もう一人の八神
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新暦79年
準備期間
memory:41 風邪っぴき
-side 悠莉-
旅行後のとある土曜日。
午前中に道場の練習を済ませ、イクスと片づけをやっていた。
「先に戻ってお昼ごはん作ってますね」
片付けが一段落するとイクスがそう言った。
「一人で大丈夫?」
「はい。簡単なものでいいですよね」
「うん。それじゃあお願い」
イクスの後ろ姿を見て道具をバッグに詰める。
「インターミドルまで約二ヶ月。となると、去年と同じならジークやヴィクターとかとスパーのお誘い来る頃か。とはいえ今年は道場やヴィヴィオたちとか、知り合いが結構出るから忙しくなりそうな予感」
と、考え事をしながら海岸から土手に上がると誰かとぶつかった。
「うわっ!? イタタ…すみません。前見てなくて……って、ジーク?」
尻餅をついている相手はいつもの黒いジャージ姿のジークだった。
「…………ユウ?」
長い間の後、やっと私だと分かったのかコテンと首を傾げる。
……少し様子がおかしい。
「?」
そう感じた私はじ~っとジークの顔を見つめる。
顔はほんのり赤く、息も少し荒い。
姿からロードワークしていたのだろうけど、走った後のそれとは違う気がする。
もしかして……
「大丈夫?」
「……うん。多分練習疲れやろうし」
「ジークちょっとごめん」
先に謝ってジークのデコや首に触れる。
触れた個所は熱を帯びていた。
「……ユウの手、冷たい」
「このアホ。私の手が冷たいんじゃなくてジークの体が熱いんだ。というか風邪だよ」
「そんなわけ……ただ走ったあとやから火照ってるだけで……」
「はいはい。寝言は寝て言おうね。ほら、立てる?」
手を差し出して立たせようとするが足腰に力が入らないようで座り込んだまま首を振るジーク。
「仕方ない。ちょっとあれだけど少しの間我慢して」
ジークの背中と膝裏に手を回して抱え上げる。
「わわっ! ユウ!?」
要はお姫様抱っこだ。
「乗り心地悪いだろうけど私の家に着くまで我慢して」
「いや、そーやのーて! ウチは大丈夫やから!」
「風邪ひいて、熱まで出てるのに大丈夫なわけないでしょ!」
腕の中で小さく暴れるジークをスルーしながら早足で家へと急ぐ。
さっきよりかは意識がハッキリしてるみたいだけど、顔が赤くなってる?
そんなこんなで徒歩五分で自宅に到着。
いつの間にかジークはおとなしくなっていて完全に体を預けている。
「ただいま!」
「おかえりなさ、い? どうしたんですか?」
イクスはジークを抱える私を見て首を傾げた。
「ちょうどよかった。イクス、部屋にお湯とタオル持ってきて。事情は後で説明するから」
「は、はい! ちょっと待っててください」
ジークの様子を見て何となく察したのか、パタパタと準備に取り掛かった。
部屋に入りジークをゆっくりとベットに降ろす。
「……あれ? ここは……?」
「私の部屋だよ。数分とはいえ意識失ってたみたいだね」
「そっか……」
収納棚から探し物をしながら状況整理し終えると扉が開いた。
「お待たせしました」
「ありがとイクス」
洗面器とタオルを受け取ってジークの近くに置く。
「ユウ、その子は?」
「妹のイクスヴェリア。それは一先ず置いといて。ジーク、汗だくのままじゃ気持ち悪いでしょ? だからこれで体拭いて。着替えは私のだけど…大丈夫?」
「そうなんや。何から何まであんがとユウ」
「うん。体は自分で拭ける? あれだったら手伝うけど」
「……ユウのエッチ」
「っ、ゴメン。イクスに…私の妹に手伝ってもらう?」
「(別にユウがやってくれてもええのに……)そんなら……」
-side end-
-side other-
パタン。
部屋から一人出ていった。
ジークリンデの体を拭くためにタオルを搾る。
「それでは拭きますね」
「うん、お願いします」
ジークリンデの背中をゆっくり撫で下ろすように拭く。
「ひゃう!?」
「どうかしました?」
「ちょっとビックリしただけ」
それを聞いて安心したようで、再開した。
「そういえば自己紹介がまだでしたね」
「そやね。……えっと、あなたはユウの妹さん、だよね?」
「ええ。悠莉の妹で、八神イクスヴェリアです」
イクスヴェリア。
そう聞いてジークリンデの脳裏に冥王という単語がよぎる。
「ウチの勘違いかもしれんけど……もしかしてあの冥王やったり、する?」
「元が付きます。今はただのイクスヴェリアですけどね」
「そっか」
それ以上は何も聞かなかった。
「ウチはジークリンデ・エレミヤ。前々回のインターミドルでユウと出会って、今は友達」
