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エターナルトラベラー

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第七十七話

 
前書き
今回から主人公が登場しますが、いつもの如く時間転移には突っ込んではいけません… 

 
残暑が厳しい八月下旬。

全国の学生は溜め込んだ宿題を図書館や喫茶店などで仲間内でシェアして書き写している頃合。

ユカリはといえば、宿題なんて物は影分身を使用すれば二日もあれば終了する。

夏休み二日目にして終わらせているので特に問題は無かった。

いつものようにアテナと甘粕が夕食をとりに来ている時、いつもとは違い甘粕が何かを取り出して、見てもらいたい物があるとユカリに手渡した。

「これは?」

「ヴォバン侯爵が日本で滞在していた所から発見されたものです」

渡されたのはハードカバーの一冊の本。

表紙には剣十字の魔法陣。裏表紙には竜王家のマークが入っている。

「若干呪力を感じるが、たいした事はなさそうよな」

と、アテナがユカリが持つ本を見て評した後興味をなくしたのかテレビに視線を戻した。

最近食以外の娯楽にも少し興味が出てきたみたいで、フラッと家にやってきてはテレビを見ていたりしてる。

内容は子供向けアニメが多かったような気がするが、そこはきっと気のせいだろう。

ユカリとしては料理に興味を持ってもらえないかと誘っているのだが、ユカリが調理したほうが早いし美味いとアテナは手伝わない。

それは貢がれて当然の神様のようだった。

さて、話を戻そう。

ユカリは甘粕に渡された物を見てため息をつく。

「……甘粕さんってやっぱり優秀ですよね」

「やはり、ユカリさん関連ですか」

ユカリが数度展開したベルカ式の魔法陣。それを覚えていたのだろう。

「それで?これを私に見せてどうしろと?」

「いえ、もしかしたらユカリさんならこの本の中身が読めるんじゃないかと思いまして」

もちろん、本を開いたからと特に害は無いのは確かめてありますよと甘粕。

「書かれている書体はドイツ文字…フラクトゥールに似ているような気がすると言うことなので、ドイツ語を基本に翻訳をと試みたのですが…」

文化や時代などで作られる言葉もあるし、現代とは意味の異なる言葉もある。現代日本でこの本を読める人が居ないのは仕方の無い事だ。…いや、この世界では何処にも居ないのかもしれない。

ユカリは表紙をめくり本に目を通す。

「書体は古代ベルカ文字…それも末期の物ですね」

「古代ベルカ…ですか?えと、それはどこにあった古代文明なのでしょうか」

「さあ?…戦争に明け暮れて、結局大量破壊兵器で自らの世界を終わらせた、どこか別の世界の話ですよ」

甘粕は訳が分からないと言った表情を浮かべ、それはどこのSFですかとでも言いたげな表情だ。

ユカリはそれ以上語らず本を読み進めた。

「……内容は古代ベルカ末期、全てが混沌とし、空を分厚い雲が覆い、日の光すら通さないような暗黒の時代に現れた救国の英雄と、その一生と言う感じですね」

と言うユカリはなにやら感慨深げだ。

「アーサー王伝説の派生みたいな物ですか?」

「いえ、…これは…ううん、そうですね。そう言う事にしておきましょう」

そう言ってパタンと本を閉じ甘粕に返すユカリ。

「魔導書と言う事では無いのですね?」

「そうですね。ただの歴史書ですよ。アナグラムになっているのなら私には分かりませんね…まぁ私の言葉を信じればですけどね」

「そうですなぁ、信じる事にしましょう。それに今の所ユカリさんしか読める方もいなそうですし、害はなさそうですなぁ」

特にユカリには必要な物ではなかったし、一応正史編纂委員会が管理している物品なのだ。返さないわけにも行くまい。

そんな訳で、鑑定の後、甘粕はその本を抱えて正史編纂委員会の保管場所へと移動し、無事に納入されるはずだった。

しかし…

車を降りた甘粕はいつの間にか現れた一人の女性に声を掛けられた。

「あなた…本を持っていますね」

「え?えっと、貴方は一体何者ですか?」

と、問いかける甘粕だが、その全身から嫌な汗がにじみ出る。

相手から放たれる呪力に威圧されているのだ。

外見は金髪碧眼の女性。

枝毛なんて無いような見事なストレートの髪を腰の辺りまで伸ばしている絶世の美女。

「貴方の持っている原書を私に頂けないでしょうか」

丁寧な口調で語っているがその態度からすでにそれは決定事項であり命令であると受け取れる。

甘粕は目の前の女性はまったく外見は違うし、その中身も全然違うと思われるのにどうしてか彼女の印象がユカリと重なった。

だがこの女性はおそらくまつろわぬ神かカンピオーネ、もしくは神祖と呼ばれる存在だろう。

自分なんかとはその存在感が違いすぎると甘粕は本能で感じる。

目の前の彼女に気圧されながら何とか無言を通し、脱出の機会を探るが、自分なんかではどう足掻いても無理なのではないかと錯覚させられる。

「そうですか、では少し手荒なまねをしなくてはなりませんね」

そう言った女性が手を一振りすると甘粕の四肢は光る輪っかによって拘束されてしまう。

「こ、これは!?」

行使された力は呪力の類だ。しかし甘粕はその力の使い方、本質はユカリが護堂を拘束して見せたあれに酷似していると感じた。

四肢を拘束されては抵抗のしようが無い。ゆっくりと近づいた彼女は甘粕から一冊の本を奪い取る。

「ふっ…ふふふ…ようやく…ようやくです」

手にした本を本当に大事な物のように両の腕で胸に抱いた。

その女性はもはや甘粕を見ていない。

女性は突如背中に妖精を思わせる翅を顕現させると重力を感じさせないかのように飛び上がり闇夜へ消えていく。

甘粕は茫然自失とそれを眺め、そして彼女の飛び立つ姿、やはりそれもユカリに重なってしまう。

「やれやれ…この拘束はいつになったら解かれるのでしょうかね?」

ぼやいてみてた所でようやく拘束が解かれた。

「…まつろわぬ神の来訪ですか…。やはり最近は事件に事欠きませんね」

と愚痴りながら自身の上司に緊急連絡を入れるのであった。



甘粕から本を強奪したまつろわぬ神は都内を転々とし、何か複雑な魔法陣を刻み込んでいく。

その数は正史編纂委員会のエージェントにより確認されただけでもすでに十数個に達していた。

起点と思われる地点から、その隣接している地区を円形に囲むように時計回りに設置されている。

正史編纂委員会のエージェントは、神が行使した魔術に木っ端魔術師では手が出せず、結果、それがどう言った効果なのかは分からずに監視に留めている。

この非常時に、正史編纂委員会はすぐさまカンピオーネである草薙護堂。その騎士であるエリカ・ブランデッリに連絡を入れた。

媛巫女である万里谷祐理に連絡を入れるのも忘れない。

甘粕は上司である沙耶宮馨(さやのみやかおる)の指示で3人を急遽七雄神社に集め、まつろわぬ神の来訪を告げた。

「また神様関連かよっ!」

もう勘弁してくれと言った感じで護堂が吠えた。

「それで?顕現したまつろわぬ神の情報は有るのかしら?」

やはり智謀にかけては護堂なんか足元にも及ばないエリカがこの場を仕切る。

「私が持っていた本に大層な興味をもたれ、強奪して行きました」

「それで良く五体満足で居られたわね」

「はい。どうやら彼女の目的は私が持っていた本であったらしく、私の事など気にも留めていなかったようで。まぁ、神にしてみれば私どもなど踏み潰される蟻程度の認識でしかないのでしょうけれど」

「どう言った本だったの?まつろわぬ神が興味を示す物なのだから、その神に縁のある物品であるかもしれないわね」

エリカとしては護堂のウルスラグナの権能の内、神にとって一番の脅威である『戦士』の権能を使う為に少ないにしろ相手の神の情報が必要だった。

『戦士』の化身は護堂の権能の中で、まつろわぬ神やカンピオーネにとって切り札になる権能だ。

何故なら、相手の神格を切り裂き無効にしてしまうのだ。

例えるならば対象の神専用の毒のような物。

しかし、その使用条件は相手の神に対する十分な知識が必要である。

つまり相手の神を看破し、その来歴を調べ上げ、それを切り裂く事でようやく効果が発揮されるのだ。

相手が分からなければそもそも使用する事が出来ないが、その分強力な化身である。

「おそらく中世頃に編纂された物語の原書であると思われるのですが…」

「何?その内容を知らないわけ?」

「おっしゃる通りでして…ユカリさん曰く、古代ベルカ文字と言われるもので書いてあるそうですよ。すでに滅んだ文明らしいです」

「またあの人関連なのね…」

と、愚痴をこぼすエリカ。

「しかし解せないのは古代ベルカ文字と言う事ね。古代と言う事は近代があると言う事。だけど私はこれでも博識な方だと思っているのだけれど、一向に思い当たるのが無いわ」

「ええ。私もです」

「はぁ…それじゃ八方塞ね。…ユカリさんはその古代ベルカ文字を読めたのかしら?」

「そのようです。なにか懐かしい物を見たと言うような表情をされていましたな」

「…これは一度彼女に頭を下げてその内容を教えてもらわないといけないわね」

「そうですな。それは私どもの方でやっておきますので、草薙さんとエリカさん達にはまつろわぬ神の対処に当たっていただきたいのですよ」

「その神さまが何かしているんですか?」

と、護堂がここで再び会話に混ざってきた。

「何か魔方陣のようなものを刻んではいるのですがね、どう言った物なのか我々には見当もつきません。その数は十数個に及びます」

「まつろわぬ神の企みなんてろくな事では無いわね」

「でしょうな」

「なっ!そんなのを放っておいて良いんですか?」

「良くありませんのでこうしてカンピオーネである草薙さんに連絡を取った次第でして」

「なるほど、わたし達にはその神の討伐を依頼すると、そう受け取って良い訳ね」

「おい、どうしてそうお前はまた物騒な方に話を持っていく。話し合いで解決できる事もあるかもしれないだろう?」

そう護堂が憤る。

「あら、まだ学習してなかったのね。まつろわぬ神とカンピオーネはそう言うものよ。ペルセウス(ミトラス)の事でそろそろ分かったと思っていたのだけれど」

「ぐぅ…あれはたまたまだ」

「あらそう?あなたがそう言うならばそう言う事にして置いてあげるわ」

とエリカは言うと甘粕に向き直る。

「さて、それで?あなた達は次にそのまつろわぬ神が何処に現れるか、見当はついているのかしら?」

「ええ。それに関しましては円を描くように等間隔に設置されていますから、把握済みです。しかし、結構なスピードで飛び回られていまして、おそらく追いつく頃には最後の一個になっているでしょうな」

