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本編前
第四話
紅茶という洒落たものを飲む機会が果たして人生で幾度出会えるだろうか。
しかも、ティーパックでお手軽簡単な紅茶(笑)ではなく、葉っぱからきちんとした手順を踏んで入れられた紅茶である。
少なくとも前世とあわせて二十数年生きている僕であるが、そんな機会に恵まれたことは一度もない。
ただ紅茶をきちんとした手順で入れるだけなら趣味で入れる人は結構いるかもしれない。しかしながら、洋館で、きちんと白い陶磁器のカップとポットで、しかも、メイドさんが入れてくれる―――ただし、一時期有名だったメイド喫茶は除く―――となるとかなり数は限定されるのではないだろうか。
つまり、僕は今、相当レアなイベントを体験しているわけである。
「どうぞ」
かちゃりと陶磁器特有の音を立てて僕が座る椅子の前に差し出される高そうな白い陶磁器のカップに注がれた紅茶。その香りは、非常に高級そうで、市販のティーパックの香りしか知らない僕にとってはその匂いだけで緊張させてくれる。本当に紅茶の『こ』の字も知らないような僕が飲んでいいものやら。
「本日のお茶は、ダージリンのファーストフラッシュとなっております」
―――アールグレイ、ダージリン。名前だけは知っている。そう名前だけは。
コーヒーと一緒だ。ブルーマウンテン、キリマンジャロ。名前だけは知っているが、味の違いなどは僕には分からない。コーヒーはコーヒーだし、紅茶は紅茶だ。もっとも、目の前に置かれたカップから湯気を立てている紅茶からは明らかにティーパックとは異なる高級そうな雰囲気を醸し出しているのだが。
「あら、蔵元くん、飲まないの?」
メイドさんに紅茶を注がれてずっとカップを見ている僕を見て怪訝に思ったのだろう。月村さんのお姉さんが、僕に紅茶を飲むように勧めてきた。
紅茶を注がれたのはどうやら僕が一番最初らしい。次は、バニングスさん。どうやら、お客さんが先というのは何所も変わらないようだ。さて、参った。このお茶会からホスト(主人)勧められて飲みださないわけにはいかない。しかしながら、僕は今までこんなお茶会なんて参加したことがないわけで―――つまり、何がいいたいのか、というと。
「すいません、飲み方が分からないんですが」
なにやら高級そうな紅茶が出てくるお茶会である。僕は当然のように何かしらの作法があると思っていた。あの日本式の緑茶が出てくるお茶会のように。僕も詳しくは知らないが、あのお茶会は、茶碗を滑らせる回数なども色々と決まっているらしい。
だから、僕としては恥ずかしながらもそう言い出すしかなかったのだが、それを聞いて位置的に僕の対面に座っている月村さんのお姉さんは、クスクスと年上の余裕を持って笑っていた。
「そんなの好きに飲んでいいわよ。ただのお茶会なんだから」
「しかし、せっかく丁寧に入れてくださった紅茶なので下手に飲むわけには……」
笑いながら、適当に飲めと勧めてくれる月村さんのお姉さん。
しかし、やっぱり適当に飲むことなど出来ない。コーヒーメーカで自動的に作られたコーヒー、ティーパックで適当に蒸らした紅茶ではないのだ。陶磁器のポットにお湯をいれ、最初からカップにお湯をいれ、紅茶を入れたときにカップと紅茶の温度差が出ないようにするなどのきちんとした手順を踏んで入れられた紅茶である。きちんと飲まなければ入れてくれた相手に失礼というものだろう。
「蔵元様、ありがとうございます。しかしながら、蔵元様のお好きのようにお飲みになってください。お客様がお茶会を楽しんでいただくことが我々の仕事ですので」
