魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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XV編
第241話:血縁を断ち切る覚悟で
前書き
どうも、黒井です。
今回はちょっと閑話と言うか、次回以降の繋ぎの為の話に近い内容です。颯人が全然でなくて申し訳ないですが、今後の為と思ってご了承ください。
輝彦は自分1人が発令所に呼ばれたので、周囲の者達に不審に思われない程度にさり気無くその場を離れた。幸いな事に奏達の意識は透とクリスに向いていた為、輝彦が1人その場から居なくなっても気にされる事は無かった。
そうして彼が発令所に向かうと、そこに居たのは司令の弦十郎の他は何時もの銃後の面々。ただしアリスはヴァネッサ達の診察や今後の治療の事等があるからか席を外している。
その代わりと言っては何だが、正面のモニターには弦十郎の兄である八紘の顔が映り、更にはシャトーへの攻撃の際に保護と言う形で再び迎え入れたキャロルとハンスが普段の子供の姿で佇んでいた。2人の姿に輝彦は少し意外そうな顔をする。
「ん? お前達も呼ばれたのか?」
「まぁな」
「ん? おい、お前の嫁は一緒じゃないのか?」
「アリスか。彼女なら例の3人の診察なんかがあって忙しいらしい。と言うか、少しは感謝してるんだったら名前くらい覚えろ」
曲がりなりにもアリスの治療のお陰でキャロルと再会する事が出来たのだから、そこら辺はしっかり筋を通せと輝彦が釘を刺す。キャロルにも脇腹を小突かれたからか、ハンスは小さく咳払いをすると申し訳なさそうに頭を下げた。
「……悪かった。ちょっと、まだ慣れなくてな」
「まぁ、アリスはそんな細かい事を気にする性質ではないだろうがな。しかし……」
「何だよ?」
改めて輝彦はキャロルとハンスを見た。見た目は年端もいかない子供、それこそ小学生か中学生に上がるかどうかと言う外見の2人が、大人なやり取りをしている姿は何とも違和感がある。実際には2人共300歳近い年齢であると言う事は理解しているが、やはり見た目と中身のギャップは大きく正直に言って気持ちが悪いと言うか収まりが悪かった。
「やっぱりその格好でそんな対応を取られると違和感が凄いな。まぁ、そこはプレラーティも似たり寄ったりだが」
「あぁ?」
本人が聞けば即行でシバキ倒しに来るだろう事を口走った輝彦に、ハンスもちょっと馬鹿にされていると感じたのか視線を鋭くした。この見た目にしているのは過去のイザークが処刑された時の怒りを忘れないようにする為であり、別に好きでこの姿に体を固定している訳ではない。これは謂わば嘗ての世界を分解し万象目次録を作り上げる命題を完遂すると言う誓いの表れであった。それを余人にどうこう言われるのは我慢ならない。
しかしハンスが不機嫌になったのに対し、キャロルはそんな彼を宥めつつ静かに答えた。
「すまないな、明星 輝彦。暫くの間は我慢してくれ。こちらにも事情があるんだ」
「……いや、こちらも野暮な事を言った。すまなかったな」
互いが謝った事でこの話は終わりとなった。輝彦の言う通りこの件に関して長々とツッコむのは野暮と言うものだし、何より本題は別にある。
「それで? 颯人達まで外して、一体何の話が?」
「うむ。君や颯人君達の協力、そしてこちらのスタッフや八紘兄貴の協力もあって、やはり未来君は風鳴総家に居るだろうと言う結論に至った」
「ヴァネッサさん達からの情報提供もあって、風鳴総家には風鳴機関ほどではないにしろかなりまとまった設備が隠されているようです」
「そこで小日向 未来の洗脳の最終調整を行っている……と言う事か」
