拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~
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第2章 高校2年生
大事な人とのバレンタインデー ①
――今年も大晦日がやってきた。
でも、この辺唐院家には「家族みんなで大掃除」や「お正月の準備」という概念は存在しない。そういうことはすべて、家政婦の由乃さんやメイドさんなどの使用人の仕事となっているから。
そのため、珠莉の家族や純也さん、親族は今日もみんな思い思いに過ごしている。……もっとも、愛美と純也さんは「何か手伝うことはありますか?」と由乃さんに声をかけては「これは私どもの仕事でございますから」とことごとく断られたので、「いいのかなぁ?」とちょっと申し訳ないような気持ちでいたのだけれど……。少なくとも貧乏性の愛美は。
(やっぱりさやかちゃんのお家とは違うんだなぁ……。なんか落ち着かない)
そんなわけで、愛美は部屋にこもって自分のノートパソコンで長編の原稿を執筆していたのだけれど。お昼前になって、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「――はい」
「あ、俺だよ。純也だけど」
「待ってね、今開けるから」
ドアを開けると、普段着ではなく外出用の服装をした純也さんが立っている。対して愛美は、部屋着ではないもののちょっと外出には向かないような格好をしていた。そして、パソコンの執筆画面も開きっぱなしだ。
「……愛美ちゃん、ごめん。原稿書いてたか。ジャマしちゃったかな」
「ううん、そんなことないけど。純也さん、どうしたの?」
「今日ヒマだし、二人でどこか出かけないか? ……って誘いに来たんだけど。愛美ちゃん、仕事中ならやめとこうか?」
どうやらデートのお誘いに来てくれたのに、彼に気を遣わせてしまったらしい。愛美だって本当は他にやることがないから執筆をしていただけで――学校の冬休みの宿題はとっくに終えていたので――、気分転換も必要だ。それが大好きな人とのデートなら何も言うことはない。
「ううん、行きたい! わたしもそろそろ息抜きしようと思ってたところなの。じゃあ、ちょっと着替えたいから……」
今の格好のままで出かけるのはちょっと気が退ける。でも、愛美はお年頃の女の子なので、男の人の前では着替えにくい。それが恋人だとしても、である。
「分かった。じゃあ俺は、着替えが終わるまで廊下で待ってるから。着替え終わったら声かけてね」
「うん」
純也さんが部屋を出てから、愛美はしばし服選びに悩む。
今日は初デートというわけではないから、そんなにバッチリオシャレをする必要もないだろう。というわけで、今日は赤いタートルニットにチェック柄のロングスカート、そして黒のタイツにコートの組み合わせに決めた。足元はいつものブーツで、髪はブラッシングするだけにとどめ、あとは珠莉ちゃんからもらった口紅を塗って支度は完了。
「――純也さん、お待たせ! 支度できました!」
「……うん、今日も可愛いね。じゃ、行こっか」
――というわけで、二人は今年最後のデートに出かけることになった。
* * * *
今日の行き先は、数日前に時間の都合で行けなかった〈東京ソラマチ〉に決まった。
七階のフードコートで昼食を摂り、五階まで下りて水族館へ。愛美は可愛いペンギンたちやオットセイたちに癒された。
その後はショッピングを楽しんで、カフェでお茶をして、四階からスカイツリーの天望デッキへ上がった。
「こないだとは違って今日は空いてるねー。やっぱり大晦日だから?」
「だろうね。大掃除とか新しい年を迎える準備とかでみんな忙しいんだろうな。今日ここに来てるのはもう新年を迎える準備が済んでる人たちか、人任せにしてるヒマ人くらいのもんだ。……あ、俺たちもか」
「……確かに」
純也さんが最後に付け足した一言に、愛美は思わず吹き出した。
「純也さん、それって思いっきり自虐だよね」
「うん……、そうなるよな」
二人とも、本当は何か手伝いたかったのに断られたため、暇を持て余していただけなのだ。決して自分たちの意思で暇になっているわけではない。
