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無印編
第十五話 裏 後 (アリサ、恭也、すずか、忍)
親友である月村すずかの家から出てきたアリサが目にしたものは裏庭であろう森から出てきた四人の姿だ。
一人は、もう一人の親友である蔵元翔太。一人は、すずかの姉である忍。後、二人はアリサの知らない人物だった。だが、それでも翔太の横に寄り添うように歩いている同年代の少女が高町なのはであろうことは簡単に推測できた。
アリサ・バニングスは、翔太の隣に寄り添うように歩く少女が気に入らなかった。
そこは、そこだけはアリサたちのものなのに、我が物顔で歩いている少女が気に入らない。ただ、それだけだ。
もちろん、アリサだけが翔太の隣を独占しているわけではない。彼にだって他の友人がいることも付き合いがあることも分かっている。親友だからといって、他の友人との付き合いを否定するほど器量の狭い女ではないことを彼女は自覚している。
だが、それでも、高町なのはだけは例外だった。なぜなら、彼女は、翔太を一人独占しているから。彼にだって友人との付き合いがあろうとも優先順位は明白だった。学校、塾、アリサたちの英会話やお茶会、その他友人。この順番が翔太の中に確立していた優先順位だったはずだ。だが、何の前触れもなく唐突に現れた高町なのは。今まで確立していた優先順位に割り込み、塾やアリサたちの英会話やお茶会よりも上位に割り込んできた女の子。
如何にアリサとすずかが翔太の親友とはいえ、学校や塾に割り込むことは不可能だった。塾をずる休みして遊びに行くことなんて提案しなかったが、仮に提案しても翔太ならば、反対することは自明だ。だが、高町なのははどんな手段を使ったか、塾よりも高い位置に自分の優先順位を持っていた。
つまり、アリサは悔しかったのだ。自分ができなかったことを高町なのはがあっさりと実現して、悠々と翔太の隣にいることが。だから、アリサ・バニングスは高町なのはが気に食わない。
「ここで会ったのも何かの縁だから、仲良くしてくれよ」
アリサとなのはがにらみ合っている間に翔太が言うが、無理だと思った。目の前の少女と自分は決して相容れることはないだろう。お互いにお互いが許容しない。なぜなら、お互いに欲しい居場所は同じなのだから。そして、その居場所は、高町なのはを許容できるほど余裕はない。
だから、アリサ・バニングスは高町なのはを認めない。認めないがゆえにまるで翔太の言葉が聞こえなかったかのように高町なのはを故意に無視した。
「ショウ、今から帰るんでしょう? あたしも、帰るから一緒に帰りましょう」
高町なのははあえて誘わない。そもそも、アリサとなのははこの時点で何の関係もないのだ。お互いを許容しないと分かっている。ゆえの無関心。だから、誘わない。アリサが今誘っているのは、翔太ただ一人である。
アリサは、翔太がすぐに提案に乗ってくるものだと思っていた。もう日が暮れそうだ。後一時間もすれば、完全に太陽は山の向こう側に姿を消してしまうだろう。
翔太が探しているものは蒼い宝石という。探し物をする上において、暗闇というのは厄介なものだ。見落とす確率が高くなるのだから。しかも、月村の邸宅は郊外にあり、ここから歩いて帰るならば、一時間は軽くかかる。ここまでどうやって来たのかアリサは知らないが、仮に歩いてきたとしてももう一度、歩いて帰るのは無理だろうし、タクシーにしても、小学生が払える額ではないことは確かだ。
後ろに見える黒い服に包まれた背の高い男性は誰かは知らないが、仮に彼にはらってもらうにしても翔太の親族ではない以上、気が引けるはずだ。ならば、ここでのアリサの誘いは渡りに船のはずなのだが、翔太は即答しなかった。
翔太が即答しないということは、アリサと帰る以外にも何かと天秤に掛けているということである。何と天秤にかけるかなんて考えるまでもなかった。目の前の少女と帰る以外の選択肢がありえるのだろうか。
