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不可能男との約束

作者:悪役
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文字の語り合い

 
前書き
文字は人を裏切らない

文字が示すのは真実のみ

それが虚構であろうが、本当であろうが

配点(文学) 

 

武蔵にいる学生、住民が全員が固唾をのむ展開になっていった。
品川全部の倉庫区画には英国の代表と武蔵の代表が集う場所へと意味を変えつつある。
表示枠越しに、その光景を見ている、一般生徒と一般市民は文字通り唾を呑んで、その光景を理解する。
最早、疑いようがない。
武蔵は世界を相手にする舞台に上り、踊る役者になったのだという事だ。
踊る事を止める事は出来る。
しかし、それはほぼ不可能だという事を武蔵の住民は知っていた。
踊りの主役は無能でありながらも、高望みは忘れない馬鹿だからである。
故に止めるという選択肢はほぼないという。
なら、思う事はただ一つである

「どうなる……!?」





戦闘は荷重かに置いての打撃戦に移っていった。
ジョンソンをノリキが担当し、ウルキアガはセシルの方に向かおうとする。

「ええい! こう言った変態の相手をするのはシュウの仕事であろうに……!」

「解っていても仕方がない事を言わなくていい……!」

憎まれ口を言いつつも、荷重下による行動を無理に行う。

『後、二分だ! そこまで凌いでくれ! そしたら、勝っていようが負けていようが、英国の周回軌道に入る───英国は不可侵を守れなかったという事実を得れる! だから、それまで持ちこたえてくれ!』

「そこは、勝ってくれ、と煽った方が盛り上がるぞ正純」

さて、とウルキアガは息を吐きながら、相手を見る。
相手は女王の盾符(トランプ)
英国の特務級の存在であり、それが、四名。
今のところは、シェイクスピアは動く気がないみたいなので、三名だが、特務級はいるだけで、脅威といえば脅威なので四名と思ってもいいだろう。
そして、こっちは特務一人、一般学生一人。

「正直、泣けてくる話だな」

「労働は何時も厳しく、面倒。当たり前の話だ」

無愛想ながらも乗ってくるノリキをちらっと見つつ

二人合わせて、突撃した。







「セセセ、セシルゥゥゥゥゥゥ! 集中攻撃、行くわよーーー!」

「がんばるのーー!」

武蔵の半竜がセシルに向かって、突撃する。
そこに、セシルの荷重がかかる。
避ける術などない。
だが、同時に半竜は止まらない。
荷重の下、半竜と言えども飛翔する事は出来ない。しかし、一歩一歩、着実に床を踏みしめて、前に進んでいる。
足元の木床に足跡が残っているそれが荷重が効いている証でもあり、荷重が効いていても前に進めるという証でもある。

「止まらない……!?」

流石は半竜と言うべきか。
神代の時代に高重力惑星や領域で生存するために種族的改造をした種族である。
性能で言うならば、人間よりも遥かに上である。
基礎の能力だけに限って言うならば、凌ぐのは鬼か、竜くらいだろう。
そしてウルキアガに荷重が集中されたことによって、ノリキが多少、楽になった。
しかし、多少レベル。
未だに、荷重は自分にかかっている。
その事を深く理解した上で、角材を持って、前に進んだ。
そんな自分を見て、何を思ったのか、目の前の肌黒スポーツマンは笑い

「Youが私の相手をするのか!?」

「解りきった事を言わなくてもいい」

相手は女王の盾符(トランプ)
能力や閃きで比べたら、明らかにこちらが不利である。
術式のみで言えば、勝敗は同点かもしれないが、特務級と真面に打ち合おうとは思わない。
故に、角材を持って、相手を引き付け、防御し、時にシールドバッシュを行い、手や足などを全身を持って、相手の動きを止める事に専念する。
自分で言うのも何だが、不格好な戦い方である。
動き方は素人のそれ。
ポーカーフェイスなどする余裕など一切ない。
汗なんか垂れ流し。
こうして、相対に出るとクラスの特務クラスのレベルの高さを理解する。
しかし、そんな自分を相手は笑う。
嘲笑いの表情ではない、と勝手に判断できる。それは、むしろ授業の時に、熱田がこちらに向けて、笑う時と同じような顔であるからだ。
そして、その表情で一言。

