SAO─戦士達の物語
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SAO編
三話 GAME START
時間が止まった。
今目の前にあるフレンドリストの中にあるスデンリィの名前は、どこをどう見てもグレーに染まっていた。そしてそれは、連絡不能である、つまりログアウト状態を示している。だが茅場の言うとおりなら、それはつまり……
「ア、イツ、は、……死んだ?」
信じられない、信じられるわけがない、信じろと言う方が無理だ。
たった十分前だ、たった十分前まで俺と一緒に、これからプレイするゲームへの期待を苦笑してしまうほど熱弁していたあいつが、ログアウトどころかこの世から消えただと?ふざけるのもいい加減にしてくれ、そんな……そんな事、ある、わけが……
無い、と言いきるのは簡単だ。現実世界に戻れない以上、確認する術は無いのだから。だが、そう思いながらも俺にはどこか確信めいた予感があった。
あの男なら、茅場晶彦ならやりかねないと。以前一度だけ会ったあの男は本当にそう思わせるような、そんな人物だったのだ。
どこまでも冷静で、物腰は柔らかだがその実、自分の目を向ける世界以外には興味が無いような雰囲気で、何を考えているのか分からない様な所が有りながらもどこか人を引き付ける。一度会った限りではそういう男だった。
そして、そんな俺の葛藤をあざ笑うようにあくまで冷静な声で、現実的な口調で……そう、正に俺の知っている茅場本人の口調でアナウンスは進む。
[諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要は無い。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ている事も含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険は既に低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の身体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい]
分からない、こいつは本当に阿呆なのか?(いや、まぁ頭はいいんだが)プレイヤーたちにログアウトは無理だと言い、外からの助けは死神の手だと言い、俺の友人を殺して、挙句の果てにはその状態でゲームを攻略しろと言う。
こんな状況でのんきに遊べと、こいつはそう言いたいのだろうか?
うまく働かない頭でそんな事を考えていた、その認識はしかし、間違いであると、意外に早く分かることになる。
[しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって《ソードアート・オンライン》は、既にただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に]
働いていなかった頭は、この言葉で完全に覚醒していた、次に続く言葉が、容易に頭に浮かぶ。
[諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される]
予想どうりであり、できれば聞きたくない答えだった。つまりHPがゼロになれば、本当に死ぬと、そう言われたのだから。
さらに、アナウンスは続く。
[諸君がゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッドの最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう]
プレイヤーたちは、水を打ったように静かになる。
ゲームをクリアする。それは、たしかにゲームをプレイする物にとっては当然の最終目標だ。だが、ログアウトも出来ず、一度でもHPをゼロにすれば本当に命すらも失う状況で、それを行えと言われたプレイヤーたちは、未だにこの状況を受け入れきれないでいる。
それが自分達の知る現実と言う世界の常識からあまりにも外れているがゆえに、言葉の持つ意味を理性で理解しても感情が受け入れる事を拒んでいるのだ。
「これが本当に現実なのか?」と、「自分達は今、悪い夢を見ているだけなのではないか?」と、そんな心境がこの場にいる彼らの表情からは見てとれた。
それは、かく言う俺も同じだ。
まぁ、たった数時間前まで、彼らも、俺も、「自分達の知る現実と言う世界」に居たのだから当然だ。
そんな俺達に、茅場は今やこの世界が俺たちにとっての現実だと言っている。そしてそれを構成する要素をもう一つ、茅場は俺達にたたきつけた。
[それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え]
皆一斉にメニューウィンドウを開く。俺もフレンドリストから、アイテム欄に切り替え、プレゼントとやらを確認する事にした。