天秤にかけるということは、それに比べるだけの価値があるということだ。それは、一年生のときから親友であるアリサとほんの数週間前からしか付き合いがない高町なのはが天秤に計られるほど同価値を持つことを意味している。
その意味を理解したとき、不意にアリサの胸の中に恐怖がよぎった。それは、翔太が万が一にでもなのはの方を選ぶことである。
それは、アリサが高町なのはに負けたようで、アリサよりもなのはのほうが価値があるといわれたようで、翔太が自分の近くから離れていくようで、せっかく手に入れた親友が手から離れていくようでアリサの恐怖を誘った。
だから、翔太がアリサの手から離れないように、なのはの方へ寄らないように声をかけようとしたのだが、アリサが口開くよりも先にその高町なのはが動いた。
「ねえ、ショウくん、一緒に帰ろう?」
小癪にも翔太の近くにいる利点を生かして彼の腕まで引いている。高町なのはの作戦は成功したのか、翔太もやや驚いた顔をしていたが、先ほどよりも困惑したような表情を浮かべていた。その表情が意味するところは、おそらく翔太は、アリサと一緒に帰ることを半ば決めていたのだ。だが、ここにきてなのはの横槍。その横槍が翔太の困惑を強くしているのだろう。
―――横槍が入らなければ、あたしと一緒に帰っていたのに。
下唇を半ば噛みながら、アリサは横槍を入れたなのはを睨みつけるのだった。
◇ ◇ ◇
結局、高町なのはとその兄と一緒に帰ることになってしまった。なんでこんなヤツと、とも思ったが、一緒に帰るという提案はアリサの親友である月村すずかの姉の忍から提案されたもので、簡単に蔑ろにするわけにはいかなかった。それに翔太がこれに賛成したのが、決め手だった。年上と親友に賛成されては、さすがにアリサも反対はできなかった。
あの時、高町なのはが横槍を入れなければ、後一瞬でもアリサが口を開くのが早ければ、翔太の意思一つで、高町なのは抜きで翔太と一緒に帰られたはずなのに。
だが、後悔しても時既に遅し。進んでしまった時間は決して戻ることはなく、過去を変えることはできない。だから、せめての意趣返しとばかりにアリサは、車の中で翔太をこれ見よがしに独占した。
思えば、翔太とこんなにじっくりと話すことは久しぶりで話すネタが尽きることはなかった。もちろん、学校では同じクラスなのだから、話す回数はそんなに少ないとも思えない。だが、一番長く話せる放課後はすべて高町なのはに独占されてしまっているのだ。だから、本当に腰をすえて話すのは先週のお茶会以来ではないかと思う。
放課後に翔太のいない日々は少しだけ寂しかった。同じく親友のすずかとは一緒にいたのだが、隣に翔太がいない。三人だった塾の行き帰りもすずかとの二人きりだ。三から二。たった一つの減算。だが、その一つはたった二しかないことを考えれば、非常に大きなものだった。
三人という日々に慣れてしまったアリサからすれば、何か物足りない。すずかが一人いるだけで満足できないわけではないが、三人でいるということに慣れてしまっていたアリサにとって非常に物足りないものになるのは仕方ないことだった。
ああ、そう。だから、だからこそ、アリサは目の前の少女―――高町なのはが気に食わなかった。満ち足りていた日々を奪った少女だから。たった二人の親友のうちの一人を独占しているから。
だから、翔太が車を降りた後、思わず悪態をついてしまうのは仕方ないことだった。
「あ~あ、でも、ショウも災難ね。あんたみたいなのに付き合わされるんだから」
そう、すべては高町なのはに付き合わされるのがすべての始まりだ。もしも、彼女が蒼い宝石など落とさなければ、翔太が彼女を見つけなければ、アリサはきっといつものような放課後を過ごしていたはずなのだから。