輝彦の問いに弦十郎、慎次が続けて答え、最後にキャロルが話を締めくくる。その結果に輝彦はさして驚きはしなかった。彼自身凡そそうだろうなとは思っていたからである。肝心の風鳴機関が先のアダムの攻撃により消滅した以上、訃堂が未来を隠しながら色々とやる事が出来るような場所は限られた。そして何より訃堂と言う男の性格を考えたら、身内ですら駒としか見ず他人を信用しているとは思えない性格から導き出されるのは自身の御膝元である総家が最も可能性が高かった。
「もし彼女の洗脳が完璧になったら、どうなると思う?」
輝彦の問いに弦十郎は眉間に皺を寄せて呻きながら考えた。あまり考えたくはないが、あの護国の鬼を自称する老人の事だ。何をするつもりかは想像するに難くない。
「……まず間違いなく、未来君を国防の主軸に据えた抑止力の体勢を作り出すだろうな」
「加えて、ジェネシスとの関係もあります。神の力を扱える未来さんと魔法使いを中核とした新たな国防機関を起ち上げても不思議ではありませんね」
ある意味で最悪の未来に弦十郎だけでなく慎次、席で話を聞いている朔也やあおい達も顔を顰めた。もしそんな未来が来れば、遠からずS.O.N.G.と武力衝突になる事は避けられそうもない。
その一方で、キャロルは事がそう上手く運ぶとは思えずにいた。
「あのワイズマン達が、あの男に素直に従ってくれればの話だがな」
肝心なのはそこだ。現時点でワイズマンが訃堂と手を組んでいる理由は大体察しが付く。隠れ蓑兼サバトに使う生贄を融通させているのだろう。事実、最近輝彦はジェネシスが行うサバトに気付けずにいた事が多くなっていた。コンサートの襲撃未遂など大きな事件の裏で、ワイズマンは着々とサバトを行い少しずつだが魔法使いを増やしている様なのだ。輝彦達が気付いて現場に向かった時は時既に遅し、とっくにサバトが行われた後で現場には魔法使いになれず犠牲となった人々の残骸だけが無残に残されている事が何度かあった。
訃堂は魔法使いの戦力を手に入れ、ワイズマンは自分達の身の安全と安定した活動を得る。一見win-winに見える関係だが、その水面下ではまず間違いなく両者共に相手を出し抜こうと画策している筈だった。
「敵は未来君を手に入れた事で精神的に余裕が生まれているかもしれない。そこを逆に突く」
「かねてより進めていた内偵と政治手腕により、風鳴総家への強制捜査の準備が整いました。間も無く執行となります」
「……本気なんだな?」
輝彦は鋭い視線を弦十郎とモニターに映る八紘に向ける。その問いには、血の繋がった肉親を犯罪者として捕縛する覚悟があるとみて良いのかと言う確認が含まれている事に気付いた弦十郎は、厳しくもハッキリと首を縦に振って答えた。
「そうだ、最早一刻の猶予もない」
『風鳴 訃堂自らが推し進めた護国災害派遣法違反により、日本政府からの逮捕依頼だ。状況によっては、殺害の許可も下りている」
今までにない血生臭い内容の話に、輝彦はこの場に呼ばれたのが自分だけな理由に見当が付いた。なるほど今までにも敵と戦う任務は数多くあったしその中で人死にを目の当たりにする事は多々あった。だが明確に殺意を必要とする事は今までに無かった事だ。それは偏に今までS.O.N.G.が敵対し戦ってきたのが、殺人を意識せずに済むノイズやアルカノイズ、ちょっとやそっとの事では死なない魔法使いや正真正銘の怪物であるファントムであったからに他ならない。
しかし今回は違う。今回は明確に1人の人間の命を手に掛け、その手を血で汚す覚悟が問われる内容であった。それを優しすぎるきらいのある響や純粋な切歌と調は勿論、他の若者たちにやらせるのは色々な意味で憚られた。抵抗されて命を手に掛けた事で心に傷を負う事もそうであるが、殺人する事を恐れて判断が鈍りその結果こちらが被害を被る様な事になっては目も当てられないからである。
