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作者:50まい
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『彼』とあたしとあなたと
  7

「で、何?」



 日紅(ひべに)が卵焼きをつっついたところで、(せい)がそう切り出した。



「うーん、とね?犀、あんた付き合ってるコいないのよねぇ?」



「…いないけど」



「じゃあ好きなコは?」



「………」




 急に犀が黙った。



 日紅は焦った。まさか…いる?



「いるよ。好きなヤツ」



 日紅の心を読んだかのように犀が言う。その視線は彼の足もとに注がれていた。



「嘘ォ!?」



 どうしようと日紅は予想外の展開に驚いた。



 日紅の考えでは、(なんの根拠もないのだが)当然いないといわれて、じゃあ隣のクラスの桜ちゃんなんてどうと進める予定だったのにー…。



 とりあえず!



「誰!?」



「同じクラスのヤツ」



 日紅と犀は同じクラスだ。



 と、いうことはうちのクラスの女子…!?



 寝耳に水とはこういうことだ。



 なんということだ。なんで言ってくれなかったのだろう!それよりいつから!?高校で犀とはクラスがずっと一緒なのだ。



 日紅は犀ととても仲が良いと思っていた。それは日紅の勘違いではないと思うし、犀だって日紅のこと仲がいい女友達だと思ってくれていると、当然のようにそう思っていた。



 ずっと、一緒にいたのに!



「席は!?」



 日紅は犀に詰め寄った。



「俺とは遠い。確か前から2番目」



「前から2番目!」



 ドンピシャ!と日紅は叫んだ。



嘩楠(かなん)さんね!?」



 嘩楠百合(かなんゆり)と言えば、顔よし頭よし財力よしの、三拍子そろった学校のプリンセスだ。プリンスは言わずと知れたあの青山である。



 その二人と同じクラスになったから日紅は「今年のクラスは凄いぜ…じゅるり」と涎を拭いていたくらいなのだ。



 ()しくも、噂の嘩楠となんと日紅は隣の席どうしだ。だから嘩楠が噂と一寸違(いっすんたが)わぬ人だというのもようく知っている。



 桜ちゃん、ごめん見込みないわ、と日紅は頭の中で謝る。桜は確かに可愛らしいとは思うが、嘩楠とは比べようがない。はっきり言って月と何とやらだ。



 犀が好きになったのも、嘩楠さんなら十分納得だ。



「……」



 犀は一人で百面相する日紅をじっとみていた。そして、溜息をつく。



「違う」



「え?違うの?でも二列目はあと男しかーー…はっ!ま、ままままましゃか犀、あんたそういう趣」



「落ち着け。嘩楠以外が男だったらおまえは男か?」



「は?んなワケないでしょ。ちゃんと胸あるしいらん脂肪もぷくぷくおナカについてるわよ」



「どれ?お、本当だ」



「ギャーーーーーーーーーーーーッ!」



 ガゴッと日紅の拳と犀の頬骨がぶつかって凄い音を立てた。



「ーーーーッ()ぅ…」



「何すんの!嫁入り前の女の子のお腹を触るなんてセクハラよセクハラ!訴えられても文句言えないレベルなんだからね!?」



「安心しろ。嫁の貰い手がなくなったら俺が貰ってやるから」



「そこまで落ちぶれちゃいないわようっ!」



「ま、おまえを貰おうなんていう男は一生出てくるわけないけどな」



「はい!?」



 日紅の眉がピンと上がった。



「犀!またそうい」



「俺が出てこさせやしないから」



「ー…は」



「日紅。おまえのそれってわざと?気づいているんだろ。なんでそんな知らない振りするの?」



「な、なにが…」



月夜(つくよ)を、好き?」



「え、そ、それは勿論好きだけど…」



「じゃあ、俺は?」



 犀が日紅を見ている。視線を痛いほど感じる。日紅が視線をずらす。興奮して近づきすぎた犀の影が、自分の膝にかかっているのが見える。



「な、なに言ってるの、犀。犀のいいたいこと、わからない」



「おまえが好きだ」



 無意識のうちに犀の膝にのせていた日紅の手を、そっと、犀の手が覆う。日紅は思わずびくっと体を震わせた。



 だめ!違う、だめ。自然にしなきゃ。だってこんなのなんともないでしょう。普通、そういつものことなんだから、動揺するな!



 重なった犀の手に、ゆっくりと力が加わる。それは振り払われるのを恐れるような、でも何か伝えたい感情があって、それが溢れてくるようなー…だめ、考えちゃダメ!



 はやく、へんじをしなきゃ。



 自分がなぜそう考えるのかわからないまま、日紅は笑った。唇は震えていた。



「あたしも好きよ」



「違う。はぐらかすな。顔上げろよ。俺を見て言え、日紅!」



 隠しきれない苛立ちを含ませて犀が言う。



 だめ。顔なんて上げられない。犀の目を見てはいけない。それを見てしまったら、何かが崩れる気がする。



「日紅!」



 日紅は唇を噛んだ。そして、ゆっくりと顔を上げる。思ったより近いところにある犀の顔。その目が、あった。



「好きだ」



 どくんと日紅の心臓が波打った。それは決して、犀のその言葉を聞いたからではない。犀の目。その瞳を見たから。その瞳の奥にあるものを、日紅は確かに見た。そして自分の瞼の奥も。



 言葉にできない、その感情を。



「お前のことが、ずっと、ずっと好きだった。他の何にも代え難いくらいに好きなんだ、日紅。俺と月夜、どっちが好き?比べるのなら、どっちが上?俺はもう耐えられない。こんなに、お前を好きなのに。月夜と同じなんて冗談じゃない。俺はおまえの中に、俺だけがいてほしいと思う。ちゃんと俺を見て、日紅。自分のことからも、現実からも、目を逸らすなよ…」 
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