「……なるほど、あの黒のエレミヤの末裔ですか。―――はい、拭き終わりましたよ」
「うん。ありがと」
その後、ジークリンデを拭き終わり、渡した服に着替えたと聞いて悠莉が部屋に戻るとイクスヴェリアは体温計を渡して計らせていた。
そしてしばらくすると電子音が鳴った。
「38度1分……。これは風邪ですね。よくこんな状態でロードワークなんてできましたね」
「インターミドルも近いんだから自己管理くらいちゃんとしないと」
「うん……ごめんな」
しゅんとなるジークリンデ。
「ロードワーク前は少し気怠い感じやってんけど……完全に油断してもうた」
反省するようにポツリポツリと話す。
「ホントごめんな、二人に迷惑かけてもうて。こんなことがもうないように、もっと体を鍛えて……」
「しばらく絶対安静!」
「じょ、冗談やから」
いつもと違う悠莉の剣幕に驚き、少し顔をひきつらせた。
「まったく……」
ジト目でジークリンデを睨みながら悠莉は小さくため息をついた。
ぐぅ~~~
「あ……」
「……そういえばお昼ご飯まだでしたね」
「私たちの分はおいといて、まずはジークの分だな。消化のいいお粥がいいかな?」
「……お願いします」
そして、ジークリンデにお粥を食べさせ、薬を飲ませた。
しばらくすると、薬が効きたようで寝息をたて始めた。
-side end-
-side 悠莉-
「とまあそんなわけで友達を私の部屋で寝かせてる。目が覚めたら一応診てやってくれない?」
「ええ、わかったわ」
陽が傾きだすと、仕事を終えた姉さんたちが次々と帰ってきた。
玄関にある見慣れないシューズを見て疑問に思っていたので昼間のことを伝え、シャマルにジークの診察を頼んだ。
「いやー、びっくりした。悠莉の部屋に見知らん女の子が寝とんやもんな」
「仕方ないでしょ、布団引くより早かったんだから」
……でも、よくよく考えたらジークだって女の子だし、風邪だとはいえ私のベットに寝せたのは悪かったかな?
「確かにな。で、悠莉とあの子の関係は? もしかしてコレか?」
にやにや顔で小指を立てる姉さん。
周りにいるみんなも興味津々といった様子でこっちを見てくる。
「友達だって言ったでしょ。というか、人に言う前に姉さん自身が作ったらどうなのさ。そんな浮いた話を聞いてみたいんだけど」
痛いところを突かれると「うぐっ」と声を漏らす。
「そ、それはどうと!」
「……逃げたな」
「だまらっしゃい! コホン、それはそうと真面目な話、あの子の親御さんに連絡入れんでいいんか? 心配もしとられるやろうし。というかあの子の名前は?」
「名前? ……ああ、言ってなかったけ。ジークリンデ・エレミア、それがあいつの名前で、一人暮らししてるから親御さんの連絡先なんて知らん。代わりにジークの姉のような人には連絡入れといた」
「ジークリンデちゃんか。……ん? エレミアって確か……」
「ゆーりちゃん、もしかして古代ベルカのあのエレミアですかぁ!?」
「そそ。確か黒のエリミアだっけ? その一族の子孫だってさ。ついでに言うと、連絡した相手もベルカの雷帝の末裔だよ」
「雷帝…ダールグリュン。それはまた不思議なもんやなぁ、この時代にベルカの末裔が集結するんは」
さっきまでの姉さんが一変し、真面目な表情で何かを考え始めた。
おそらく何らかの予兆なのではとみんなを心配してくれてるんだろう。
ヴィヴィオにアインハルト、イクス、ジーク、ヴィクター。
「ちょ、ちょっい待って!?」
「ほら、早くしてください」
そんな声がリビングのドアの外から聞こえてきた。
私をはじめ、姉さんやリインたちも一斉にドアのほうに顔を向ける。
ドア越しにシルエットが映っている。
ジークは目が覚めたんだ。でも完全に治ったわけじゃないだろうに大丈夫なのか?
しばらく騒ぐ二人だったが、イクスに押し切られる形でジークが入ってきた。
「あっ、噂をすればですぅ」
「ぁ、あの……」
「悠莉から話は聞いたよ。もう体調は大丈夫なんか?」
「ぇ、えっと……」
「まだ熱が下がっただけなんだろ? きつかったりするか?」
「ぁぅ……イクスゥ……っ」
「はいはい、大丈夫ですから」
ジークは姉さんたちに声をかけられるとおどおどしだした。
困った顔になりながらイクスの後ろに身を隠しながら。
「えーっと……?」
「あー…言い忘れてたけど、見ての通りジークは人見知りなんだ。根は人懐っこいんだけど」
あやすイクスとイクスと姉さんたちを交互に見るジーク、これじゃあどっちが年上かわからないな、うん。
-side end-
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