スーパーロボット大戦パーフェクト 第二次篇
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第二十話 冥府の王、その名は天
中国上海。かっては魔都と呼ばれたこの街は今では東アジア有数の経済都市として発展していた。街に灯が絶えることはなくその繁栄は永遠のものと思われていた。
だがその闇もまた深かった。この街はかってBF団が暗躍していたこともあり、また今では別の影の組織が暗躍をはじめようとしていたのであった。
暗い闇の中に彼等はいた。その地下の宮殿に集っていたのであった。
「八卦集、いるか」
宮殿は中国のそれを思わせるものであった。赤を基調としており豪奢な装飾で覆われていた。その中で一人の着飾った少女がいた。見ればまだ幼さが残るが整った顔立ちをしていた。
「ハッ」
その少女の声に応えて一人の男が姿を現わした。
「耐爬、ここに」
黒い髪を立たせた男が姿を現わした。
「シ=アエン、参りました」
「シ=タウ、参上しました」
黒く長い髪の二人の女が現れた。見れば二人は一方が右目を、一方が左目を髪で隠していた。姿形は同じながら見事なまでに対象的であった。
「葎、こちらに」
白い仮面の男が出て来た。声は澄んで美しいものであった。
「塞臥参上です」
赤い髪の男がいた。整った顔立ちながら何処か陰があった。
「ロクフェルでございます」56
赤い髪の女がいた。彼女は姿を現わしながら塞臥の方をチラリ、と見た。
「祗鎗です」
最後に大柄の男がやって来た。少女は彼等を見回した後ゆっくりと口を開いた。
「今回皆に集まってもらったのは他でもない」
「といいますと」
祗鎗が尋ねた。
「そう。あれが見つかったのだ」
「ゼオライマーが」
「遂に」
シ=アエンとシ=タウが言った。何故だろうか。タウは何処か声に力みがあった。アエンを見て何かを思ったようだが口には出さなかった。
「それでは如何なされますか」
今度は葎が問うた。
「全ては我等が主、幽羅帝の思われるままでございます」
「うむ」
その少女、幽羅帝はロクフェルの言葉を受けてまた口を開いた。
「もう決まっている。ゼオライマーを倒さなければならない」
「ハッ」
八卦集はそれを受けて頭を垂れた。
「それでは私が」
塞臥が出ようとする。だが幽羅帝はそれを制した。
「待て」
「何故でございますか」
「そなたのオムザックはまだ完成してはいない。出ることはできない」
「わかりました」
彼はそれを受けて引き下がった。下がりながら口の端を歪めて笑っていた。
「それでは私が」
今度は耐爬が出て来た。幽羅帝は彼の姿を認めてその目の光をほんの一瞬だけであるが晴れやかなものにした。しかしそれはほんの一瞬のことであった。
「そなたがか」
「はい」
耐爬は頭を垂れてそれに応えた。
「必ずやゼオライマーを始末して参ります」
「ふむ」
彼女はそれを聞いて考え込んだ。正確に言うならば考えるふりをした。
「よし。それではそなたに任せよう」
「ありがたきしあわせ」
「それでは決まりだ。セオライマーの征伐は耐爬に任せる」
「ハッ」
他の八卦集がそれに頷いた。
「他の者は英気を養うように。それではさがれ」
「わかりました」
こうして彼等は一先この場を解散した。幽羅帝は自分の部屋に戻った。ベットや装飾はあるが意外と質素な部屋であった。何処か落ち着いてそれでいて幼い少女の香りが残る部屋であった。そこに耐爬が入ってきた。
「帝」
「よく来た」
幽羅帝は耐爬の姿を認めて微かに目を細めた。
「今回の件はそなたに任せた」
「はい」
彼はまた頭を垂れた。
「必ずや帝のご期待に添えます」
「頼むぞ」
彼女は毅然とした態度を崩してはいなかった。だが何処か彼を見る目が他の者に対するのとは違っていた。
「願わくばお願いがあります」
「何だ」
耐爬の言葉に応えた。
「この身を愛するからこそ出撃を命ずるのだと仰って頂きたいのですが。そうだ、と」
「馬鹿を申すでない!」
だが彼女はそれを聞いて怒りの声をあげた。
「耐爬、私は何だ!?」
「帝でございます」
「そうだ。それでは私に対して申してもようことと悪いことがわかろう」
「はっ、申し訳ありませんでした」
「下がれ。それ以上申すことはない。ゼオライマーを倒してまいれ」
「わかりました」
彼はそれを受けて引き下がった。部屋には幽羅帝だけとなった。
「くっ・・・・・・」
彼女は耐爬が下がった後一人辛い声を出していた。だがそれを耐えそのままベッドに入ってしまった。
「何故私は帝なの・・・・・・」
一言そう言い残して。
日本の静岡。ここに一人の少年がいた。
彼の名は秋津マサト。ごく普通の中学生であった。顔立ちも普通でありこれといって特徴もなかった。筈であった。この日までは。
マサトは学校から帰る途中であった。いつもの通学路を通っていた。
「帰ったら何しようかな」
何となくそう考えていた。しかしそれは呆気なく打ち消されてしまった。
「あの」
彼の前に一人の少女が姿を現わした。
「君は?」
マサトは彼女を見て声をあげた。見れば茶色の長い髪を持つ美しい少女だ。
「貴方を向かえに来ました」
