リリカルってなんですか?
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
無印編
第十八話
すずかちゃんの―――というよりも、月村家が実は吸血鬼の家系だということを知ってから二日が経過していた。その間に何も変わらなかった、とはとてもじゃないが言えなかった。
まず、秘密を知った次の日、朝一番にすずかちゃんが血を吸ったことについて謝ってきた。さすがにこれは教室などで簡単にできる話ではないから、朝から誰も来ないような校舎裏に連れて行かれてだが。そのとき、一緒に登校していたアリサちゃんが訝しげな表情をしていたので、着いてこないものか、とひやひやしたが、すずかちゃんが内緒のお話と釘刺したおかげか、ついてくる様子はなかった。すずかちゃんの謝罪に関しては、既にさくらさんから謝罪も貰っているので、当然のように受け入れたのだが、そのときの心底安堵したような表情は、もし許してもらわなかったらどうしようという不安が相当のものだったことが伺えた。
そして、後は普通の一日―――とは、問屋がおろさなかった。なぜか、すずかちゃんからのスキンシップが増えた。そのことに気がついたのは、昼食の時間。彼女が昼食を誘ってくるのは僕の記憶が正しければ、初めてだったはずだ。さらに、昼食のときも僕の隣に座り、できるだけ体を近づけてきた。僕としては気恥ずかしかったのだが、結局、すずかちゃんが離れることを許してくれなかった。これだけならまだしも、お弁当の中身を交換だとか、食べさせあいとか提案してきたが、さすがに後者は拒否した。僕たちを見るアリサちゃんの冷たい目が痛かった。
しかしながら、急にこんな行動を取るすずかちゃんは一体どうしたのだろうか? とふと午後の授業中に考えてみた。そもそも、僕とすずかちゃんのパーソナルスペース―――他人との距離で不快な感情を抱かない距離であり、親しいほど近い―――は、友人程度の距離だったはずだ。それが、もはや定義だけで言うなら家族に近い距離まで許している。さて、原因はなんだろうか? と考えてみたが、どう考えても原因は一つしか考えられない。そう、昨日のことである。
吸血鬼という迫害されるのに十二分すぎる理由を僕は自分の魔法と出自のこともあり、簡単に受け入れてしまった。それだけの器が出来上がっていた。僕からしてみれば、すずかちゃんのことを受け入れるのは、呼吸をするように至極当然のことだった。それを拒絶する理由とも考えていなかった。しかしながら、相手からしてみれば、おそらく予想外だったのだろう。あのときに見せた不安そうな顔とさくらさんたちの小学生に対しての圧力等―――ただし、僕のはジュエルシードの件も考えれば、特別だと思う―――を考えれば、彼女たちの秘密がどれだけ重大なものか分かろうというもの。
つまり、すずかちゃんにとって僕は、いじめられっこに救いの手を差し出した友人ということだろうか。なるほど、その立ち位置なら、すずかちゃんの僕に対するパーソナルスペースが近づくのも分かる。それに年齢のことも関係しているのだろう。小学三年生、男女の仲を気にするには微妙な年頃だ。お弁当のことだって、女の子同士ならよくやっているのを見る。つまり、友人の延長上なのだ。彼女にとっては。僕は男だけど。
今は、初めての相手で浮かれているだけなのだろう。二、三日もすればきっと前と同じか、少し距離が縮まった程度で収まるだろうと僕は考えることにした。もっとも、二、三日しても収まらなかったときは別の考えを持たなければいけないが、今は様子見である。
学校面での変化は、すずかちゃん関連が主である。アリサちゃんが少し不機嫌だったのが気になるが、おそらく急に変わったすずかちゃんに戸惑っているだけだろう。事情を知っている僕でさえ戸惑っているのだから。
さて、ジュエルシード捜索に関してだが、忍さんとノエルさんが合流した。話では忍さんだけの話だったのだが、戦力強化という面から見て、ノエルさんが随行していた。
なんでも夜の一族には能力の一部が秀でることが多いらしい。それは、身体能力だったり、魔眼だったり、回復力だったり様々なようだ。その中でも忍さんはどちらかというと知力に能力が現れたらしく、自動人形であるノエルさんも忍さんが僕と同じ年齢の頃に一人で修理したらしい。話によると今では殆ど見ることのできないオーバーテクノロジーが使われているはずなのにすごいを通り越していると思う。