「素晴らしい……!」






素晴らしいとも! と内心でもう一度同じ言葉をジョンソンは繰り返す。
技術、能力云々ではない。
それで言ったら、戦闘訓練を受けていない一般学生なので、そこまで凄くはない。
強くはない。
だが、この少年を弱いなどとは絶対に判断しない。
その表情は必死だ。
余分なものは一切ない。
余裕がないともいえるが、だからこそ、それを必死の表情で埋めようとしている。
ありとあらゆる力、技術などを未熟なまま使ってくる。

詩的だ……!

賞賛されるべき精神性だ。
自分は勝つ事は出来ないと諦めているのではなく、ありとあらゆる手段で武蔵を勝たせようとしている。
なら

「その情熱に答えず、何が作家だ!」

角材によるシールドバッシュを押しのけ、後ろに軽く飛ぶ。
本当に、軽くだが、後ろに飛ぶ勢いは軽くではなく、大型木箱(コンテナ)の上に乗るレベルでの浮遊である。
そして、着地する瞬間に、ジョンソンは文字を重ねた。

『舞い上がってしまえ』





ジョンソンが着地した足場の大型木箱は言葉通りになった。
二十メートル長の木箱は、再び飛ぶために床となっていた木箱を蹴るだけで、こちらに飛んでくる。
つまり、今のところは重さはないとみてもいい。
だが、傍にウィリアム・セシルがいるだけでそう思ってはいけない。
なら、この大型木箱をそのままにしておくのは不味いかもしれない。
ならば、とノリキは角材を置き、拳を構える。
それと同時に腕に鳥居型の表示枠が拳から肘を超えて伸び

「三発殴って大型木箱(コンテナ)を破壊しろ」





目の前に蹴りだされた大型木箱はまるで、紙細工かのように破裂した。
木屑が散らばる中、そこを突っ走ってくる少年がこちらを真っ直ぐに見つめている。
その術式は知っている。
ガリレオ教授の術式を打ち砕き、自身を勝利に導いた術式。
二度の打撃を奉納とし、自分の攻撃力の無さをカバーしたある意味、剣神や半竜よりも厄介な術式。
弥生月から如月。そして、睦月に至る術式である。
しかし、その事実とは別に笑う事があった。

……止まる事も考えないか!

思考においても余分な事は考えていない。
目の前に大型の木箱が飛んできたというのに、恐怖や焦りを表に出さない。
どちらの感情がないという訳ではない。
どちらの感情も出すのが惜しいくらい必死であるという事だ。
成程、と小声で呟く。
この少年は特別強いという訳ではない。だが、この少年は敵であるという思いを頭に浮かべて、改めてダッドリー達の方に叫ぶ。

「Mate! こっちは手放せないから、そっちは頼んだぞ!」






「いいい言われなくても解ってるわよ!」

目の前の半竜は止まらない。
セシルの荷重を受けて、尚動くというのは種族差というものなんだろうけど、その種族差に言い様がないこんちくしょうという思いが浮かんでしまう。
というか、この武蔵の過剰戦力はどういう事だ。
特務級の武神使い、半人狼、半竜、魔女、剣神、大罪武装、淫乱踊り子、全裸、股間破壊巫女。
どれをとっても、頭がおかしいクラスの戦力である。
というか、大罪級におかしい連中である。どういうふうに育ったら、こんな変態の連中が生まれるのだろうか?

何て恐ろしい所なの、武蔵……!