彼女は一言そう言った。
「迎えにって!?」
「はい」
少女は答えた。
「ちょっと待ってくれよ。本当に僕なのかい?」
「ええ、マサト君」
少女はまた答えた。
「どうして僕の名前を」
「秋津マサト君よね」
「う、うん」
マサトは戸惑いながらもそれに答えた。
「秋津マサト。三月六日生まれ、本籍は静岡・・・・・・」
「なら間違いないわ」
少女はそれを聞いて微笑んだ。
「私と一緒に来て欲しいの。いいかしら」
「ま、待ってくれよ」
側まで来た少女に対し慌ててそう声をかけた。
「一体何のことなのか。それに僕は君が誰かも知らないし」
「私?」
「そうだよ。君は一体誰なんだ」
「私は美久。氷室美久よ」
「氷室・・・・・・美久」
マサトは彼女の名をそらんじた。
「そうよ。覚えてくれたかしら」
「覚えたけれど」
だからといって納得したわけではなかった。マサトには何が何だか全くわからなかった。
「けれどそれが」
「いいから来て!」
美久はそう言うとマサトの手を掴んだ。そしてそのまま引っ張った。
「うわ」
外見からは想像もつかない力だった。彼は身体をそのまま引っ張られた。そしてバイクの後ろに乗せられた。
「行くわよ」
「う、うん」
そしてそのままバイクは走る。マサトはあっという間に湘南まで来ていた。
「何でこんなところにまで」
彼は海を見ながらそう言った。見れば海岸は観光客で一杯である。
「まさかここへ来るなんて」
湘南へは何度か来たことがある。美久は彼に対して言った。
「もう少しだからね」
「あの」
マサトは尋ねた。
「何処へ行くつもりなんだい?」
「すぐにわかるわ」
「何かさっきからそんなことばかり言っていないかい?」
ふとそう尋ねた。
「そうかもね」
美久はそれを認めた。
「けれど今はそんなことを言ってる場合じゃないの。御免なさいね」
「うん」
その勢いに流されてしまう。だが彼はそれを受け入れざるを得なかった。それが運命だったのだから。
「着いたわ」
また声をかけてきた。着いたのは何かの基地のようであった。
「連邦軍の施設なのかい?」
「ちょっと違うわ」
美久はそう答えた。
「関係はほんの少しあるかも知れないけれど」
「DCじゃないよね」
「いえ」
「じゃあ何なのだろう」
そう思いながらも美久に連れられるままその施設の中に入った。そこは基地であった。軍事関係の設備が揃っていた。
「基地か」
マサトはそれを見て呟いた。
「一体何の為に」
そう思った。ここで前にサングラスの男が姿を現わした。
「美久、御苦労だったな」
「はい」
美久は彼に挨拶をした。中年の鋭い感じのする男だった。
「貴方は」
マサトは彼にも問うた。
「私か」
「はい」
男はマサトの言葉を受けて彼に顔を向けてきた。
「マサキ」
「えっ!?」
マサトはその名を聞いて声をあげた。
「僕はマサトですが」
「そうだったな」
男はそれを受けて呟いた。
「今の姿の名は」
「!?」
マサトにはその言葉の意味がよくわからなかった。だが男は続けた。
「私は沖功という」
「沖さんですか」
「そうだ。かって君に会ったことがあるのだが。覚えているかな」
「申し訳ありませんが」
マサトはそれを否定した。
「覚えてないです、すいません」
「そうか、ならいい」
沖はそれを聞くとそう答えた。特に何もないようではあった。
(変な人だな)
マサトは沖と話をしながらそう思った。そこへ沖がまた声をかけてきた。
「それで君の今後だが」
「はい」
「ゼオライマーに乗ってもらいたい。いいか」
「何ですか、そのゼオライマーって」
「すぐにわかる」
一言そう言っただけであった。沖は今後は美久に顔を向けた。
「マサトをあの場所へ」
「わかりました」
一瞬顔を伏せた後でそう答えた。そしてマサトの手を掴む。
「マサト君、こっちへ来て」
「な、何なんだ今度は」
だがその力には逆らえなかった。彼はそのまま連れて行かれた。そこは独房であった。
「暫くここにいてね」
「な、何故なんだ、どんしてこんなところに!」
「すぐにわかるわ」
美久はそう言うだけであった。そして彼をそのままにして立ち去った。
「お、おい何処に行くんだ!何故僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」
マサトは叫んだ。だが誰も来なかった。彼は一人になった。
それから暫く経った。沖は美久に問うた。
「奴は今どうしている」
そのサングラスの奥の目の光が少し複雑なものとなっていた。
「今のところ変わりはないようです」
彼女はそう答えた。
「そうか、今のところは」
「はい」
「だがいずれ出て来るな、あの男が」
「あの男とは?」
「美久」
沖は答えるかわりに美久の名を呼んだ。
「マサトをここに連れて来てくれ」
「わかりました」
こうしてマサトが連れて来られた。彼は完全に憔悴しきっていた。
「一体何でこんな・・・・・・」
「答える必要はない」
沖の返答はこうであった。そして言葉を続ける。
「これから御前にはやってもらうことがある」
「やってもらうこと」
「そうだ。美久、連れて行け」
「はい」