だが、なのはは、アリサの半ば嫌味のような言葉を聞いてもきょとんと呆けた顔をしていた。まるで、アリサが何を言っているのか理解できないかのような表情だった。
「どういうこと?」
彼女は理解していないのだろうか。翔太が何を犠牲にしてまでなのはに付き合っているのか。そのことが許せなくて、アリサはさらに不機嫌になることを自覚しながら、声を荒げながら、なのはに告げる。
「なに呆けているのよっ! あんたがなくした蒼い宝石を捜してショウが毎日、塾まで休んで放課後付き合ってるんでしょっ!?」
言った。言ってやった。この勘違いしている彼女に。翔太が何を犠牲にしてまで彼女に付き合っているのか。翔太が好きなサッカーで遊ぶことも、自分たちと塾に行くことも、アリサとの英会話教室も、すずかのお茶会もすべてを犠牲にして彼女に付き合っていることを。
だが、高町なのははアリサの言葉を聞いて、少し考えた後に、口の端を吊り上げて嗤った。
まるでアリサをバカにするように。それがどうした、といわんばかりに。翔太がすべてを犠牲にしても自分に付き合うことは当然だといわんばかりに、高町なのははアリサ・バニングスを嗤った。
その表情が気に入らなかった。不機嫌でしかなかったアリサの表情にさらに怒りが追加された。
「なによっ! なにがそんなに可笑しいのよっ!!」
「別に」
明らかに何か含むところがあるはずなのに、彼女はそれを否定し、クスクスと嗤う。それがさらにアリサの憤怒に拍車を掛ける。だが、その怒りはある種、怒りを一周させたとでも言うべきだろうか。アリサにある事実を思い出させると同時に冷静になるように促していた。
そう、アリサは忘れていた。高町なのはが何を嗤っていようとも関係ないことを。翔太と交わしたたった一つの約束を。そう、たった一つの約束。
「ふん、あんたが何を考えているか分からないけど、どうでもいいわよ。どうせ―――」
―――どうせ、一ヶ月後には何も関係なくなるんだから。
危うく口に出すところだった。慌てて口をふさぐ。本当は伝えてやりたい。翔太はなのはにずっと付き合うつもりはなく、後二週間後には、なのはに付き合うことを辞めるつもりだと。だが、今は伝えられない。それは翔太が伝えるべきことだから。彼女を説得するつもりである翔太だろうが、自分が先に情報を与えてしまっては、彼にどんな誤差が生まれるか分からない。
だから、彼女はなのはに事実を教えたい欲求をぐっと堪えながら、後二週間もすれば終わりを告げることに気づかない高町なのはをニヤニヤと彼女と同じように嗤ってやるのだった。
◇ ◇ ◇
アリサはお風呂から上がり、明日の準備を完璧に終えたところで、ベットにダイブした。枕元に広がるのは温泉の風景が並ぶパンフレットだ。これらは、アリサの父親が経営する会社が持つ保養地である。温泉の旅館を保養地にしていることは珍しいが、アリサの父親の会社の社員であれば、割引がある温泉だ。
普通、バニングス家のゴールデンウィークは、海外に行くことが多かったが、今年は海外は取りやめて温泉にでもゆっくり行こうという話になっていた。そこは旅館で、多人数の宿泊が可能であり、アリサの友人を連れてきてもいいことになっていた。
当然、彼女が誘うのは、翔太とすずかの二人だ。彼ら以外にはお泊りで連れて行けるような親しい友人はいないというかなし事実もあるのだが、それらにはアリサは目を瞑って見ないようにした。
ゴールデンウィークになれば、高町なのはに付き合うこともないだろうし、彼ならきっと二つ返事で頷いてくれるはずである。
―――来て、くれるわよね。
いつもなら、そんなことは微塵も考えないのに、今回ばかりは少しだけ弱気だった。
―――大丈夫。どうせ、一ヶ月だけなんだから。
アリサが弱気になるのは、現状において翔太が何をおいても高町なのはを優先しているからだ。もしかしたら、ゴールデンウィークのときも高町なのはを優先するのかもしれないという一抹の不安がアリサの中にはあった。