少なくとも英国なら、こんな事は起きない。
ジョンソンとかはちょっと歯が浮くような台詞を連発していたり、ハワードは土下座を極めるのに忙しかったり、万年水着を着ているホーキンスなどは少々どうかと思うが、それを除いたら普通とは言えないが、ここまでは酷くない連中である。
そして、恐ろしい事にこの連中は世界征服を謳っている。
つまり、解り易く言えば汚染。

「そそ、そんな事をしたら英国人としてだけではなく、人間として終わりよーー!!」

そして、彼女は先程撃って外れた矢を一つ取り上げる。

「せせ、セシルゥーーー! これに、わ、分け与えられる!?」

「Tes.! だいじょうぶなのーー!」

言葉を聞くと同時に即座に矢を投げた。
途中まで、普通に飛んでいた矢だが、途中で不自然に見震える。セシルの荷重が矢自体に設定されたという事である。

「と、とととりあえず、メインフレームまで一気に吹っ飛んだらいいわねぇ!」

止めに自分の右手を振り下ろして、矢を落とす。
これから、起きる予測は激震と破壊。
一発では難しいかもしれないが、矢はまだ幾らでもある。それをすれば幕引きである。
その事に内心苦笑しながら

「デデ機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)なんて、この世には存在しないのよ……!」

そして、矢はそのまま床を豆腐のように突き抜け、下にあるもの総てを貫きつつメインフレームへ───

「あいたぁーーーーー!!!」






セシルは奇妙なものを荷重によって浮いている空中から見た。

とってもまるいのーー?

従士用の青い機動殻であると、セシルは推測はしたが、あれは確か防御に特化し過ぎてスピードは遅いとか言うのだった。
今は、バケツを頭にかぶせた上半身裸のマッチョが足の代わりになっているのが見えた。
つまり、まんま盾に使われている。

「あ、あちょ、あ、頭が! 頭がぐるんぐるんしますよーー!?  じ、自分の頭! このままにしておいて大丈夫なんでしょうかーー!?」

中身はかなり喚いているようだが、喚いている余裕があるという事は無事だという事なのだろう。

「とってもかたいのーー」

自分の荷重なら間違いなく地下三、四層くらいは軽く突破する事は出来たはずの攻撃である。
それをあの機動殻はあいたーーの一言で防いだという事になる。

「セセセシル! つ、次、行くわよ!?」

「がんばるのーー」

ダッドリーが今度は右の方に矢を放り投げるので、その矢に再び荷重をかける。
矢は当然落ちるし、その落下スピードに鈍重な防御重視の機動殻では間に合わないようにという判断で、バケツを被っているマッチョの学生は機動殻を掲げているので、視界が良く見えないだろうという判断だろう。
だが、開いた貨物の穴の下、左舷側の壁にまたもや逞しい体つきをしたマッチョで全裸のインキュバスが爽やか笑顔の飛翔で

「はははは! こっち! こっちだよ、ペルソナ君! 頑張ってみよう……!」

ペルソナ君と言うのは名前だろうか。
呼ばれたバケツを装着しているマッチョはそっちの方に移動し

「え? え? あ、あいたーーー!!」

悲鳴が再び発生するが、無視してダッドリーは今度は右舷側に投げるので、そっちに荷重をかける。
すると、今度は右舷側に何時の間にか張り付いているスライムが

『むっ! 今度はこっちだぞアデーレ! さぁ、吾輩の所に来るがよい……!』

「ちょ、ちょ!? 連チャンは厳しっ、あいたたたーーーー!」

激震は連続するが、それだけである。
致命的な一撃は与えれてない。
ふっと何故かダッドリーが悟ったような息を吐く。
おちつくのーと思うが、言ってももう遅いだろうと思い、続きを黙って見守る。