そしてマサトはまた連れて行かれた。
「今度は一体・・・・・・」
「ここよ、マサト君」
そこはコクピットの中であった。何かしらの機具が周りにある。
「ここは・・・・・・」
「マサト、思い出したか」
モニターに沖の顔が映る。彼はそこからマサトに対して問うてきた。
「何を」
「あの男のことだ」
沖はそうマサトに対して言った。
「あの男のこと」
「そうだ。思い出せないか」
「何のことなのか・・・・・・」
「では思い出すのだ。早くな」
「貴方は一体何を言っているんですか!?僕を無理矢理ここに連れて来て閉じ込めて」
「全てはあの男の為だ」
「またあの男って・・・・・・」
マサトには何が何か完全にわからなくなってきていた。
「その男って誰のことなんですか」
「君自身だ」
「僕自身」
マサトはそれを聞いて驚きの声をあげた。
「僕が・・・・・・どうしたっていうんですか」
「あの男を出すんだ、早く」
「そんなこと言っても」
「思い出せ、あの男を」
「うう・・・・・・」
マサトは言葉を聞くうちに呻きはじめた。頭を抱えてコクピットの中に蹲った。
「思い出したか、あの男のことを」
「ううう・・・・・・」
マサトはまだ呻くままであった。だが沖はそれでも問うた。
「あの男を思い出すんだ」
「くくく・・・・・・」
それを言うとマサトはゆっくりと笑いはじめた。そして顔をあげてきた。
「ふふふ」
マサトは顔をあげながら言った。
「あの男というのは俺のことか?」
ここでマサトの声がした。だがそれはマサトの言葉ではなかった。
「その声は」
沖はそれに反応した。声がした方に顔を向けた。
「マサキか」
「その通りだ」
マサトは答えた。そこにいるのは確かにマサトであった。だが明らかに何かが違っていた。
その表情が違っていた。あのあどけない顔は何処にもなくドス黒い瘴気が漂っていた。顔全体に険があった。それは明らかにマサトの表情ではなかった。
「沖、久し振りだな」
「その言葉、マサキか」
「ふふふ、如何にも」
マサトはその言葉に応えた。
「俺に一体何の用なのだ。久し振りに会ってみれば」
「わかっていると思うが」
沖は臆することなくそう答えた。
「御前自身がな」
「確かにな。あれに乗れというのだろう」
「わかっているのか」
「そしてあの計画を発動させろというのだな」
「御前が考えていた計画だ。違うか」
「ふふふ、そうだ。では再開させてもらうとするか。美久」
「はい」
美久は答えた。
「わかっているな。行くぞ」
「ええ、マサト君」
「マサトか。そうだったな」
「あいつの名は」
彼は面白そうに言った。
「だが今の俺は木原マサキだ。よく(覚えておけ」
「マサト君じゃないの?」
「そうだ」
マサキは言った。
「今の俺はマサキだ。わかったな」
「ええ」
美久は頷いた。やはり何か妙なものを感じていた。
「では行くとするか。もう客が来ていることだしな」
「何、客だと」
「奴等だ」
マサトは一言そう言った。
「御前は感じないのだな、ふふふ」
「何が言いたい」
「あの時からそうだった。どうやら御前は肝心なところが」
「マサト」
沖は彼の名を呼んだ。
「彼等が来ているのなら一刻の猶予もないのではないのか」
「猶予?それは誰に対して言っているのだ」
逆にこう聞き返してきた。
「俺に対して言っているのなら違うといっておこう」
そしてこう言った。
「まあいい。御前はそこで見ていろ、俺のやり方をな」
「やるのだな」
「答える必要はない」
そう言うとコクピットの中のスイッチを入れていった。そして彼は出撃した。
「ふふふ、蚊トンボ一匹で何が出来るというのだ」
夜の街に巨大なロボットが姿を現わした。それは銀の身体を持っていた。
「ゼオライマー、御前に今獲物を与えてやるぞ」
湘南の街にゼオライマーが姿を現わすと前にもう一体マシンがいた。それこそが八卦のマシンであった。
「ゼオライマー、出たな」
そこには耐爬がいた。彼がそこに乗っていたのである。
「今こそ陛下に報いる、行くぞ」
「フン」
だがマサキはそれを受けても平然と笑っていた。
「戯れ言を。風が天にまで届くと思っているのか」
「八卦の一つ、風のランスター」
耐爬はそれに臆することなく述べる。
「参る!」
ランスターが前に出た。マサキはそれを受けて悠然と構えていた。
「御前のことは知っている」
彼は耐爬に対してそう言った。
「その心もな」
「何っ!?」
「死ぬがいい。心おきなくな。報われることのないそれを胸に」
「貴様っ!」
耐爬は激昂した。そして彼は突進した。
「食らえっ!」
「ふん」
攻撃を仕掛ける。だがマサトはそれを受けても平然としていた。
「甘いな」
「クッ!」
攻撃を続ける。だがそれでもゼオライマーは平然としていた。殆どダメージを受けてはいなかった。
「その程度だというのか、風の力は」
「おのれっ!」
それを受けて間合いを離してきた。そして構える。
「負ける訳にはいかん、退く訳にはいかんのだ!我が愛の為に!」
「また戯れ言を」
それでもマサキは笑っていた。冷酷な笑みであった。
「受けてみよ、我が最大の奥義」
そう言いながら力を溜める。そしてそれを放ってきた。