すずかが中学生ぐらいだったら、すずかに託すんだけどね、と忍さんは笑いながら言う。すずかちゃんは、身体能力に能力が現れている。しかも、月村の一族の中でも忍さんたちは純血の夜の一族でその能力の発現の仕方はかなり高いらしく、すずかちゃんの身体能力は小学生にして並みの成人男性以上の力が出せるらしい。なるほど、ドッジボールのときの異様な力強さはそれが原因だったのか、と思わぬところで納得してしまった。
忍さんたちの参入に恭也さんは無言で、なのはちゃんはどこか訝しげな視線を向けていた。魔法のことは秘密なのに急に一緒にジュエルシードを探す、といわれてもさすがに無理なのだからこれから慣れていけばいいと思う。
なのはちゃんには、夜の一族のことは伏せて、魔法のような能力を使える組織の人たちと説明した。彼女たちが使えるという魔眼だけ見れば、あながち嘘ではないのだから大丈夫だろう。しかも、忍さんたちの話によると霊能力者も存在するというのだから驚きだった。
なのはちゃんはそれでいいとして、恭也さんはノエルさんが昨日仕向けたように大学のほうで忍さんから話は聞いたらしい。僕がなのはちゃんに事情を説明するときに、忍から話は聞いた、と言っていたから。さて、ここで気になるのは忍さんと恭也さんの仲なのだが……。他人の色恋沙汰に首を突っ込むのは危険なので特に何も聞かなかった。もっとも、二人の様子から鑑みるにあまり恋人という雰囲気を醸し出していなかったから、忍さんが振られたか、告白しなかったかのどちらかだろう。二人が気まずい雰囲気でもなかったことを考えると後者の可能性が高いと僕は思っている。
忍さんたちが仲間に加わったこと以外、特に変わったことはなかった。護衛に忍さんとノエルさんが増えたぐらいだろう。これで、ノエルさんが仕事服―――メイド服だったら相当目立っただろうが、きちんと私服だったので注目度も変わらなかった。
しかしながら、最初は僕となのはちゃん、ユーノくんの三人だったのが、今では知り合いなどをあわせると二桁に登る人数が手伝っているのだからずいぶんと大事になってしまったと思う。最初は、ジュエルシードが大変なものだから、とりあえず、なんとかできるならなんとかしよう、という軽い気持ちだったのに。月村家のような夜の一族という裏の世界にまで半分足を突っ込んでしまう事態になってしまったのだから。
ジュエルシードが全部集まって、いや、そのまえに時空管理局が来れば、前と同じ生活に戻れると気楽に考えていたが、今ではもうそれは叶わない夢なんじゃないか、と思う。できるだけ前と同じになればいいな、と思う。
その日の晩、さくらさんが言っていたお詫びの品が届いた。最高級のレバーだった。ノエルさんという料理人つきで。これは、血を回復しろ、という意味なのだろう。うん、まさか、血を回復してまた吸わせてという暗喩ではないことを願うばかりである。
◇ ◇ ◇
忍さんとノエルさんがジュエルシード捜索隊に参加した次の日。今日は休日だ。だがしかし、ジュエルシードを捜索するのに休みはない。しかも、平日なら放課後が主になり、二、三時間がせいぜいだが、休日なら一日中探せるのだから。そんなわけで今日も母さんが作ってくれたお弁当を持って、捜索隊は海鳴の街を歩き回る。
だが、もうすぐ一ヶ月近く探しているのだ。それで集まったジュエルシードは七個。月村家に預けてあるジュエルシードを合わせると八個となる。
実は、月村家のジュエルシードは忍さんたちに預けたままだ。なんでも、自分たちの縄張りに落ちてきたものを対価もなしに渡せないらしい。これが個人と組織の違いなのだろうか? と思うが、きちんとなのはちゃんの魔力並で、封印されている以上、滅多なことでは発動しないとユーノくんのお墨付きを貰ったので、ならば、と預けている。
そんな風に探し続けた休日。お昼には、なぜかなのはちゃんが昨日のすずかちゃんのように自分のお弁当の中身を食べさせようとしてきたが、恭也さんが見ている目の前でそんなことができるわけもなく、丁重に断わった。なのはちゃんは最後まで残念そうだったが。それよりも、恭也さんが興味なさげな表情をしながらもこちらを気にしていたのにこっそりと笑えた。忍さんとノエルさんは微笑ましい笑みで見てくれるので逆に恥ずかしかったが。
さて、お昼を食べた僕たちは、またジュエルシード捜索を再開したのだが、問題が発生したのは、お昼と夕方の境目のような時間帯だった。午前中は太陽が燦々と輝いていたのだが、お昼を過ぎた辺りから急に曇り、ついに懸念していた雨が降ってきたからだ。
今日の天気は晴れだと思ったし、なにより、午前中は晴れていたため誰も傘を持っていなかった。
近くにコンビニでもあればよかったのだろうが、今日は海鳴の中心街から離れた住宅街を中心に探していたため、近くにコンビニはなかった。一番近い店でも十分程度の時間が必要だ。だが、それならば十五分ほど走れば僕の家があった。僕の家に行けば、シャワーや乾燥機もある。それならば、と僕たちは蔵元家へと足を向けることにした。
