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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第十四話 覇者と商人




宇宙歴 798年 3月10日   ハイネセン  ユリアン・ミンツ



宇宙港の到着出口にキャゼルヌ少将の姿が見えた。
「キャゼルヌ先輩」
「キャゼルヌ少将」
声を上げると気付いたのだろう、キャゼルヌ少将が手を上げて近づいてきた。スーツ姿だ。軍服よりも似合っている。

「ヤン、ユリアン、元気だったか、二人とも」
「元気ですよ、我々は。先輩こそ御元気でしたか」
「見ての通りだ、元気だよ」
嬉しそうに話しかけてくる。嘘じゃないみたいだ。ヤン提督もホッとした様な表情をしている。

「少将は何時エル・ファシルに戻るんです」
「その少将と言うのは止めてくれ。俺は退役したんだからな、キャゼルヌさんで良いさ。但し、おじさんは付けるなよ」
僕がヤン提督を見ると提督が苦笑しながら頷いた。

「分かりました。キャゼルヌさんって呼びます」
「明後日の船で戻る。今日も明日も夜は空いているぞ、ユリアン」
「三月兎亭に予約を入れて有りますよ。行きましょう、先輩。明日はアッテンボローも来ます」
「そいつは楽しみだな」

ヤン提督の言葉に従って無人タクシー乗り場に向かう。幸い待ち人はそれほど多くなかった。五分程待つとタクシーに乗る事が出来た。タクシーに乗るとキャゼルヌさんが話しかけてきた。

「済まんな、ヤン。俺の所為でお前さんには苦労をかける」
「そんな事は」
「いろいろ聞いている。嫌な思いをしているってな」
「そんな事は、……それより私の方こそキャゼルヌ先輩を守れませんでした、済みません……」
ヤン提督の言葉にキャゼルヌさんが首を横に振った。

「それは違う、俺は帝国領侵攻作戦で一度失敗しているんだ。そんな俺をお前さんがイゼルローン要塞に呼んでくれた。俺を信じて要塞を預けてくれたんだ。だが俺はその信頼に応えられなかった。イゼルローン要塞を守れなかったんだ。軍を辞めるのは当然だよ」
「……」
ヤン提督が黙り込んだのを見てキャゼルヌさんが笑いかけた。

「そんな顔をするな。俺はこの通り民間でバリバリやっている、心配はいらん。心配なのはお前さんの方だ」
「……何度か辞めようと思いました。でも、シトレ元帥に止められました。レベロ議長にも……、また辞め時を失いましたよ」
「……そうか」
ヤン提督もキャゼルヌさんも少しの間無言だった。

「シトレ元帥はレベロ議長の相談に乗っているそうです。私の事も議長に話したようです」
「そうか……。正直俺はお前さんが軍に残ってくれてほっとしている。そして済まないとも思っている。お前さんがこれから苦労するのは分かっているからな……」
「……」

苦労していると思う。昨年の内乱を鎮圧したのはヤン提督だった。本当ならヤン提督は反乱を鎮圧し民主共和政を守った救国の英雄と呼ばれても良かった。実際途中まではそう呼ばれていたけどイゼルローン要塞の陥落が全てを台無しにしてしまった……。

アルテミスの首飾りの破壊、第十一艦隊の殲滅。イゼルローン要塞を失った同盟にとってはどちらも致命的な損失だと受け取られた。そして反乱を起こしたのが副官グリーンヒル大尉の父、グリーンヒル大将であることまでがマイナスに取られた。

ヤン提督が第十三艦隊の司令官の職に留まれたのはドーソン大将がイゼルローン要塞を空にして内乱を鎮圧せよと命令した事、そしてビュコック提督の命令書のお蔭だった。ヤン提督はあくまで命令に従って行動した、イゼルローン要塞陥落に直接の責任は無い、そう判断された。

“ヤン・ウェンリーの軍事的才能は同盟を丸裸にした” 多くの人間がヤン提督をそう批判する。批判だけじゃない、若くして大将にまで昇進したヤン提督に対するやっかみも入っているだろう、ザマ―ミロ、そんな感情も有るのかもしれない。しかしヤン提督は酷く参っている。自分のやった事が全て裏目に出た、民主共和政を反乱から守ったけど帝国からは守れないのではないかと悩んで、いや絶望している……。

その絶望は提督だけの物じゃない、同盟市民全てが共有する物だ。最近のマスコミは“同盟崩壊”という言葉を良く使う。そして帝国の改革を話題にする。多分自分達に密接に関係する事になる、そう考えているからだろう。同盟市民の関心も高い。

沈黙が落ちた、今日ヤン提督は軍服を着ていない、私服姿だ。軍服を着れば自分がヤン・ウェンリーだと周囲に知られてしまう。そうなれば必ず自分を非難する人間が出る。キャゼルヌ先輩にはこれ以上は無い辛い仕打ちになるだろう……。家を出る前に僕に言った言葉だった。そしてこう続けた、私は軍人らしく見えないから助かるよ……。泣きたくなった。