「連射よ……!」





その光景を輸送艦にいる人物は黙って見守った。
正純は何か、語るべきかと思ったが、その前に点蔵が手を上げて来たので、何だ、と問い質してみる。

「Jud.───ぶっちゃけ、アデーレ殿の脳はもう衝撃でやばい事になっているという可能性はないで御座ろうか?」

「……お前は皆が言い辛い事をズバッと言って……」

「案外、一周して、まともなアデーレが見れるかもしれねえぞ?」

熱田の一言で周りがうーん、と考えるが、おいおい、と思い、流石にアデーレの為に発言する。

「おい、お前ら……アデーレは一応、武蔵を守ってああなってるんだぞ───だから、衝撃で頭がおかしくなっても大丈夫だからまだ頑張れとせめて言ってあげろよ」

「お前も言っている事をもう少し考えてみろ!」

あっれ、おっかしいなぁ……言葉の選択を間違えたかな、と周りのツッコミを聞き逸らしながら思う。
というか

「真面目な話、アデーレの機動殻は大丈夫なのか?」

「……」

全員が無言に表示枠を指し示す。
なので、そちらを見るが

『あい! たたたた! たたたたた! ちょ! 旋毛を連続はちょー痛っ、て、あいたたたたたぁーーーーーーーーー!!』

「……流石は武蔵が誇る従士だな」

「……ナイちゃん思うに、正純はちょっと武蔵に順応するのが速い気がするなぁー」

「絶望するようなことを言うな」

そう思っていたら、ウルキアガの歩がセシルまで残り十歩の距離に至っていた。
体験していないから、どれだけの荷重があそこにあるのかは解らないが、半竜であるウルキアガがここまで時間がかかったことから推測したら、かなりの荷重であったのだろうという事は理解できる。
だが、恐らく辿り着いた瞬間、こちらの勝ちだ。
恐らく、セシルは術式に頼った戦種だろう。
あの体格では、自衛の為の体術を持っているとは思えない。そして、セシルさえ倒せば、不利な条件は一気に解放される。
そうすれば、残り時間を耐える事は出来る筈だと思う。
楽観し過ぎかと思うが、表示枠に移るジョンソンも似たような事を思ったのか、ノリキと相対しながらも、ただ一人、この場で動いていない少女に声を飛ばす。

『シェイクスピア! ダッドリーとセシルの援護を頼む!』

ジョンソンの緊迫した声に、しかし、シェイクスピアはやはり、顔を本に向けたままで、見もせず、よく見ると肩が震えている。

『……何? 今、月天チャオズがチャオ! って叫びながら月と天に変わって世界にお仕置きするために核抱えて敵に突っ込んでいるシュールなシーンを楽しんでいるんだから邪魔しないでよ』

『Youの趣向はどこに向かっている!? いや、その前に現実を見てくれーーー!!』

ジョンソンの叫びに、はぁ、と心底煩わしそうな顔で溜息を吐き、ようやく顔を前に向ける。
しかし、本はそのまま閉じることなく手に持ったまま

『……煩いな。面倒だけど書くよ。それでいいんだよね?』

『おおおお待ちなさい!!』

表示枠の音声素子を振るわせるくらいの声を放ったのはダッドリーであった。
その言葉に思わず、眉を顰める。

待った……? どういう意味だ?

序盤はどうなるかと思えた女王の盾符(トランプ)との戦闘と思っていたが、結果としてはまだ膠着状態。
しかし、勝利条件云々だけで言えばこちらの方が有利である。
こちらは時間内まで負けなければいいで勝たなくてもいい。
しかし、女王の盾符は勝って、こちらに武蔵の運航の停止を要求しなければいけない。
つまり、勝利が前提である。
故に短時間勝利を狙うために聖譜顕装(テスタメント・アルマ)も持ってきたのだろうが、このままでは、こちらを止める事は恐らくできないと思われる。
なら、そこに未知の戦力であるシェイクスピアを投入するのは戦略上、間違いではないと思われる。
どういう意味だ、と再び思う心に良いタイミングでダッドリーが次の言葉を続けてくれる。

『ええ英国の武を預かる私の言葉を忘れたの!? ほ、本土外であんたの力を解放するのは禁止! そそその条件でアンタを連れてきたのを───』

『僕は別に勝敗とかには興味がないよ。あるのは、勝った後の本命の武蔵の本屋だ───勿論、古本屋にもね。自分が書いた本が大安売りされている所を見ると結構たまんないかんらね。それに、僕の事を言う前に君の事を考えた方がいいんじゃないかな? ロバート・ダッドリー。愛する女王の為に』

ロバート・ダッドリーの表情がみるみる変わっていく。
しかし、変わりだしたのは主軸の言葉ではなく、最後を飾る言葉であると正純は思った。
愛する女王の為に。
それが、ダッドリーが動く理由か、と正純は胸に刻んだ。
そして、それを証明するかのようにハン、と鼻を一つ鳴らして好戦的な笑いを浮かべ