僕とユーノくんはノエルさんに、なのはちゃんは恭也さんに背負われて、住宅街を風のように駆け抜ける。いや、本当に風のように駆け抜けているのだから恐ろしい。まるで車の中に乗っているように目まぐるしく変わる周りの風景。この人達が、吸血鬼、機械人形、剣術家と普通とは一線を画した人間だと僕は改めて実感した。しかし、この速度では、僕の家までは、僕の足で走って十五分だったのだが、このスピードなら五分もしないで到着してしまうかもしれない。
まあ、その分、濡れないから遅いよりもずっといい、そう思っていたときだった。曲がり角を曲がった先であまり出会いたくなかった人物を目に入れてしまったのは。
最初に気づいたのは恭也さん。僕の家を知っているために先頭を走っていたため、彼女たちを目に入れるのも最初だったわけだ。恭也さんが止まったことに気づいて、忍さんとノエルさんも足を止める。そして、僕はノエルさんの背中から降り、改めて彼女たちを目に入れた。獣耳と豊満な身体を持った女性が一人の少女を背負い、雨に打たれながらのろのろと歩いている光景を。
「ショウくん……」
「うん」
獣耳を持った女性と背負われている少女には見覚えがある。忘れるには印象が強すぎる。なぜなら、彼女たちはジュエルシードを狙って、僕たちを襲ってきたのだから。しかし、なんというか、あの時とは違って覇気がないようなきがする。背負われている少女は、意識がないようだし、なにより着ている服もボロボロだ。そして、背負っている女性は服はまともだが、ペタンと垂れた獣耳と力が入っていない歩き方といい、先日の襲ってきたときは様子がまったく違った。
しかし、それが罠じゃないと誰も言いきれない。彼女たちが襲ってきた事実が消えることはない。だから、恭也さんが小太刀に手をかけるのも、なのはちゃんがレイジングハートを起動するのも、ノエルさんと忍さんが銃を構えるのも仕方ないことなのだろう。何か様子がおかしいといいたかったが、戦えない僕が口を出せる問題ではないので、一歩引いて展開を見守ることにした。
獣耳が僕たちに気づいたのは、僕たちよりもワンテンポ遅れてからだった。俯いていた顔を上げたかと思うと、僕たちに気づいて、顔面を蒼白にする。まるで、恐ろしいものにでもであったかのように。そして、すぐに我を取り戻したかと思うと何かを決意したような表情をした。これを襲ってくる前兆と感じたのか、恭也さんたちは迎撃体制に入ったが、それは見当違いだった。
ちっ、と小さな舌打ちをすると獣耳の女性は、反転、後に駆け出した。
誰もが思っても見ない行動に呆気に取られたが、最初に動いたのは恭也さんだった。すぐさま彼女たちを追いかける。次がノエルさんと忍さん。同じく獣耳の女性を追いかける。幸いにして彼女の足はさほど早いとはいえない。ありえない速度をもつあの人たちが追いつくのは時間の問題だろう。
そう思っていたのだが、恭也さんたちが追いつくまでもなく決着がついてしまった。
「チェーンバインドっ!」
僕の肩に乗っているユーノくんからの魔法。僕も少しだけ教えてもらったバインドよりも強力な拘束魔法。それが発動し、地面から生えた翡翠色の魔力鎖が獣耳の女性の足に絡みついた。急に絡みついた鎖に獣耳の女性は対応できなかったのだろう。急につんのめったような体勢になり、背中の少女の体重が枷となったのか、そのまま倒れこんでしまった。
次に彼女が背負った少女を胸に抱くようして上半身だけ起き上がったときには、すでに恭也さんも忍さんもノエルさんも彼女を囲うように立っていた。ノエルさんと忍さんは銃のようなものを構えて、恭也さんは小太刀に手をかけて、そして、僕たちは少し離れたところからはのはちゃんがレイジングハートを構えていた。
彼女は寒さのせいか、あるいは敵対していた僕たちに囲まれたせいなのか、ガタガタと全身を震わせていた。だが、胸に抱いた金髪をツインテールにした少女を守るように胸に抱いて、目線と鋭い八重歯だけで虚勢とも取れる威嚇をしてくる。それが自分が傷ついても少女を守る母親のようで、見ているだけで胸が痛む光景だった。
しかしながら、傍目からみれば、この場合、悪人は僕たちではないだろうか。
震えながら少女を守るようにして抱きかかえる女性を銃と小太刀と魔法の杖で脅すように囲う僕たち。
