髑髏天使
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第八話 芳香その五
「これは・・・・・・香りか」
「おっ、来期もわかったか」
父が今の彼の言葉を聞いて楽しそうに言ってきた。
「これなんだよ。京都はな」
「香りが」
「京都の料理は確かに味は薄い」
それで有名でもある。
「素材を生かしているといってもな。それでも味付けは」
「薄いのか」
こういう話がある。織田信長が京の都に入った時三好氏の料理人だった男を召し抱えることになり彼に料理を作らせた。しかしその彼の料理を食べた信長はすぐに怒ってしまったのだ。
「こんなものは水っぽくて食えはせぬ」
こう言って怒りだし料理人を切ろうとさえした。流石にこれだけで手打ちにするとは流石の信長でも極端でありいささか誇張が含まれているのではないかとも思えるが少なくとも怒ったのは事実である。
だが料理人は。ここでうろたえることなくこう信長に言ったのであった。
「それでは明日また作らせて下さい」
「明日か」
「はい、明日です」
これは啖呵にも似た言葉であった。
「明日また作らせて頂きたく存じます」
「わかった。じゃが明日若しわしが食えぬようでは」
「その時は如何程にも」
こうまで言って再び料理を作った。だがその料理はどれもこれもその信長が昨日水っぽくて食えたものではないといった品と何一つ変わらなかったのだ。それを見た信長は自分が馬鹿にされていると思いこれまた激怒した。やはり彼は気が短かった。
「昨日と全く同じものではないか!」
「ですが御賞味を」
しかし料理人はこう信長に言うのであった。
「それから如何程にも」
「ふん、覚悟しておれ」
言葉を返したうえで実際に食べてみる。食べてからの信長の言葉は。
「美味いではないか」
「はい」
料理人はそれを当然のこととして受け止めていた。
「この様な美味いものを作れるのなら最初から作れ。よいな」
「わかりました」
これで料理人は信長の許しを得た。だがこれを妙に思った家臣の一人がこっそりと彼に尋ねたのだった。どういう事情でこんなことになったのかを。
「味付けでございます」
「味付け?」
「はい。信長様は尾張の方ですね」
「うむ」
これは最早この当時から天下の誰もが知っていることで言うまでもないことであるがそれでも彼は言うのであった。そこにこそ何かがあるというように。
「それで味付けを変えたのです」
「味付けを変えたとは」
「三好様は代々都で足利様や細川様にお仕えしてきました」
彼は先の主のことを話した。
「その為そのお好みは京風です」
「それは至極当然のことだな」
「そうですね」
京に代々いればその舌の好みは京のものになる。それも当然のことであった。
「ですから最初は京風の花鳥風月を重んじた味にしたのですが」
「それが殿の舌に合わなかったのか」
「その通りです。ですから先程の料理は」
ここにこそ秘密があるのだった。
「思いきり田舎風の味にしてみたのです」
「田舎風にか」
「尾張風と申しましょうか」
彼はこうも話した。
「その味にしました」
「つまり殿の好みに合わせたのじゃな」
「はい」
とどのつまりはこういうことであった。
「左様です」
「ふうむ。しかしじゃ」
家臣は彼からこの言葉を聞いてまず腕を組んだ。そしてそのうえで深く考える顔になりそのうえでまた彼に対して言うのであった。
「それは危険じゃぞ」
「存じています」
彼はこう家臣に言葉を返したが顔は平気なものであった。
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