木の葉芽吹きて大樹為す
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双葉時代・発足編<前編>
「――――帰ったよ、ミト!」
「お帰りなさいませ、柱間様!!」
戦場から帰って来て、勢い良く扉を開いて帰宅の挨拶をすると、邸の奥から姿を現したミトが私へ笑いかけてくれた。
うん! 今日も私の妹は最高に可愛いね!
あの誓いの日から更に数年。
幼さが残る容貌だったミトは、ここ数年でますます美人さんに成った。
道を歩けば十人中十人が振り返る事は間違いない……姉の欲目じゃないからね。
「それより聞いてよ、ミト! 今日ね、奈良の一族との会談に成功したんだ! 彼らも連合に参加してくれるんだって!!」
「本当ですか!?」
「うん、本当!!」
きゃー、と二人で手を合わせてはしゃぎあう。
こうして自分達の考えに賛同してくれる一族が増えてくれるのは、いつだって嬉しいものだ。
――後ろでこほん、と空咳がした。
「姉者、はしゃぎあうのも良いのですが、まずは戦の疲れを落とされては如何ですか?」
「なんだよ、扉間。蚊帳の外に置かれたから怒ってんのか?」
「姉者!」
皺を寄せている弟の眉間をぐりぐりと指で押して解してやると、青筋が浮かぶ。
これ以上すると雷が落ちそうだったので、からかうのはこれくらいにしておこう。
「分かったよ。からかって悪かった。んじゃ、ミト。オレはこれから風呂に入ってくるな」
「はい。お二人の疲れが取れるよう、湯を沸かしておきましたから」
にっこり笑ったミトは相変わらず気が利く妹だ。ますますそこらの男にはやれない娘になったな。
たまに一族の男達を問わずに、ミトに求婚してくる輩が増えて来たのでお姉ちゃんはとっても心配です。
変な男に引っ掛かったりしない様に普段から守ってはいるのだが、悪い虫はどこからでも湧いてくるからなぁ……。
「ううむ。やはりオレを倒せる様な男でなければ妹はやれん……!」
「何をアホな事を……。それじゃあミトは一生結婚出来なくなりますよ」
腕を組んで唸っていれば、扉間が呆れた様に溜め息を吐いた。
この弟も最近生意気になっちゃって、もう。
因みに先程の台詞をミトの求婚者達の前で言えば、皆真っ青になって引き下がるのである。
……そういえば、ミトだけじゃなかったな。
「お前の嫁はオレが認める様な気だてのいい娘さんじゃないとオレは嫌だぞ」
「なっ!? 何をいきなり……!!」
扉間の方を向きながらそう言えば、この弟は急に頬を紅く染めた。なにこの子、可愛い。
「照れちゃって、まー。久方ぶりに可愛いとこを見せてくれたじゃないか、弟よ」
「姉者!!」
ぷふふ。これで暫くの間、少々意固地なところがある弟をからかう種が出来たわ。
内心でニマニマしていると、未だに顔を赤らめたままの弟が私を睨んでいた。
そんな赤い顔で睨まれても全然怖くないよー、お姉ちゃんは。
「なんだよ、扉間」
「そう言う姉者こそ……いずれは結婚しなければいけない身でしょうに。若い者の間では誰が姉者と結婚するかについて、話が上がる様になってきましたよ」
「ははっ! 扉間、お前ちょっと想像してみろ。オレが旦那さんが笑顔で迎えている様を」
よく性別を勘違いされるが、私は女である。
その事を踏まえている弟に笑って言えば、扉間は表情を真剣なものに変えた。
――普段ミトがしてくれる事をこの千手柱間がしている。
その場面を想像したらしい弟が、顔を苦痛に歪めた。
「な? 全く思いつかないだろ?」
「むしろ、笑顔で敵の一軍を吹っ飛ばして来たと報告されそうですね」
なんで想像出来ないんだ、オレ……!