「――去年の大晦日はどうだったの? さやかちゃんの家で冬休みを過ごしたんだよね」
「うん……。でも、あれ? わたし、純也さんにその話……。あ、そっか。珠莉ちゃんから聞いたんだ?」
「まあ、そんなところかな」
(ウソばっかり。ホントは知ってたくせに)
愛美は心の中でツッコみつつ、口に出しては言わなかった。
「さやかちゃんのお家ではね、大晦日は大掃除とかおせちを作るのを手伝わせてもらって、夜はみんなで紅白歌合戦を観て、除夜の鐘を聞いてから寝たんだよ」
「そっか。うん、定番の大晦日の過ごし方だな。ウチはみんな紅白観たりっていう習慣がないからなぁ。そもそもTV自体あんまり観ないし。普段通りに過ごして、何となく年が明けてる感じ」
「そうなんだ……。純也さんもそうなの?」
「いや、俺は毎年、紅白からの音楽番組で年越してるよ。俺の部屋にもTVあるから、今晩一緒に紅白観ようよ」
「えっ、いいの?」
純也さんからの提案に、愛美は喜ぶよりも先に戸惑った。
彼が紳士だと分かってはいるけれど、恋人とはいえ大人の男性と同じ部屋に二人きり……。これでドキドキしない方がどうかしている。
「もちろんいいよ。あ、愛美ちゃん、安心しなよ。俺はちゃんと常識あるから」
「……うん」
そういうシチュエーションになるのは二度目だ。夏にそのシチュエーションになった時に、愛美は純也さんから初めてキスをされたのだ。
(……まあ、でもあの時はまだ両想いになったばっかりだったし、わたしもまだ緊張してたからなぁ。今はだいぶ〝彼女〟らしくなってきたっていうか、彼女ってことに慣れてきたから)
純也さんと二人きりで過ごすことにもあまり抵抗がなくなってきたのは、彼のことをちゃんと信用できるようになったからだと思う。
「ちゃんと部屋は暖房つけて暖かくしておくし、あったかい飲み物も用意しとく。夜はもっと寒くなりそうだから。せっかくの年末の風物詩だし、ひとりで観るのは淋しいからさ」
「うん、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
今年の年越しは、大好きな純也さんと二人で迎えることになった。こんなに嬉しくてドキドキするようなことを、一年前はどうやって想像できただろう!
* * * *
その日の夕食後――これもごく普段通りのメニューだった――、愛美は自分の部屋で入浴を済ませてから紅白歌合戦が始まるまでの時間、原稿の執筆に勤しんでいた。
そこへ、担当編集者の岡部さんからスマホにメールが届いて……。
『相川先生、執筆は進んでますか?
プロット拝見しました。大変面白そうな内容になりそうで楽しみですが、可能であればそこにヒーローのロマンス要素も盛り込んで頂けると……。
無理にとは言いませんが、検討のほどよろしくお願いします。』
「――ロマンス要素……っていうと、相手はわたし……ってわけにはいかないよなぁ」
読んだ愛美はう~んと唸った。
現実で、主人公のモデルとなっている純也さんの恋人は愛美だけれど。それをそっくりそのまま小説の中でまでやるわけにもいかない。自分たちは好き同士で交際しているから年齢差なんて気にしてはいないけれど、さすがに世間的にはどう見られるのか分かったものじゃないから。
でも、ヒロインの年齢だけ引き上げて、設定はそのままそこに落とし込めば……。
たとえば、純也さんが愛美のことを好きになってくれた理由――家柄やステータスなんて関係なく、彼という人柄を好きになったということ自体は使えそうな設定ではある。
「……うん、よし。これでいこう!」
愛美はすぐ、「ロマンス要素は盛り込む方向で進めていきます」とメールの返信をして、またキーボードを叩き始めた。
そして七時十五分ごろ、キリのいいところまで書けた時点で原稿ファイルを保存してパソコンを閉じ、スマホを持って純也さんの部屋へ行った。服装は部屋に戻ってきたらすぐに寝られるようパジャマ姿で、上からカーディガンを羽織っている。
「――純也さん、愛美です。入ってもいい?」
「どうぞ。ちょうどいいタイミングで来たね。もうすぐ始まるよ」
