは励ませたようだ。

「じゃあそれを信用してもう寝るよ。お休み」
言って、宿のキリトは二階へと続く階段へと向かう。
「ああ、しっかり寝ろ。お休み。」
 見えなくなる背中に俺は声をかけると、そのまま店の窓の外を見る。
見えるのは上層への鋼鉄の天井だけ、空や星は見る事が出来ない。まさに牢獄のような風景だ。

 あれでしっかり立ち直れば、明日からもキリトは大丈夫だろう。生き残っていけるはずだ。
この世界は既に一瞬の油断やほんの少しの精神的な変化でも全てが終わる世界に豹変している(本来のMMOの死亡率ってのも結構そういうものだ)あの状態で、外に出したら死にかねない。
無論、純粋に従兄弟に立ち直って欲しいというのもあったのだが。

本当はスデンリィの事をキリトにも言おうかとも思ったが、タイミングを逃してしまった。

「俺もそろそろ寝るとすっか。」
そう言って、俺も宿屋の二階へと上がる。

色々な事があったため、疲れていたのもあるだろう。その日は意外にも、しっかりと寝られた。
 
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