円を描き魔法陣は描かれていっている。最初に発見された物から順当に結んでいけばそろそろ円を書ききる頃だ。

「て事は時間が無いって事じゃないですか!」

護堂があわてる。

「そうね、どうするの?護堂。わたしは貴方の騎士だから、貴方がしないと言う事には手を出せない」

と、エリカは決めるのは結局カンピオーネである護堂だと言っているのだ。

「今すぐ行くよっ!まだ最後の一つには間に合うかもしれないんだろう?」

「仰せの通りに。…祐理はここで待っていなさい。この先は本当に危険が伴うわ」

「いいえ、私も行きます」

「だって」

と、エリカは祐理の決意を護堂に振る。

「くっ…分かった連れて行こう」

「それじゃうちの者に送らせましょう。私はこの後ユカリさんの所に行って頭を下げてくる事としましょう」

「ええ、お願いするわ」

その後二・三打ち合わせをするとそれぞれの場所へと向かった。


「あそこね。途轍もない呪力を感じるわ」

「ああ、居るな」

と、エリカの指した方向にまつろわぬ神が居ると護堂もそのカンピオーネとしての能力で察知する。

護堂とエリカは祐理を置いて駆け出した。

体力的ハンデのある祐理はこういう場合は置いて行かれてしまう。

護堂とエリカの目の前に金髪碧眼の女性の姿が魔術か何かを行使して術式を刻んでいるのが映る。

「そこの人。あなたは一体何をしているんですか?」

と、護堂が問いかけるが女性はその問いかけを無視し作業を続ける。

「すみませんっ!」

「護堂、相手はまつろわぬ神なのよっ!問答は無用よ」

「だが、それは俺の流儀に反するっ!」

「エセ平和主義も大概にしなさいねっ。今は非常時なのよ」

エリカとひと悶着あるうちに女性は術式を刻み終え、そんな夫婦喧嘩をガン無視したまつろわぬ神はここでの用は終わったと立ち去ろうとする。

「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」

護堂はすこし強引にまつろわぬ神の肩を掴んで振り向かせた。

この事によって初めてまつろわぬ神の彼女と護堂は対面する。

「なんですか?」

ここに来てようやくまつろわぬ神の声を聞いた。

「いや、さっきも聞いたんだが。君はここで何をやっているんだ?」

「それに答える意味を私は感じません。私が何処で何をしようと貴方には関係の無い事でしょう?」

「うっ…それを言われると…しかし、それが大衆を巻き込むような惨事で有るなら見逃すわけには行かない」

「ふむ」

と、彼女は少し考えてから声を発する。

「それでは貴方は誰にも迷惑をかけない存在なのですね?」

「え?」

「人は少なからず他人に迷惑をかけるものだと記憶しています。貴方が存在するだけで迷惑をこうむっている存在も居るはずです。そんな貴方が、迷惑をかけるかもしれないと言うだけで他者を断罪する権利を持っているのですか?」

「え…う?…だが、あなたはまつろわぬ神だろう。あなたが理不尽な事を人間にした時に対処できるのは俺だけなんですよ。だったらやっぱり俺がするべき事だ」

「そうですか。……そうですね。…それでは一つ質問させていただきます。命とは平等であると思いますか?」

まつろわぬ神は何かを少し考えてから質問を口にした。

「思う」

「護堂っ!」

不利を悟ったエリカが護堂の答えを遮ろうとするが少し遅かったようだ。

「それでは貴方は人が殺している家畜はどう思いますか?あなた達人間も生きる為に他者の命を奪っている。時にはただ豊かな生活がしたいと言うだけで山を切り開き森を水の底に沈める。そんな時に失われた命は?命が平等だと言うのなら失われた彼らの命にも貴方は報いるべきではないのですか?…具体的に言えば人間に罰を与えると言う事ですね」

「そ…それは…」

「出来ませんか?所詮あなたは他人の為と言う大義名分にしているけれど、人間と言う立場に寄っている。まつろわぬ神と人は違う存在なのです。家畜に迷惑をかけるからと良心の痛む人間がどれだけ居るでしょう?」

神にしてみれば人間なぞ家畜みたいなものだろう。

「くっ…だが俺達は家畜ではないっ!」

「しかし、私の主張はあなた達人間が家畜にしているのとどう違うのでしょう?人はダメで家畜は良い。命は平等だと口にしたその口で言う事でしょうか?」

「っ…………」

護堂の戦意が打ち砕かれた。

正論を口にする護堂には正論で説かれると弱いのだ。

エリカは護堂の戦意喪失を悟り直ぐにこの場を去る手段を考える。

ここで問答して護堂の戦意を上げると言う手段は下策だ。その一瞬で護堂はまつろわぬ神に敗退するだろう。

ならばここは波風立てずまつろわぬ神に去ってもらった方が良い。

護堂はぐるぐると自身の思考にはまっている。

抜け出す手段をエリカが諭すのはもうしばらく落ち着いた後がよい。

まつろわぬ神はそれ以上の問答はせず、背中に妖精のような翅を出し空を飛んでその場を離れていく。

いつの間にか後ろに祐理が来ている。彼女はその霊視能力を神が立ち去る直前で発動していた。

「外なる神。故郷を持たない彼女は、故にまつろわず、ただ自らの同胞を求める」

「何か視えたのね?」

と、エリカが問いかける。

「はい。しかし、神の名前は分かりませんでした…ただ、なんとなくユカリさんに近しい者だと感じました」

「そう…またなのね」

今後の事を考え、とりあえず護堂を立ち直らせるのが先決と護堂の説得に励むエリカだった。







金髪碧眼の女性が闇夜に浮かんでいる。

手には開かれた一冊の本。

さらに彼女は何か呪文を唱えている。

彼女が設置した魔術式を起動させたのだ。

「これだけ人間が居ると流石に集まりが速いですわね」

見る見るうちに四方八方から呪力が集められる。

呪力とは言ったが、今回は生命エネルギー、オーラと言うべきだろうか。

今彼女は東京都23区に住む住人から際限なくオーラを掠め取り集めているのだ。

さらに呪文は続く。

すると天より雷光が5条走り女性の周りを囲んだ。

それは一瞬で人の形へと変わる。

一人の男神と四人の女神がまつろわぬ神の身で顕現した瞬間だった。

男神が中心に居る女性に向かって声を掛けた。

「母上。此度の再会、うれしく思います」

その後女性たちも口々に言葉を発し、再会の挨拶を交わす。

「私もです。ようやくあなた達に会うことが出来ました」

と、中心の女性。

「それにしても、この世界はなかなかに醜悪だな。眼下に見える明かりが夜の星すら霞ませるとは、まったく情緒の分からぬ者達よ」

そうでございますね、と周りの女性たちも同意する。

「妃たちよ。どうせならもっと混沌に満ちた世界に変貌させ、その上で我らが統治してやればマシな世界になろうと言うものと思わぬか?」

然りと一斉に頷く。

今の言葉から察するに回りの4人の女性は彼の妃なのだろう。

神の世界で一夫多妻は結構普通なものなのである。

「ふふ、それは面白そうね」

「母上もそう思うであろう?ならば…」

むんっと力を込めるように右手を上げると彼の神力が爆発する。

突然東京都内がぼやけ風景が変わっていく。

あるところは木造平屋に、あるところは平原に、あるところは少し今よりもくたびれた建物に置き換わった。

「これで少しは面白みも増した…あとは…」

そう言って己の神としての性質を解放する。

彼は軍神としての性質を持っているのだ。

軍神が降臨した所には争いごとが起こる。眼下の街では所々闘争本能を刺激された人々の争いの声が聞こえてきそうなほど混沌としていた。

「これは中々に愉快な事になった」

そう呟いた男神は本当に愉快そうに笑った。



新たなまつろわぬ神が顕現した少し前。

甘粕はユカリの家を訪れていた。

家の中に招き入れたユカリは甘粕に問いかける。

「何か御用ですか?」

「はい。少し…いいえ、かなり厄介な事になりまして、どうしてもユカリさんにお聞きしたい事が…」

そして甘粕は事の経緯を話し始める。

まつろわぬ神に本を取られ、都内に怪しい魔法陣を設置して回っている。

本に執着していたのでその本に関係のある神であろうと推察し、あの本の内容を覚えている限りでよいので教えて欲しいと。

それを聞いてユカリは少し考えてから話す。

「あの本に書かれて居たのは実際に有った事にフィクションを加えた物語のような物でしたよ?それこそそこらに売っている三国志なんかと変わらない感じの物なのですが」

「神話とは昔の人達が考えた言わば最古のフィクションです。彼らは人間の想像の上で具現化した存在なのです。ですのでその本がただの物語であろうと、それを信仰した人達が居れば、それは神足り得るのですよ」