「おジャマしまーす」
純也さんの部屋に入るのはクリスマスイブの夕方以来である。あの時は珠莉も一緒だったし、彼女の相談事がメインだったので部屋の中を見回す余裕がなかったけれど。
彼の部屋の中はかなり世俗的なもの――TVだったりスピーカーだったり、ゲーム機だったり――があって、そのうえでゴチャゴチャはしておらずキチンと片付いていることが分かった。
そして、ちゃんと暖房が効いていて暖かい。
「愛美ちゃん、ソファーにどうぞ。ここがTVを見る時の特等席なんだ。ホットココアも用意してあるからね。ちなみに由乃さんじゃなく、俺が自分で用意したんだよ」
愛美は純也さんに勧められたソファーに座り、魔法瓶から注がれたホットココアのカップを受け取った。その隣りに、同じようにカップを持った純也さんが腰を下ろし、リモコンでTVのチャンネルを変えた。
「えっ、純也さんが自分で? 由乃さんに怒られなかったの?」
「怒られたねー。『おっしゃって頂ければ、私が用意致しましたのに!』って。でも、俺の個人的な事情で頼むのはなんか申し訳なくて。俺、この家では居候みたいなものだから」
「〝居候〟って……」
彼が自虐的に言ったので、愛美は思わず絶句した。でも、普段は別のところで一人暮らしをしていて、実家にはめったに寄りつかないのなら似たようなものかもしれない。
(……まあ、わたしが純也さんと同じ立場でも、こんな家にはあんまり帰って来たくないかも)
初めてこの家を訪れた愛美でさえそう思うのだから、この家で生まれ育った純也さんは余計にそうだろう。
「……あ、愛美ちゃん。始まるよ」
TVではニュースが終わり、年に一度の華やかな歌の祭典がスタートした。
この番組は前半戦が終わった夜九時ごろ、ニュースが挟まる。
「――愛美ちゃん、ココアのお代わりいる?」
「あ、ありがとう! 純也さん、小腹がすいてたら、わたしの部屋からお菓子取ってくるよ。クリスマスに純也サンタからもらったの、まだ余ってて」
「サンキュ、愛美ちゃん」
というわけで愛美は一旦部屋に戻り、焼き菓子セットの箱を持って純也さんの部屋へ取って返した。
中身はまだかなり残っている。一人では食べきれないというのもあるけれど、「こんなに高そうなお菓子、食べちゃうのがもったいない!」というのが愛美の正直なところである。
「――おかえり、愛美ちゃん。まだ後半戦始まってないよ。ギリギリセーフ」
「よかった、間に合って! これ、お菓子ね」
二人はローテーブルに置いた焼き菓子をつまみ、ココアを飲みながらまたTV画面を見つめる。愛美の好きなアーティストがたまたま後半戦に固まっているので、前半戦よりも真剣に見入ってしまっているのだ。
(わたし、高校に入学した頃は流行に疎くて好きな歌手とかいなかったのになぁ……。去年さやかちゃんのお家で観た時は、誰が誰だか分かんなかったし)
でもスマホをすっかり使いこなせるようになって、流行りの音楽にも詳しくなった。この一年半以上で、愛美はすっかり世慣れしたように思う。
「わたし、このグループの曲好きなの。ドラマの主題歌になっててね、そのドラマも毎週観てたなぁ」
ちょうど今歌を披露している男性グループの曲の話をしていると。
「俺もこのグループ好きなんだ。やっぱり歌うまいよな」
「えっ、そうなの!?」
実は純也さんも、同じアーティストが好きだったことが分かり、愛美はビックリ。
「そっか、そうなんだ……。なんか嬉しいな」
こうしてまた、大好きな人との共通点が増え、愛美は彼のことがより好きになった。ほっこりした気持ちでココアを飲んでいて、その甘い香りからふとバレンタインデーのことが頭をよぎる。
「……ねえ純也さん、手作りのプレゼントってどう思う? 嬉しい? それとも困る?」
「ん? どうしたんだ、急に」
(ちょっと切り出し方が唐突すぎたかな)
反省した愛美は、考えていることを順序立てて言い直した。
「あ……えっと、二月にバレンタインデーがあるでしょ? でね、わたし、手作りのプレゼントを考えてて。チョコだけじゃなくて、もう一つ。で、それについて純也さんはどう思うのかな……って。『手作りは重い』とか迷惑に思う男の人もいるらしいって、さやかちゃんから聞いたことがあったから」