ダメだ。完璧に悪役だった。これは止めないとまずいと思った。幸いにして似たような感想は恭也さんたちも抱いているらしい。あまりに違いすぎる、と。忍さんとノエルさんは話によると月村家でジュエルシードが発動したときにみているはずなのだが、やはりそのときとは様子が異なるのだろう。頻繁に恭也さんに問いかけるように目配せをしていた。だが、恭也さんも事情が分からないのだろう。困惑した様子で、何かを答えられるような雰囲気ではなかった。
一触即発の雰囲気ではまったくないが、恭也さんたちは動きがないように囲み、獣耳の女性はこちらに手が出せないのか、威嚇するだけで動く様子はない。雨が降りしきる中、ただただ時間だけが無意味に過ぎていく。
四月の下旬、後一週間程度でゴールデンウィークが始まろうか、という時期であっても、四月の雨は相当冷たい。このままでは全員風邪をひいてしまう。特に僕やなのはちゃん、そして女性の胸の中に抱かれている僕と同じぐらいの少女は子どもなのだ。風邪をひく確率は相当高いものとなるだろう。だから、そうならないためにもこの場を打開するために提案する。
「あの、このままじゃ、お互いに風邪ひいちゃいますから、一度僕の家に行きませんか?」
「だが、大丈夫なのか?」
恭也さんはあまり僕の提案には賛成といえないようだった。もしかしたら、僕の家族を心配しているのかもしれない。彼女たちが暴れたならきっと僕や母さん、親父、秋人は抵抗できずにやられてしまうだろうから。恭也さんが強いといっても四人は無理なのだろう。だが、僕としてはこの様子を見て、彼女たちが暴れるとは考えられなかった。
「私は、できればショウくんの提案に賛成かな」
「確かに、このままの状態が好ましいものとは思いません」
忍さんは賛成、ノエルさんは消極的賛成といったところだろうか。忍さんたちもたぶん、彼女たちが暴れた場合も考慮しているのだろう。だが、忍さんたちが持つ麻酔銃は確か彼女たちに効いたと聞いているから、それによる安心かもあるのかもしれない。
「なのはちゃんは?」
「私はショウくんの言うことに従うよ」
間髪いれずに答えてくれたところ見ると、どうやらなのはちゃんは賛成らしい。前回の戦闘では、返り討ちにしてしまったなのはちゃんだ。彼女がこんなに自信満々だと心強いものがある。さて、多数決でいけば一度、僕の家に行くことは決定だが、やはり暴れられるかもしれないという心配があるのはあまりよろしい話ではない。
だから、できれば彼女たちにも納得してほしかった。
「ねえ、お姉さん」
「……なんだい」
渋々といった様子で口を開いてくれる獣耳の女性。一応は会話が成り立つことに安心した。口すら開いてくれなかったら誘うことすらできなかったのだから。
「僕たちについてきてくれませんか? あなたが抱いてる彼女も風邪ひいちゃいますよ? 僕の家なら温かいと思いますし、このままこう着状態が続くよりもずっといいと思います」
僕の提案にしばらく考える。家というのは明らかにアウェーだ。そこに連れて行くというのだから、彼女が悩むのも無理もない話だ。普通に考えれば、彼女たちは捕虜。何をされてもおかしくないのだから。
雨の音だけが存在する空間で再び彼女が口を開いたのは、しばらく経ってからだった。彼女の中でどんな葛藤があったのかわからないが、彼女にとっては重大な決断だったのだろう。
「……わかったよ。私はどうなってもいい。何でも答えてやるよ。だから……だから、フェイトだけは助けてくれっ!!」
フェイトというのは少女の名前だろうか。まるで懇願するように全員を見つめる女性。それに否と答えられるほど僕たちは薄情じゃないし、本気で頼んでいる人の願いを無下にできない。
「わかった。その少女の安全は保障しよう」
それで納得したのか、警戒は解かないものの、恭也さんが獣耳の女性に手を差し出す。獣耳の女性も警戒していたが、やがて諦めたような表情をして、少女を胸に抱きかかえたまま恭也さんの手を取って立ち上がった。
こうして僕たちはまた風を切るような速度で一路、蔵元家を目指すのだった。
◇ ◇ ◇
僕の家のリビングは重々しい雰囲気に包まれていた。この場にいるのは、僕、なのはちゃん、ユーノくん、恭也さん、忍さん、そして、獣耳の女性だ。親父はまだ帰宅していないし、母さんとノエルさんにはフェイトと呼ばれた少女の世話をしてもらっている。着替えや布団に寝せたり、あとはあまりいい気がしないが、怪我の治療もだ。
帰宅後、この人数には驚いたものの母さんは、すばやく行動してくれた。女性陣―――なのはちゃん、忍さん、ノエルさん、獣耳の女性―――は、お風呂に入れて、その間に洋服はすべて乾燥機にかけ、男性陣―――僕と恭也さん―――は暖房の前で、タオルで水気を取り着替えた。僕の着替えは自分の家なのであるのだが、恭也さんには当然ない。親父のを、と思っていたのだが、サイズが違いすぎた。親父は細身の身体であり、恭也さんは鍛えぬいたがっちりした体格である。サイズが合うはずもない。仕方なく、下着だけは最初に乾燥機にかけ、上着等はジャージを羽織るだけで我慢してもらった。