「そうですか…では」

とユカリが話そうとした時いきなり生命エネルギーを何者かに持っていかれる感覚に陥った。

「こ、これは?」
「何がっ!?」

ユカリは直ぐに纏をしてオーラを持っていかれまいと纏う。

甘粕も直ぐに何かの術式で自身を守った。

二人は状況確認の為家の外へと飛び出した。

ユカリの視界にはオーラが天高く一点に向かって吸い寄せられているのが見える。

「そちらに何か居ますか?」

「さあ?…ただ、吸われたオーラがあの方向に集まっているだけですね」

しかし、それだけでもおそらく元凶がそこにあるのは明白だろう。

甘粕はそれを聞くと携帯を取り出し、慌しく連絡を取っている。

しばらくすると空に雷光が煌めいた。

それを最後にオーラの略奪は止む。…しかし。

今度は周りの景色がグニャリと歪むと、街並みが歪に変化していく。

色々な時代の建物が混ざり合ってしまった。

「これは……ユカリさん。お手数ですが私と一緒に来てもらえないでしょうか?現在の所ユカリさんしかまつろわぬ神に対する情報を持ち得ないと判断しましたので…どうにか。放って置いて欲しいと言われた貴方の願いは承知していますが、このままではこの混乱が収まりませんのでご助力願いたいのですが…」

「仕方ありませんね…」

下手に出た甘粕にユカリは頷くのだった。



場所を正史編纂委員会東京分室へと移す。

入室したユカリを男装の麗人が出迎える。

「お初にお目にかかります。この東京分室で室長を預かる沙耶宮馨(さやのみやかおる)と申します。以後お見知りおきを」

と、丁寧な挨拶で出迎えた馨にユカリも挨拶を返した。

場を見渡せば馨の他に護堂、エリカ、祐理の姿も見える。最後に甘粕が扉を閉めると、ユカリは適当な場所へと落ち着いた。

「今回ここにお招きしたのは他でもありません。降臨されたまつろわぬ神について何か情報が無いかとお聞きしたいが為です。本来であればそんなお手数はお掛けするべきでは無いと思いますが、回りはこんな状況ですし、安全とは言い切れません。ここは特殊な結界を施しております。多少のことならば被害は無いでしょう。
私どもは強奪された本こそがまつろわぬ神の神格を知る手段だと愚考しました。内容に目を触れたのはユカリさんだけでしたのでやむを得ずこんな形を取らせていただきましたご無礼を承知いただきたい」

そう馨がユカリに事の次第を伝える。

「降臨されたまつろわぬ神は私どもが把握した限りでは全員で6柱。いやはや、これは前代未聞の厄災ですね。東京周辺の時間はまつろわぬ神の権能によりバラバラに繋げられていると言った感じでしょうか?詳細は分かりませんが、夜分なのが助かりました。周りをいぶかしむと言った混乱は余り見られません。しかし、今度は些細な事による不和による障害が横行しています。今の東京都内で平常の精神を持っているものを探すのは困難かと…これもおそらく神の権能の一つでしょう。まぁこれも有って超常現象に対する認識が鈍っているのでそれは良し悪しなのですが…」

かなりの事態になっているようだとユカリは確認する。

「そこでまず、顕現したまつろわぬ神が何者であるか。それが分かれば多少の対策は立てられるかもしれません」

「私には良く分かりませんが、現れた神の情報が重要であると言う事ですね?」

「はい」

それを確認したユカリはとつとつと語り始める。

「流し読みしただけですが、あの本は古代ベルカ末期の史実を元に物語にしていたみたいですね」

「古代ベルカ…ですか?」

誰か知っているか?と互いに視線を見合わせている。

博識なエリカを持ってしても「分からないわ…」と言っている。

「混乱のベルカの地に乱立していた国家のとある国に一児の男児が生まれる。その彼が国と民を他国の侵略からどうにかして守ると言う、ある意味オーソドックスな話です」

皆静かに拝聴し、神の来歴と名前を促す。

「彼には四人の妻が居た。そんな彼女らに助けられつつ、駆けた戦場は常勝無敗。ついには国土を守りきり、その政治的手腕で国民を導き、国を安寧に導いた。…まぁ、そんな感じね。物語だから凄く脚色されていて史実とは違う所も多いのだけれど…」

「五人では数が合いませんなぁ。現れた神は6柱。あと一人はどなたでしょうか?」

「さあ?もしかしたら母親…なのかもね」

甘粕の問いを流すようにユカリが答えた。

「良いかしら」

と、今まで黙っていたエリカが言葉を発した。

ユカリは目配せで了承の意を伝える。

「ありがとう。…ユカリさんは史実だとおっしゃいましたね。それは今は何処の国に属する地なのでしょうか?」

「……これは他言無用にして欲しいのだけれど。守られないのならば私は沈黙するわ」

「誰にも話さないと誓いましょう。誓えない方は退出してくれないかしら?」

エリカはぐるりと見渡すが、誰も出て行こうとしない。

自身の胸のうちに収めるくらいの力量は皆持っていると言う事だろう。

「世界は一つだけとは限らないの。隣り合う直ぐ近く、または凄く遠い。近いようだけれど分厚い壁に遮られていたりと…まぁ抽象的だけど、世界とは無数に存在する。その中の一つで盛衰し、滅びた国。それがベルカ」

「つまり、この地球上には存在しないと?」

「そう言う事。通常は絶対に交わらないのだけれど、人為的か、それとも事故や偶然か、世界を移動してしまう者が現れる事もあるかも知れない。そうやって伝えられたものなんじゃないかしら」

「あなたも世界を渡った一人なのかしら?」

「私が生まれも育ちも東京だと言うのは調べ上げているんでしょう?」

コクリとエリカ、甘粕、馨が頷く。

つまり世界移動はありえない。

ユカリもそれ以上言う気は無いのか態度に剣が混ざる。

「あ、あの。…まだお聞きしていない事があります」

と、おずおずと今まで空気のようだった祐理が片手を小さく上げて挙手しながら問いかける。

「結局…その神様達の名前はなんと言うのでしょう」

それを聞いたユカリは答えてよいか思案する。

「竜王…竜王アイオリア、よ。その妃はソラフィア、ナノハ、フェイト、シリカ…ね」

「一人足りないわね。母親の名前はなんて言うのですか?」

と、エリカが詰め寄る。

「……ヴァイオレット…よ」

「ドイツ語で(むらさき)ね。護堂、紫って言う漢字は日本語でなんて読むのかしら?」

「普通にムラサキだろ。あとはシとか人名に使う時は…ユカリ…って読む事もあるな」

エリカにしてみればただの確認だったのだろう。

エリカのユカリに向ける視線に険しいものが混ざる。

「偶然ね。ユカリさんの漢字もたしか(むらさき)だったと記憶しているのだけれど…」

貴方に関係は無いのか?と聞いているのだ。

それにはユカリは沈黙を持って濁した。


さて、少ない情報をまとめた所で作戦会議だ。

結局この事態を収拾できる人物の筆頭はカンピオーネである護堂とそのパーティーだ。

「結局、相手の情報が少なすぎて剣は使えない。そしてやはり相手が空を飛んでいると言うのが一番のネックね。わたし達の魔術にしても護堂の権能にしても空を自在に飛べる物は存在しないわ」