「そうよそうよ。そんなに堅くならなくていいんだから。それでもって言うなら、ダージリンのファーストフラッシュはそのまま飲むのが一番よ」
―――なるほど、そうなのか。
僕は意を決して、カップを持ち上げ―――陶磁器の熱伝導のせいか若干熱かったが―――ゆっくりとカップを口に運び、紅茶特有の香りに驚きながら、ダージリンのファーストフラッシュという名称の紅茶を口にした。
―――苦い、というのが正直な感想だった。だが、飲めないほどではない。一口目をとりあえず口に入れ、そして、もう一口口に入れたところでカップをソーサーの上に戻した。
「あら、飲めたのね。君ぐらいには少し苦いと思ったんだけど」
半ば悪戯が成功した子供のように笑う月村さんのお姉さん。しかし、客人に悪戯代わりに苦いと分かっている紅茶を出すとは。もっとも、その悪戯も小学生である僕だから通じる悪戯であるが。
しかし、隣を見てみると月村さんのお姉さんが苦いといいながらも、バニングスさんや月村さんは意外と平気そうにストレートで飲んでいる。
「その割りに二人とも普通に飲んでますけど……」
「あたしは、飲みなれてるからよ。最初は、あんたみたいに飲めなかったわ」
「わたしも最初は飲めなかったかな」
僕は驚いた。それは、僕が我慢して飲めたことにではない。慣れるほどに彼女たちがこの手の紅茶を飲んでいることにである。庶民と社長令嬢の差はこんなところにも現れるのか。
僕に出来る唯一の抵抗は、世知辛さを肝心ながら、この紅茶を飲むことだけだった。
「さて、蔵元翔太くん」
「はい、なんでしょうか? 月村さんのお姉さん」
僕としては普通に答えたつもりだったが、月村さんのお姉さん的には何かしらの不備があったらしい、ガクッと出鼻をくじかれたように、肘を滑らせ、顔には引きつった笑みを浮かべていた。
はて、僕は何かまずいことをしてしまっただろうか。
「あのね、さっきから思ってたんだけど、蔵元くん少し堅すぎるわね。もうちょっとフレンドリーに行きましょうよ」
「フレンドリーにですか………」
さて、困った。月村さんのお姉さんは、明らかに大学生、いや、高校生ぐらいである。つまるところ、小学生の僕からしてみれば、雲の上の存在といっていいほどの人だ。そんな人にフレンドリーに、しかも女性。どうすればいいんだろう?
「……すずか、あんたのクラスメイトの男子ってみんなこうなの?」
「ううん、蔵元くんぐらいだよ」
「そうね、こいつぐらいね。後はみんなガキよ」
僕がどうやってフレンドリーにしようか、と悩んでいるところに三人の会話が聞こえてくる。
僕が小学生らしくないということぐらいは気づいている。しかし、どうすればいいのだろうか。小学生らしく振舞う? つまり、それは一日中、僕は自分の行動を一つ一つ意識しなければならないということになる。一瞬たりとも気の抜けない日常。とても肩がこりそうだ。その手段を選ぶなら、僕は今やっているように素を出して、ちょっと大人びた小学生と見られたほうがよっぽどマシである。
閑話休題。
そんなことよりもどやってフレンドリーにするか、である。
「う~ん、そんなに悩むことないのよ。とりあえず、呼び方を変えてみましょうか」
「呼び方ですか?」
「そう、月村さんのお姉さんなんて長いでしょう? しかも、かなり他人行儀だし。そうねぇ、苗字だとすずかと被っちゃうから、名前の忍でいいわよ」
―――忍。
そういえば、最初にそう名乗ってたな。あの時は、緊張していて殆ど耳に入っていなかったような気がするが。挨拶できただけでも上出来だ。笑われたけど。今は、紅茶のおかげもあってかあのときほど緊張していない。
そうか、なら月村さんのお姉さんは、月村忍って―――っ!?