だから、先週の小さなお茶会での翔太との約束を呪文のように唱えるのだ。
―――どうせ、一ヶ月だけなのだから、と。
要するにアリサは不安なのだ。彼女が、親友を持つことも初めてであれば、その親友が一時的とはいえ、離れてしまうことが。確かに翔太とは四六時中一緒にいるわけではない。他の男子の友人たちとの約束を優先させたこともあるが、こんなにたった一人をずっと優先したことはない。だからこそ、アリサは不安だった。
もう一度、自分の元へと戻ってきてくれるのか、と。
だが、アリサは、その不安に向き合うことはなかった。いや、彼女の聡明な頭脳はそれに気づいてるのだが、気づかないふりをした。気づいてしまえば、それを見なければならないから。
今まで、ずっと欲しかった親友が離れていくかもしれない、そんな恐怖に耐え切れる自信がなかったから。
アリサにとって翔太とすずかは本当に稀有な親友だ。
靡く金髪、生粋の日本人とは異なる白い肌。本当の意味で、ありのままを受け入れてくれる人間は少ない。幼稚園の頃は、仲間はずれにされていることを同情する人もいて、遊ぼうか? と誘ってくれた子もいるが、違う。違うのだ。アリサが求める友人はそんな同情のような感情の上に成り立つものではない。ありのままのアリサを受け入れてくれる人間だ。
だが、そんな子は本当に稀有だ。どこかに嫉妬があり、恐怖があり、羨望があり、同情がある。
違う。違う。ただ、純粋に『友達になろう』と言って欲しかったのだ。それだけがアリサの求めたものだったのだ。
そして、ようやく見つけた友人は、今では親友となった。
だからこそ、アリサは手放したくない。孤独から救ってくれた親友を。ありのままに付き合ってくれる親友を。
そんな彼らを失う恐怖を味わいたくない。だから、アリサは自分の中に生まれている不安を直視しない。目を逸らして、呪文のように、『どうせ、一ヶ月だけだから』と繰り返す。
今も、ベットの上に寝そべりながら、アリサはゴールデンウィークに行く旅館のパンフレットを見て、きっと楽しいゴールデンウィークになる、とある種確信を抱きながら、笑うのだった。
◇ ◇ ◇
高町恭也は、今日の昼間に撮られたなのはと翔太、ユーノ、そして自分が写ったプリクラを見ながら複雑な感情を抱いていた。
「あれ~、恭ちゃん何を見てるの?」
リビングのソファーに座ってプリクラを見ていた恭也だったが、お風呂上りの美由希に声を掛けられた。特に隠すつもりもなかった恭也は、プリクラをテーブルの上を滑らせて、美由希の前まで持っていく。
美由希は、そのテーブルの上を滑ってきたプリクラを手に取ると花を咲かせたように笑った。
「わぁ~、プリクラだよね。なのはとショウくんとユーノと恭ちゃんだね」
どうしたの? これ、と聞かれたので、恭也は昼間に撮ったと正直に答えた。その表情は、やはり何かを抱え込んだように晴れることはなかった。
「どうしたの?」
そのことに気づいた美由希が恭也に尋ねるが、恭也はやや口ごもったかと思うと、考えを巡らせるように天井に視線を向ける。その間、美由希は何も言わなかった。恭也がきっと何か複雑な感情を抱いていることを悟っていたから。何を考えているのかは疑問だが。
やがて、考えがまとまったのか、恭也はふぅ~、と息を吐き出すと、ポツリと口を開いた。
「いや、確かになのはに友人ができたことをは喜ばしいことだ」
「うん、そうだねぇ~」
一ヶ月前は、家族みんなで暗い顔でなのはに友人ができないことに暗い顔をしていたのが嘘のようだ。今では、こんな風にプリクラを撮れる友人までできた。
「ショウくんは礼儀正しいし、目上の敬意も忘れない。なのはにも優しいようだ」
「うんうん、最近の子にしては珍しいぐらいできた子だよね」