「デッド=ロンフーン!」
それでゼオライマーを撃とうとする。だがそれはあえなく防がれてしまった。ゼオライマーが両手からエネルギー波を放ちそれを打ち消してしまったのである。
「何っ!」
「茶番はここまでだ」
マサキは戸惑う耐爬を前にそう言った。
「今度はこちらの番だ」
そしてゼオライマーを飛ばせた。そして攻撃に入る。
「塵一つ残さず消滅させてやる」
その両手の拳を胸の前に持って来る。両手にエネルギーが込められる。そしてそれを撃ち合わせる。
「冥王の前に消え去るがいい」
ゼオライマーの周りに攻撃が放たれる。それはランスターも直撃した。
「ぐわっ!」
避けることはできなかった。ランスターは忽ちのうちに致命傷を受けてしまっていた。
「み、帝・・・・・・」
耐爬もであった。彼は最早立っていることさえできなくなっていた。
「申し訳ありませんでした・・・・・・」
そしてランスターは爆発した。彼はその中に消えていった。
「むっ」
だがマサキはそこで何かを感じ取っていた。しかしそれを放置した。
「ふふふ、まあよい」
「ふむ」
沖はその戦いを基地の中から見ていた。彼はモニターを見て頷いていた。
「これでよし。ようやく最強の兵器が手に入った。私の計画はこれからはじまる」
「沖」
ここでマサキが彼に話し掛けてきた。
「ゴミは始末した。これでいいか」
「ああ。では帰投してくれ」
「わかった・・・・・・ムッ!?」
だがここでマサキに異変が起こった。
「グググ・・・・・・」
「どうした、マサキ」
「マサキ!?それは一体」
その声はマサキのものではなくなっていた。
「マサキではないのか」
「違います僕は」
あげられた顔には最早険はなかった。元のあどけない顔であった。
「マサトです。今まで僕は一体・・・・・・」
「どういうことなのだ」
沖はそれを見て眉を顰めさせた。何が何だかわからなかったのだ。
「マサキ」
念の為もう一度名を問うてみた。だが結果は同じだった。
「マサキ?ですから僕は」
「そうか、ならいい」
沖はそれを見て冷静に判断した。そして美久に声をかけた。
「美久、目的はとりあえずは達した。退け」
「わかりました」
美久はそれに頷いた。そして彼女が動かしたのかゼオライマーはその場から動いた。そして姿を消そうとする。その時であった。
「あれか」
そこにロンド=ベルが姿を現わしたのであった。
「戦闘が行われていると聞いて向かってみたが。もう終わったようだな」
「ああ」
ブライトにアムロが答えた。
「一方が負けたらしいな。そして一方のロボットがあれだ」
「あれか」
ブライトはゼオライマーを見た。夜の街に白銀のマシンが浮かんでいた。
「大きいな。そしてそれだけじゃない」
「御前も感じるか」
「ああ」
ブライトは頷いた。彼もまた多くのニュータイプ達と接しているうちに彼等に近い感性を多少ながら身に着けているのであろうか。
「全軍出撃用意。警戒を怠るな」
「了解」
それを受けて皆攻撃態勢、出撃準備に入る。だがここで沖が入って来た。
「待ってくれ」
彼の姿がラー=カイラムや他の艦のモニターに映し出された。
「貴方は」
「私は沖功という。ラストガーディアンの責任者だ」
「ラストガーディアン?」
多くの者はそれを聞いて首を傾げさせた。
「それは一体」
「連邦軍の組織の一つだ」
シナプスが彼等にそう述べた。
「連邦軍の?」
「そうだ。文官が中心で研究を行っている。そうでしたな」
「ええ」
沖はシナプスの言葉を受けて頷いた。
「言うならばネルフが連邦軍の中にあるようなものでしょうか」
「ネルフが」
ミサトはそれを聞いて眉を顰めさせた。
「まさか彼等が」
「?葛城三佐、どうかしたのか」
ブライトがミサトの様子を見て彼女に尋ねてきた。
「急に顔を顰めさせて」
「えっ、いや」
ミサトはそれを受けて顔を急に元に戻した。
「何でもありません。ちょっと考え事をしていまして」
「そうか。ならいいがな」
ブライトはそれ以上聞こうとしなかった。だがミサトはまだ心の中で思っていた。
(まさか彼等があの)
しかし確証はなかった。沖はそれには気付かず話を続けていた。
「我々のことはお構いなく。宜しいでしょうか」
「わかりました」
それを受けてブライトが頷いた。彼はここでは詮索することは避けたのである。
(何かあるな)
心の中ではそう思っていても今はそれを追及する時ではないと読んでいたのである。そして言った。
「それではそのロボットについても援護等は不要ですか」
「はい」
沖はそう答えた。
「今基地に帰投中です。お構いなく」
「わかりました」
こうしてゼオライマーは姿を消した。ブライトはそれを受けて総員に指示を出そうとした。
「それでは横須賀に戻るか」
「はい。・・・・・・ん!?」
ここでレーダーを見ていたトーレスが声をあげた。
「どうした」
「レーダーに反応です、敵です」
「敵!?さっきの戦闘のか」
「いえ、違います。これは」
トーレスはレーダーの反応を見ながら言う。
「バーム軍です!」
「また来たというのか!」
「どうやら。それもかなりの数です」
「クッ、総員出撃!」