女性陣の服が乾き、お風呂から出てきた頃には、夕方だった時間帯はすっかり山の向こうに日が落ちた時間帯になっていた。
「さて、それじゃ、まずはあの子と自己紹介からしてもらえるかしら?」
この重い空気を払うように忍さんができるだけ明るい声で、会談の口火を切った。こういった会議は、口火さえ切ってしまえば、後は流動的に何とかなるものだ。
もっとも、会議の司会役は忍さんで、話していたのは殆ど獣耳の女性―――アルフさんだったが。
さて、アルフさんの話を簡単にまとめると以下のようになる。
魔導師―――フェイトちゃんが、使い魔のアルフさんとジュエルシードを集めていたのは彼女たちの母親の命令だった。だが、その母親というのが酷い母親でいつもフェイトちゃんをいじめていた。アルフさんからしてみれば、そのことに相当憤っていたのか、母親―――プレシアさんを相当言葉で罵っていた。そして、ついさっき、プレシアさんに呼ばれ、時の庭園という拠点に行ったフェイトちゃんが、プレシアさんから相当酷いことを言われ―――この部分の詳細は分からないらしい―――捨てられるように時の庭園を追い出されたようだ。命からがら転移魔法で転移した場所は、海鳴のビルの上で、この地球で拠点にしている海鳴の隣の市へ帰る前に僕たちに見つかった。
「―――これで全部だよ」
全部を聞いた僕たちの反応はただの静寂だった。いや、正確には何を言っていいのか分からないという感じだ。アルフさんから聞いた話だから鵜呑みにするわけにはいかないということは分かっている。だが、フェイトちゃんの怪我を見れば、信憑性はかなりあるといっていいだろう。医療の知識があるノエルさん曰く、頬の腫れは明らかに打たれた跡だというのだから。
もし、彼女たちが純粋にジュエルシードを狙って悪事を働こうとする人達ならよかった。やっぱり、悪い人だったんだ、と納得できた。だが、現実は、虐待されながらも母親のために頑張る少女だった。彼女の母親であるプレシアさんが何を考えているか分からないのはおいていたとしてもだ。フェイトちゃんには襲われたという感情よりも同情心のほうが強いため罪悪感を感じてしまうのだ。襲ってきた当初は何も事情が分からなかったとしても。
「……ずいぶん、重い話を聞いちゃったわね」
人にはそれぞれ事情があるというが、これは重すぎた。さすがの忍さんもこれには気まずそうな顔をしていた。虐待という言葉はニュースではよく聞くが、目の当たりにすることは少ない。しかし、今、現実として目の前に落ちてきた。もしかしたら、忍さんは母親からということもあって女性として何か思うところがあるのかもしれない。
なのはちゃんは大丈夫だろうか? と思って隣に座っているなのはちゃんの様子を伺ってみたが、神妙な顔をしているが、意外と平気そうな顔だった。
「でも、あなたたちはもうそのプレシアさんのところには戻らないんでしょう?」
「当たり前だよっ!! あんなヤツのところになんて戻るもんかっ!!」
忍さんの言葉によほど心外だったのか、憤慨という言葉が似合うほどの形相をしてアルフさんは忍さんの言葉を否定した。忍さんはその答えが予想できていたのか、あるいは、自分が思ったとおりの返答を返してくれたからなのか、ニッと笑う。
「そう、それで、これからどうするつもりなの?」
「え? あたしは、フェイトと二人で暮らせればいいと思ってただけだけど……」
実に歯切れの悪そうに言うアルフさん。もしかしたら、母親から捨てられるように追い出されたのは、彼女たちにとっても予想外だったのかもしれない。だから、これからのことなんて考えていなかった。まずは、地球のアジトに戻ること。それを最優先していたようだ。
だが、もしも、この先、地球で暮らすとすると、それは非常に甘い考えだといわざるを得ない。
「それで、仮にこのままこの街に住むとして……お金は? 学校は? 住所は?」
アルフさんは、忍さんの矢継ぎ早な質問に頭の上にクエッションマークを浮かべていた。
しかし、忍さんの言うことも最もなことだ。このまま彼女たちが住むには障害が多い。
まずは、お金。これがなければ生活はできまい。しかし、彼女たちは魔導士なので、盗みなんかも簡単にできてしまうかもしれない。次に、学校や住民票等の問題。フェイトちゃんが僕たちと同じ年齢だとすると学校に行っていないのは、まずい。確実に補導対象になる。しかし、そうなると、戸籍も住民票もないフェイトちゃんは不法滞在者と同じ扱いになるだろう。しかし、強制送還もなにも帰る国がないのだからさらに問題だ。とにかく、このまま生活するとしても、問題は山積みだった。