そんな事言いながら頭を抱えている弟の銀色の頭を、くしゃくしゃと撫でる。
傍目には固そうな扉間の髪だが、触ってみると意外とさらさらしているのだ。このギャップが堪らない。
「まあ、まだオレもお前も二十歳そこそこなんだ。オレは兎も角、お前は変な娘さんに引っ掛かったりすんなよ? 相手への貢ぎ物への支払いに千手の財政を傾けたとか報告されたら、オレとしても困るからな」
「そんな事する訳ないでしょう!!」
そうだとは思うけど、恋は盲目って言うからねぇ。
ただでさえ何が起こるのか分からないのが、人生だもんね。
*****
基本的に、忍者は雇われ集団である。
依頼主から内容に似合った報酬を受け、それをこなせば新たな依頼主を捜す。
千手の様な一族の場合、その成功率の高さからわざわざ探さなくても、向こうの方からお金がどっさり入った袋を持ってやって来てくれるから、知名度の高い一族の方がそう言った意味では楽が出来るのだ。
「今回の任務は領土を荒らすはぐれ忍者共の捕縛、または駆逐……ね。他には何があるんだ?」
「不審な動きをしている隣国の内情調査、大名のご子息の護衛……それに傭兵として戦って欲しいというものまで」
――とにかく盛りだくさんですわ。
そう言って、ミトが疲れた様に笑う。
仕事で集落を空ける事の多い私や扉間の代わりに、ミトがこうして千手に持ち込まれた依頼の仕分けをしては、一族の者達に振り分けてくれる。
基本的には各々の能力に適した仕事が回ってくるものだが、中には直々に私や扉間にこなして欲しいと、前書きの付いた依頼書もある。
ちょっとニュアンスは違うだろうが、ある種の有名税の様なものだ。
「名前が売れ出したのは良かったけど……、毎度毎度こういうのが続くとちょっとやんなるなぁ」
「それもこれも、柱間様への評価の高さ故ですわ。今じゃ、柱間様は誰もが一目置かれる実力者ですもの」
まー、そのお蔭で同盟もトントン拍子に進むんだけどね。
因みに私が他の一族と交わしている同盟は、同盟を結んだ一族はお互いに戦場で刃を交わさないと言う、ある種の不戦条約を基本にしている。
この間連合に参加した奈良の一族を含め、千手の連合相手には猿飛一族や秋道の一族、油女や山中と言った希少な忍術を扱う一族が多い。
「だけどなぁ……。そうだ! ミト、思いついたんだが」
「なんですか?」
千手に齎される膨大な量の依頼。
幾ら千手の一族と言えど、人数には制限がある。依頼の内容によりけりだが、どうしても捌けない依頼も数多く存在するのが現状だ。
「今までは一族の中だけで分けていた依頼だが……、同盟を組んだ他の一族にも分けられないのかな?」
「それは……。随分と斬新な発想ですね」
顎に手を当てたミトが考え込む仕草を取る。
ややあって、ミトは慎重に口を開いた。
「出来なくはないと思います。……ですけど、そうしたら他の一族の者達が不満を述べる可能性がありませんか? 彼らはあくまで対等な立場で同盟を結んだのであって、千手の配下に入った訳ではないと言い出しそうですし」
「分かってる。そこんとこはそれぞれの一族と話し合って決めるしか無いが……」
忍びの一族は総じて一族に代々伝わる忍術や己の技術に誇りを持っている。
言い換えれば、気位が高いのだ。
「でもまぁ。一つの部署が依頼を受けて、複数の一族に分配すると言うのは良い考えですわね。全ての依頼を千手が受けるのも限界はありますし。どうしても、得手不得手は発生しますもの」
「だよね! 思いついたがなんとやらだ、早速相談してみよう!」
「ああ、柱間様!!」
いい加減、書類仕事には飽きてきたし、ここらで休憩しようっと!