それを受けて全機出撃した。程なくして彼等の前にバーム軍が姿を現わした。
「私達は出なくていいんですか?」
美久はラストガーディアンの基地で沖に問うた。
「構わん」
沖はそれに対してクールに答えた。
「バーム星人達は我々の敵ではないからな」
「そうですか」
「それよりもマサトはどうしている」
彼はマサトについて尋ねてきた。
「今は落ち着いていますけれど」
「そうか。ならいい」
彼はそれを聞いてそう言った。
「またすぐに戦いがあるだろう。それまで休んでおくといい。美久、御前もな」
「わかりました」
こうして彼等は静観することにした。目の前ではロンド=ベルとバーム軍の戦いがはじまろうとしていた。
「ハレックよ」
新たな指揮官用の戦艦コブラーダからリヒテルがハレックに対して声をかけた。
「ハッ」
「わかっておるな。今回の戦いはそなたにかかっておる」
「はい」
ハレックはそれに応えた。
「このハレック、必ずやリヒテル提督の御期待に沿えましょう」
「うむ、頼むぞ」
リヒテルはそれを聞いて満足そうに応えた。そんな彼にライザが声をかけてきた。
「リヒテル様」
「どうした、ライザ」
「何故ハレックが今回の作戦の鍵なのでしょうか」
それが彼女にとっては疑問であったのだ。
「知りたいか」
リヒテルはそう言いながら彼女に顔を向けてきた。
「バルバス、そなたも」
「はい」
バルバスもそれは同じであった。彼も頷いた。
「是非共お聞かせ下さい」
「わかった。ではまずそなた等に聞こう」
リヒテルは言った。
「我々の兵器と地球の兵器、互いを見てどう思うか」
「決して劣っているとは思いません」
ライザが答えた。
「互角といったところでしょうか」
バルバスもそう述べた。
「うむ、そうだな」
リヒテルは彼等の言葉を受けて頷いた。
「我等の兵器、決して地球のそれには劣ってはいない」
「はい」
「だが何故勝てないのか。考えたことはあるか」
「それは・・・・・・」
それにはライザもバルバスも沈黙してしまった。それは彼等の責任でもあるからだ。
「我々が至らないばかりに」
「余が言っているのはそういうことではない」
だがリヒテルはここではそれは問わなかった。
「余はそれに一つ気付いたのだ」
「それは」
「人だ」
リヒテルはそう言い切った。
「人」
「そうだ。正確に言うならば操縦者だ。地球人はマシンにそれぞれ乗り込んでいるな」
「はい」
「そしてその性能以上の能力を引き出している。ならば我等もそうすべきだ」
「それでは今回のことは」
「そうだ。ハレック」
リヒテルはまたハレックに声をかけた。
「はい」
「そなたはバームを愛しておるか?」
「勿論でございます」
ハレックはそれに答えた。
「心から」
「うむ」
リヒテルはそれを聞いて頷いた。
「それでは今その心を余に見せてくれぬか」
「提督のご命令とあらば。我が武術、お見せしましょう」
「頼むぞ。そなたの敵はあれだ」
そう言ってダイモスを指差した。
「ダイモス、そしてそれに乗る男だ。竜崎一矢という」
「竜崎一矢」
「あの男こそ敵の主軸の一人。あの男の首、見事挙げてみよ」
「承知しました。私も武人の端くれ。正々堂々と正面から勝負を挑ませて頂きたいのですが」
「よかろう」
リヒテルはそれを認めた。
「勝利の暁にはそなたを余の副官に任じよう」
「副官に」
それを聞いたライザの顔色が変わった。だがハレックはそれには応えなかった。
「リヒテル様」
「何だ、不服なのか」
「いえ。有り難い御言葉ですが私の望みは地位でも名誉でも富でもありません」
「では何なのだ?」
「私の望みは一つです」
ハレックは言った。
「バームの民の幸せ・・・・・・。他には何もいりません」
「フフフ、わかった」
リヒテルはそれを聞いて笑った。
「気に入った。ならばその手でバームの民を救ってみせよ。よいな!」
「ハッ!」
ハレックは出撃した。そしてそのままロンド=ベルに向けて名乗りを挙げた。
「竜崎一矢よ、聞こえるか!」
「何だ!」
一矢はすぐにそれに応えた。
「俺の名はガーニー=ハレック!バーム武術師範の名にかけて御前に決闘を申し込む」
「決闘だと!?」
「そうだ」
ハレックは応えた。
「共に母星の誇りを賭けた一騎打ち。受けてみるか!」
「望むところだ」
一矢は躊躇うことなくそれを受けた。
「おい、何を言っている」
京四郎がそれを止めようとする。
「罠に決まっているだろうが」
「そうよ、お兄ちゃん」
ナナも言った。
「どうせ罠よ。やられるに決まってるわ」
「いや」
だが一矢は二人の言葉に対して首を横に振った。
「あのハレックという男の気迫は本物だ。ここで背を向けるのは男の・・・・・・いや、地球人の恥だ!」
「ほう」
ハレックはそれを聞いて嬉しそうな声をあげた。
「どうやら地球人の中にも男はいるらしいな」
「当然だ」
一矢はそれに返した。
「行くぞ、ハレック」
「うむ。誰にも邪魔をされないところで勝負をつける。よいな」
「断る理由はない。皆、行ってくる」
そう言ってロンド=ベルの他の面々に顔を向ける。皆それに頷いた。
「ああ、行け」
「勝ってこいよ」
「有り難う。じゃあ」