皆で頷く。

「此方で戦闘機まではご用意出来ますが…神との戦闘の足場にするには心もとないですね」

と、馨。

「…聞きたい事があるのだけれど、ユカリさんは空を自在に飛びまわれるのかしら?以前見たのは空中に浮遊されたものでしたね」

エリカがユカリに話を振る。

「それは空中戦闘が出来るかと言う事?」

「ええ」

「そう…出来るわ」

とユカリは肯定する。

「それじゃユカリさんは6体のまつろわぬ神相手に戦ったら勝てるかしら?」

「アテナみたいなのと1対多で戦って勝てると思えるほど私は強くない。精々一体ね」

そう言ったユカリの言葉で沈黙が訪れる。

やはり、何処の世界でも空中を飛べる者とその他との差は縮めづらい物があるようだ。

エリカ達魔術師も物を…船のような大きなものも浮遊させるだけなら可能だ。しかし、それは空中に足場を造っているに過ぎない。

いつ足場を崩されるか分からず、空中で分解されればそれこそ地面に真っ逆さまだろう。

今から他のカンピオーネを召集し、事態の解決を求めると言う手も確かに有る。

しかし、召集には時間がかかり、カンピオーネの来訪はそれ自体が厄災になり兼ねない諸刃の剣だ。

とは言え、時間を掛けるとこの混乱が肥大化する恐れも有るので、可及的に事態を収拾させれるのが望ましくはあるが…

「ああっ!もうっ…いつも吹聴しているあなたの息子でも居ればもう少しマシかもしれないのにっ!」

エリカですら打開策を打ち出せず、愚痴りだした。

エリカはユカリの身辺調査を密かに行ない、その情報を集めていた。

その中にユカリが自身の息子は強いなんていう妄想とも虚言とも言える物があったのだ。

しかし…

「それだわっ!」

「へ?」
「はぁ?」
「…どういう事でしょう?」

「今、街は時間がバラバラに連結されているのよね?」

と、ユカリ。

「ええ。調査隊の報告ではそうなっています…って、まさか?」

甘粕が何かに気付く。

「ええ。未来に繋がったと言う可能性もある訳よね?と、言う事は、居るかもしれないわ」

「誰がですか?」

と、馨が問う。

「私の息子」

ユカリは大真面目な顔で言い切った。

周りを見るとここに来て妄言かと言った表情の中、ユカリだけは真剣に検討をする。

「例え万が一そうだったとしても、どうやって探し出すのですか?」

そう甘粕が問いかけた。

「そうね。召喚()べばいいのよ」

ユカリの言葉にまた一同呆然とする。

ユカリは懐に手を伸ばし、飛針を取り出すと、自身の左手の親指を斬った。

滴るユカリの血液。ユカリは気にしないと印を組む。

『口寄せの術』

ボワワンッ

突如として部屋の中に五人の人影と四匹の小動物の影が浮かび上がる。

「え?なに?」
「これは?」
「口寄せされたみたい」
「と言うかここはどこ?」
「あ、ユカリさんが居ますよ」

と、突如として現れた5人が口々に話している。

「あーちゃんっ!」

ユカリはたまらずと現れた一人の男の幼児に抱きついた。

「え、母さん?説明を求むっ!まずは状況の説明をっ!」

現れたのはアオ、ソラ、なのは、フェイト、シリカの五人と、久遠、アルフ、クゥにピナの四匹。

「あれはドラゴン…ですよね?」
「それにエンジェルキャットね」
「あと尻尾の数がおかしいキツネと狼も居るぞ」

護堂達は護堂達で混乱の極みだ。

「あの…彼らは…」

と、この場を取り仕切る馨がユカリに問いかけた。

「私の息子とそのお嫁さん達よ」

「はぁ…お嫁さん達…ですか?小さな内からハーレムとは…なかなか大物な息子さんで…」

目の前の展開について行けず、素っ頓狂な返事をしてしまった馨。

「とりあえず説明っ!説明プリーズっ!」

そろそろこの場を纏めないと混乱の極みに達しそうだった。

かい摘んで話した甘粕の説明を聞き、ようやくアオも状況を飲み込めた。

「つまり、ここは過去で、まつろわぬ神の能力の所為で時間がバラバラに繋がってしまったと言うことですね」

「いやはや、理解が速くて助かりますな。若干6歳とは思えぬほどの利発振りです」

「外見が幼くても精神年齢が幼いとは限りませんね」

「なるほど、リアルバーローですか」

と、甘粕がオタクな切り返しで返したが、アオは応えなかった。

「それでね、今のこの状況を何とかした方がいい様な?別に逃げても良い様な?」

「いえ、ユカリさん、そこは何とかしてくれる方向で纏めてくれるとありがたいのですが…」

「…そうですねぇ、今度甘粕さんがどこか旅行に連れて行ってくれるなら考えます」

「旅行でも何処でも連れて行きますから、どうにか…」

「だって、あーちゃん。未来のお父さんの為に一肌脱いでくれないかしら」

今何かスルーしてはいけない発言があった気がするのですがと言った甘粕の言葉をさくっと流してユカリはアオに頼み込んだ。

「母さんがさっき言っていたのはこの事かっ!だから昨日頑張ってきてね!なんて意味の分からない事を言ったんだ」

「え、そうだったの?」

と、ソラがアオに聞き返す。

「ああ、母さんは知っていたに違いない。…それで、相手はどんな奴なの?まつろわぬ神って事はアテナ姉さん位の奴って事でしょう?」

エリカや護堂達はアオのアテナ姉さんと言う発言に驚いている。

「確定情報じゃないけれど、竜王アイオリアとその妃、後その母親らしいわよ?」

「えええええっ!?」
「本当に?ユカリお母さんっ!」
「う、嘘ですよね!?」
「じょ、冗談だよね?」
「ま、マジ…?」

アオ達が大いに慌てた。

アオは未来でアテナと接点があるので当然まつろわぬ神と言う存在を知っていた。

可能性を考えるならば一応有りうる…が。

「どういう事?」

「誰かが書いた古代ベルカ時代の物語がこの世界に流れ着いたって事じゃないかしら」

「…その可能性しかないんじゃないかな。…良くもまぁ、次元世界ですら無く平行世界の枠を超えて届いたものだよ…」

「あの…何をそこまで驚かれたのか…是非説明して頂けると嬉しいのですが…」

と、馨。

それを聞いたアオはソラ達と念話で会話をし、検討をした後答える。

「まさか過去の自分が神格化されていたとは、と言う話ですよ」

意味が通じないような返答。しかし、頭の良い人なら真実に気付くかもしれない。しかし、そこでありえないと否定するだろう。

まさか過去生を覚えたまま転生している存在が居るなんて思うまい。

「だけど、まつろわぬ神と言う現象から察するに、それは民衆の想像による偶像と言った側面が強いはずだよね」

「うん。つまり、私達が使わなかった事は分からないし使えないだろうけれど、逆に捏造された能力は持っていると言うこと」

アオの言葉をフェイトが継いだ。

「と言う事は、アオさんやソラちゃんでなくてもドラゴンに変身するくらいは普通に有りそうですね」

と、シリカ。

「それで終わってくれれば御の字だよ。アオさんが放った火遁・豪火滅失が何処まで強化されているか分からないよ?もしかしたら都市を丸ごと焼き払える程だったりして…」

なのはもそう懸念する。

「シリカちゃんやゆかりママの凍結魔法やフェイトちゃんの天候操作魔法なんかも被害が大きそうだよ」

と、続けた。

「何を言う。なのはの重力結界だってヤバイだろう」

アオが自分を棚に上げたなのはに突っ込む。

なのはは「にゃはは…」と誤魔化した。

「でも多分一番危険なのはアオの時間操作。これがどう伝承されているか…。出来れば忘れられていると良いんだけど、アオは良く木の超促進をして即興の壁を作ってたからね…」

そうソラも忠告した。

「……考えれば考えるほど面倒くさい相手だね、自分自身と言うものは…」

「「うん…」」
「はい…」
「そうね…」

「他の懸念材料はこの事態がまつろわぬ神を倒せば終息するのかと言うところだけど、それについてはどう考えているんですか?」

と、ここでアオが回りに問いかけた。

それに答えたのはエリカだ。

「そうね、まつろわぬ神が起こした現象で、対象の神を打ち滅ぼしたからと言ってその能力が解除されるかどうかは実際は分からないわ。過去の資料には元に戻らなかった例もあるもの」

「え?そうなのか?」

と、護堂。

「その辺の講義は後できっちり教えてあげるわ。今は元に戻らない場合もあると言うことと、それについての対処を考えなければいけないと言う事よ」

エリカは一拍置いて語る。

「可能性を上げるには神を打倒しその権能を手に入れること。運がよければ事態を収拾できる権能が手に入るかもしれない」

どんな能力になるのかは手に入れてみなければ分からないものだとエリカは語る。

「だけど、それには神と戦い武を示さなければならない」

「誰にですか?」

と、シリカが問いかける。

「カンピオーネはエピメテウスとパンドラの落とし子と言われているわ。もしかしたらその二神が何処かで見ているのかもしれないわね」

実際は分かってないのだけれどとエリカは言う。

「それと、複数で一人の神を打倒しても権能を手に入れる事は出来ないわ」

古い資料にそんな事が書いてあったのを昔見たことがあるらしい。

「……つまり、一対一で相手を倒さなきゃダメって事?」

そうユカリが纏めた。

「おそらくね。実際は分からないのだけれど、今までの事を考えるにそう考えるのが自然だわ」

アオは思案する。

「クゥやピナはどうなるのだろうか?ユニゾン中は一人として数えられるのか…それとも…」

「…確証が無い事は危険だわ。やめたほうが良いのかもね」

とアオの疑問にソラが結論をだした。

「つまり俺たちがそれぞれ一人ずつ打ち負かし、その権能を手に入れるほかは無いと言う事か…どうする?」

とアオは自身の身内に視線を送る。

「流石に今回は死ぬ危険が高いような気がする」

「でも、ユカリさんは止めなかったんですよね?と言う事は無事に切り抜けたって事じゃないんですか?」

「シリカ…だが、未来は変化するものだ。あの未来ではそうであったとしてもやはりどうなるかは分からない」

「でもたぶん大丈夫だと思う。きっとこの未来は私達の未来に繋がっている。そう信じる」

何の根拠もないソラの言葉。しかし、妙な説得力はあった。

「かなぁ?まぁ、俺たちもこの件を解決しないとどの道未来には帰れないのだから、やってみるか」

「「うん」」
「「はいっ」」

「ありがとう、あーちゃん、ソラちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん、シリカちゃん」

ここではじめて出たアオ達の名前を聞いたエリカ、祐理、甘粕、馨が驚愕の表情を浮かべている。

なぜなら、その名前は先ほどまつろわぬ神の名前と思われるものとユカリが挙げたものだったからだ。

「え?うそっ!そんな…まさか…」
「ありえない…はずだよ」
「…ですなぁ」

「どうしたんだよ、みんな」

護堂は何のことだ?と一人エリカ達の態度の意味を測りかねていた。

「問題はこれだけ時間がバラバラにくっつけられるとおそらく封時結界は使用できない件だね」

そうなのはが提訴する。

「そうだね。通常空間での戦闘は被害が大きいし人目がね…」

アオもそう愚痴る。

「その件に関しましては(わたくし)ども正史編纂委員会が操作いたします。…とは言え、大型の建築物を破壊されるとなかなか難しくは有りますが」

馨がその点はなんとかすると請け負った。

「と言う事はブレイカー級は使用を控えた方がいいかも」

フェイトの呟きに皆頷く。

簡単な作戦を立て、とりあえずは現場に移動しようとしたユカリ達に甘粕が車を用意するとの事で若干の時間が空いた時、護堂がアオ達に問いかける。

「な、なあ。あんたらはさ、誰かを殺すって事に罪悪感とか感じないのか?特に君たちはまだ小学生に上がったくらいだろう?なぜ、そうまで簡単に殺すと言う行為を行えるんだよっ…おかしいだろ!」

護堂のその問いはアオ達自身、過去に苦悩し、とっくに折り合いを付けた問題だった。

「俺は自分に直接かかる火の粉を振り払う事は当然だと思っている。今回の事で言えばこの現象を引き起こした者の排除。でないと俺達は未来に帰れないのだしね。話し合いで引いてくれるならそれに越した事は無いんだけど、どうにもならなくなるのなら、殺すのも仕方の無い事だと思う。向こうは向こうの我を通し、俺達は俺たちの都合を優先する。意見が対立すれば衝突もするだろうし、力の強い存在同士ならどちらかの死と言う結果にもなるだろう」

