とある星の力を使いし者
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第173話
学園都市の第三学区には、国際展示場がいくつもある。
海外からの玄関である第二三学区から直通の鉄道で結ばれているこの学区は、対外的な施設が数多く並んでいる学区で、ホテルなどのグレードも学園都市随一となっていた。
空港の集中する第二三学区からわざわざ離れた場所にゲスト用施設が並んでいるのは、飛行場の騒音を宿泊施設に持ち込まない為の配慮でもある。
そんな第三学区では、いくつものイベントが開催される。
自動車技術の粋を集めたモーターショーや機械工学の結晶であるロボットショーなどだ。
これらの展示会は単なる娯楽の企画であるというより、学園都市の最先端技術のプロモーションという意味合いが強い。
統括理事会が『この水準なら街の外でも転用してもよい』と認めた技術を発表し、無数の外部企業の中から最も好条件の取引相手を選び、莫大な資金を得ていく訳である。
こちらから『探す』ではなく、学園都市側はあくまでも『選ぶ』だけだ。
そして今日も、そういったショーの一つが開催されていた。
展示される品々は無人制御の攻撃ヘリや、最新鋭の駆動鎧、ある種の光波を利用した殺傷域紫外線狙撃装置、果ては空爆にも使える大出力光学兵器など。
イベントの名称そのものが『迎撃兵器ショー』というものだから、物騒にも程がある。
「ぷはー。」
重たい息を吐く音が聞こえる。
ドーム状の国際展示場の片隅で、アタッチメントで胴体と接続された駆動鎧のヘルメットを両手で外した黄泉川愛穂のものだ。
普段は野暮ったいジャージの上からでも青少年を悩ませるプロポーションが目立つ女性なのだが、着ぐるみのように膨れ上がった駆動鎧に包まれていると、その格好は妙にユーモラスに見える。
「暑っついー。
なーんで駆動鎧のデモンストレーションってこんなに疲れるじゃんよー。」
ヘルメットを抱えたままウンザリした調子で呟く愛穂に、傍らにいた作業服の女性がジロリとした視線を投げた。
駆動鎧開発チームの一員で、普段は白衣の方が慣れているのか、作業服が七五三並に似合っていない。
「安心して、貴女だけじゃないわ。
展示場全体が妙な熱気に包まれているから。」
エンジニアの女性の膝にはノートパソコンがあり、パソコンの側面には携帯電話を薄くしたようなカードを指していて、画面には駆動鎧の詳細なデータが表示されている。
「そう言われても嬉しくないじゃんよー。」
「喜ばせるための発言じゃないもの。」
「にしても、平日昼間に開催されてる迎撃兵器ショーなんてコアなイベントに、なーんでこんな大量の人、人、人が集まってるじゃんよー。
これって国際展示場の収容人数オーバーしているんじゃないじゃんかー?」
「今日は記者デーだから人数は少ないわよ。
明日は一般開放だから地獄絵図。」
「そう言われても嬉しくないじゃんよー。」
「喜ばせるための発言じゃないもの。」
エンジニアの言葉にゲッソリしながら、愛穂は今まで抱えていたヘルメットをゴトンと床に下ろす。
このヘルメット、全幅五〇センチ近くある。
学園都市を徘徊しているドラム缶型のロボットを被せているように見えるのだ。
そのくせ、駆動鎧の他のパーツは西洋の鎧を少し着ぶくれさせた程度のサイズなので、かなり頭でっかちなシルエットをしていた。
「あつー。
つか、もう全部脱いじゃうじゃんよ。」
言いながら、愛穂はヘルメットのなくなった首の部分からズルズルと外に這い出た。
駆動鎧の下に着込んでいるのは、特殊部隊が装着するような黒系の衣装だ。
愛穂は動きを止めた駆動鎧に背中を預けるように座り込み、片手を振って自分の顔になけなしの風を送りつつ。
「ったく、駆動鎧っていうのは装甲服を着て乗り込むもんじゃないね。
もっと通気性の良い、駆動鎧専用の作業服とかないじゃんよ。」
「じゃあ企画部長の出した案に乗っていれば良かったじゃない。
駆動鎧を脱いだら大胆なビキニがご登場。
報道陣も拍手喝采で大喜びって寸法よ。」
抑揚のない声を聞く限り、思いきり他人事として処理されているらしい。
愛穂は顔中にベタベタとくっついた汗の珠をタオルで拭いつつ、
「つか、あの企画部長は何でコンパニオン談義になるとああも机から身を乗り出してくるのかね。」
「趣味なんでしょう、可哀想に。」