そしてダイモスは移動した。ハレックのダリもそこに移る。二人はそこであらためて正対した。
「よくぞ来た、竜崎一矢」
まずはハレックが言った。
「俺の挑戦を受けてくれた礼を言おう」
「礼はいい」
一矢はそれに対してそう答えた。
「何故なら御前はここで俺に倒されるからだ」
「フ、その言葉はそのまま御前に返そう」
ハレックも負けてはいなかった。
「行くぞ、竜崎!」
「来い、ハレック!」
こうして両者が激突した。互いに攻撃を仕掛け合う。
「トォッ!」
「タァッ!」
攻撃が交差した。両者はそれを見て互いに笑った。
「噂以上になるな。俺の相手に相応しい!」
「それはこっちの台詞だ!俺の空手を受けてみろ!」
そして両者はまた互いに攻撃を仕掛け合う。両者はそれが終わるとまた笑った。
「流石だぜ、ハレック」
今度は一矢が言った。
「この俺の空手と互角に戦うとはな」
「フフフ、久し振りに心踊る戦いだ」
彼もまた戦いの美酒に酔おうとしていた。
「御前のような真の武人と出会えたことを戦いの神に感謝したくなる」
「全くだ」
それは一矢も同じであった。
「だが竜崎一矢よ」
ハレックは一矢を見据えて言った。
「俺達は敵同士だ。決着をつけるぞ!」
「おう!」
そしてまた激しい攻撃の応酬をはじめる。両者は五分と五分の勝負を繰り広げていた。だがここでライザのガルンロールが後ろから一矢のダイモスに接近してきた。
「ムッ!?」
「竜崎一矢!」
ライザはダイモスを見据えながら言った。
「覚悟っ!」
「ぐわあっ!」
後ろからの攻撃であった。これを避けることはできなかった。
「あの女、何てことを!」
「ほら、やっぱり罠だったじゃない!」
京四郎とナナはそれを見て叫んだ。
「一矢、ここは後退しろ!」
「待て!」
だがここで叫ぶ者がいた。それは一矢ではなかった。
「この勝負、誰にも邪魔はさせん・・・・・・!」
それはハレックであった。彼はライザのガルンロールの前に出てそう叫んでいた。
「ハレック!」
ライザはそれを見て信じられないといった顔をした。
「馬鹿な、これは戦いなのだぞ!」
「そうだ、戦いだ」
ハレックはライザを睨みつけてそう言った。
「だからこそ邪魔はさせん!」
「何を言っているのだ」
ライザは彼の言っている意味がわからなかった。彼女の戦いと彼の戦いは根本から違っていたのだ。
「ダイモスを倒すのは今をおいて他にないのだぞ」
「いや」
しかしハレックはそれに対して首を横に振った。
「俺はそうは思わん」
「どういうことだ」
「武人の心もわからないのか」
「そんなもの何になる」
ライザは反論した。
「バームの為、そしてリヒテル様の為に勝てばいいのだ」
「どうやら御前と俺とは決して分かり合えぬ仲らしいな」
ハレックはその言葉を聞いてそう呟いた。
「ならば尚更ここを通すわけにはいかん」
そう言ってダイモスの前に来た。
「ハレック・・・・・・」
「おのれ、敵をかばいだてするか!」
「違う!」
それに対してハレックはまた叫んだ。
「俺と竜崎は男と男の勝負をしたのだ!それを汚されたくはないだけだ!」
「まだ言うか!」
だがライザはそれを聞いてもさらに激昂するだけであった。
「ならば貴様も死ね!」
そう叫び破壊光線を放つ。だがハレックはそれを直に受け止めた。
「何っ!」
「うおおおおおおっ!」
そしてそれを弾き返した。だがそれはかなりのダメージであった。
「ハレック!」
ハレックの乗るダリは落下していった。そしてそのまま海に消えた。
「まさか・・・・・・」
「ええい、ライザめ、余計なことを」
リヒテルはそれを見て叫んだ。
「撤退だ、一時態勢を立て直す!」
「リヒテル様、しかし」
「黙れ!」
リヒテルは何かを言おうとするライザを一喝した。
「貴様に言う資格はない。下がれ!」
「は・・・・・・」
こうしてバーム軍は撤退した。後にはロンド=ベルだけが残った。
「これで終わりかな」
ウッソが撤退するバーム軍を見てそう呟いた。
「また激しい戦いだったけれど」
そして朝になった。彼等はそのまま湘南に留まっていた。その時海岸に一人の男がいた。
「ううう・・・・・・」
黒い髪の男がそこにいた。
「何とか脱出はできたか」
だがそこに一人の男がやって来た。
「ムッ!?」
「待て、そこにいる男」
黒い髪の若者が彼に声をかけてきた。
「御前はバーム星人だな」
「如何にも」
彼は臆することなくそれに答えた。
「名は何という」
「ハレック」
彼は名乗った。
「ガーニー=ハレックだ」
「何、じゃあ御前がハレックだったのか」
彼はそれを聞いてそう答えた。
「そういう御前は誰だ?」
「俺は一矢。竜崎一矢だ」
若者はそう名乗った。
「何、では御前があのダイモスの」
「ああ」
一矢は答えた。
「フ、そうか。よい目をしている」
彼は一矢の目を見ながらそう言った。
「御前のような男と戦えたのは本望だった。さあ、殺せ」
「何を言っているんだ」
だが彼はそれを拒否した。
「俺達の戦いはお預けになっている」
「それがどうしたというのだ」
「それに・・・・・・俺は御前に命を救ってもらった」
「感謝されるいわれはない」