だが、そこで恭也は一気に暗い顔になった。そう、確かに喜ばしい。翔太は、なのはの友人としては理想的だといっても言い。ここでもしも、最初にできた友人が、いじめっ子のような存在だったら、嫌味な存在だったら。なのははもっと酷いことになっていたかもしれない。もしかしたら、もう一度、引きこもってしまうかもしれない。それを考えれば、翔太は高町家にとって理想的な友人であることは間違いない。
だから、だからこそ、ただ一点だけが気にかかる。
「これで、彼が女の子だったら言うことはなかったんだが」
「……きょ、恭ちゃん、それってどうなの?」
半ば呆れたような声を出す美由希。美由希からしてみれば、深刻そうな表情で考え込んでいた恭也の胸のうちがこんなのだったのだから仕方ない。
だが、恭也は本気だった。確かに翔太はなのはにとって理想的な友人だろう。ただ一点を除いては。その一点は彼が男の子であることだ。
恭也の手の内にもあるのだが、最初の一枚。翔太となのはが肩を寄せ合って二人で写っているプリクラを見たときは何ともいえない感情に襲われたものだ。そう、いうなれば、娘に彼氏ができたときの感情というか、複雑な想いだ。恭也が特になのはを気に掛けているせいかもしれないが。
「でも、なのはたちはまだ小学生だよ。中学生とかになれば、話は別だろうけど、聖祥大付属は男女別だから、あんまり気にしなくても良いんじゃない?」
「そう……だな」
確かに小学生の頃はあまり男女の境はないということを聞いたことはある。自分が小学生のときはどうだっただろうか、と思い返そうとしたが、そのころは父親と一緒に修行をしている光景しか思い出せなかった。
自分のことは考えないようにして、今はなのはのことを考えることにした。そう、そうだ。なのははまだ小学生なのだ。まるで彼氏ができたときのような感情を抱くことは間違っている。恭也たちからしてみれば、男の子と女の子ということで気になるのかもしれないが、なのはたちは気にしていないのだろうから。
そう、そうだ。だから、気にしないことにしよう。翔太が男の子でもなのはにとって最初の友人なのだから。
ようやく自分を納得させた恭也だったが、まるでそれを見計らったかのように美由希が思い出したような口調で口を開く。
「あ、でも、『男と女の間に友情はあり得ない。情熱、敵意、崇拝、恋愛はある。しかし友情はない』って言うね」
「―――っ!?」
俺はどうしたらいいんだ? とばかりに苦悩する恭也を見ながら美由希は意地が悪そうに笑うのだった。
◇ ◇ ◇
月村すずかは、お風呂の中でご機嫌だった。
理由はいうまでもない。翔太に見せるために買った黒いワンピースを翔太が褒めてくれたからだ。
今までは、黒は穢れを意味しているようで、自分の身体を揶揄してるようで、あまり気に入らなかったのだが、翔太が褒めてくれたおかげで、これからは暗色系統の洋服も着てみようと思うようになった。すずかとて女の子である。着ようと思える服のバリエーションが増えるのは嬉しいことである。
しかし、蔵元翔太というすずかの友人は不思議な人である。今までは、姉に勧められようが、ノエル、ファリンのメイドに勧められようが、着ようと思わなかった暗色系の洋服を彼に褒めてもらえたら、という一心で着ようと思ったのだから。
そういえば、友人になろうと思ったのも彼とアリサが初めてだった。アリサは理由が分かっている。要するに類は友を呼ぶという系列の友人なのだ。彼女はすずかと同じ。違いは、すずかの吸血鬼という特異性は見えないが、アリサは金髪と白い肌という目に見える形で見えるという違いである。だが、アリサと違い、翔太は彼女たちの正反対の人物だといっていい。友人もたくさんいる。だというのに、彼とはこうして友人を続けている。普通の人は、距離をとってきた自分がである。
確かに彼には他の人とは異なる空気を持っているといい。だが、それだけだ。個性というだけで特異性は持っていない普通の一般人のように思える。だが、それでもすずかは友人を続けている。
―――どうしてだろう?