「そもそも、この全日本ガサツ女代表黄泉川愛穂にコンパニオンのおねーさんみたいな真似ができる訳ないじゃんよ。
どこをどう間違ったらこんな人選になるんだか。」
「警備員ってのも大変ね。
自衛隊並に雑用を押し付けられて。」
「やっと退院して、最初の仕事がこれってひどいじゃんよ。
やる事がないって事は、それだけ平和だなーって事なんだけど。」
愛穂はあの事件以来入院して、数日前に退院した。
警備員の仕事も復帰して初めての仕事がこれだ。
あの事件の出来事は他の警備員には報告していない。
というより、しても信じて貰えないだろう。
自分も他の同僚から、その話を聞かされたら信じられる自信がない。
故に、同僚達は愛穂の手と足が義手である事も知らない。
教えれば仕事に支障が出るかもしれない為、教えない事にした。
入院した理由は、警備員のほとんどが意識を失った際に、怪我をしたと適当に嘘をついた。
お見舞いに来ようと思っていた同僚もいたが、愛穂が事前に断っておいた。
愛穂は周囲を見渡す。
あちこちのブースで展示されているのは、色とりどりの人殺しの道具だ。
これまであった、『暴走能力者を最低限のダメージだけで捕獲する』といった色合いは影を潜めていた。
その代わりとして登場したのは、戦車の影に隠れたら、その戦車ごと標的を貫通するような、大威力・高殺傷力の兵器ばかりだ。
ここまで急激に方向転換を遂げた理由といえば、
(やっぱ、これしか思いつかないじゃんか。)
愛穂がチラリと見たのは、エンジニアが扱っているノートパソコンだ。
画面には今まで愛穂がデモンストレーションで搭乗していた駆動鎧のデータの他に、小さなウィンドウでテレビ画像を表示している。
映っているのはニュース番組で、アナウンサーが原稿を読み上げている。
「現地時間で昨夜未明、フランス南部の工業都市トゥールーズで宗教団体による大規模な抗議運動が発生しました。
街の中心を走るガロンヌ川に沿って数キロの道のりが人で埋め尽くされ、現在も交通を始めインフラ網に深刻な影響が出ています。』
録画された映像では、真っ黒な街を松明の炎で明るく染めて練り歩く集団が大挙している。
フランス語で罵詈雑言の書かれた横断幕を手にした男女や、学園都市の看板に火を点けて大きく掲げている若者などもいる。
一応彼らは『抗議活動』をしているだけであって、統制を失った暴徒ではない。
それでも数万もの数の人間が怒りを露にして街を練り歩く様子は、見ていて寒気を覚えるほどの威圧感を与えてくる。
『自動車関連の日本企業が点在する地域周辺などで特に活動が盛んである事から、これも学園都市に対するアンチ行動の一環だと推測されます。
フランスは国民の八割以上がカトリック系ローマ正教徒であると言われており、同様の活動が複数の都市でも見られる事から』
それでも、まだこの場合はマシな方だったかもしれない。
しばらく画面を眺めていると、次は愛穂や麻生達と一緒に見ていたニュースが再び流された。
『ドイツ中央部のドルトムントでは、盗難されたと思しきブルドーザーがカトリック系の教会へ突っ込み、中にいた神職者九人が重軽傷を負うという事件が発生しています。
これは一連の抗議活動に対する報復であると推測されていますが、現在までに犯罪声明のようなものは出されていません。
今後ローマ正教派と学園都市の間で争いが激化するとの懸念が広がっていて』
一度見たものだが、それでも忌々しさは拭い切れない。
まるで小さな火種が乾燥した藁の山へ燃え移るように、ここ数日で世界の動きは大きく変わった。
ローマ正教側が世界中で同時に起こすデモ活動と、それに対する一部の過激な反応が、次々と争いを加速させてしまっている。
そして、この動きに呼応するように学園都市で開催された、今回の迎撃ショー。
一見すれば、統括理事会側からの正式な『デモには屈しないという意思表示』とも受け取れるが、
(それにしては、あまりにも手際が良すぎるじゃんよ。)
兵器開発というのはプラモデルを作るのとは訳が違う。
開発の申請を行い、予算を計算を繰り返し、審議を通して、試作機の設計を行い、組み立てた機材で何千回も何万回もシミュレートを行い、満足する数値を叩き出して、初めて『商品』として表に出てくる。
一連のデモが激化したのはここ数日の話だ。
年単位の開発期間を必要とする兵器開発では、どうやっても追いつかない。