「ああ、そういうことか。俺は手作り、好きな相手からなら迷惑に思ったりしないけどな。むしろ嬉しいよ。ちゃんと贈る側の気持ちがこもってるから」
「そう……なんだ。よかった」
愛美はとりあえずホッとしたけれど、ある意味女性不信の純也さんらしいなとも思った。
純也さんはこのルックスだし、セレブの一族なので多分モテるはず。当然ながら、バレンタインデーにはチョコレートやプレゼントもドッサリもらっているだろう。中には手作りのもあるはず。
でも、好きでもない相手からもらう手作りのプレゼントは迷惑以外の何ものでもないと思う。下心とか打算とか、色々と勘ぐってしまうだろうから。
「確かに、好きでもない人から、それも山ほど手作りのものをもらうのは地獄だよね……」
「その地獄みたいな光景を、俺は毎年味わってるわけよ。でも、さっきも言ったけど愛美ちゃんからなら喜んで受け取るよ。愛美ちゃんは、俺の大切な人だから。どんなのがもらえるか、今から楽しみだな」
「うん! わたし、純也さんのために張り切って用意するからね! あ、もちろん学校の勉強も、作家のお仕事も頑張るけど」
(……純也さんの分はこれで決まったとして、問題は〝あしながおじさん〟の分。どうしようかな……)
愛美は悩む。〝あしながおじさん〟=純也さんなのは彼女の中で確定しているので、彼の分も用意するとなると、最終的に純也さんが二人分を受け取ることになってしまう。それはそれで迷惑だろうか?
(だからって、おじさまの分を用意してなかったら怪しまれそうだしな……)
この段階で、彼に「正体がバレてしまったんじゃないか」と思われるのはどうなんだろうか? 逆に「どうして気づかないフリをしていたのか」とツッコまれてしまうかもしれない。
「……何を悩んでるんだ、愛美ちゃん?」
「…………えっ? あー、うん。バレンタインデーの贈り物、田中さんの分をどうしようかなーと思って」
「ああ……、なるほど」
(……あ、純也さん、悩んでる悩んでる)
これは彼にとって難題だろう。田中氏と自分は別人ということにして二人分受け取るか、それとも自分はもらえるので田中氏としての分は断るのか。……もし断れば、自分が〝あしながおじさん〟だと分かってしまうかもしれないのだから。
(……っていうかわたし、もうとっくに分かってますよー。言わないけど)
「…………多分、彼はそういうの、受け取らないんじゃないかな。別に愛美ちゃんからのお礼とか、そういう見返りみたいなのが欲しくて援助してるわけじゃないだろうし」
(……あ、上手いこと逃げたな)
当たり障りのない、無難な言い訳をしてきた純也さんに、愛美はそう思った。
これで彼は二人分の贈り物を受け取らずに済むし、田中氏と自分を別人だと愛美に思わせることもできたから。
(でもまあ、ここは純也さんを立てて、そういうことにしといてあげようかな)
「……そうだね。分かった。じゃあ、おじさまの分は要らないか」
愛美と純也さん、それぞれの思惑は違うけれど、バレンタインデーの贈り物は純也さんの分だけ用意すればいい、ということでこの話の結論は出た。
* * * *
――今年の紅白歌合戦は紅組の勝利で幕を下ろし、純也さんがTVのチャンネルを変えた。ここで放送されている音楽番組は、途中で年越しのカウントダウンが行われるらしい。
「……あ、このバンド、紅白とは違う曲歌ってる」
「うん、ヒット曲多いからなぁ」
ロックバンドやアイドルグループ、ソロの歌手などが次々と登場して歌を披露し、いよいよ新年へのカウントダウンが始まった。
『……五、四、三、二、一、ゼロ! ハッピーニューイヤー!』
新しい年を迎えた瞬間――、愛美は純也さんからキスをされた。
「…………え?」
「今年最初のキスだね、愛美ちゃん。明けましておめでとう」
「……………………うん。あ……明けましておめでとう」
バカップルのお手本みたいな新年の迎え方をして、愛美の顔は茹でダコみたいに真っ赤になった。
「……純也さんって、実はキス魔?」
「いやいや! 愛美ちゃんにだけだよ。他の人にはしないって。別にアメリカナイズされてるわけじゃないし」」