あのバニングスさんのときと同じように不意に脳裏に一瞬だけ映る一枚の絵画。
―――洋館の一室。時刻は夜。ベッドの上、半裸で微笑む月村さんのお姉さん。窓から見えるのは満月。ただし、月村さんのお姉さんの瞳は真紅。
――――ああ、繋がった。繋がってしまった、というべきか。
思い出した。記憶の奥底に泥だらけになって埋まっていた記憶が、月村さんのお姉さんの容姿と『月村忍』という名前、そして、物語の舞台となった洋館の雰囲気という要素が重なり合って初めて掘り起こされた。
―――月村忍。
僕がプレイした『とらいあんぐるハート3』のヒロインの一人であり、僕が思い出した記憶が確かなら、月村忍は吸血鬼である。しかし、物語で知られているような吸血鬼ではなかったように思える。にんにくや十字架といったものは出てこなかったはずだし、月村さんのお姉さんは普通に日光の下でも歩いていた。しかし、残念なことに他の細かいことは忘れてしまった。後、せいぜい覚えているのは主人公『高町恭也』と何かしらの契約を結んだということぐらいだ。先ほど、思い出したCGはちょうど、そのシーンのはずで。僕が彼女のルートで一番記憶に残ったところだからだ。その契約がどんな類のものかは細かく覚えていない。
「あれ? どうしたの? 蔵元くん。ずっとこっちを見て。私の顔になにかついている?」
はっ! どうやら、僕は驚きのあまり月村さんのお姉さんの顔をずっと見ていたらしい。怪訝そうな顔で僕を見ている。それは月村さんもバニングスさんも同じだ。
変な疑惑をもたれてはまずい、と僕は慌てて否定する。
「いえ、なんでもありませんよ」
外見は極めて冷静に。しかし、内心は驚きと驚愕にあふれながら、何とか答えた。
しかしながら、改めて思う。月村さんのお姉さん―――月村忍さんは、吸血鬼であるのか?
そもそも、僕の記憶が前世の現実ならまだしも、ゲームの中の話だ。だが、ここは現実だ。僕の常識で考えるなら、吸血鬼なんていうのは架空の存在であり、存在しないことになっている。つまり、月村忍さんが、吸血鬼なのはゲームの中だけで、この現実では、普通でもなんら不思議ではないのだ。
まるで、シュレーディンガーの猫だ。開けてみるまで猫が死んでいるかどうか分からない。つまり、彼女が吸血鬼かどうかなんてことは、彼女自身に僕が尋ねてみるしか方法はないわけだ。
しかしながら、もしも彼女が本当に吸血鬼であった場合、僕は相当困ることになるだろう。なぜなら、現実に吸血鬼という存在がいたとしても、彼らは頑なに自分の存在を隠そうとするだろうからだ。
人間は残酷なことに排他的な存在だ。自分と異なるものを許せない傾向にある。
身体的特徴ですら、簡単にいじめの対象になってしまう。ならば、それが自分たちとよく似た種族であれば? しかも、自分たちの血をすう天敵であるなら?
答えは簡単。殺戮の始まりである。最後の一人残らず。吸血鬼を殺すエクソシストが唱えるように―――『塵は塵に、灰は灰に』である。
つまり、吸血鬼が存在していた場合、それを世間に一切知らせることなく生きてきたのだ。しかしながら、世の中生きるうえで自分の秘密が一人にもばれないなんてことは、天文学的確率だ。地球上のどこかでたった一人にはばれてしまうかもしれない。そして、そのばれたときの一番簡単な対処法は? 答えは簡単だ。口封じ。つまり、その人物を殺してしまうことである。『死人にくちなし』とは上手いことを言ったものである。
そういう理由から、僕は月村忍さんに何も聞かない。第一、聞いて本当のことが分かったところで、僕に何一つとして得はない。むしろ、こんな好奇心から来る疑問で、自分の命を危険に晒したくない。好奇心は猫をも殺すのである。
「紅茶のお代わりはいかがですか?」
「え? はい、いただきます」
僕が月村さんのお姉さんに対しての対応を考え込んでいる最中に思考に割り込むようにしてメイドさんが、僕の空になったカップに気づいたのか、紅茶のお代わりを勧めてきた。僕に断る理由などどこにもなく、承諾する。
ああ、そういえば、もしも、あのゲームの通りだと仮定すると、この人は人形なんだよな。
月村忍というヒロインから連鎖的に思い出した出来事。それは、彼女に仕える『人形メイド』のことである。彼女の名前は確かここに来て一度聞いた記憶がある。『ノエル』といっただろうか。物語で一番印象に残っているのは『ロケットパンチ』だけなのがなんとも物悲しい。
「どうかされましたか?」
「あら~、蔵元くん、ノエルに見惚れちゃったりしたぁ? ダメよ。ノエルは家の大切なメイドなんだから。でも、蔵元くんは、一年生なのにませてるわね~」
僕が月村さんのお姉さんと同じようにメイドさんに視線を固定したまま、思考にはまってしまったところを二人に見られてしまったらしい。ノエルさんは、ただメイドとしての職務を果たすために。月村さんのお姉さんは、中年親父のようにニマニマと笑いながら尋ねてきた。
「いえ、別になんでもありません」
そう、極めて冷静に返しながら僕は、ノエルさんが入れてくれた紅茶を一口、口に入れる。
向こうで「ちぇ~、面白くない」なんて月村さんのお姉さんが言っているが、残念なことにそんなことを言われて、あたふたするような思春期は、向こうの世界では、過ぎてしまったし、こちらの世界ではまだまだ先の話だ。
そして、そろそろこの苦味にも慣れてきた二口目を口にしながら、続きを思い出す。
そうそう、確か、ゲームでは、月村さんのお姉さんと人形メイドのノエルさんの二人暮らしで―――
二人暮らし?