『いいい言い方は気に入らないけど、女王陛下の事を忘れていないから釣りという事だとしても、の、乗ってあげるわ……!』

ダッドリーの手が新たな矢を放つために払われる。
放った数は

『ささ三本同時……!』






息を呑む武蔵住人。
三本同時。
幾ら、ペルソナ君がアデーレの機動殻の足代わりをしていても、違う場所に同時に三本落ちていくそれに同時に違う場所を守りに行けるわけがない。

「……!」

何人かが声にならない叫びをあげる。
ちくしょう、と悔しがる声が響く中、一つ剣神がその光景を呆れたように笑いながら、パチンと指を鳴らす。

「走んの……遅ぇなぁ」







《風は遊び、故に矢は静かに地面に落ちた》

絶体絶命の四文字熟語を前に起きた事はささやかな変化であった。
落ちていくという当たり前の力を味方にした矢は途端に軽やかな動きで、まるで風に遊ばれる髪のように地面にただ落ちて行った。
重さは風に遊ばれることによって、力が抜けたという感じに。
そんな力を持っている人物はこの場にいない。
なら

「ああ……」

シェイクスピアが息を吐く。
その息に、どういう意味があるのかは誰も理解していないし、余裕もない。
ただ、彼女は新たに来た人物に対して息を吐いた。
新たに来た人物は幾つの通神文を宙に浮かべ、荒れた呼吸で、しかし、意志を込めて己の名を告げた。

「武蔵アリアダスト教導院、書記、トゥーサン・ネシンバラ。短い間だけど、よろしくって言えばいいかな?」






新たに表れた武蔵書記。
しかし、その息が荒くなっているのを見てダッドリーは私達と同じで文系の人間だと思った。
しかし、ジョンソンは除くだが。
だが

《彼の息は徐々に、しかし、確実に静まり、位置は確かに見据えた相手に近付いていく》

動きが緩やかだ。
セシルの荷重術式はちゃんと発動している。
例外は、女王の盾符のみであり、それ以外の武蔵勢にはちゃんと全員にかかっている。
だが、よく見るとネシンバラという少年の頭上や肩辺りから流体の青白い光が行く度も散っているのが見えた。
季節外れの六花が散るのを見て、答えを思い浮かべる。

……セシルの荷重を破っているのね。

術式だ。
恐らく、神道の術式。
見たところ、何らかの文系の術式だろう。
書記がアグレッシブな攻撃系術式を使ってきても困る。
そんな脳筋は私以外の副長で十分である。

《時間は残り三十秒を切った。見せ場としては十分だ。だから、彼は自分の意志を示すための位置に着き、気を吐く》

「すまない……遅れた。まぁ、文系なもんでね───人並みレベルの足の速さしかないんだよ」

ギシッと床が軋む音が聞こえる。
はっ、と音が聞こえた方を見ると、そこにはシェイクスピアが立ち上がり、そして、こっちが不利になっても本を顔から離さなかったのに、その本は手に提げられている。

……この自己中娘が自分から……!?

そして、言葉を吐こうとしたのか、何かをしようとしたのか、解る前に武蔵書記が先に動いた。







「悪いね」

ネシンバラは立ち上がり、何かをしようとしたシェイクスピアに対して文字を叩きつけた。

《立ち上がり、何かを為そうとしていた敵は、果たせぬまま地に崩れ落ちる》

《己にかかっていた荷重を、分解保管し、敵として相手に叩きつけたからだ》

言葉は総て現実に変わる。

「別に手品みたいに人を驚かせるものじゃない。一種の願掛けみたいなものだよ。神道ならではのね。仲介通せば決行すること自体は可能なんだけど、僕は文章の神、スガワラ系イツルでね。だから、まぁ───」

《彼は勿体ぶる様にタメを作りながら、そして言った》

「僕の術式"幾重言葉"は、僕が奉納した文章を願掛けとして現実に再現する小説家ならではの術式だ」

《音は轟の力を持って、床を軋め、敵を叩き伏せる。そして、荷重は落ち、衝撃となってその場にあるものを等しく打撃する。例外はない。空間事綺麗な音を響かせ、風すらも轟の力を得ることになる》