となると、
(学園都市は既に準備を終えていた。
世界がこんな風になるのを見越して、それを事前に止めるのではなく事後を制する為に策を練ってたって訳じゃんか。)
くそ、と愛穂は吐き捨てそうになった。
戦争の引き金を引いたのは学園都市ではないのかもしれない。
しかし、その話に乗って都合良く利益を得ようとしているのは間違いない。
と、ノートパソコンの持ち主であるエンジニアの女性が、作業服の袖で額の汗を拭いながら、つまらなさそうにニュースの画面へ眼をやった。
「どこにチャンネルを合わせても似たような感じなのよね。
こういう時、バラエティの専用チャンネルとかに契約しておけば良かったなって思うわ。」
「どう思うじゃんよ、この状況。」
「そうね。」
兵器開発研究者のエンジニアは一呼吸置いて言う。
「仕事が増えるのは良くないわね。
サービス残業はもっと良くない事よ。」
「今回の展示、いつものとは全く毛色が違うじゃんか。」
「企画部長が張り切っていたからね。
需要産業=むさ苦しいという固定概念を覆せば、そこに新たな市場が開けるのだーとか何とか、兵器開発の現場で凄い事言っていたわね。
熱に浮かされているようだから氷の塊で殴っておいたけど。」
「ここで開発されている技術は、明らかに外部企業への『売り』を目的としていない。
となると、これはもう軍事演習と同じ、ただ詳細不明の兵器群の破壊力だけを『敵』に突きつけ、その威圧感をもって外交カードを切ろうとしているだけじゃんよ。」
「まあね、破壊力だけは抜群だったわ。
おかげで企画部長のネジが二、三本やられたらしくて、さらにフザけた事を口走るようになってしまったけど。」
「取り引きされている商品にしても、展示されている物がそのまま出荷される訳じゃない。
ライフルからフルオート機能を排除して店頭に並べるように、実際は三世代も四世代もグレードを落したものを売ってるだけ。
それって、もう学園都市の『外』の技術でもギリギリ再現できるレベルの劣化品でしかないじゃんよ。」
愛穂は少し離れた檀上のすぐ近くで話し合いをしている背広の男達を見ながら。
「その上、ライセンス売買と言いながら兵器のコアとなる部分の製造は、各国にある学園都市協力派の機関が完全に掌握している。
製造数や配備状況を逐一把握できるって寸法じゃんか。
ったく、学園都市はどうしてそこまでして金を集めてるんだか。」
「豊富な資金があればおバカ兵器を量産できるものね。
あの企画部長、今度は巨大人型ロボを宇宙へ飛ばそうとしているらしいわよ。
きっとパイロット候補は一〇代の少年ね。」
「やる気ないじゃんね?」
「あらゆる意味でね。」
そんな会話をしながら、愛穂は再度エンジニアの女性の膝の上にあるパソコンに眼を向ける。
ニュースは変わらず、暴動やら抗議運動などの読み上げている。
それらを見て今日の朝を思い出す。
このニュースを見た時、麻生は珍しく真剣な表情でテレビを見ていた。
普段はテレビなどに一切関心を持たない麻生がだ。
愛穂は・・・いや、愛穂だけではない。
桔梗や制理も薄々気がついている。
この一連の事件に麻生が関わっている事を。
あの〇九三〇事件で、化け物に追われそれを操る男と麻生は戦った。
あの時から麻生には自分達が想像できない何かに巻き込まれているのだと初めて知り、今まで全く気がつけない事に悔しさと怒りを感じた。
先日も麻生は突然早退して、いつの間にか部屋のベットで寝ていた。
起きた麻生は驚いた顔をしていたが、訳を聞いても話してはくれなかった。
(ウチが戻ったら話すって約束したじゃんかよ。)
病室で約束したのに、麻生は話そうとしない。
自分は警備員で教師だ。
だからこそ、麻生が危険な事に巻き込まれているのなら、助けないといけない。
何より。
好きな男が何かと戦っているのに、自分だけ安穏と生活しているのがたまらなく嫌だ。
せめて事情だけでも知りたいと愛穂は思っている。
これは愛穂だけではなく、他の二人もそうだろう。
(今夜にでも聞き出してやるじゃん。)
そう決意して、駆動鎧を装着していく。
そろそろ休憩を終わりにしないと、上から文句を言われる。
蒸し暑い駆動鎧にうんざりしながらも、愛穂はデモンストレーションの続きを再開する。
後書き
感想や意見、主人公の技の募集や敵の技の募集など随時募集しています
ページ上へ戻る