その単語に思わず、僕の視線は今度は月村さんに固定された。
―――月村すずか。
月村忍さんをお姉さんと呼ぶからには姉妹なのだろう。姉と呼ぶ関係なら従姉妹か? とも考えたが、これだけ顔立ちや髪の色が似ていながら姉妹でないとは考えにくい。
ということは、僕のゲームの知識が間違っているのか、とも考えたが、うっすらと欠片しか残らないゲームの記憶を掘り起こしても月村すずかという名前を見つけられない。
さて、証明問題を考える際に『何か』の存在することを証明することは簡単だ。一つでもその存在を示せばいいのだから。だが、いないことを示すのは非常に難しいとされる。なぜなら、すべてを調べなければならないから。
この場合、すべてのゲームのルート、シナリオ、内容を覚えてなければならないのだが、そこまで僕の記憶力はよくないし、かといってこの世界で『とらいあんぐるハート3』をプレイすることも叶わない。
つまり、『とらいあんぐるハート3』の世界に『月村すずか』が存在しないと証明することは無理な話なのだ。
しかしながら、僕としては『とらいあんぐるハート3』のゲーム内で『月村すずか』が存在しようが、しまいが、どっちでもいい話である。所詮、今ではプレイすることも叶わないゲームの話。今の僕になんら影響を与えることはない。今の現実では、こうして目の前にいることが証明されている。つまり、月村すずかは存在する。証明終了である。
ん? でも、ちょっと待てよ。
仮に、月村忍がこの現実でも吸血鬼と仮定すると僕とクラスメイトの月村すずかも吸血鬼なのか?
彼女たちが姉妹とするなら、無理のない話である。むしろ、片方が吸血鬼で、もう片方が吸血鬼でないと考えるほうが変な話である。
といっても、確認する気のない僕にとってはどうでもいい仮定であるが。
「あら~、今度はすずか? 目移りする男は嫌われるわよ」
「だから、違いますって」
三度目の正直。月村さんのお姉さんがどれだけ誰かをからかうことに飢えているのか分からないが、ちょっとしつこすぎやしないだろうか。ついでにもう一人のからかわれた張本人は月村さんのお姉さんが言っている意味が分からず小首をかしげていた。
「さて、それで、私に対する呼び方は決まったかしら?」
「……え?」
「え? って、今までそれを考えていたんじゃないの?」
いえ、あなたが吸血鬼かどうかについて悩んでました、なんていえるはずがない。なるほど、さっきから考え込んでいる僕に注目しながらも話を振ってこず、月村さんとバニングスさんとばかり話していたのは、僕が月村さんのお姉さんの呼び名について考えていると思われていたのか。
ここで、いいえ、と否定するのは簡単だ。だが、その代わり、何を考えていたのか? と問われる可能性が高い。ここでもまた嘘を重ねることは簡単だが、嘘というのは重ねれば重ねるほどに綻びが出てくるものだ。ならば、話をあわせて誤魔化してしまったほうがいい。
「ああ、そうですよ。そうでした。月村さんのお姉さんの呼び方でしたね」
「そうよ。それで、決まった?」
「ええ、お言葉に甘えて、忍さんと呼ばせてもらいます」
よもや呼び捨てにするわけにはいかず、かといって、子供がするように『忍』という名前から変なあだ名を考えるわけにもいかない。
子供というのは変なあだ名を考えることについては天才的である。
しかし、この場合、考えられるとしたら、どんなあだ名だろうか。『しのちゃん』とか? ダメだな。僕にネーミングセンスはまったくない。