「……そう」
(確かに、この人が他の人にキスしてるところは想像つかないかも)
というかそんな光景、考えるだけでもイヤだ。まあ、女性不信の純也さんに限ってそれはないだろうけれど。
「じゃあ改めて、愛美ちゃん。今年もよろしく」
「うん、よろしくお願いします」
二人は改めて顔を突き合わせ、新年の挨拶を交換した。
「俺、今年もちょくちょく君たちの寮に遊びに行くつもりだから。そうだな……さしあたり、次はバレンタインデーかな」
「バレンタインデーに? まさか、わざわざわたしからのプレゼントをもらうためだけに来るの?」
「それもあるけど、君たち三人に、俺からもチョコをあげるためにね」
「それ、さやかちゃんあたりがすごく喜ぶと思う。もちろんわたしも嬉しいけど」
「だろ?」
さやかは「チョコ好きに悪い人はいない」を座右の銘にしているくらい、無類のチョコ好きである。純也さんからチョコをもらえると分かったら喜ばないわけがない。
「それより、愛美ちゃんがくれるっていうもう一つのプレゼントって何だろうな。期待してていい?」
「もちろんだよ。期待して待ってて! 手作りチョコの方はあんまり自信ないけど、頑張ってみるね」
愛美は千藤農園のお手伝いで料理はだいぶできるようになったけれど、お菓子作りはあまり経験がない。でも、家庭科が得意なさやかがいればどうにかなるだろう。多分、珠莉も巻き込んで三人でチョコ作りをすることになると思う。
(何たって、珠莉ちゃんにも好きな人がいるわけだしね)
「大丈夫。俺、どんなに出来がひどくてもちゃんと食べるから」
「~~~~っ! 純也さん、その言い方ちょっとヒドくない!?」
「あはは、ゴメン!」
愛美が眉を吊り上げて抗議すると、純也さんは笑いながら謝った。もちろん、優しい純也さんが意地悪でそんなことを言ったわけではないことを、愛美はちゃんと分かっている。
――〇時半を過ぎて、音楽番組も終わった。愛美もそろそろ眠くなってきて、大きな欠伸をする。
「愛美ちゃん、眠そうだね。そろそろ部屋に戻って寝たら?」
「うん、そうしようかな……」
「明日……っていうかもう今日か。よかったら一緒に初詣に行かないか?」
「初詣? 行きたい!」
去年のお正月には、さやかちゃんの家族と一緒に川崎大師まで初詣に行った。今年は純也さんと二人で初詣。愛美としては、これはぜひとも行きたい。
「じゃあ行こう。どこがいいかな……。明治神宮は人が多すぎて愛美ちゃんが酔っちゃいそうだしな」
「わたしはどこでもいいよ。純也さんに任せるね」
「分かった。じゃあ、行き先はお楽しみってことで。――じゃあおやすみ。風邪ひかないようにね」
「うん。おやすみなさい」
――自分の部屋に戻った愛美は、ベッドの上でスマホのメッセージアプリを開き、さやかにメッセージと新年らしいスタンプを送信した。
『さやかちゃん、あけおめ~☆
今年もよろしく。』
『愛美、あけおめ。
こちらこそよろ~~♪
あ、いま珠莉からもあけおメッセージ来た。』
「……えっ、珠莉ちゃんも送ったんだ。ってことは治樹さんにも?」
珠莉が想い人であるさやかの兄・治樹にも新年の挨拶メッセージ、さやか曰く〝あけおメッセージ〟を送ったかどうかは分からないけれど、彼女がこの時間にまだ起きていたこと自体が驚きである。「夜更かしは美容に悪い」というのが、珠莉の口癖なのに。
「へぇー、珍しいこともあるもんだ」
これがただ単にお正月だからなのか、それとも好きな人ができて初めて迎えるお正月だからなのかは愛美にも分からない。でも、愛美だって珍しくこの時間まで起きているのだから、多分後者ではないだろうか。
「……さて、本格的に眠くなってきたなぁ。そろそろ寝ようっと」
ベッドに潜り込んで三秒で、愛美はストンと寝入ってしまう。
翌朝は八時ごろまで起きられず、愛美は八時半ごろに純也さんと二人でセカンドダイニングで朝食を摂り――珠莉はメインダイニングで家族と朝食を済ませたらしい――、辺唐院家の人たちに新年の挨拶をしてから神田明神へ初詣へ出かけたのだった。
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