とは言え、そんな事には成って欲しくないけれど、とアオ。

「じゃ、じゃあもう一つ聞かせてくれ。あんた達は命は平等だと思っているのか?」

アオはソラ達と視線で会話した後に答えた。

「思わない」

「な、なぜ?」

「俺は博愛主義じゃないよ。確かに目の前で困っている人が居たら手を差し伸べる位の事はするかもしれない。だけど、自分の大切な者の命と他者の命を同列に考える事はしないと決めた」

それで、質問の意味が分かりかねるが何か意味があったのかと聞けば護堂は否と答えた。

そんなこんなで甘粕が車を準備したようなのでこの部屋を出て現場へと向かう。

カンピオーネである護堂だが、空を飛べるわけでは無いので着いてきても邪魔と断った。

用意できた車が7人乗りのミニバンだったと言う理由もある。

とは言え来る気が有るのなら馨が車を手配するだろう。

久遠達は膝に乗せ、道路をひた走る。

正史編纂委員会のエージェントが監視するまつろわぬ神。

現場に到着するとアオ達は直ぐにサーチャーを飛ばし、彼らの映像を盗み見る。

「あー…あれがアオだね」

と、サーチャーで送られてきた映像を見てソラが言った。

「くぅん」

久遠も同意したようだ。

「そう言うソラはきっとあれだと思うぞ?」

と、アオ。

「あ、たぶんこの子がシリカちゃんだよ。なんとなく特徴が出てる感じ」

「本当ですか?じゃ、じゃあこっちがなのはちゃんですね。後は…」

なのはがシリカを見つけ、シリカはなのはを見つける。

「たぶんこれは私だ…」

と、フェイト。

「あ、本当だね。こりゃ確かにフェイトだ。けどこりゃ何か全然雰囲気?と言うか性格が違いすぎやないかい?」

「アルフ~…だよね?私はあんなんじゃ無いよね!」

アルフも同意したが、どうやら違和感があるようだ。

「じゃあ残ったのは私だね」

さて、どうやら何となくまつろわぬ神の正体にあたりを付けたユカリ達。

しかしその表情は何とも言えない物に変わっている。なぜなら…

「ない…無いよ、これは無いっ!」

「あたし、あんなに淫らじゃありませんっ!」

「なんだろう…自分を元にされてるだけに不快感が半端ないよね」

そう、空中に陣取ったまつろわぬアイオリア達は眼下の人々の不協和音をBGMに酒盃を煽っていた。

それはあたかもハーレムの王と言う感じで、まつろわぬソラフィア達がしだれかかっている。

その輪の中に当然のようにまつろわぬヴァイオレットが居るのはどういう事だろうか…

そのまつろわぬ神の眼前に今一人人影が躍り出る。ユカリだ。

彼女は飛行魔法を使ってまつろわぬ神のところまで飛んで行き、眼前で静止する。

「あの、そこのあなた達にお願いがあるのだけれど」

「なんだ人間。神たる我らにいささか無礼ではないか?」

「さて、崇められる様な行為をしていない貴方を敬う心は私にはないわ。それよりもこの現象を止めてくれないかしら?困っているのよ」

まつろわぬアイオリアの高圧的な言葉もユカリには何処吹く風。とりあえずやめてくれと頼み込んでみたようだ。

「はっ!出来ぬな。この混沌こそ美しいではないか。人々は争い、いがみ合う故に神は神たる仕事が出来ると言うもの」

「ええ、その通りね」
「本当、人間ってバカなんだから」

と、まつろわぬソラフィアとなのはが相槌を入れる。

言ってる意味が分からない。まぁ、自分の欲望に率直な狂えるまつろわぬ神に言葉は意味を成さないのかもしれない。

「そう、どうしても止める気は無いのね?だったらこっちも力ずくで行くわよ?」

「人間が我ら神に勝てるとでも思っているのか?思い上がりも(はなは)だしい。消えよ」

そう言って軽く手を振った一撃でユカリは切り裂かれて煙となって消えうせた。


「だって」

と、影分身を回収したユカリがアオ達に向かって言った。

「と言う事は打ち倒すしかないか。こう言う手合いは此方が圧倒的な優位に立って解除を求めても解除しないだろうしね」

まつろわぬ神の真下にて、アオ達がまつろわぬ神達の返答を聞き戦闘へと動き出す。

皆バリアジャケットを展開しているが外見年齢6歳ほどではかなり不恰好であり、手に持つデバイスも身長に合っていない。

「あんまりこう言うのは好きじゃ無いんだけどね」

とユカリが愚痴る。

「母さん。今回のこれは戦闘でも決闘でも試合でもない。殲滅だよ」

「分かっているわ。ちゃんとやります」

「それじゃ、行こうかっ!」

「はいっ!」
「うん」
「失敗は出来ないね」
「もちろんです」

ガシャンと皆でカートリッジをロードして砲撃魔法の準備に入る。

久遠達はギリギリまで手を出すなと命令したため離れて様子を見ている。

「ディバインバスター」

アオの砲撃を皮切りに皆がそれぞれの目標に向かって地上から砲撃を開始した。

目的は敵の分断。

一発当たったくらいではやられないだろうからそのまま皆で続けざまに撃って分断すると同時に飛行魔法で空へと上がった。

「ぬぅ!人の子の攻撃か?それにしては少し妙だな」

と、分断されたまつろわぬアイオリアにアオが飛翔して近づき、不意打ち気味に堅と強化魔法で強化された蹴りを叩きいれる。

「ぐおっ!?」

さて、小説的展開ならばここで両者の会話となるだろう。

何奴っ!

俺は…

ふっそうかっ!

負ける訳には行かないんだっ!

とか何とか。

だが残念ながら、アオにそんな展開を望む考えは無い。

『レストリクトロック』

他のまつろわぬ神から引き離し分断すると、直ぐに四肢をバインドで固定する。

これはまつろわぬ神にも通じると未来のアテナとの模擬戦で確認済みだった。

「小癪なっ!むっっ!?抜けぬ」

さて、拘束したら大技で落とすのが王道だろう。

アオもこれが殺すべき相手で無いのならスタン設定の砲撃で沈めたかもしれない。

しかし、今回は確実に殺すべき存在だ。…なので今回はかなりえげつない手を使う。

未だ混乱の内にあるまつろわぬアイオリア、その頭上に現れる魔法陣。

転移魔法陣(トランスポーター)形成』

魔法陣に首が埋まるように転送されていくまつろわぬアイオリア。

「破棄だっ!ソル!」

『了解しました』

転送の途中で転送魔法陣を破棄。途端に繋がれていた空間が閉じられ元に戻ろうとするその力は地上のどんな物体をも切断する力を秘めていた。

ブシューーーーっ

なき別れした首から吹き出る大量の血液。

幾ら呪力に耐性があろうと、魔導師ではないまつろわぬ神にアオ達の魔法に介入する力は無い。

今回はそこを突いたのだ。

これが魔導師ならばバインドを破壊し、脱出しただろう。

だが、魔導師と神。魔導師と念能力者と置き換えても良いかも知れないが、その二つは方向性がまったく違う。

神秘、オカルト方面の念に対して魔導は科学だ。

つまり、似た事は出来るがまったく別の物。

故にレジストが出来ない。この世界の常識、呪力による耐性(レジスト)を抜ける魔術師は存在しないと言う事を刷り込まれていたまつろわぬ神達はあっけなくその命を散らす事になった。