三月兎亭に着いた。ホッとする思いでタクシーを降り三月兎亭に入った。有難い事に室内の照明は薄暗い、これならヤン提督の事は分からないだろう。老ウェイターが注文を取りに来た。皆で肉料理をメインのコースを頼む。飲み物は七百六十年産の赤ワインと一杯のジンジャーエール。

キャゼルヌさんが新しい職場の事を話してくれた。今はエル・ファシルに有る軍需物資を取り扱う企業に勤めている。退役後、キャゼルヌさんの就職は早い時期に決まった。士官候補生時代に書いた組織工学に関する論文が評価されたみたいだ。ヤン提督はキャゼルヌさんがハイネセンを離れたのは二人の娘のためではないかと言っていた。心無い人達がキャゼルヌさんの家族にまで非難を浴びせたらしい。情けない……。

食事が進む中、ヤン提督とキャゼルヌさんが話し始めた。
「先輩、エル・ファシルは如何ですか」
「活気が有るな、ハイネセンよりもずっと活気が有る。理由は分かるだろう」
キャゼルヌさんが意味ありげな笑みを浮かべた。

「黒姫一家ですか。交易のためにかなりエル・ファシルに来ていると聞きますが……」
「そうなんだ、エル・ファシルにとって連中は大事なお客様だ。鉱物資源を売ってくれるし生産財を大量に買って行く。連中、ヴァンフリート4=2の基地を修復して使うらしい。そのための資材も大量に買っていくよ。エル・ファシルはちょっとしたバブルだ」

「あの、皆怖くないんですか、海賊なんですよね。気に入らなければ暴力を振るうとか……」
僕が問いかけるとキャゼルヌさんが苦笑を浮かべた。
「俺も最初はそう思った。しかしどうも違うようだな」
「違う?」
ヤン提督も不思議そうな顔をしている。違うって何だろう。キャゼルヌさんがヤン提督のグラスにワインを注いだ。

「連中に海賊だろうって聞くと海賊だって答える。だけど犯罪者じゃないって答えるんだ」
「?」
「海賊と言っても色々居るらしいんだな。本当の海賊も居れば自警団みたいな奴もだ。帝国ではみんなまとめて海賊なのさ」
「自警団……」
ヤン提督が呟いた、そして一口ワインを飲む。

「黒姫一家は帝国辺境領域を縄張りとした自警団で商人でもあるらしい。俺も連中に直接会ったんだがごく普通なんだよ、特に変わったところは無い。俺がイゼルローン要塞に居た事を話すと済まなさそうな顔をされた。妙な気分だったな」
そう言うとキャゼルヌさんがまた苦笑を浮かべた。

「傭兵じゃないんですか」
「違うようだな、連中、戦闘には直接参加はしていないらしい」
変なの、黒姫一家って二年連続でローエングラム公に武勲第一位って褒められたんだけど戦闘には参加していない? ヤン提督もキャゼルヌさんも不得要領な顔をしている。

「大体武装艦は千五百隻程度しか所持していないらしいんだ。戦闘では大した活躍は出来ないんじゃないのかな。アムリッツアでは輸送船の拿捕だったし、内乱では補給の支援をしたと聞いている」
「なるほど……。しかしイゼルローン要塞は攻略しましたが」
ヤン提督の言葉にキャゼルヌさんが頷いた。

「驚いていたな」
「驚いてた?」
「ああ、俺が会った奴は知らなかったらしい。黒姫一家の中でも極秘作戦だったようだ。大体黒姫自身が作戦に参加していない」
「ですが作戦は黒姫が立てたと聞いています」
「そうなんだ」
少しの間沈黙が有った。二人とも視線を合わせたり逸らしたりしている。

「まぐれだと思うか?」
「……いや、それは有りませんね。あの作戦はあのタイミングでしか実行できません。駐留艦隊がイゼルローン要塞から遠く離れている、ローエングラム公も内戦で身動きが取れない。つまり誰も敵が攻めてくるとは考えていなかった。そして貴族連合が敗北して亡命者が出てもおかしくは無い状況……、一瞬の隙を突かれました。報せを受けた時、何が起きたのか分かりませんでしたよ」

キャゼルヌさんが頷いている。
「何を考えているのかな。要塞を取っても通航権と引き換えにローエングラム公に渡してしまう。六千億帝国マルクの身代金も同盟との交易の権利とヴァンフリート星系の割譲で放棄……。俺の考えでは連中は金よりも交易を望んだように見えるんだが……。どう思う、ヤン」
ヤン提督が頭を掻いた。ちょっと困っているのかな。

「シトレ元帥から聞いたのですが彼らは余り身代金には拘らなかったそうです。先輩の言う通り、交易の方を望んだのでしょう」
「そうか……」
「最初の交渉で同盟政府に金が無いのは分かっている、二億帝国マルクを現金でくれるのなら残りは金じゃなくても良いと言ったそうですよ」
「妙な話だな」