その問いに対する答えはなかった。だから、翔太のことをもっと知りたいと思った。自分が友人を続けられる理由、あの不思議な雰囲気の理由、幽霊に対して信じている割には恐怖心を抱いていない理由。翔太に対するいろんなことを知りたいと思った。
そして、すずかは、彼に自分のことを知ってほしいと思った。同時に、その事実を受け入れて欲しいとも。
過去に抱いた感情。受け入れてくれるかも、という憶測から、受け入れて欲しい、という希望に無意識に変わったことについぞすずかは気づかなかった。
さて、お風呂を上がったすずかは、廊下を歩きながら、今日一日を反芻していた。姉の話によると襲撃者は撃退できたようだし、洋服は褒めてもらえたし、高町なのはという乱入者がいたが、激動の一日に比べれば些細な一点だ。
もっとも、アリサとなのはがにらみ合っている間、翔太が助けを求めるように視線を送ってきたが、すずかはそれを微笑で返した。アリサとなのはに挟まれて右往左往している彼に対してなにやらもやもやしたものを抱いたからだ。それが何かなんてすずかは分からない。だが、素直に手を差し出そうとは思わなかった。ショウくんなんて困っていればいいんだ、と思った。
きっと、それはお茶会を断わって、高町なのはと楽しそうに休日を過ごしていたことに対する意趣返しだ。
すずかは、そう結論付けて、自分の部屋に戻ろうとしていた。だが、その途中、リビングで天井の電球に対して光を透かすようにして片手に何かを持っている姉を見つける。それは、廊下を歩いていたすずかに鈍い蒼い光を運んでいた。
その瞬間、すずかの中である記憶が再生される。
―――確か、ショウくんが探してるのは……。
「お姉ちゃん、それどうしたの?」
◇ ◇ ◇
月村忍は、八方塞がりになった事態にため息を吐いた。
襲撃者が人狼族のように獣耳を生やしていたことは、彼女の叔母であるさくらに連絡した。だが、さくらからの情報によると人狼族に心当たりはないようだった。
だが、忍が見た獣耳と尻尾は間違いがないため、さくらは調べてくれることを約束してくれた。そもそも、日本に住む人狼族は数が少ない。もしも、当たりがあれば、すぐに調べがつくはずだ。だが、厄介なのは、その人狼族が『はぐれ』だった場合。その場合、その人狼族は危険人物として群れを追放されたものである。群れで動いていない以上、はぐれである可能性が高いこともさくらは教えてくれた。その場合は、彼女も人狼族として応援に来てくれるようだ。
もっとも、現段階では何も調べがついていないため、さくらが応援に来てくれることはないようだが。
彼女の獣耳と尻尾以外で手がかりといえば、忍の前においてある猫の体内から出てきて、少女の目的とも思える蒼い宝石である。
「う~ん、これ何なのかしら?」
一見するとただの宝石だ。だが、忍の夜の一族としての勘が、これが厄介なものであることを見抜いていた。どこか寒気がするほどに恐ろしいものだということも。だが、見ている分には、本当に蒼い宝石だ。当然、光に透かしてみても。
「お姉ちゃん、それどうしたの?」
天井の電球に蒼い宝石を透かしていると、お風呂上りなのだろう。髪の毛をしっとりと湿らせた彼女の妹であるすずかが扉の向こうからこちらを覗き、忍の手に握られている蒼い宝石に視線を注いでいた。
「ああ、これ? 拾ったのよ」
買った、では言い訳にはならないだろう。なにせ一見すると本当に宝石のように見えるのだ。そして、このサイズの宝石を買おうとすると数百万になるはずである。確かに忍の貯金を使えば、買えないこともないが、忍に宝石の趣味がないことはすずかがよく知っている。
だから、半分、本当のようなことを交えて拾った、といったのだが、忍が答えるとすずかの目の色が変わった。
「もしかしたら、それショウくんが探している宝石かも」
「ショウくんが?」
忍も翔太のことは知っていた。すずかの友達。どこか不思議な雰囲気を持った少年。からかいがいのない少年。今日、女の子と一緒にペットを探しに来ていた少年。
―――そのショウくんがこの宝石を捜してる?