そんな事を装者達に任せるくらいなら、その手の事に割り切れている輝彦やキャロル達に任せた方がずっと確実性が高かった。
「……まぁ、装者の殆どは未成年だからな、仕方がない」
「透君以外の魔法使いや、奏ちゃんとかはしっかり成人してはいるけれどね……こればっかりは、安易には……」
了子がコンソールに目を落としながら呟いた。確かに、颯人や奏など、魔法使い・装者にも成人している為血生臭い事を任せられる年齢の者は居る。だがそれを未来ある若者に任せたいかと言われれば、弦十郎としては首を縦に振る事は出来なかった。だからと言って曲がりなりにも外部協力者である輝彦や一応は保護しているキャロル達に、こんな事を任せる事に対して思う事が無いと言う訳でも無かったが。
「こんな事を君らに頼むのは、正直心苦しくはあるのだが……」
「いいだろう。綺麗ごとで物事が片付くなどと考えるほど若くはないつもりだ。汚れ仕事位どうと言う事はない」
「俺もだ。元よりそんな事を気にするようでは、あんな事出来はしなかったからな。少しでも役に立てるのなら、協力は惜しまない」
「……ありがとう、感謝する」
こうして、風鳴総家への強制捜査並びに風鳴 訃堂の捕縛ないし殺害への作戦が決まった。現場へは敵の抵抗にあった時の為の戦力として輝彦とキャロル、ハンスの3人。令状の所持と風鳴総家へのセキュリティ対策として八紘、現場指揮の為弦十郎とスタッフを十数名向かわせる事に決まった。
…………と、思いきや…………
「待ってくださいッ!!」
突然発令所の扉が開かれたかと思うと、扉が完全に開き切る前に飛び込んでくる人影があった。その人物に輝彦やキャロルは面食らい、弦十郎と八紘に至っては目玉が飛び出るほど驚愕していた。
「君は……」
「翼ッ! 何故ここにッ!?」
「……明星 輝彦? ここに来ることを誰かに伝えたりは?」
「する訳がない。私以外に連絡が来ていない時点で何かあると何も言わずにここへ来たんだからな」
だから正直、輝彦も内心では翼がここに居る事に驚いていた。気配も悟らせずに部屋を離れられた自信はあったのだが、何故翼がここに居るのかが分からず輝彦も困惑している。
その翼本人はと言うと、真剣な表情でモニターの向こうの八紘とこの場に居る弦十郎を交互に見ながら自身も同行する事を伝えた。
「実は、輝彦さんが1人静かにさっきの部屋を出ていくところが視界の端で見えて……もしかしたらと思ったら……それより、お願いです! 私も作戦に同行させてくださいッ!」
「ダメだ。今回の作戦は今までのとは訳が違う。最悪お前自身の手で、血縁を殺す事になるかもしれないんだぞ」
翼の要望に弦十郎が即答で却下を下した。それは翼が未成年だからと言うのもあるが、何よりも彼女の血縁関係にも関係していた。
翼の父親は八紘であるが、これは名目上の話に近い。母親は今は亡き八紘の妻であるが、血の繋がり的には父親は八紘ではなくその上、訃堂が彼女の父親に当たった。これは家の血に拘った訃堂が八紘の妻を無理矢理寝取って産まれたのが翼である事に由来するのだが、これは噂であり真相は不明瞭な部分が多い。しかしただの噂で片付けるには生々しい部分も多く、何より翼自身もこれを知っており彼女の人格形成に影響を与えている部分も少なからずあった。
そうでなくとも、訃堂は翼にとって祖父と言う血縁関係にある事に変わりはない。そんな相手を彼女自身が間違って手に掛ける様な事に、関わらせる訳にはいかないと言うのが弦十郎の意見であった。
しかし翼も引き下がらない。輝彦達を押し退ける形で前に出た彼女は、正面から弦十郎の目を見ながら芯の通った言葉を口にした。
「例えそうだとしても、否、だからこそッ! 私が向かわねばならないのですッ! そうでなければ、私が私を許せないッ!」