キャゼルヌさんの言う通りだ。六千億帝国マルクを請求しておいて現金は二億帝国マルクで良いなんて何を考えているのだろう。しかも最初の交渉でそんな事を言うなんて……。なんだかお金なんかいらない、他の物を寄こせって言ってるみたいだ。

「そのうえで同盟領内での交易権と交易の継続性を保障してくれと言ったとか……。ヴァンフリートを割譲して彼らに開発させるというのはそこから出たんですがどうも向こうに誘導された様な感じです。シトレ元帥も首を傾げていましたよ、妙な連中だ、本当に海賊なのかって。商人だと考えると納得がいきます」
「……」
「何となくウイグル人を想像しますよ」
「ウイグル人?」
僕とキャゼルヌさんが問いかけるとヤン提督が“ええ”と頷いた。

「人類が地球を唯一の住み家としていたころですが、チンギス・ハーンとその子孫がモンゴル帝国を築いた時代が有りました。最盛期には地上の約四分の一を支配下に置いたんですが彼らの勃興には強力な国家による交易活動の保護を期待するウイグル人の協力が有ったんです」
「……」

「彼らは交易活動で得た情報、財力をモンゴルに提供し官僚、軍人としても協力した。それに対してモンゴル帝国は関税を撤廃して商業を振興する事で応えたんです。その結果交易が隆盛し、モンゴルに征服されなかった国々までもが陸路、海路を通じて彼らの交易のネットワークに取り込まれました」

キャゼルヌさんがヤン提督の言葉に頷いている。
「確かにそんな感じだな、フェザーンはあくまで帝国と同盟を分離してその中間で利益を得ようとしているが黒姫は両方をくっ付ける事で利益を得ようとしているように見える。お前さんの言う通り、ウイグル人だ」

「彼らがローエングラム公に味方したのも貴族連合では帝国内は活性化しないと考えたからでしょう。実際にローエングラム公は政権を取ると同時に改革を始めている」
「彼らにとっては商売をし易い環境か……」
「ええ」

少しの間沈黙が有った。ヤン提督もキャゼルヌさんもワインを飲みながら何かを思っている。多分黒姫の事だろう。
「先輩、黒姫とフェザーンとの関係はどうなんでしょう」
「悪い」
一言だった。余りの断定振りに思わずヤン提督と顔を見合わせ笑ってしまった。キャゼルヌさんも一緒に笑っている。

「フェザーンにとっては中継貿易の独占を崩されたんだからな、面白くは無いさ。それに彼らは実際に被害も受けている」
「被害?」
僕が問いかけるとキャゼルヌさんが頷いた。

「フェザーンを介して帝国の物産を買う事が有るんだが以前に比べると安くなったんだ。連中、かなり儲けていたようだな。だが今では黒姫が安く提供してくれるからな、フェザーンも価格を下げざるを得ない。おそらく同盟から帝国に持っていく物も同様だろう」
「というと黒姫は商人としては良心的ですか」
ヤン提督が問いかけるとキャゼルヌさんが苦笑した。

「俺にはそう見えるんだがフェザーン人によると黒姫は阿漕で血も涙もない奴、という事になる」
「はあ、……商人としてフェザーン人にそう言われるのは褒め言葉なんですかねぇ」
ヤン提督が頭を掻いている。なんか可笑しくて笑ってしまった。キャゼルヌさんも笑っている。

「黒姫が組織の長になった時、彼の組織は誰も気にかけない様な小さな組織だった。だが僅か数年で帝国でも指折りの組織に拡大したんだ。尋常な手段では難しいだろうな」
「犯罪に関わったという事ですか」
キャゼルヌさんが小首を傾げている。“どうかな”と呟いた。

「噂は色々と有るんだが確証は無い様だ。誹謗、中傷の類と言う事も有るだろう。ただ、……貴族の相続争いや反乱が起きた時には必ず黒姫の影が有ると言われている。その騒乱を利用して巨大な利益を得てきたらしい。……黒姫が動く時は貴族が死ぬ、黒姫は死の使い……、フェザーン人はそう言って怖気を振るっているよ。怖い話だよな」
「……」

「帝国には黒姫一家以外にも海賊組織が有るんだが黒姫一家は他の海賊組織から一目も二目も置かれているらしい。その中には本当の海賊も居る。フェザーン商人だけじゃない、海賊達からも黒姫は恐れられているのさ……。俺もその恐ろしさは分かっている」
キャゼルヌさんが溜息を吐いた。

「そうですね、私も彼を恐ろしいと思います。彼とローエングラム公、一体どんな事を考えるのか……」
今度はヤン提督が溜息を吐いた。

何時の間にか食事は終わっていた。美味しかったはずだけど今一つ良く覚えていない、そんな食事だった……。



 
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