先手で相手を倒せてよかったとネシンバラは思う。
軍師であるが故に戦闘は出来るが、得意という訳でもない。
あくまでも、戦闘は特務と副長の方が基本は上であある。

……まぁ、やり方によるけどね……。

うちのクラスは全員馬鹿だから。
もしかしたら、特務クラスの馬鹿達はお互いやり合っても負ける気はないとか思っていたりするかもしれない。
というか、熱田君は間違いなくその思考を持っている気がする。
強いて言うならある意味、例外はミトツダイラ君と槍本多君くらいか。
勝てないという訳ではなく、避けているという意味だが。
ともあれ、軍師である自分が相手を倒したというのは市民がこの戦闘に対するイメージを変える事にもつながるし、評価の向上にもつながる。
世は戦国の時代。
情報や風評も全て戦いにおいて重要なファクターである。
良かった、と評価するべきだ。
なので、後は援護に回るべきだろう。
"幾重言葉"は強い術式ではあるが、信奉者が書いた文章を読むことで喜び、それを奉納として発動とするもので、些か術の出が遅い。
高速戦闘には不利な術式である。
強力=万能という訳にはいかないのである。
まぁ、その分頭狂った副長組がいるから、別にいいんだけど。
自分の場合は、準上級契約をしているために、今まで書いたものを奉納ペースト素材として使用し、大部分を省略できているのでマシな方である。
だが、そこにもやはり、穴というのはあり、同じものを再利用しているような物なので奉納変換効率が落ちる。
そこはネシンバラが今、自分で書いている同人誌から走狗ミチザネに自動ペースト化をしてもらい、未使用状態の奉納ペーストとして蓄積しているのである。
まぁ、今のところはまだ余裕があるので大丈夫だろう、と思い、まだ戦闘をしているノリキとウルキアガの方に視線を向けようとする。
全島の音は消えていない。まだ、全部は終わっていない。
だから、行こう、とそう思った思考に

「───え?」

待ったをかけられる。
よれよれの白衣を羽織り、少々痩せ気味の長寿族の特徴的な長耳をした少女、シェイクスピアは無傷のままである。
何もおかしなところはない。
攻撃を受けたはずなのに、何のおかしなところがないという異常以外は。

「面白い術式だね、それ」

「……僕は今の君に興味があるけどね」

「興味がある事は良い事だと僕は思うよ? ───何事も、無い状態からは生まれないからね。物も感情も、ね」

視線にはさっきまでの外界への拒否の念は籠っていない。
感情が籠っている。
敵意とも好意とも微妙に似ているようでいて、似ていないような何かがある、とネシンバラは思う。
つまり、相対されているという事である。

「じゃあ、始めようか。作家同士って言っとくよ。お互い、表現を求め合う仲だ。互いの出来を話し合おうよ───文字は等しく僕達を判断してくれるよ」

「……Jud.でも、その前に頼みたいことがあるんだけど」

「ん? 何だい。手早くね」

ああ、と一息を吐き、真剣な顔で少女の顔を見つめ

「サインをくれないかな? 出来れば、そっちにいるベン・ジョンソンの方も」

言葉と同時にネシンバラの周りに大量の表示枠が浮かび、そのすべてに同じ言葉は書いてあった。

『……ふぅ』

「せ、せめてコメントを書くのが礼儀ってもんじゃないのかい!? 大体! 僕みたいな歴史好きはこういう襲名者と会うとはしゃぐんだよ!?」

『お? ミトっつぁんとホライゾンを遠慮なく差別した発言がついに出たよ!』

『別に気にしませんが……それでも、ホライゾンが起きたら何が起きるか楽しみですわねぇ……』

「くっ……!」

いや、待て。
僕の相手はこの外道達ではない。
というか、こんな外道共を相手して堪るか。
今は、そう。今、相手をすべきは小説家として偉大な先達を襲名している少女の方だ。
だから、僕は大量にある表示枠を無視して顔に手を当てて、敢えて、彼女からは左半身になる様なポージングを取り、残った手で、彼女を指さし