「何故そこまで拘る? 別に殺したいほど憎んでいる、と言う訳でもないだろうに」
ここまで翼が意固地になる理由が分からず輝彦が訊ねれば、翼は俯き胸の前で拳を握り締めながら胸の内を吐露した。
「私の……私の血縁が皆に迷惑を掛けた……私の大事な仲間達を、身勝手な理由で振り回し、挙句の果てに小日向まで……そんな身内を、身内だからこそ私は許せないッ! 許す訳にはいかないんですッ!」
生真面目で責任感が強いが故に、翼は己の血縁者が奏を始め仲間達に多大な迷惑を掛けた事が許せなかった。それを成した訃堂もそうだが、何よりもそんな血縁を結果的にのさばらせた自分が許せないのだ。だから彼女は、その宿縁とも言える因縁をここで断ち切るつもりなのである。例えその手を血で汚す事に繋がろうともだ。
決意の固い翼の姿に、キャロルは複雑そうな目を向けた。キャロルは周囲の身勝手で父親を殺され、それを理由に世界を敵に回そうとした。翼の掲げる理由はキャロルのそれと真逆だ。周囲の為に血縁を手に掛ける覚悟をもっている。そんな彼女に掛ける言葉を、キャロルは持っていなかった。
輝彦もまた、鋼鉄のように固い決意を胸に秘めた翼を説得できる自信が無かった。これほど固い決意を崩す事は一朝一夕にはいかない。ましてや今は急を要するのだ。悠長に説得などしてはいられない。
「……仕方がないな。弦十郎、連れて行こう。ここであーだこーだ議論してても始まらない」
「輝彦、しかし……!」
「要は彼女に手を汚させなければいいだけの話だろう。本丸が出たらお前と私でさっさと捕縛すれば済む話だ。違うか?」
出された妥協案に、弦十郎は目を瞑りこれ以上ない位濃縮したコーヒーを飲んだような顔で唸り声を上げ悩んだ。確かに今は時間が惜しい。それに本音を言えば、敵の激しい抵抗が予想される為確実性を喫するなら戦力は1人でも多い方がありがたいのも確か。だからと言ってよりにもよって翼を連れていくのは気が引けると言うジレンマに悩まされたが、結局は輝彦の言う通り議論の時間が惜しいと言うのもあって翼の動向を許可する事となった。何度も言うようだが時は一刻を争うのだ。こうしている間に、未来が洗脳されて戻ってこられなくなる可能性もゼロではない。
「……分かった。ただし、翼は捕縛対象との戦闘は許可しない。翼の相手は飽く迄も敵の抵抗戦力のみだ」
「はい」
取り合えず話が纏まった事に、輝彦とキャロルは小さく息を吐く。ハンスはあまり興味が無いのか途中から我関せずと言った様子である。
しかし輝彦の中には未だ不安が渦巻いていた。弦十郎はああ言ったが、実際問題翼が訃堂と戦わずに済むかどうかは確実とは言い切れない。もし万が一、自分と弦十郎が抜かれる様な事があったら…………
――……いや、止めておこう。考えただけで縁起が悪そうだ――
頭に浮かんだ可能性を輝彦は早々に忘れる事にしたのだった。一瞬脳裏に浮かんだ、翼と訃堂が戦う光景が現実にならない事を願って…………
後書き
と言う訳で第241話でした。
原作ではマリアと弦十郎が主な戦力の訃堂拘束任務でしたが、本作ではマリアの代わりに輝彦とキャロルとハンス、そして翼が作戦に加わります。一見過剰戦力にも見えますけど、弦十郎をサシで打ち破る化け物爺さんが相手となると……
翼は本作では洗脳されたりしていませんが、それはそれとしてこれまでの事件の裏で訃堂が動いて結果奏や仲間達に迷惑が掛かっている事に対して責任を感じていました。なのでその清算の意味も込めて、この作戦に自ら同行する事を志願しました。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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