Fate/WizarDragonknight
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非効率
『ボンドルド』
再び教授の名を口にするキュゥべえは、音もなく台から床に着地。静かに小部屋に入ってくる。
『驚いたよ。まさか、人間が賢者の石を生成してしまうなんてね』
「賢者の……石?」
混濁する意識の中で、ハルトが理解できるその言葉だけが、ハルトの理性を保っていた。
ソラが狙っていたもの。
えりかに頼み、ボンドルド教授が所有していた資料を途中まで調べていたが、まだ大したことは分かっていない。
「それに、パピヨンも自分の核を賢者の石って……もしかして、教授……」
『ウィザード。悪いけど、今回は君には用はない。下がっていてくれないかい?』
キュゥべえは、ハルトを一瞥。
そのまま教授、ボンドルドへ視線を戻す。
『ボンドルド、君の行いは、聖杯戦争そのものを揺るがしかねない。よって、ここで始末させてもらうよ』
「おやおや」
ボンドルドは、どこか他人事のように呟く。
「この私に、聖杯戦争の運営がわざわざ来ていただいたということですか? 処刑人さえも使わずに」
『君の能力や厄介さを認めてのことだよ。僕が自ら、君の研究を処分しに来たのさ』
キュゥべえはそう言いながら、その長い耳を動かす。
その右耳には、いつの間にかピンクとは別の色が付けられていた。白と桃とは別、黒に赤い線で手の形のように描かれたそれは。
「あれは……!?」
それを見た途端、ハルトは言葉を失う。無意識的に、ハルトの手がそれと全く同じ形をした腰元に触れる。そして、その予感が正しいと訴える。
『ドライバーオン ナウ』
そして出現するのは、まさにウィザードライバー。各所の色が異なるが、それは紛れもない、ハルトが腰に付けているウィザードライバーそのものだった。
ハルトの視線に気付いたキュゥべえは、首を回す。
『ワイズドライバー……ウィザード。以前、ルーラーが君を掴まえた時、ベルトを調べさせてもらったよ』
その言葉を聞いた途端、ハルトの脳裏に山奥の教会での出来事がフラッシュバックする。
あの時、全ての指輪を手にしていた監督役たち。ハルトが気絶している間に、彼らはウィザードライバーの分析をしていたということだろう。
キュゥべえはウィザードライバーによく似たそのベルト___ワイズドライバーを操作する。
ウィザードライバーのそれと全く同じように、ハンドオーサーを起点に、ベルト内部が動作。手のひらの形をしたバックルが左を向き、それはメロディを奏で始める。
『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
それは、ウィザードライバーの聞き慣れたそれと比べて、低い音声だった。魔法の呪文詠唱を肩代わりするために、ウィザードライバーに仕組まれたその機能。それが、キュゥべえからも流れ始める。
『変身』
そして、キュゥべえが告げたその言葉。ハルトが最も理解しているその事象が起こる。
『チェンジ ナウ』
ワイズドライバーと重ねられた指輪より、オレンジ色の魔法陣が発生する。
キュゥべえの前に、人間大の大きさの魔法陣が、ゆっくりとキュゥべえの体を通過していく。
その魔法陣より現れたのは、やはり変身したキュゥべえ。だが、四つ足の小動物風の体から、直立姿勢の二本足となり、人間と同じシルエットとなったその姿は。
「白い……ウィザード……!?」
「いいや。この姿に、名前など必要ない。白い魔法使いでも構わないよ」
キュゥべえが変身した、キュゥべえの声を持つ指輪の魔法使い。
それに名を付けるならば、その通り、白い魔法使いこそが相応しい。
白い魔法使いは、作業のように指輪を右手に取り付けた。
『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』
ワイズドライバーが鳴らす、やはりウィザードのそれよりも低い呪文。それが呪文詠唱なのは、ハルトが誰よりもよく知っている。
『コネクト ナウ』
発動した、湾曲の魔法。ハルトのものと同じく、それはどこか離れた場所に繋がった。白い魔法使いが魔法陣より取り出すのは、ウィザーソードガンよりも長く、細い長笛。ただ一つ、その先端には金色の刃が取り付けられていた。
ハーメルケイン。
その刃をボンドルドに向けた白い魔法使いは、じりじりと近づいていく。
その意図を察したハルトは、拳を強く握る。
「や、やめ……」
やめろ。
白い魔法使いを止めようとする言葉が、最後までハルトの口から出てこない。結梨を実験の材料として利用したボンドルドを守るための変身を、体が拒んでいる。
だが。
「させない!」
叫ぶえりかが、ハルトよりも先に飛び出す。
彼女のshooting starが、大きくうねり、ボンドルドの刃を防ぐ。
「シールドレイ!」
えりかの盾は即座に形状を変化。青い光を放ち、白い魔法使いをボンドルドから引き離す。
だが、離れたといっても、それはダメージによるものではない。白い魔法使いは、ハーメルケインでえりかの光を弾き、自らの意思で後退したにすぎない。