「───どうだい!?」

返答は突然の光であった。








その微妙に真面目じゃない光景を見て、浅間は半目になりながらも、一応心配した。

「……大丈夫でしょうか、ネシンバラ君───脳が」

「フフフ、最後に付けた語句に関してはともかく、それ以外は何とかするでしょ。浅間も信じていないわけじゃないんでしょ」

「……よくある文句ですけど、その言い方って言われてみたら超卑怯な言葉ですよね」

心配の一言は信じていないという事になってしまうのである。
あんまり好きな文句ではない。
信じていないわけでない。
だが、やはり、信頼しても心配という感情は付いて回ってしまうので、気をつけなきゃとは思うのだが、培ってきた性格はやはり、中々治らない。
これからも、こういう事は度々あるだろうに。
駄目ですねぇ、と溜息を吐く私に、近くにいる喜美が苦笑の声を上げるのが耳に入る。

「あんたは本当に母ちゃん気質ねぇ……愚剣がよく言ってたわよ? 智は良い女過ぎるって」

「な、何を馬鹿な事を……」

「あら? あんまり自分を卑下するのは出来てない女がいう事よ? 男だって誇ってもらった方が嬉しいでしょうし、相手も女の事を誇れると思うわよ?」

「……前から思っていましたが、喜美のその自信に溢れた偏見はどこから自信を生んでいるんですか?」

「女の勘」

酔っている人間はいう事が違いますね、と思いながら、まぁ、若干尊敬する。
口に出してだけは絶対言わないが。
そんな事を言ったら、絶対にそれをネタにして遊んでくるだろう、という事にしとく。

「まぁ、ともかく浅間はもう少しアプローチを覚えた方がいいわね。控えめという言葉も度が過ぎたらただの拒否の姿勢よ? 浅間も女なんだから男を多少は喜ばせた方がいいわよ」

「い、いきなり何を言っているんですか!? なな、何でそんなシュウ君に対して、アプ、ア、アプローチなんてしないといけないんですかっ!!」

「あら。私はアプローチした方がいいとはいったけど、相手が愚剣だなんて一言も言ってないわよ」

「ぐっ……!」

自滅点。
自分のストレスがマッハの勢いで増えていくのを感じるが、そこは自制。
というか

「どうして、ネシンバラ君達の話から、そんな話になっているんですか……真面目に答えてくださいよ」

「失礼ね。これでも、真面目に答えているわよ」

「……どこが?」

狂人の言う事は理解できないという真面目だろうか。
その通りならば、確かにその通りだ……と頷くしかないのだが。
あのね、と前置きを置いて、喜美は続きを言う。

「あんたは信頼はしているんだけど心配するっていう、要は信頼が不安の前では長続きはしないっていう事でしょう?」

「ま、まぁ、穿って言えばその通りですけど……」

「なら、簡単よ───足りない部分は頼りたい男に埋めてもらいなさい。あの愚剣も馬鹿ではあるけど、女を受け入れる甲斐性ぐらいはあるでしょ。なら、あんたが飛び込めばそれで万事解決よ」

「……いやいや」

何故そんな結論になるのだろうか。
一つどころか、十くらい飛躍しているような気がする。

「だ、大体っ。そんな事してもシュウ君の迷惑です」

「それを決めるのは浅間?」

「喜美でもない事は確かです」

本当にどうかしている。
シュウ君は基本、自分本位な人間である。
例外はトーリ君くらいかと思われるが、まぁ、放任主義なのは変わらないだろう。
実際、生徒総会の時は、頑なにトーリ君に手を貸す事はしなかった。
基本、シリアスにはドライなのである。
現に、今でも、彼はミトに対しては甘い(・・)
そんな彼が、幼馴染だけで、普通に甘えさせるとは思えないし、ただ甘えるだけというのはちょっと遠慮したい。
ククク、と何故か機嫌の良さそうな喜美の笑い声が聞こえてくるが無視する。

「ま、浅間と私の偏見じゃ答えは見つからないわね。だから、そこは期待しときましょ」

だから、最後に聞こえた戯言も無視し、再び戦場を見る。










 
 

 
後書き
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