「そこで、提案なんだけど……あなたたち私たちに保護されない?」
忍さんが言っている意味が分からないのか、アルフさんは小首をかしげていた。それを見て、仕方ないといった感じで忍さんは続ける。
「あのね、あなたたちをこのまま解放したとして、暮らしていけなくなったときに魔法を使って悪さをされたら、私たちのところにも責任が来ちゃうの。だから、保護って名目で監視下においたほうがいいわけよ。もちろん、一般家庭並みの生活は保障するわ。どう?」
忍さんの提案を受けてう~ん、と腕を組んで考えるアルフさん。まあ、当然だろう。今まで敵対していた組織が保護という名目で世話をするといわれてすぐに飛び込むとも思えない。罠の可能性だってあるし、今以上に汚い仕事をやらされる可能性だってあるのだから。
結局、アルフさんが答えを出せなかった。フェイトちゃんと話をさせてほしいらしい。確かに、よくよく考えるとアルフさんは、使い魔で主はフェイトちゃんなのだ。使い魔であるアルフさんが勝手に決めるというわけにはいかないのだろう。
「ちょっと待ってください」
「え? なに? ユーノくん」
今まで発言しなかったユーノくんが短い手を上げる。
「あなたたちは、管理世界の人間ですよね? ここに住むつもりなら時空管理局の許可を得ないとダメなんですが……。それよりも、管理世界で暮らしたほうがいいんじゃないですか? 魔導師なら引く手あまたでしょうし」
ここで、さらに選択肢が広がった。なるほど、確かに彼女たちが魔導師である以上、ユーノくんたち側の世界の人間であることは間違いない。ならば、アジトがあるが、暮らしにくい地球よりも、元の世界のほうが暮らしやすいのかもしれない。
選択肢がもう一つ増えた。だが、こればかりは、フェイトちゃんが起きなければ話にならないだろう。
とりあえず、話し合いはそれで一段落ついた。後はフェイトちゃんが起きなければ、何も始まらないということで、今日のところは、ノエルさんがフェイトちゃんの治療を終えたら帰るそうだ。帰りはタクシーを呼ぶらしく、恭也さんとなのはちゃんも同乗して帰ることにしたようだ。
さて、話し合いが一段落ついてから、僕たちが適当な雑談に花を咲かせていた頃、不意にリビングへ繋がる扉が開いて、ノエルさんが顔を出した。
「アルフ様、蔵元様、フェイト様が目を覚まされましたので、お二人だけよろしいでしょうか?」
フェイトちゃんが目を覚ましたらしい。しかし、二人だけとはどういうことだろうか? その答えは、僕がフェイトちゃんが治療されている部屋に行くとすぐに分かった。アルフさんはノエルさんの言葉を聞くとすぐに飛び出していた。場所が分からないだろうと思っていたのだが、彼女の獣耳が示すようにイヌ科の動物が元らしい。僕に案内されるまでもなくフェイトちゃんが治療されている部屋へと駆け込んでいた。
フェイトちゃんが治療されている部屋は客間として使われている部屋であり、親戚がきたときに使われている。布団もあるし、丁度良いだろということで使われている。
僕がノエルさんより一歩前を歩き、部屋に向かったのだが、入り口でなぜかアルフさんが立ち止まっていた。
「どうかしましたか? アルフさん」
答えがなかったので、僕はアルフさんの横から部屋に入る。そこで見た光景は、寝るために解かれたのかツインテールだった金髪を流した僕と同じぐらいの女の子が傍らに座っていた母さんのお腹に顔をうずめ、甘えるような声で「母さん」と口にしている光景だった。
秋人が生まれる前ぐらいから髪を伸ばし始め、今ではロングと呼べるほどの髪になった母さんは、どういうこと? と困惑した様子だということが一目で分かる。無理もない話しだ。目を覚ました少女にいきなり母さんと甘えられるのでは意味が分からないのも無理はない。なるほど、これで僕とアルフさんだけが呼ばれたのか理解した。
「……フェイト、なにやってるんだい?」
ようやく正気に戻ったのか、アルフさんが心底分からないといった様子で搾り出すように声を出す。おそらく、彼女もフェイトちゃんのこういう光景を見るのを初めてだったのだろう。
だが、僕たちの予想に反して、フェイトちゃんの反応は激しいものだった。
アルフさんの口からフェイト、という名前を聞くと、ビクンっ! と肩を震わせ、母さんのお腹にうずめていた顔を上げると疑問に満ちた表情で口を開く。
「アルフ、何言ってるの? フェイトって誰? 私はアリシアだよ」
