その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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chapter 02 : sister
#05 "a place of relaxation"
前書き
酒の中に真理あり
ーデジデリウス・エラスムスー
Side ベニー
「ロックはどうかしたの?」
「昨日ちょっと話をしたんだが、アイツはアイツなりに色々悩んでるらしい。
まあ、こんな環境に放り込まれれば悩むのも当然と言えば当然だろうがな」
僕たち二人がいるのは『イエロー・フラッグ』そのカウンター席だ。
レヴィやダッチ抜きで、男二人きりで飲むのも特に珍しい事じゃない。
ま、僕一人でここに来る事は滅多にないけれど。
しかしいつ来てもここは騒々しい。
ついこの間もちょっとした騒動で半壊したはずだけど、いつの間にか復旧していた。
ロアナプラに於ける悪党の憩いの場として、貴重な存在だからね。良いスポンサーでもいるのかな。まあ、別に良いんだけどね。こうして楽しく利用させてもらえば。
普段は酒のつまみとして街の噂を話題に挙げる事が多い。
でも今日はちょっと違う肴を提供してみた。最近我がラグーン商会に加入してきた日本人。ロックの事だ。
ちょっと彼の様子が変なんだ。今日も誘ったけどここには来なかったし、 事務所でも何だか鬱ぎがちにしている。
たまにレヴィやゼロに視線を遣るけど、 自分から決して話し掛けたりはしないし。
こないだまではレヴィがやたら苛ついてたけど、 今はやけにご機嫌だしなあ。
ロックがうちに来てから、いろんな変化が起きてる。まあ、厭きないのはいい事だけれど。
「環境が変わるってのはストレスになる。特に慣れてきた頃が危ないそうだ。最初は何もかも以前の状況と違いすぎて、戸惑うだけだ。
何とか順応しようと必死なんだろうが、徐々に慣れてくるとな。
今度は些細な違いが気になってくるんだろう。特にアイツの場合は前の環境と今のそれじゃ比べもんにならん。
これで悩まなきゃどうかしてる」
横ではバーボンのグラスを傾けながら、ゼロがロックの心理を分析してみせてくれた。
……相変わらず何考えてんのか、分からないような顔をしながらだけど。
ロックが思い悩んでるのは、ほぼ間違いなく君とレヴィの事だと思うんだけどねえ。
けどそんな事充分に分かってるだろうに、何を淡々と一般論を語ってるんだか。
はあっ……
小さく溜め息をつき僕もグラスを傾ける。
"ロックとレヴィに何があったのか"
こないだのネオナチ絡みの仕事で、"何か"があったのは確かなんだろうけど、ね。
ロックはあれから鬱ぎ込んでるわけだし、 レヴィは連中の船に乗り込む前と後で機嫌が180度変わってしまっていたし。
グラスを持ったままゼロの横顔を見る。
彼の鉄面皮は全く揺るがない。事態を一番把握してるのは、 彼だと思うんだけど…
何もしないつもりなのかなあ、やっぱり。
最近思ったんだけど、彼は周りの人間を過大評価しているような気がするんだ。
なんと言えばいいのか………
お前らはもっと凄い奴等なんだから、俺なんか頼るな。本気を出せ、本気で考えろ。そうすりゃ問題なんてすぐ解決できる。
そんな事を考えているような。だから簡単に救いの手を差し伸べない。敢えてそうしているような気がする。
いや、何の確証もないのだけれど。
「ベニー。お前にも聞いてみたかったんだがな」
不意に横から声が掛かる。
ゼロがカウンターにグラスを置いて、 此方を見ながら話し掛けてきていた。
「え、何?」
僕もグラスを置いて向き直る。
「質問は二つある。 お前はロックがここに居てもいいと思うか?」
ロックがここに居てもいいか?
思わず瞬きして彼の顔を見直す。
彼の顔はいつもながら真剣だ。
真剣な問い、というわけだ。
「ここにってのは、ラグーン商会にって事?」
「ロアナプラって事さ」
………この街、ロアナプラにか。
カウンターの上に両肘をつき、 顎を乗せて考え込む。
彼が何故今このタイミングで、そんな質問をしてきたか。そちらにも興味はあるけれど、 先ずは質問の答えを考えるとしようか。
良いか、悪いか。
シンプルにその二つを比べるなら、
「彼の事を考えれば良いわけないよね」
「………」
ロックは明るい世界の人間だ。
この街に住んでる僕が言うのもなんだけど、ロアナプラはマトモな人間が住む場所じゃない。
いや、住むという言葉も間違いか。
ここはいつ崩壊したっておかしくない。かなり危ういバランスの上で成り立っている正に『魔窟』だ。
ここにいる人間達は、皆一時的に滞在してるだけ。いずれは違う場所へ旅立つ。
違う街へか、違う世界へか。程度の違いはあるけれど。
どちらにせよ永く居られる場所ではないし、居ていい場所でもない。
僕もいずれは去る事になるのだろう。いつになるかは分からないけれど。
「……ここは彼が居ていい場所じゃない。それは間違いないよ。でも何で急にそんな事を聞いたの?君にも分かってる事でしょ」
カウンターの中、マスターのバオはやや離れた場所でグラスを磨いていた、に視線を固定しながら彼に問い返す。
店内は変わらず喧騒に包まれてるけど、 カウンターには僕ら二人だけ。
ロアナプラに於ける有名人の一人であるゼロに、 意味もなく近寄ってくる連中は先ずいない。
レヴィと違って彼は何をするってわけでもないんだけど。
「………自分が知っている事、考えている事が必ずしも正解とは限らない。
俺は常に迷っている。昔からずっと、な。
だから時には他者の意見や考えを聞いてみたくなるのさ。
お前は最近変わってきただろ、ベニー。前のお前だったら話を聞こうなんて思わなかったよ。今のお前だから聞いてみたくなったんだ」
変わってきた、か。
そうなのかな。自分じゃ正直よく分からない。
何も変わっていないような気もするし、確かに変わったような気もするけど、ね。
「それで?もう一つの質問は?」
「ああ。お前は俺達……」
ゼロが口を開きかけたその時、
「いよう!お二人さん! 男同士でしんみり飲んでんのかい?」
僕ら二人の背中に声が掛けられる。振り返って確かめる必要もないだろう。
この店で僕たちに、いやゼロにこんな風に気安く声を掛けてくる奴はそうはいない。まして、声の主が女とくれば………
「エダか。何か用か?」
ゼロが振り向いて声を掛ける。
そう、『暴力教会』のシスターである彼女しかいないよね。
僕は黙ってグラスを持ち上げて席を移動する事にする。なるべく関わりたくないんだよね。 彼女とは。
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