ハレックはそれに対してそう答えるだけであった。
「俺は同胞の不始末をしただけだからな」
ここで京四郎の声がした。
「一矢、そこにいるのか!?」
「いかん」
一矢はそれを聞いてすぐにハレックに顔を向けた。
「ハレック、すぐにここを立ち去れ」
「何、どういうことだ」
「ここは俺に任せるんだ。だから逃げろ」
「竜崎」
ハレックはそれを聞いて彼を見やった。
「御前は俺を助けるというのか?」
「そうだ」
一矢はそれに対してそう答えた。
「敵である俺を」
「次に会った時に決着をつける」
一矢はそう答えた。
「だから今は逃げるんだ。いいな」
「竜崎・・・・・・」
「それまでに傷は治しておけ。いいな」
「わかった」
ハレックは頷いた。頷きながら心の中で思った。
(何という高潔な心を持った男だ)
彼は今地球人、そしてバーム星人の垣根を越えてそう感じた。
(これならエリカ様が魅かれるのも道理)
そしてまた一矢に対して言った。
「竜崎。この借りは必ず返す」
「ああ、拳でな」
「うむ」
こうしてハレックはその場を後にした。そして後には一矢だけが残った。
「そこにいたのか」
そこへ京四郎がやって来た。サンシローやピート達も一緒である。
「おい一矢」
ピートが声をかけてきた。
「ここにバーム星人がいなかったか?」
「ああ、いた」
一矢は素直にそう答えた。
「何!?」
「俺と戦ったバームの戦士ハレックがいた」
「それはどういうことだ」
ピートはそれを聞いて顔を顰めて問うてきた。
「まさか逃がしたというのか」
「その通りだ」
彼は怯むことなくそう答えた。
「敵を逃がしたというのか」
「ハレックは俺の命を救ってくれた」
一矢はそう答えた。
「そんな男を俺は敵として扱うことはできない」
「馬鹿な!」
「それにあの男は誇り高き戦士だ。捕虜となることは望まないだろう」
「何を言っているんだ、一矢」
ピートはいささか激昂してそう一矢に声をかけてきた。
「相手は異星人なんだぞ!」
「それはわかっている」
「敵だ。何を世迷言を!」
ピートは言葉を続けた。
「御前も火星でどれだけの犠牲が出たか知っているだろう」
「ああ」
一矢はそれにも答えた。
「じゃあ何故」
「ピート」
一矢は静かな声で彼に語り掛けてきた。
「何だ」
「俺は父さんをバーム星人に殺された」
「それはわかっていたか」
「ああ。だが俺はバーム星人全てが悪だとは思ってはいない」
「何」
京四郎がそれを聞いて声をあげた。
「御前まだ彼女のことを」
「ああ」
一矢は彼にも答えた。
「俺はエリカを愛している。今でもそれは変わらない」
「だから俺にはわかるんだ。あのハレックという男も」
「寝言もいい加減にしろ!」
遂にピートが感情を爆発させた。
「そんな甘い考えでこの先戦っていけると思っているのか!」
「おい、止めろ」
だが二人の間にサンシローが入って来た。
「一矢とハレックは一対一で戦った。二人にしかわからない理由がある」
「無責任な発言は止めろ!」
ピートは彼に対しても叫んだ。
「御前には地球を守る戦士としての自覚がないのか!」
「あるさ!御前に言われなくともな!」
「!」
サンシローの叫びを聞いて沈黙してしまった。
「だが御前みたいに異星人だからといって牙を剥き出しになんかしない」
「どういう意味だ」
「そのままの意味さ。異星人だから悪だという御前の考えは間違っているんじゃないのか!?」
「何を言ってるんだ、サンシロー。あいつ等は」
「それだ」
サンシロー言いながらここでピートを指差した。
「それじゃあ御前が今批判している奴等と同じだぜ。偏見の塊って意味でな」
「う・・・・・・」
これにはさしものピートも言葉を詰まらせてしまった。だがそれでも口を開いた。
「・・・・・・御前達と話しても無駄だ」
「わからないならいい」
サンシローは吐き捨てるようにしてそう言った。
「そういうつもりで言ったんじゃないからな。正しいことを言ったまでだ」
「御前達と話しても時間の無駄だ」
彼は苛立ちを見せてこう言った。
「だがこのことは大文字博士に報告させてもらうぞ」
「好きにしてくれ」
それでも一矢はそう答えた。
「俺は間違ったことをした覚えはない」
「勝手にそう思っていろ」
ピートはそう言ってその場を後にした。そして彼等は別れた。
「京四郎さん」
ナナはそれを見ながら京四郎に声をかけてきた。
「何だ」
「どっちが正しいのかしら。あたしにはわからなくなってきた」
「どちらが正しいということはない」
京四郎はそれに対してそう答えた。
「そうだな」
それにリーが頷いた。
「強いて言うならどちらも正論だ。だがそのせいでぶつかってしまうんだ」
「そうですね。難しいところです」
ブンタもそれに同意した。彼等もまた難しい顔をしていた。
「・・・・・・・・・」
ナナはそれを見て沈黙していた。彼女にはまだ彼等の言葉の意味がよく理解出来なかった。
リヒテル達は海底に築いた基地に撤退していた。海底城である。
「リヒテル様」
一人の兵士が司令室にいるリヒテルに声をかけてきた。
「ハレック様が戻られました」
「まことか!?」
リヒテルはそれを聞いて思わず声をあげた。