運が良かったのはまつろわぬアイオリアに不死の属性が無かったことだろうか。

彼らの伝説に不死の伝承は存在しない。『鋼』や『太陽』と言った不死系の伝説ではなく、騎士物語で有ったが故だ。中世のアーサー王伝説が近いだろうか。

今回の作戦は電撃作戦だった。

砲撃魔法で分断し、有無を言わさず拘束し、首を刎ねる。それ故にユカリは愚痴ったのだ。それは余り自分の趣味じゃない、と。

目の前のまつろわぬ神は光の粒子になるとアオの体に吸い込まれていく。

「くっ…何だ、これは」

体が作り変えられていく感覚にアオは耐えている。

周りを確認するとソラ達もそれぞれまつろわぬ神を打ち破ったようだ。

眼下の街並みは元に戻り、平静が戻ってくる。

どうやら元凶が消えると元に戻るようだった。

フラフラと地上へと着地する。

アオに追従するようにソラ達もフラフラと地上へと降りてきた。

「はぁ…はぁ…あっ…くっ…」

「なっ…なんなの…」

「か、からだが…」

皆息も絶え絶えだ。

「すごいすごーい。一度に6人ものまつろわぬ神が顕現する事はまれなのに、それを打ち破るのが6人も誕生するなんてね」

突然何処からかピンクの髪を両サイドで纏めた髪にとがったエルフのような耳。胸部は少し残念だが、着ている服には合っているかもしれない。

「あなたは…?」

アオが何とか声を絞り出す。

「わたしはパンドラ。神殺しの後見人で支援者、そして母親よ」

「母親と言うには少し…」

「あー、胸の事を言うのは紳士としては好ましくないわ。気をつけなさいね」

メッと指を指して注意するパンドラ。

それからぐるりとパンドラは皆を見渡す。

「あなた達は神を弑逆した。あなた達は生まれ変わるわ。神の権能を簒奪した者として」

「神殺し…カンピオーネ…」

そう誰かが呟いた。

「それにしても本当に小さいわね。かわいい、かわいい!」

そう言いながらパンドラはアオ、ソラ、なのは、フェイト、シリカの順に抱き上げていく。

「わ、ちょっ!」

「お、おろして…」

「まーまー良いじゃない。わたしの子供ってどうしても青年以上になっちゃうからさ、こんな小さな子供が出来たのは初めてなのよ」

と、子供特有のやわらかさを堪能するとユカリの前まで移動した。

「あなたがヴォバンを倒した人ね」

「ヴォバン?」

「えっと、狼に変身してた人なんだけど…」

「ああっ!あの人ね」

狼と言われてどうにか思い出すユカリ。

「え?あの石像って人だったの…?」

「ええ!?」

アオやソラ達は普段目にしていた石像が元は人間であった事に驚いている。

あの石像は誰も引き取り手が無いままユカリの家の庭に未来でも鎮座していた。

まぁ、人狼の石像であると認識していただけなので仕方の無いことだろう。

「えっと…怒ります?」

一応彼も彼女の関係者で有ったようなので問いかけるユカリ。

「んーん。彼は最近少し驕っていた節があったからね。遠からずどこかの戦場で死んでいたよ…。ただ、それが神でも神殺しでもないのは驚いたけれどね」

それに、とパンドラ。

「結果的に子供が増えた事だしね。やーん、やっぱりかわいい」

そう言ってアオを再び抱き上げた。

「ちょっと!ダメよ、その子は私の子供よ?」

「ふっふっふ、今日からはわたしの子供でもあるの、だから抱き上げる権利くらいはあるはずよ?それにわたしは自分で作れと言われても不可能に近いからね…」

「む?………うーん…………」

子供が作れないと言うその言葉にユカリは深く黙考する。

「………まぁ、いいわ。ふふっ、私の息子は可愛いでしょう?」

「うんうん、このほっぺのぷにぷに感はたまらないね」

「ちょっ!やめっ!俺が困る、降ろしてくださいー」

その後少しの間拘束された後アオは開放されたようだ。

ようやく体調も回復してきたアオはこの目の前の女性に問いかける。

「あなたは人ですか?」

「ううん。わたしは正真正銘の女神よ。まつろわぬ神じゃないわ。そして今日からあなた達の義母(ぎぼ)でもある。ママとかマミー、お義母(かあ)さんって呼んでね。あ、パンドラさんはダメよっ」

以前、護堂で失敗していた為にパンドラは先に釘を刺した様だ。

「それじゃパンドラお母さん。神殺しの支援者とおっしゃったあなたは俺たちに何をさせたいのですか?」

「パンドラお母さん…いいわ…うんうん、久しぶりに呼ばれた気がするわ」

と、なんだか陶酔し始めたパンドラをアオは引き戻す。

「特にわたしがあなた達に何かしろって言う事はないわ。あなた達は希望なの」

希望?と皆疑問顔だ。

「まつろわぬ神に対する人類の希望。パンドラの箱に入っていたのは多くの厄災と一握りの希望だったって言う話聞いた事無い?あなた達神殺しは希望なのよ」

つまり、まつろわぬ神の暴虐に対する人類の一つの反逆手段と言う事だろう。

「あまり争い事には首を突っ込みたくないのだけれど…」

と言うアオの呟きにパンドラは人の悪い笑顔で言う。

「ふふ、神を殺すような人間が平穏無事な人生を送れるはずは無いわ。きっとトラブルが付いて回る。そうでなければ神を殺そう何て考えないもの普通」

ぐっ…とアオは黙り込む。

確かに今までのアオの人生は厄介ごとが付きまとってきた。もはやそう言う運命なのかもしれない。

だが精々足掻いてやるとアオは心に誓う。

「そろそろ時間だわ。神すら一撃で屠れるあなた達には必要ない力なのかもしれないけれど一応説明しておくと、簒奪した権能の掌握は100の訓練なんかよりも1の実戦の方が有意義よ。覚えておいてね」

そう言ったパンドラの姿は霞となって消えうせた。

「中々面白い女神様だったわね」

「ああ」
「うん」
「そうですね」

ユカリの呟きにアオ、フェイト、シリカが返す。

「あーーーー!?」

「何?なのは」

突然大声を上げたなのはに一番近くに居たソラがいぶかしげに問いかけた。

「周りの景色が戻っているのに、わたし達は戻ってないよ!?」

「え?」

「「「「「ええええーーーーーっ!?」」」」」







いつまでもここに居る訳にはいかないと、甘粕の車に乗り正史編纂委員会東京分室へと戻ってきたユカリ達。

「周りの状況も元に戻ったようで、無事に事態を収拾して頂いた事にまずお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました」

と、部屋に入ると沙耶宮馨が開口一番にお礼の言葉を発した。

「まさかこんなに速くまつろわぬ神を倒してきたと言うのか!?」

「そのようね」

「まさか、…そんな。…ではもしかして…」

護堂の呟きにエリカが同意し、それを受けて祐理が動揺した。

「さて、事態が無事に収拾し、辺りの事変も元通りになったのに浮かない顔のようですが…いえ、すみません。愚問ですね」

「久遠達…俺たちが連れていた使い魔達には連絡が取れない。…どうやら無事に未来に帰ったようだ」

「そうですか」

「だが、どう言う訳か俺たちは残ったままだ。どういう事だと思う?」

アオ達は現状を話し合い、一応の結論は出しているが、専門家の意見も聞きたい所だ。

「さあ、(わたくし)には分かり兼ねます」

と、馨が口を濁したのでアオは視線を次に頭の回りそうなエリカに向ける。

問いかけられた事を悟ったエリカが瞬時に考えをまとめ、発言した。

「あなた達は予定通り一人一柱神を倒し、おそらくその権能を手に入れたのでしょう。神の権能を手に入れたものは神殺し、カンピオーネと言われている。彼らにはわたし達程度の魔術師がどんなに力を振り絞ろうともまともに魔術は効かずレジストされてしまう。今回のこの時間結合は広域にもたらされた大規模な術式であったのでしょうけれど、その分カンピオーネの呪力耐性を超えるほどではなかった。…つまり、わたしの見解ではカンピオーネに成ったあなた達はその呪力耐性で元に戻る時に弾かれてしまったのでしょうね…」

「そうだろうね。俺たちもその結論に達したよ」

うんうんとソラ達も頷いている。

「そう言う事だから、未来への帰還は自力で何とか考えるけれど、おそらく時間がかかる。しばらくはこの時代に滞在する事になるだろう。さて、神殺し、カンピオーネが期せずして6人も日本に誕生した訳だけど、あなた達は俺たちをどうしようと思っているの?出来れば嘘偽りなく教えて欲しいのだけど」

と、アオは問いかけたのだが、彼ら裏の世界に身を置く者にカンピオーネの懇願は命令に近い。

「いえ、(わたくし)共は特に何も…ただ、出来ればまたまつろわぬ神が降臨した時にはお力をお借りしたく思いますが…」

と、馨。

「わたし達欧州の魔術師の方ではカンピオーネはまつろわぬ神に対抗する義務がある。その義務をまっとうするからこそ、その横暴さにも目を瞑り、(かしずい)いていると言う考え方をしている人達も多いわね」

そうエリカも言った。

まつろわぬ神を倒してくれるからこそ彼らは人類の脅威として排除の対象足りえないのだろう。

まぁ、魔術師が束になってかかっても勝てない相手ではあるのだが…

「そうですか…では…」

とアオは一呼吸入れて一度目を瞑る。

再度目を開けた時、彼の目には特殊な文様が浮かんでいた。

万華鏡写輪眼。

アオの切り札である。

《今日新しく生まれたカンピオーネは存在しません。俺達は不運にも取り残されてしまった。そうですね?》

「そ、そうですね」

「ええ、そのとおりよ」

「そのようです」

《部下にもそのように説明し、俺たちへの接触は回避してくれると助かるのですが》

「それが良いでしょう」

「そうね。そうした方がいいわ」

馨、エリカ、祐理に暗示がかかる。

彼女らを惑わせたのは万華鏡写輪眼・思兼(おもいかね)である。

その能力は対象の思考を誘導する。

つまり、自発的にそう有るべきと誘導するのだ。

「く……まっ…まて、今何かしているだろうっ!」

と、その呪力耐性の高さから一人、思兼から抜け出す護堂。

「いいえ、何もしていませんよ」

と、直ぐに万華鏡写輪眼の行使を止めすっとぼけるアオ。

護堂には掛からないかもと思っていたが、周りの誘導には成功した。

護堂がどうにか解除するにしろ、俺たちの意思は伝わっただろう。

「さて、話は纏った所でどうしようか?母さん、俺たち5人、今日からしばらくあの家に厄介になろうと思うのだけれど…良いかな?」

「もちろんよ、だってあそこはあーちゃんの家でも有るのでしょう?家族が一緒に居るのは当たり前の事だわ」

と、そう言ってユカリはアオ達を見渡した。

「ありがとう、母さん」
「ありがとうございます、ユカリさん」
「ありがとう、ママ」
「ありがとう、ゆかりお母さんん」

「それじゃ、帰ろっか」

「うん」

「それでは今日は皆さんお疲れでしょうから私が送っていきましょう」

「あら、お願いしますね甘粕さん」

「ええ、お安い御用ですよ」

と、ユカリは甘粕にお礼を言うとアオ達はこの場を辞した。

車に乗り込みさあ出発だと言うとき、アオの胸元にあったソルが発言する。

『マスター。未来のユカリさまからメッセージを預かっているのですが』

「ええ?」
「未来のユカリさんからですか?」

フェイトとシリカが声を上げる。

「え?何でもう少し早く教えてくれなかったの?」

アオがソルに問いかけた。

『ユカリさまがこの時間を指定いたしましたので。真剣なご様子でしたので今まで黙っていました』

「そっか。ならば仕方ないかな。ウィンドウ、出してくれる?」

『了解しました』

虚空に現れたウィンドウにユカリの映像が写る。

【この映像を見ている時、あなた達はまつろわぬ神を倒し、神殺しになったために取り残されてしまっているのでしょうね。私の時もそうだったもの。あなた達はちゃんと過去の私が未来に送り返したからきっと帰ってこれるわ】

モニタの未来のユカリの声に皆安堵する。

【だけど、直ぐにとは行かないの。少しその時代でやって来て欲しい事があってね、私の時も未来の私の言葉に従ったのだけど、…まぁその辺の矛盾は考えても分からない事よね】