「予想通り手堅くきたわね」
「これ以外に呼び方はないような気がしますが」
「ほら、そこは君の独創力で」
「そこには期待しないでください」
「ちぇ~」
忍さんの期待をすっぱりと斬り捨てて僕は、注がれた紅茶に口をつける。
先ほど、ちょこっと考えただけで僕は自分のネーミングセンスに見切りをつけたのだ。
しかし、あれだ。少し考えると、僕だけ忍さんと名前で呼ぶのは不公平ではないだろうか。
「交換とは言ってはなんですが、忍さんも僕のことを『ショウちゃん』か『ショウくん』とでも呼んでください。友人は皆、そのどちらかで呼んでいますので」
翔太というのは意外といいにくいらしい。それよりも簡単に『ショウちゃん』あるいは『ショウくん』、または『ショウ』というのが僕の一般的な呼ばれ方だ。この呼ばれ方は保育園時代からの呼び名だ。新しくクラスメイトになった友人もみんなこの呼び方で僕を呼ぶ。
それに、サッカーなどのスポーツのときは『ショウ』と短いほうが呼ばれやすいしね。
「へ~、なら、そうやって呼びましょう。……って、すずかとアリサちゃんは、蔵元くんって呼んでなかった?」
「うん、そうだね」
「そういえば、そうね」
それもそうだ。二人とは、友達同士のような会話をした記憶がない。僕が話すことが多いのは我クラスのまだ保育園、幼稚園気分が抜けない連中だ。必然的に彼らとは一歩階段を上っているバニングスさんと月村さんと会話する必要がない。僕が手をかけるようなことがないからだ。せいぜい、最初のときぐらいだろう。
あのこと以来、僕と二人が会話したことなんて実は両手で数えられるぐらいしかないんじゃないだろうか。
「なら、この機会に呼んじゃいなさいよ」
「まあ、僕としては吝かではありませんが」
お茶会にまで呼ばれているのだ。ここで友人ではないと否定できる要素はどこにもない。
それに、最近は僕に注意されたり、諭されたりすることで少しずつ彼らにも自覚が出てきたのか、僕が出て行ってなんとかしなければならない回数は気持ち減っているように思える。
なにより、僕にだって癒しが欲しいときがあるのだ。気苦労せずに会話できる時間のような癒しが。その癒しとして、彼女たちは合格点以上だと思える。
「いいわよ。呼んであげようじゃない。ショウ」
「ん、わたしも。ショウくん」
「では、僕は、すずかちゃんとアリサちゃんで」
僕は基本的に友人の女の子は『ちゃん』付けで呼んでいる。
自分から相手への呼び名というのはその人への距離感を示している。
『様』などの敬称をつけているときは、明らかに目上の人への呼び方。苗字だけや『さん』付けの場合は、同格の他人。さらに名前やあだ名となれば、友人。だが、名前を呼び捨てとなれば、これはもう距離感的には相当近いものとなるだろう。あえて言うなら、家族や親友、恋人のような仲である。
だから、僕は基本的に女の子は『ちゃん』付けで呼んでいる。男は呼び捨てだが。
かれこれ、この世界に生まれて女性―――というには幼すぎるが―――を名前で呼ぶのは何度も経験したのだが、やはり、一番最初に名前を呼ぶときは、それなりに緊張するものだ。
だが、緊張してでも呼んだ甲斐があったのか、名前を呼ばれた二人としては、満足したらしい。満足げに微笑んでいた。
酷く世間の格差というものを感じさせてくれたが、友人が二人増えた月村邸のお茶会だった。
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