「はい」
その兵士は答えた。
「それは何よりだ。すぐにこちらへ連れて参れ」
「ハッ」
彼はそれを受けて敬礼し部屋を後にした。そして暫くしてハレックがやって来た。
「よくぞ無事だった、心配していたぞ」
リヒテルは彼に対し微笑みを浮かべそう声をかけた。
「申し訳ありません」
だが彼は頭を垂れてリヒテルに対して謝罪した。
「?何故謝るのだ」
「お約束を果たせぬままおめおめと帰還してしまいました」
「よい」
だがリヒテルはそれを咎めようとしなかった。
「そなたの戦いぶりは知っている。ライザのことも不問に処す」
「・・・・・・・・・」
ライザはそれを聞いてその整った眉を顰めさせた。
「あのライザの行動は忘れてくれ。処罰は余がしたからな」
「はい」
「竜崎一矢の首を取るのは次の機会でよい。それまでは身体を休めよ」
「有り難き御言葉」
「気にすることはない。そなたは見事な戦士だ」
「有り難うございます。ですがこのハレック、リヒテル様に一つ申し上げたいことがあるのですが」
「申し上げたいこと。余にか」
「はい。よろしいでしょうか」
「よい。何なりと申してみよ」
リヒテルは優しい声でそれを認めた。
「それで何だ」
「はい」
それを受けハレックは口を開いた。
「地球人とのことですが」
「うむ」
「争いをお止め下さい」
「何だと・・・・・・!?」
リヒテルだけではなかった。それを聞いた全ての者の顔が強張った。
「今、何と申した」
「地球人との争いをお止め下さい」
ハレックは再び言った。
「地球人は決して話のわからない者達ではありません故」
「たわけっ!」
リヒテルは激昂した。そしてハレックを打った。
「うっ・・・・・・」
「馬鹿なことを言うでない!ハレックよ、狂うたか!」
「私は狂ってなぞいません。閣下、どうかここは地球人達と話し合いの場を」
打たれても彼は言った。
「憎しみ合い、殺し合うだけが道ではありませぬ」
「貴様は余の父がどうなったか知っておるのか」
「はい」
彼は答えた。
「貴様の言う話し合いとやらの席で殺されたのだぞ。それでも貴様は言うのか」
「地球人全てがそうだとは限りません」
ハレックは退かない。彼の信念がそうさせた。
「少なくともあの男は」
「あの男」
それを聞いた周りの者が目を向けた。
「竜崎一矢は」
「何・・・・・・!?」
それを聞いてリヒテルの顔色がまた変わった。
「エリカ様が心を魅かれたのも道理、あの男はそれだけの男であります」
「ハレック、そなたまで言うか」
だが彼の信念はこの時禍となった。リヒテルの怒りをさらに高まらせるだけであったからだ。
「この愚か者が!」
「グッ!」
また打った。今度はうずくまった。
「この愚か者を連れて行け!」
リヒテルは倒れ込んだハレックを前にして兵士達に対してそう言った。
「牢に入れておけ。よいな!」
「ハッ」
それを受けて兵士達が立ち上がってきたハレックを左右から掴もうとする。だがハレックはそれを制した。
「いい。自分でいく」
「そうですか」
「そのまま牢に入っておれ。永久に出ることはないと思え!」
こうしてハレックは牢に入ることとなった。彼が牢に入ると隣から何やら声が聞こえてきた。
「!?」
それは少女の声であった。
「ああ、一矢」
「その声は」
それは彼もよく知る声であった。彼は耳をそばだたせた。
「一矢、貴方は御無事でしょうか。想うのは貴方のことばかり」
「エリカ様」
ここで隣から声がした。
「誰でしょうか」
「私です」
ハレックは壁越しに言った。
「ハレックです。武術指南の」
「ハレック?貴方が」
「はい」
彼は答えた。
「兄上の信頼篤い貴方がどうしてこのような場所へ」
「話せば長くなります。ただ一つ申し上げたいことがあります」
「何でしょうか」
「私は竜崎一矢と会いました」
「一矢と!?」
「はい」
彼は答えた。
「あの人は無事なのですか?」
「ええ。あの男は私が今まで会った中で最高の男でした」
彼はそう言った。
「そう簡単には倒れはしないでしょう」
「ああ、一矢・・・・・・」
エリカは彼の無事を聞いただけでもう胸が張り裂けそうであった。
「よくぞ御無事で」
「エリカ様」
ハレックは言葉を続ける。
「はい」
「私はあの男と会い思いました。地球人があの男の言うような者達であればこの戦い続けてはなりません」
「私もそう思います」
エリカは毅然としてそう答えた。
「ですが今の私達は牢にいる身。何ができましょうか」
「御安心下さい、エリカ様」
だがハレックはここでこう言って彼女を安心させた。
「私はあの男に大きな借りがあります。それは必ず返さねばなりません。エリカ様、貴女を何としても彼のもとへ送り届けてみせます」
「わかりました」
エリカはそれを聞いて頷いた。
「それでは私はその日までここであの人の無事を祈りましょう」
「はい」
こうしてエリカとハレックは決意を強めた。戦いの中にあっても決して希望だけは消えはしないのであった。
第二十話 完
2005・5・3
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