表示されていたアイテムは、「手鏡」
『おいおい……』
俺は、これから起こる事がなんとなく予想できた気がした。
そして、周りに居るプレイヤーの顔が白い光に包まれ、俺の視界も一瞬ホワイトアウトする。
それが終わるとそこには、先程とは違う容姿、違う体つき、一部に至っては違う性別をしたプレイヤーたちが立っていた。俺も自分の顔になっている。
恐らく、ナーヴギアの信号素子によるスキャニングやキャリブレーションなどで、身体を再現したのだろう。
「やっぱりか……」
ためしに声に出してみると、案の定、声も元の俺の声になっていた。
もはや、この世界の子の身体が自分自身のもう一つの身体だと言う事は受け入れざるを得ないようだ。後は……
「何故こんな事をするのか、ってとこだな。」
今のところそれは語られていないが、恐らくこれまでの流れから見てそれも今から説明してくれるのだろう。そしてそれは予想どうりに起こった。
[諸君は今、なぜ、と思っているだろう。何故私は──SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と]
少しだけ、茅場の言葉に感情のかけらが見えた気がした。
気のせいかもしれないが。
[私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、既に一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目標だからだ。この世界を作り出し、”観賞”するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた]
一拍置いて、また感情の薄い声。
[……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の──健闘を祈る]
最後の一言が消え、ローブの巨人も消えた。
そして──
「ふざけんなぁ!!どうなってんだよぉぉ!!」
「冗談だろ!?嘘だろぉ!!?」
「出してよ!ねぇ出してよぉ!!」
「イヤァァァァァァァ!!!!」
周りに居るプレイヤーたちが次々に咆哮し、広場は空気が震えるほどの大音響に包まれる。
ある者は泣き叫び、ある者は他人を罵り、ある者は茫然とへたり込む。
そんなこの世の終わり(ある意味正しいかもしれない)の様な状態になる広場の中で、俺は妙に落ち着いていた。
今茅場が語った事は全て現実だとすぐに受け入れる事が出来た。
それはもしかしたら、茅場という人物を元から少しでも知っていたからかもしれない。
そして同時に、言いようもないほどの怒りも感じていた。
『ふざ……けんな……』
観賞?観賞だと?そんな物のために、俺達は今このあり得ない状況に立たされていると言うのか?
茅場個人の娯楽としかとる事の出来ないその行動。そんな、物のために……!!
『アイツは、死んだってのかよ……!!』
俺は出会って間もなかった友人の姿をもう一度思い浮かべる。
まだアバターの変化前だったから、本当の姿ではなかっただろう。しかしあの目の輝きや、期待と希望に満ちていたあの言葉は、間違いなく彼自身の物だったはずだ。それを永久に消し去って置きながら。その理由が自身の娯楽のためだと!?
「上等だ……」
いつの間にか声に出して俺は言っていた。
「必ず見つけ出して、絶対にぶん殴ってやる。」
出来れば殺してやりたいが、それではあいつと同じなので止めておく。それは法に任せる。
だが、絶対に一発は殴らないと気が済まない。そのためには……
「必ず生き残ってやるぞ……」
先ず生き残る。そして必ずいつかゲームをクリアする。どれだけの時間がかかろうとも、ゆっくりとでも必ずゲームをクリアする。そう俺は心に誓った。
『スデンリィ……』
もう一度フレンドリストを見た俺は、スデンリィの名前を削除しようか迷ったが、止めた。
この誓いと、とても短い間でも楽しい時を共に過ごしたの友人を忘れないために。
『現実≪そっち≫に戻ったら、墓参りにでも行ってやるからさ。だからしばらく、待っててくれ……』
そうして俺は、これから起こる事を予測して少しでも有利な状況を造り出すためスタートダッシュを早くしようと考えた。
喧噪のなか、従兄弟からの情報を頼りに「はじまりの町」の北西ゲートへと走り出す。目指すのはフィールドをこえた先にある次の村だ。
ここから先は、ほんの少しの油断が命取りとなる本物のサバイバル。
限りなく現実《リアル》な偽り《ヴァーチャル》な世界でのデスゲームが……始まった。
2022年11月6日 san 午後5時45分
VRMMORP`D`G《仮想現実多人数同時参加型オンラインロールプレイング`デス`ゲ―ム》
SAO《ソードアート・オンライン》
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