その後、やって欲しい事、意味は分からないがやらねばならぬ事をいくつか伝えられる。

【帰還の術式はこのファイルの最後に添付されているわ。何かこの展開はいつか未来に行った時と似てるな、と皆思ったかしら?】

ぐっ…とアオは押し黙る。

そう思ってしまったからだ。

あの時も過去からの遺産で無事に帰れたが、それはループしていて最初が抜けている現象だった。

誰が、いつ、どうやってと言う過程をすっ飛ばして結果だけを伝えるものであったのだ。

まぁ、深く考えても仕方ないとアオ達は思考を放棄する。

今重要なのは帰還できる術を手に入れたと言う事だけ。

「どうする?」

とフェイトが皆に問いかけた。

「どうやら放置すると面倒事が待っている…らしいね。良く分からないけれど、俺たちでも倒せないくらいの化物が出てくるらしい」

アオが要点をまとめた。

「後は翠蓮お姉さまの言付けもありましたね」

と、シリカが言う。

「むぅ…本当は帰還の術式を使って直ぐにでも帰った方が良いのだろうけれど…」

「しばらく此方に居る事になりそうね…私はとりあえず、最初の案件は今日のうちに処理した方が安全だと思うわ」

そうソラが意見した。

「わたしもそう思う」
「私も…」
「あたしもです」

「母さんはどう思う?」

「え?私はあーちゃん達の選択を支持するわ」

と言いつつ考えを放棄したいか、もう少しアオ達を一緒に居たいために実際は同意しているのだろう。

「じゃあ、まず一番危険な事を今日中に片付けちゃうか。すみません、甘粕さん。車を東京湾へと向かわせてください」

「分かりました」

と言った後、甘粕の表情は少し険しくなる。

「何ですか?」

と、アオは問いかけた。

「いえ、どうして私に意識操作の魔術を行使しなかったのか、少し疑問に思いましてね」

あの時アオが行使した思兼は護堂、エリカ、祐理、馨がターゲットであり、甘粕は外されていたのだ。

「一人くらいコウモリが欲しいですし、…身内には使わないと決めているので」

「は、はぁ…一応納得しておきます」

車を走らせようやく東京湾へと望む側道へとたどり着いた。

「少し待っててください」

と甘粕に言い置くとアオ達は飛行魔法で空へと上っていく。

「えっと、頼まれたのって地球の周りを回っているデブリを一つ静止衛星軌道から押し出せば良いんだよね?」

と、なのは。

「この衛星だね」

放ったサーチャーが送り届けた映像を見たフェイトが答えた。

「みたいだ。ブレイカー級砲撃魔法で吹き飛ばせってさ。これはなのはに頼んで良い?」

アオがなのはに頼む。

「わたし?アオさんがやってもいいんじゃない?」

「まぁね。だけど、なのはが一番適任だろう」

砲撃精度ではなのはが一番高い。

「そ、そう?じゃあ、頑張ってみる」

「お願い。ソル、レイジングハートに静止衛星の位置情報を転送して」

『了解しました』

「他は全力で幻影とジャミングの魔法でどうにかスターライトブレイカーを隠蔽…仕切れないだろうけど。一応頑張ろう」

「了解」
「うん」
「わかった」

アオの宣言で皆デバイスを片手に隠蔽に勤める。

『バスターカノンモード』

レイジングハートが変形し、射撃に適した形へと変わる。

「レイジングハート、カートリッジロード」

『ロードカートリッジ、スターライトブレイカー』

「地球の自転、重力の影響の計算はお願いね」

『お任せください。ターゲットスコープ、展開します』

なのはの眼前のモニタにスコープが現れる。

「なのは、頑張って」

「頑張って、なのはちゃん」

「うん、ありがとう。フェイトちゃん、シリカちゃん」

さて、集束もそろそろ終わる頃合だ。

「それじゃあ…スターライトォブレイカーーーー」

クロスゲージのターゲットマーカーに照準が合った時、なのはは引き金を引いた。

ピンクの閃光は大気圏をつき抜け東京湾の上空の静止軌道にある一つの物体を包み込み、砕き、押し流した。

そのデブリには一本の剣が突き刺さっていたのだが、スターライトブレイカーにより静止衛星軌道を外れ、太陽系の圏外へと押し出されていく。

後は慣性の法則で何処までも宇宙を旅する事だろう。

ブシューーーーーッ

「当たったかな?」

『タイミングは問題ありませんでした。必ずや着弾した事でしょう』

なのはとレイジングハートのやり取り。

「サーチャーからの映像も目標物を破壊したようだし、大丈夫だろ」

とアオが結論を出し、ようやく家路に着いた。

この東京湾上空の静止衛星。実はカンピオーネが世界に多く現れたときに顕現し、その全てを始末すると眠りに付くと言う『最後の王』が眠っていた。

まつろわぬ神はその性質上滅ぼされれば神話の世界に戻り、また何かの拍子で現世に現れる事も有るだろう。

しかし、滅ぼされずに宇宙に放逐されたら?

おそらく永遠に、宇宙が再び収縮して消えてなくなるまで放浪するだろう。

『最後の王』は「カンピオーネ!」と言う世界の最後の強敵。だが、そんな物に付き合う気はアオ達にはさらさら無いのだ。

もはや完全に話は本筋を外れてしまった。しかし、これで最大の懸念材料は無くなった事になる。

だが、神殺しは平穏とは程遠い存在。いかに危険を遠ざけようと、厄介ごとは向こうからやってくるのだろう。

「今日はもう疲れた…家に帰って寝たい」

「そうだね…」
「私も…」

アオの呟きに皆同意し、家路を急いだ。

今日のところはと皆でアオ達の体が小さいと言う利点を生かして居間に布団を三組敷いて皆で雑魚寝でごまかした。

明日足りない寝具を調達する予定にして今日は皆ダウン。

平静を装っていたけれど、皆体を作り変えられた事でかなり消耗していたらしい。

布団に転がると同時に皆寝息が聞こえてくる始末だった。


次の日、夏休みであるユカリは皆を連れて近場の寝具店により寝具を購入。ついでに生活雑貨などもそろえる。

結構な出費になったが、そこをケチる考えはユカリには無い。

夕飯作りはユカリと、なのは、フェイトが台所に立っている。

明日はアオとソラ、シリカですると、短いうちにローテーションを決めていた。

そんな感じの夕刻。

アオ達は、体の内から湧き上がる衝動に驚き、だが飲まれまいと自制する。

いつの間にかリビングに一人の少女が現れていた。

まつろわぬアテナだ。

「ほう、昨日不審な呪力を感じたが、この辺りでの戦闘は禁じられている故、手を出さなかったのだが。まさかこれほどの数の神殺しが新生していたとは…と言うかユカリもそのようよな」

「あら、アテナ。いらっしゃい」

「妾に戦闘の意思は今の所無い故、紹介くらいして欲しいのだが」

「ああ、いつか話した私の息子よとお嫁さん達よ」

「む?そなたの妄想では無かったのか?」

「失礼ねっ!現実にこうして居るでしょうが!」

今の今までアテナはユカリがどれだけ否定しようと、妄想癖の可哀相な娘だと認識していたのだった。

「あ、アテナ姉さんってこんな時からゆかりママの家に居たんだね」

なのはがユカリとアテナの漫才じみた会話を聞いて言った。

「ぬ?誰が姉さんか。妾は三位一体の女神。まつろわぬアテナである」

「知ってるー」

と、アオ達がそれぞれ口にする。

「と言うか、お前達は本当に誰だ?人の子はそんなに急に生まれるなんて事は無いはずよな。では、改めて聞く。そなた達は誰だ」

「だから私の息子とそのお嫁さんだって」

「ユカリには聞いておらぬわっ!」

さて、コントが続きそうなのでアオが二人を止め説明する。

昨日。現在、過去、未来がバラバラに繋がり、その影響で自分達が未来から来た事。

元凶のまつろわぬ神を倒したら神殺しとして新生し、帰還からもれてしまったようだと言う事。

その為自分達はここに居ると。

「なるほど。未来で妾を知っているから妾を姉と言ったのか」

「…いや、それはアテナ姉さんが強制したんだよ…なんか翠蓮(すいれん)お姉さまに対抗したみたい」

「誰だ?その翠蓮とやらは」

「昔は中国の山の中に居たらしいんだけど…俺たちが知り合った時には池袋に住んでたね。なんかよく分からないんだけど、気に入られているんだよね、俺たち」

アオは説明を濁した。

「未来の妾はどうしているのだ?妾の事を姉と呼ぶのだから妾はまだこの家に訪れているのか?」

「……むしろ、夜にちょこっと来ているだけの時代があった事にビックリです。大体四六時中家に居ます。ごろごろして、テレビ見て、おやつを食べる姿はなんて言うか…()テナ?って言う感じですね」

「なっ!?流石にそれは嘘であろうよ」

「…………」

問いかけられたアオは無言。アテナは周りに視線を移していく。

「…………」
「……っ……」
「ぷぃ………」
「つっ……」

やはり、皆次々と視線を反らす。

「ま、まぁ、未来は変化するもの。そなたらの未来がこの世界の未来であると言う事でもあるまい。三位一体の女神である妾がそんな生活になる訳はなかろうものよな」

と、なぜか自己弁論。

しばらくすると甘粕が当然のように来訪し、ユカリにより一家の大黒柱の定位置に座らせられ、夕食を開始する。

「いやぁ、美少女と美幼女に囲まれる食事とは…」

と何か甘粕が感慨に浸っているが、アオは実際はそんなに甘くないと心の中で思う。

彼女らに見限られないように自己研鑽し、節制し、格好良くあろうと努力する。ソラ達がアオに求めるのはそう大きくは無いのだろうが、そうは言っても脂肪の付いた大きなお腹、ぷにっとした二の腕、額から大量に出る脂汗と、そんな姿になったら流石に一緒には居ないだろう。

