レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission6 パンドラ
(3) ニ・アケリア村 参道側通用門前(分史)
前書き
ようやく捨ててくれた――!
山間からルドガーと、その仲間たちが下りてきていたのだ。ルドガーはエルを認めるや一目散に駆けつけてきた。エルも駆け出した。合流した二人は笑い合い、語らっている。
「天の助け」
「タイミングばっちり。さすが王子様」
アルヴィンは軽口を叩きつつ、ユリウスの様子を窺った。傍目にも明らかな深い深い安堵。アルヴィンに向けた再会の喜びと親愛を遙かに上回り、容易く上書きしたそれ。
ユリウス・ウィル・クルスニクの心を真実動かすは弟のルドガーだけなのだ。
(元弟ポジションとしちゃあ複雑だが、今さらベタベタ甘える歳でもねえし。それよりユリウスのルドガーへのブラコンっぷりに注意だな。こいつはご執心のもんのためなら他人をあっさり見捨てるタイプだ)
アルクノア時代に培った観察眼をフルにユリウスの気質を探る。
あのメンバーの中で他人を頭から疑ってかかる汚れ役はアルヴィンだけでいい。自分は自分なりに居場所を守ると決めたのだから。
決意も新たに、アルヴィンも仲間たちと合流すべく歩き出した。
ユリウスが歩き出す。ユティはしばしその背を見つめてから後を追った。
アルヴィンとローエンはすでにジュードたちと合流している。何かしら山で驚くものと遭遇したとか話しているが、ユティには関係ない話だ。
ルドガーとユリウスが対峙する。ユリウスがどこまでも晴れやかなのに対し、ルドガーの表情は鬱蒼としていた。
「一か八かだったが、上手くいったようだな」
「……助けてくれてありがとう、って言うべきなのか、ここは」
「礼が欲しくてやったわけじゃない。家族のためだ。当然だろう」
「簡単に言うなよ! 無茶したんだろ。大精霊の技を跳ね返すなんてっ、一歩間違ったらどうなってたか…!」
「心配してくれたのか?」
「あ―――たり、まえ、だろ。家族、なんだから…」
違う、とユティは分析する。ルドガーはウソをついている。「ウソ」に関して一流の教師がいたユティには分かった。
近親者を案じる言葉ならばもっと遠回しになるのが常だ。大人ならなおさら、ストレートには口にできない。
ルドガーの台詞は、心の奥底にあるもっと醜い思いを曝け出したくないゆえに出たものだ。
(まるでユリウスが実力以上の無茶をしたんだと思いたがってるみたい。ユリウスの粗をルドガーは無意識に探ってる)
GHSが鳴った。着信メロディはルドガーのものだ。ルドガーが電話に出た。
「もしもし? ……。ヴェルか。どうした。…………。『道標』? 道標って確か、『カナンの地』を開くために必要な物、だったよな。…………。要するに時歪の因子を探せばいいんだな? 分かった、見つけたらすぐ」
それ以上を言う前に、ユリウスがルドガーのGHSを奪い取り、通話を切った。
「何するんだ!」
「後は俺に任せろ。時計を渡すんだ、ルドガー」
何を聞く気も、話す気もない。冴えた声は言葉そのものより雄弁にそう語っていた。
「やらない。元々これは俺の時計だ」
返さない。奪わせない。ルドガーはポケットから真鍮の時計を取り出し、唇を噛んで見下ろす。牙を剥く直前の獣と、泣き出す寸前の幼児を均等に混ぜた表情。
「お前が持っていても使えない」
「使える。兄さんだって列車テロの時見てただろ。俺が骸殻に変身するの」
「そういう意味じゃない。骸殻は単なるブースターじゃない。これはオリジンの審判に挑むクルスニクの一族のみが持つことを許された特別な時計だ。お前にその覚悟があるのか? 世界を、人を、精霊を。選べるか、ルドガー・ウィル・クルスニク」
ルドガーはほんの数週間前まで市井の一般人だった。
それがたまたまテロの現場にいたせいでなし崩しに巻き込まれ、流れ着いた先が今――クランスピア社、分史対策エージェントという立場だ。
分史対策エージェントはただ分史を壊せばいいというわけではない。クルスニク血統者は、全員がオリジンの審判に参加する権利を持ち、カナンの地への一番乗りが叶えば何でも願いが叶う。
正直、スケールが大きすぎる話だった。
覚悟があるのか、と問われて、ルドガーは両拳を食い込むほどに握りしめた。
もう半年も前になるのに、まざまざと蘇る悪夢。夢で同じようにユリウスが「選択」を迫り、何が何だか分からないままルドガーも戦った。結果は惨敗。さらには現実でまで、入社試験に不合格になる始末。
――たとえ何かしたいと思っても、ルドガーは邪魔だとこの道のプロのユリウスが言い切った。
(そんなに俺をこの舞台から弾き出したいのか? そんなに俺はこの審判に参加する資格に足りてないってのか?)
上等だ。ルドガーとて元はただの小市民だ。街の小さな食堂でフライパンを振っているのがお似合いの安っぽい男だ。そんな男に救われては世界も喜べまい。完璧な兄がすべてやるというのだから、やらせてしまえばいい。
(こっちから願い下げだ。認めない兄さんも、メチャクチャな状況も、みんなみんな俺には関係ない!)
ルドガーは悲憤をぶつけるように金時計を地面に叩き捨てた。
「もういいよ。兄さんの好きにすればいい。俺は関係ない。世界なんてどうにかできる奴がどうにかしやがれってんだ」
骸殻への変身手段、オリジンの審判への参加証を、捨てた。
――やった。ユティは心中で快哉を叫んだ。
後書き
世界一はた迷惑な兄弟喧嘩ぱーと1。
ルドガーのユリウスに対する感情はとても複雑だと思います。というか拙作では複雑だということにしました。ルドガーはユリウス大好きっ子だと信じておられる方には申し訳ありません。
ルドガーがヤケになりました。でもこの後ミラさんが登場してなし崩しに元鞘(誤用?)に戻ると。ユリウスもあえて厳しい言葉でルドガーを遠ざけようと必死です。言葉選びに失敗する点ではさすが父娘――と思ってくださいませ。
PGでルドガーの試験が半年前でなく1年前だと知ってムンクになった作者。どこで誤解した…orz
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