「――……それでオレのところに来た訳か」
「うん! 何たって一番最初の同盟相手だし、猿飛殿が頷いてくれたら他の人達も納得してくれないかな、っていう願望もある」
疲れた様に額に手を当てている猿飛殿の周囲に哀愁が漂っている。
なんか前世の記憶に残っている、上司に無理難題を言い渡されたサラリーマンみたいだ。
「おや、柱間様じゃないか! うちの亭主にご用かい?」
「そうそう。ちょっと相談に来たんだ。こんにちは、奥方殿。今日もお綺麗ですね」
部屋の奥から顔を覗かせてくれた奥方に、にっこり笑ってそう告げれば彼女は豪快に笑った。
結婚前も結婚後も凄腕のくのいちとして名を馳せている彼女は、猿飛殿と結婚する前からの私の知り合いでもある。
「相変わらず口が上手だね、千手の大将は。そう言う事はあたしみたいなおばさんじゃなくて、若い子達に言ってやんなよ」
「えー? 奥方殿は今も昔も魅力的な女性ですよー」
正直に述べると、うんうん唸っていた猿飛殿が口から唾を飛ばしながら、私に掴み掛かって来た。
「ちょ、お前冗談でもそう言う事は言うな!! ただでさえうちの女房はお前のファンなんだから!」
離婚されたらどうしてくれる!!
切実な願いを込めたその一言に、私も奥方殿も腹を抱えて笑い転げたのであった。
「成る程ね。依頼を受けて、それを能力で振り分ける。それだけなら従来のシステムと変わらないが、それを一族単位で行えば、確かに画期的と言えるな」
「でしょう? 策敵行為や内情調査なら油女、尋問には山中、敵の捕縛や生け捕りに関しては奈良の一族とか。それだけじゃなくて、様々な一族同士で小隊を組んで、それぞれの足りない所を補ったりとか! どう?」
「……確かに。それぞれの得意不得意を補えば、それまで一芸に傾きがちだった忍一族の問題点もカバー出来るな」
出されたお茶を啜りながら首を傾げてみせると、難しい表情を浮かべながらも一理あると猿飛殿は頷いてくれた。
「だが……。一筋縄ではいかないだろうな」
「まあ、そうだね」
それまでの一族重視の考え方から一変して、一度は戦場で戦った事のある相手に背中を預けろと言われても誰もが戸惑うだろう。
そこが最大のネックである。
二人して頭を抱えていれば、廊下の向こうから誰かが走ってくる音が聞こえた。
「柱間様〜! 来てたんだ!!」
「やっほう、ヒルゼン君。元気だったか?」
「うん!」
猿飛殿の一人息子である猿飛ヒルゼン君。
将来が楽しみな忍びの卵である。
「おれね、この間クナイが的の中心に当たる様になったんだよ!!」
「そうか! 凄いじゃないか」
やや乱暴に頭を撫でてやると、ヒルゼン君は照れくさそうに笑った。
昔はよく扉間も浮かべていた表情だが、最近ではあまりしないので、素直な少年の言動には心癒されるものがある。
「なあなあ! またおれの手裏剣術見てよ!」
「ちょ……! ヒルゼン、父さんの事は誘ってくれないのに、なんで柱間を誘うんだ!?」
涙目になった猿飛殿。
奥方殿が向こうで笑っている声がここまで聞こえてくる。
「だって。父ちゃん、教えるの下手なんだもん」
「んな……っ!」
息子の正直な一言に、衝撃を受ける猿飛殿。
流石に気の毒になったので、白い目を向けているヒルゼン君に対して猿飛殿を擁護する事にした。
「あのね、ヒルゼン君。こうみえても君のお父さんは凄い忍びなんだよ? オレが新米だった頃、何度か教えてもらったし」
「えー? ほんとー?」
ヒルゼン君に一生懸命猿飛殿の凄さについて話している最中に、ふと思いついた。
そうだ、この方法なら頭の固い連中も一気に納得してくれるんじゃないだろうか……?
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