あれ? 何かがおかしいと思ったのは僕だけではないはずだ。アルフさんもそんなバカな、という驚愕に満ちた表情をしていた。
「フェイトこそ何言ってるんだいっ!? フェイトは、フェイトで、私の大好きなご主人様だろうっ!?」
フェイトの言葉が信じられないのか、アルフさんはフェイトちゃんに近づき、肩を握ってフェイトちゃんの名前を何度も呼ぶ。果たして、それがスイッチだったのか、疑問に満ちていた表情はすぐに怯えに彩られた表情に変化した。
「フェイト? ふぇいと、ふぇいと? あ、あ、あ、ああぁぁぁぁぁ。ちがう……ちがう……ちがう。私はフェイトじゃない。にせものじゃない。ごみじゃない。アリシアだ。そうだよ。母さんに嫌われるフェイトじゃない。捨てられるフェイトじゃない。ねえ、そうだよね、母さんっ!」
縋るように僕の母さんに問いかけるフェイトちゃん。さて、これは一体どういうことだろう。僕もアルフさんもノエルさんも、当然、母さんも事情が把握できない。だから、母さんは何も答えられない。だが、答えないという答えはさらに事態を加速させる。
「ねえ、どうして? どうして答えてくれないの? 贋物だから? ゴミだから? ちがう、ちがう、ちがうよ、母さん。私はアリシアだよ。そうだよ、フェイトじゃない、アリシアだ。ねえ、そうでしょ。私はアリシアだよね?」
拙い、とそう思ったのは、彼女の虚空を見つめるような虚ろな瞳を見たからだろうか、あるいは、彼女に瞳に浮かぶ一滴を見たからだろうか。どちらにしても、何も対応しないのはまずいと思った僕は、フェイトちゃんに近づいた。
「そうだね、君はアリシアだ。贋物じゃない。ゴミでもない。ただのアリシアだよ。ねえ、母さん?」
贋物やゴミという言葉が何を意味するか分からない。だが、この場合は、とりあえずの肯定だ。ここで否定すれば、彼女の精神は確実に不安定のまま固定されてしまうだろう。今は、とりあえず、この不安定な状態を脱出するためにも彼女の言うことを肯定するしか選択肢はなかった。そして、それは僕だけでは力不足であり、最後の一押しには母さんの言葉が必要だった。
「ええ、そうね。アリシア」
アリシア―――その言葉も分からない。だが、母さんは僕のアイコンタクトが通じたのか、彼女が望む名前を呼んでくれた。そして、それを聞いたフェイトちゃんは安堵の表情が広がり、先ほどの虚空を見つめるような瞳ではなく、力強さが戻ってきていた。
「さあ、まだ疲れているんだから寝ましょうね」
「はい、母さん」
母さんも先ほどの彼女の行動に何かを感じたのか、今は寝ることを勧める。そして、母さんのことは信用できるのだろう。フェイトちゃんは笑顔でそれに応えて、布団をかぶるようにして再び横になる。それを見届けて、僕はアルフさんとノエルさんと一緒に部屋を出た。
◇ ◇ ◇
状況を説明したリビングはまたしても暗い雰囲気を醸し出していた。今度は、ノエルさんも加えた形だが。
聞いただけでは確かに状況は分からないかもしれないが、実際に見た僕からしてみれば、確かに異様だった。
フェイトという名前は確かに彼女のものなのだろう。ならば、アリシアという名前は何所から来た? アルフさんに聞いても分からないという。ならば、彼女と彼女の母親にあった何かなはずだ。あと、ゴミという言葉。これは侮蔑の言葉なのだから、虐待のときに浴びせられた言葉なのだろう。
先ほどの表情を見るに彼女は完全にフェイトという人格を捨てていた。最初は本気でフェイトという名前に聴き覚えがなかったようだから。さて、そう考えると、ちょっと危険かもしれない。アルフさんの話によると彼女は虐待を受けていたという話だから、もしかしたら、彼女は二人目の人格を作ろうとしているのかもしれない。
二重人格。言葉だけなら聞いたことがあると思う。これが起きる原因については、よく分かっていない。しかし、通説の中には、幼い頃、虐待や酷いことを受けていると、その現実から逃避するためにもう一人の自分を作るというのがあった。つまり、虐待を受けているのは自分ではなく、そのもう一人なのだと、だから痛くない、と思い込むことでもう一人の人格ができるというものだ。
この場合は、本人がすべての痛みを背負って、アリシアという新しい人格が、新しい自分になろうとしているようだが。しかも、僕の母さんを母さんと勘違いして。しかし、これが正しいのか分からない。似たような症例で上げただけだから。まだ、フェイトちゃんの記憶とリンクしているところもあるところを見ると、一歩手前の酷い現実逃避という感じにも見える。
やはり付け焼刃の知識ではこんなものか。近いうちに専門家に見せる必要があるだろう。