そこまで考えて、忍は不可思議な違和感に気づいた。
この宝石を手に入れたのは襲撃者が来て、宝石を狙ってきていたから。そして、翔太たちが着たのはその直後。ペットが庭に逃げたからという理由だった。しかも、すずかの話によると彼らはこの宝石を捜しているようである。もちろん、翔太が探している宝石とは違う可能性もある。
だが、襲撃者が来た直後に訪ねてきた翔太たち。偶然と片付けるにはあまりに出来すぎた偶然。むしろ、宝石を捜しにきた。ペットはその理由付けという形のほうが納得できる。どうやって、彼らがこの宝石のことを知ったかは別としてだ。
とりあえず、なにやら興奮気味のすずかにこの宝石のことは翔太に伏せているように言った。もしかしたら、違うかもしれない。こんな宝石なら、捜す以外にも捜索願をだしているから、警察に届ければ彼の元に届くから、と半ば言い聞かせて。言い聞かせた後は、すずかを部屋に戻らせた。
まさか、妹の友人を疑うところをすずかに見せたくなかったからだ。
「まさかショウくんがね」
今回、訪ねてきたのは、翔太、恭也、彼の妹の三人である。忍は、恭也が御神流の剣士として裏の世界に関わりを持っていることを知っている。すずかの話とこの宝石を結びつけたときに最初に候補に挙がるのは、裏の世界とも関わりがある恭也だろう。だが、そう考えると問題がいくつか出てくる。
まず、翔太と彼の妹の存在だ。恭也だけが関わっているだけなら、彼らを連れて行く必要はない。むしろ、忍が見たような人狼族と戦うなら、子どもは足手まといである。
次に、御神流という剣術のあり方だ。彼らの信念は『人を護る剣』である。爆弾テロより前は、『不破流』という御神流の裏に位置づけられる流派があったらしいが、こちらは恭也が継いでいる御神流とは異なり壊滅している。その御神流の信念である『人を護る剣』が、果たして自ら動くだろうか。
以上の二つの理由を鑑みるに、むしろ注目すべきは、恭也よりも翔太だ。翔太がこの蒼い宝石をターゲットにしていて、その護衛に恭也を雇ったというほうが筋が通っている。彼の妹が付随しているのは、彼女にも御神流を伝えるためだろうか。
だが、しかしながら、それでも尚、疑問が残る。月村という名前は裏からこの土地を支配する一族だ。当然、住人もある程度は把握している。それは、月村の危機になる人間という意味だが。だが、その名前の中に『蔵元』なんて名前はなかった。忍の勘からしても翔太は、ただの人間だ。
だが、襲撃者の直後に恭也を護衛にした翔太の来訪。それがすごく気にかかる。忍の勘が何かがあると告げていた。だから、月村家、夜の一族としての役目を果たすため、忍はノエルを呼び命令する。
「ノエル、蔵元翔太について徹底的に調べて」
ノエルは忍の命令に頭を下げることで応える。
さて、と忍は笑った。これで、翔太がもしも裏の人間との何らかの関わりがあれば、面白いことになる、と。
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