「シールダーの防御力は流石に参加者随一だね」
白い魔法使いは全く体に動きを示さないまま、えりかの盾を見つめる。
「まあ、君の妨害が入ることは予想できていたことだ。シールダーごときでは、僕に勝つことはできないよ」
えりか自身も、白い魔法使いの言う通り、決め手がないことを自覚しているのだろう。
一歩ずつ迫ってくる白い魔法使いに対し、えりかは後ずさることしかできない。そして、微動だにしないボンドルドと白い魔法使いとの距離が、徐々に縮まっていく。
「くっ……ああああああああああああああああああ!」
『フレイム ドラゴン ボー ボー ボーボーボー』
ハルトは叫びながら駆け出す。
回り込むと同時に変身、フレイムドラゴンとなり、白い魔法使いへ跳び蹴りを放つ。
白い魔法使いは難なくそれを受け流し、えりかと並ぶウィザードへ吐き捨てる。
「君には用はないと言ったはずだけど?」
「コイツには……償わせる。結梨ちゃんを、元に戻させる……!」
「そこの合成獣のことかい?」
白い魔法使いは首を傾け、結梨だった生物を見下ろす。結梨だった生物は、戸惑うように白い魔法使いとボンドルドを見比べており、自らの身に起きたことさえも理解していないようだった。
「見たところ、ホムンクルスをベースに合成し直しているね。完璧に一つの生命体として完成している。それはもう、キメラという一つの生物だね」
「……」
「そもそも、なぜそこまで関係のない生命体のために自身の生存を危険に晒そうとするんだい? 増してや、今の君の心は、完全にボンドルドを恨んでいる。それなのに、今は彼を背にしている。全くわけがわからないよ」
白い魔法使いは吐き捨てながら、ハーメルケインを向ける。
「まあ___君自身が敗北を望むのなら、仕方ないね」
「っ!」
そして振るわれるハーメルケイン。
長く、鋭い斬撃は、いともたやすくウィザーソードガンを弾き飛ばし、ウィザードの体を切り裂いた。
「ぐっ!」
さらに、怯んだウィザードへ白い魔法使いは蹴りを放つ。
ウィザードが転がっている間に、白い魔法使いはえりかとボンドルドへ足を向ける。
「行かせない!」
『バインド プリーズ』
魔法陣から発生した鎖が、白い魔法使いを縛り上げようと飛び出す。
だが、白い魔法使いはハーメルケインを横向きにする。横笛となったハーメルケインで音を奏でると、音はそのまま障壁となり、ウィザードの魔法を防いでいる。
「ぐっ……だったら!」
ウィザードは、即座にウィザーソードガンの手を開く。
『フレイム シューティングストライク』
炎の弾丸。
ドラゴンの顔の形をした弾丸が、そのまま白い魔法使いを飲み込む。
だが、白い魔法使いの音色は、それすらも防ぎ切ってしまう。ハーメルケインが振り回されると、炎の銃弾は完全に消滅した。
「そんな……っ!?」
「君のベルトを解析したと言っただろう? 君のものよりも性能の悪いものを作るはずがないじゃないか」
白い魔法使いは右手の指輪を掲げる。すると、白い魔法使いの指輪が、一瞬だけ淡い光に包まれる。
すると、彼が手にしていたはずのコネクトの指輪が、別の指輪に差し変わっていた。
「指輪が……変わった……!」
「毎回戦闘中に指輪を入れかえるなんて、非効率極まりないじゃないか。この仕様には本当に理解できないよ」
白い魔法使いはそのまま指輪を、ワイズドライバーへ読み込ませた。
その間に、えりかが割り込む。彼女は盾を展開させ、白い魔法使いの魔法に備えるが。
『エクスプロージョン ナウ』
「エクスプロージョン?」
聞き覚えのない魔法に、ウィザードは一瞬冷静になる。
その名の通り、白い魔法使いの魔法は爆発の魔法。
えりかの盾を通り抜け、ウィザードとえりかの間の空間が瞬時に凝縮された。それは、高密度のエネルギーとなり、炎とも違う爆発となる。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
ウィザードとえりかは、ともに吹き飛ぶ。
コンクリートに落ち、ウィザードは全身に焦げ跡が付いた自身の体を見下ろした。
「これ、内部から……!」
ウィザードは自らの体に触れながら、その感触を確かめる。
外装にダメージはない。むしろ、体内へ直接爆発を起こされているようだった。
白い魔法使いはそのまま続ける。
「君の魔法を解析していたときに組み上げたのさ。この魔法は君も発現できると思うけど、なぜこの効率を求めないのか、理解に苦しむね」
「っ!」
『チョーイイネ スペシャル サイコー』
ドラゴンの幻影が胸元に集約され、生成されたドラゴンの頭部、ドラゴスカル。
それは即座にその口を開け、ドラゴブレスを吐き出した。
だが。
『リフレクト ナウ』
白い魔法使いは、全く慌てることなく、その対策を繰り出してきた。
遠目からでも、それがウィザードも見慣れた防壁の魔法だと言うことが分かる。
だが発生した防壁は、ウィザードのものとは比べものにならないほどの防御力を誇る。
ドラゴブレスを完全に防ぎ切ったそれ。ウィザードの魔法とは比べものにならない堅牢さを実感したウィザードは、仮面の下で冷や汗をかいた。
「嘘でしょ……ッ!」