結局、この場では何も決まらず、とりあえず、我が家にフェイトちゃん―――アリシアちゃんを置くことを決定した。なぜなら、母さんがアリシアちゃんの母さんとみなしているからだ。ここで離れ離れにして暴れられても困るという理由で。
母さんも親父もとりあえず了承した。母さんも女の子に甘えられて悪い気はしないらしい。しかも、養育費のようなものは、月村家が出してくれるというのだから了承しない理由はなかった。警察などの対応もやってくれるというのだからいたせりつくせりだ。これがもしもプレシアさんによって考えられた罠だとしたら、アリシアちゃんを本当に傷つけているのだから苦肉の策もいいところである。だが、アリシアちゃんの母さんに甘えるときの安堵したような表情とアルフさんの憤慨を疑いたくはなかった。なにより、ジュエルシードを狙っているなら、僕たちの家よりもなのはちゃん宅を狙うだろうから。そういった考えもあって、僕もアリシアちゃんの受け入れに賛成した。
そんな経緯で、我が家に一人家族が増えました。
◇ ◇ ◇
奇妙な経緯で家族が増えた次の日の夜。なぜか、僕は自分の部屋ではなく、母さんと親父の部屋で久しぶりに川の字になって寝ていた。いや、川というには縦線が多いが。なぜなら、親父、僕、アリシアちゃん、母さんの順なのだから。もっとも、親父はまだいないから川であっているのかもしれない。秋人は少し離れたベビーベットの中で寝ている。
ここで、僕が寝ている経緯は簡単だ。アリシアちゃんがねだってきたからだ。お兄ちゃんというのも大変だ。なぜ、僕がお兄ちゃんなのかというとフェイトちゃんが起きた後の母さんの説明に起因する。
フェイトちゃん―――アリシアちゃんが起きたのは、恭也さんたちが帰ってから数時間後だった。最初は、母さんにだけ甘えていたが、僕に気づくと母さんの影に隠れて怯えるように「誰?」と問うてきた。そこで、母さんはなぜか僕を兄と説明。結果、アリシアちゃんからの僕への呼称は「お兄ちゃん」になってしまった。そのときに、「私は、妹がほしかったけど、お兄ちゃんでも嬉しい」と言っていたが、どういうことだろうか? ちなみに、妹はいないが弟はいるということで秋人を見せると意外と大喜びだった。
さて、そのアリシアちゃんだが、家族が嬉しいのか、虐待の記憶しかない反動か、特に母さんか僕に甘えてきた。母さんのほうが優先度が高いが。今日もまさか一緒にお風呂に入ったりする羽目になろうとは思いもよらなかった。しかも、こうして一緒に寝ることになろうとは。傍から見れば可愛い妹なのかもしれないが。
しかし、アリシアちゃんにはやはり不安定な部分がある。ちょっとした失敗。例えば、今日の朝食のときにお手伝いでお皿を運んでいたとき、まだ体力が回復していないか、よろけて誤ってお皿を割ってしまった後、慌てて素手でお皿の破片を拾おうとした。しかも、そのときの目は虚ろで、色をなくしており、怯えたように「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟きながら。
さらに、奇妙なことにアリシアちゃんは右利きなのに左利きのように振舞うことだ。まるで、記憶と体の整合性が取れないように奇妙な感覚を覚えたように左手を振っていた。特に僕たちを見て使おうとしていたお箸は、彼女が右利きで、左手で使うことは困難なのに左手で使うことに固執していた。
あと、アルフさんは、アリシアちゃんを心配そうに世話を焼きながらも、どこか様子が違うアリシアちゃんに戸惑っているようだった。ちなみに、彼女は今は元の姿である狼になってリビングで寝ている。さすがにあの姿は刺激が強すぎたらしい。親父に。危うく家庭崩壊だった。
明日は、アリシアちゃんが病院に行く日だ。さて、どうなるだろうか。
しかし、そろそろ本当に時空管理局には来てもらいたいものだ。彼らならもしかしたらフェイトちゃんとアリシアちゃんのことも分かるかもしれない。プレシアさんのことも分かるかもしれない。いや、だがしかし、彼らが来たら、アリシアちゃんたちはどうなるのだろうか。ユーノくんの話によると地球は管理外世界なわけで、アリシアちゃんたちのような管理世界の人間は暮らせないんじゃないだろうか。
時空管理局が来ればすべてが分かることだが、考えずにはいられない。まだ、たった一日とはいえ、アリシアちゃんは僕の可愛い妹なのだから。
そして、アリシアちゃんが妹になって二日後―――ついに時空管理局は姿を現すのだった。
後書き
二重人格の原因はあくまでも一例です。こういう説もありますよ、程度で考えておいてください。
裏はアリサ、すずか、恭也、アルフ、プレシア、なのはでお送りします。
ページ上へ戻る