そして、大勢の女性達の中に男が自分だけと言う中では中々二次元の趣味はおおっぴらに出来ないのである。アオもだんだんそう言ったものから離れていってしまった。

大人になると言うよりは、自身のプライベートスペースが少なくなってしまったからである。

少年、青年漫画や数タイトルのライトノベルが精々で、少女漫画や深夜の大人向けの魔法少女ものアニメや恋愛シミュレーションゲームなぞはもっての外なのだ。

ハーレムと言うある種の男の夢を叶えたアオの出した犠牲の一つである。

甲斐甲斐しく甘粕の世話をするユカリを見て、こうして甘粕は捕まってしまったのだとしみじみ思うアオなのだった。

夕食後、しばらくはまったりとしていたのだが、アテナがそろそろ帰ると言う頃、アテナにしてみれば珍しい提案をする。

封時結界内で模擬戦をしようとアオ達を誘ったのだ。

有無を言わさず外に連れ出されたアオ。

戦闘態勢を整えるアテナに仕方なくユカリは結界を張った。

「で、何で俺と模擬戦?」

「何、以前そなたの母親に負けていてな。そのユカリが自分の息子は最強だと妄言を言ってた故、興味があったのだ」

そう言って陰のように黒い大鎌を具現化させるアテナ。

「ルールを決めましょう。致死性の攻撃は無し。強烈な一撃を貰ったら素直に負けを認めると言う事でどうですか?」

アオにしてみれば即死さえしなければ自身の念能力で何とでも成るための最大限実戦に近い所の妥協だった。

本当はもう少しハードルを下げたかったが、ここ辺りがアテナの妥協点だろうと思ってのことだ。

「よかろう。相手を死に追い込むような技は使わぬが、腕の一本や二本は覚悟せよ」

「腕は一本まででお願いします。両腕をなくすと取り返しがつかないんで…」

アオの能力はその腕で掴むか触るが条件なのだ。腕が無ければどうしようもなくなる。…いや、ユカリに渡してあるカートリッジで何とか成るのだけれど、それは今は良いだろう。

「ふむ。分かった。…それでは参ろうか」

そう言ったアテナの宣言でアオはソルを起動する。

「ソルっ!」

『スタンバイレディ・セットアップ』

装着された銀色の竜鎧。

しかし、その年齢故か、かなり不恰好だ。

手に持った日本刀型のデバイスやはり身長に対して大きく感じる。

周りに人目が無く、相手の力量が度を越す場合、アオはバイザーを付けるのをやめている。

やはり遮るものがあると写輪眼の力を最大限に生かせないためだ。

ようやく二人とも戦闘準備を整え、開始を合図を待つ。


「そう言えば、前から気になっていたのだが。ユカリも持っているそのしゃべる宝石はいったい何なのだ?」

と問いかけたアテナにアオは答える。

「この子の事ですか?」

と、右手に持った日本刀を掲げた。

「ほう、今はその形なのか」

「ソル、挨拶を」

『…お初にお目にかかります。ソルと申します。私はマスターの杖であり、剣であり、盾です』

アオに命令され、不承不承(ふしょうぶしょう)とそう言ったソル。

「意思を持つ杖か。中々面白き呪具よな。それもユカリの強さの一部であったと言うわけか」

さて、それではとアテナが動いた。

地面を蹴って駆け、アオを袈裟切りに切りつける。

アオは写輪眼を発動させ、冷静に打ち返した。

ギィンギィンと何合か斬り合った後アテナは距離を開ける。

「その目…魔眼の類よな?そなたの権能…と言うわけでは有るまい。昨日今日で手に入れた物と言う感じはしない。…人の身で魔眼まで宿すか、まこと面白き者達よな」

距離を取られたアオはソルを待機状態に戻し両手を開けると印を組み息を吸い込んだ。

『火遁。豪火球の術』

ボウッとアオの眼前に現れる大きな火球。

「ふっ」

アテナは大鎌を一振りすると火球を切り裂いた。

「中々面白き技を使う。だが、妾には通じぬぞ」

と言われたアオだが、アオは今の豪火球に違和感を感じた。

先ほどアテナの大鎌を受ける為に使ったオーラでも違和感を感じたのだが、今までと同じ感覚で行使したはずのそれが、その威力が跳ね上がっていたのだ。

どうやらカンピオーネになった事でオーラの最大量が爆発的に増えたらしい。

炎を切り裂いたアテナはそのまま再度アオを斬り付けに駆ける。

ここでアオは受けるか、四肢を強化して避ける所だ。

…だが、ここでアオは奇妙な感覚に陥った。

一歩下がるだけでこの攻撃はかわせるのではないか?

普段の彼ならそんなあやふやな直感に頼ったりはしない。しかし、何故か今回は直感と言うよりも確信に近かった。

アオはその確信を確かめる為に一歩後ろへと下がる。

「む?」

アテナの攻撃は対象を見失って空振りする。

「瞬間移動か?」

そうアテナがいぶかしむのも無理は無い。何故なら、アオは一瞬で五メートルほどを移動していたのだから。

「あーちゃんってあんな事できたかしら?」
「出来ないはず…だよね?」
「そのはずよ」

と、ユカリ、なのは、ソラの声。

これにはアオを知っているユカリたちからも疑問の声が上がった。

「いや、これは瞬間移動と言うよりも…」

と、使った本人であるアオは何となく理解していた。

「あれだ。きっとこれが権能と言う奴だ。…なんか使ってみた感じだけど念能力に似ているね」

「ほう。今のがそなたが奪い取った神の権能か」

「…なんて言うかな。新しい能力を手に入れたと言うよりも、元もとの能力が進化した感じかな」

「どれ、どのような物か、もっと妾に見せてみよ」

そう言って今度はアテナの背後にある虚空から無数のフクロウが弾丸となって飛翔し、アオを襲う。

着弾すると思った瞬間。一歩踏み出したアオの体がまた一瞬で消え今度はアテナの背後5メートルほどの所へと現れる。

ババッと印を組むとアオはまたも大きく息を吸い込んだ。

『火遁・鳳仙花の術』

ボウっと口から放たれた火球は幾つもの小さな火球にはじけ飛び、アテナを襲う。

呪力への耐性を持っているアテナとしてはあの位の火球なぞ直撃しても大したダメージでは無いが、負荷効果が有るかもしれないと考え、幾つか切り払いながら避けた。…しかし。

「…ふむ。全てかわしたはずよな。だが、これは…」

切り払わなかった幾つかの火球がアテナに着弾していた。…もちろんダメージはほぼ無いと言っていいのだが、問題は着弾したと言う事実だ。

途中、火球がありえない軌道を描き、アテナはかわしそびれたのである。

「なるほど…そなた、因果を操っておるな」

「流石アテナ姉さん。数度の行使で見破るとは…ね」

とは言ってもアオ自身まだ十全に理解しているわけではないのだが…

「先ほど妾の前から消えたのは、移動すると言う行動で移動したと言う結果をその過程を省いて手繰り寄せた…と言う事よな。過程を省いた為に瞬間移動したかのように見えただけだ」

「多分ね」

「妾にそなたの攻撃が当たったのも一緒の理由よな。攻撃したと言う行動で妾に着弾したと言う結果の過程を省いた。故に妾はかわしたと思っていても攻撃は当たっていた…と。つまりそなたを倒そうと思うのなら、逃れられない規模の攻撃でなければ効果をなさぬと言う事かも知れぬ」

それは面倒と、アテナは模擬戦を途中で取りやめた。

「それは良かったよ。実際今の能力はかなりオーラを消費していたし…連続使用は今はまだかなり厳しいみたいだ」

因果を操るなどと言う神の所業に匹敵するその能力は、どうやらその効果に見合った分だけオーラの使用量も多いようだ。

その後アテナはソラ達とも模擬戦をし、やはり皆、新たに得た権能の何かしらの取っ掛かりを掴んだ。


家に戻るとアテナはユカリの側まで行って話しかけた。

「さすがにユカリの息子だけある。あれは確かに少々戦い辛い相手であった」

「でしょう。剣技だけなら、私も負けない自信は有るわ。だけど、あーちゃんの全てを使われたら…やはり勝率は低いでしょうね」

勝てないとは言わないのは相手の事を良く知っているがために対策の一つや二つは思いつくからだ。

「あ、そうだ。アテナ、明日からはもう少し早く家に来てくれない?」

「む、何故だ?」

「カンピオーネになった所為か、アテナに対する異常な敵愾心を抱いているわ。別に私達にしてみれば無視できるのだけれど、どうにか制御出来ないかと思ってね。あーちゃん達と話し合った結果、押さえ込む訓練をするしかないと言う事だったから」

「ふむ。妾としては湧き上がる闘志は心地よいものではあるが、ぎすぎすした関係は確かに食に影響が出るな。分かった、明日からしばらく昼頃から姿を現すとしよう」

「別にずっと居ても良いのだけれどね」

「む…それは遠慮する。妾とて駄テナなぞと言う不名誉な称号を頂くのはアテナの名に傷が付くと言うもの」

とは言え、結局はこうしてずるずるとユカリの家に長居するようになるのである。
 
 

 
後書き
今回の話はカンピオーネにどうやってなったかと言う話で、バトル回ではありません。
転移魔法の危険性を考えて、逆に攻撃に転用できるんじゃないかなと言う考えで今回はあんな感じになりました。
オリジナルの神を出して、オリジナルの権能と言うパターンは変えようが無かったのですが、王族だったアオ達なら神格化もされているんじゃないか?というIFですね。新しい能力を得るよりも、今までの能力のヴァージョンアップと言う感じにしたのは決して考えるのが面倒になったわけでは…まぁ、最初から強い能力が強化されてしまったアオはこれからどうなっていくのか… 
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