「その魔法は、こう使うといい」
白い魔法使いは、そう言いながら、変化した指輪を発動させた。
たった今ウィザードが使ったものと、全く同じ種類の指輪。右手に差し込むと同時に、ワイズドライバーが操作された。
『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』
『イエス スペシャル アンダスタン?』
白い魔法使いの手に、光の球体が現れる。徐々に大きくなっていく光は、暗い地下室を照らすほどの光量を放っていた。
そしてそれは同時に、地下の研究室を眩く照らしていく。
その光量から推測できる。白い魔法使いの魔力量は、今の自分を遥かに上回ると。
「松菜さん!」
えりかは叫び、再び盾を展開する。彼女の浮遊する武装と武装の間に発生する透明な壁が、放たれた白い光弾と激突するが。
「……ふん」
白い魔法使いは、拳を握った。
すると、白い光は収縮し、爆発。えりかの盾を吹き飛ばし、彼女とウィザードを再び吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
そして、今度の一撃は、ウィザードを変身解除まで追い込む。
生身となったハルトへ背を向け、白い魔法使いは棒立ちのままのボンドルドを見据えた。
「終わりだよ。ボンドルド」
「やめろ……キュゥべえ!」
白い魔法使いは、もうハルトの叫びを意に介さない。
ゆっくりと、ハーメルケインの刃先を向けながら、一歩一歩、ボンドルドへ近づいていく。
「おや、おや」
自らの命を狙われているというのに、ボンドルドには全く焦りは見られない。
「……死が怖くないのかい?」
「ええ」
ボンドルドは上半身を起こし、その両手を左右に広げる。
「私は命の神秘、その深淵を知りたい……自らの命でその深淵に触れるのもまた一興。まあ、色々と理解した上で行いたかったですが」
「ふうん。人間っていうのは、よく分からないね」
白い魔法使いは興味深そうに、だけれども少し詰まらなさそうに吐き捨てた。
そして振り下ろされたハーメルケインは、ボンドルドの面を___
「……全く。本当にわけがわからないよ」
白い魔法使いは、無表情な声色で呟く。
だが。
「グウゥゥゥゥ……!」
獣の唸り声に、白い魔法使いは動きを止めた。
「……哀れだね」
その時のキュゥべえには、実は感情があったのではないか。
結梨だった生物が、ボンドルドを守ろうと白い魔法使いの腰布に噛みついている。白い魔法使いは噛みついた腰布を引き、結梨だった生物の口から離すが、白いキメラはそれだけでは済まさず、白い魔法使いの右足に食らいついた。
「……ふん」
白い魔法使いは足を振り、キメラをボンドルドの前に放る。
「邪魔をされると面倒だね……先に君から始末するか」
「やめろ……やめろ!」
「……だ、ダメ!」
ハルトとえりかの叫びも、もう何の意味もない。
白い魔法使いは、ハーメルケインをキメラに向ける。
そのまま、無抵抗の実験生物へ、死の刃を突き立てようとするが、その間に黒い影が割り込んだ。
「……全く、人間というのは本当に意味が分からないよ」
「おやおや……奇遇ですね」
ボンドルドは胸を貫かれたまま、白い魔法使いの肩を掴む。
「……何のつもりだい? ボンドルド」
「聖杯戦争に参加した時点から、私は自らの体に、最大威力の自爆装置を仕組んでありましてね。私が作り上げたものが、どれほどのものかを……そして、この肉体の死を、私自身で実験できるようにしていただけです」
ボンドルドがそう告げると、彼の仮面が淡い緑に光出した。
あたかもボンドルドの意思と直結しているかのように、ボンドルドの体はだんだんと高熱を帯びていく。
「自爆するつもりかい? 生命が命を投げ打って、それで何の目的を果たすのかな?」
「目的? そうですね、探求心とでも言いましょうか?」
ボンドルドの仮面が、より強い光を放つ。
白い魔法使いは首をかしげた。
「人間が、研究のために自死を選ぶというのかい? そんな大切な者のためでもない、何かを得られるわけでもない研究のためだけに? 全くわけがわからないよ」
「訳が分からない、ですか。ええ、そうでしょうね」
ボンドルドは、より強く白い魔法使いにしがみつく。
白い魔法使いは特に抵抗するわけもなく、ただじっとボンドルドの顔を見つめていた。
「ああ、キュゥべえ。あなたにはわからない……実に可愛いですね」
「何で……何でアンタまで!」
ハルトは赤い眼になりながら叫ぶ。
痛む体を半分怪物にし、キメラを抱きかかえて、大きく後ろに退避。
その際、ボンドルドの仮面がハルトの目と合う。
はたして、その黒い仮面の下で何を考えているのか。そんなこと、人間でもないハルトには分からない。
そして。
「さあ、刮目して味わいなさい。私の最高の実験を」
そして、地下の実験室を破壊し尽くす爆発が生まれた。
キメラの盾になるよう、ハルトは身を固め。
誰も彼もが視界を失う中、ただ一人。
えりかだけは、確信していた。
自らの三画満ち足りていた令呪が消滅したことを。
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