非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第136話『潜入作戦①』
「──つまり、この現象はその黒いフードを被った鏡男って奴の仕業で、複製体を作り出して優菜ちゃんを連れ去ったのもそいつってことか?」
大地は腕を組みながら状況を整理するように言った。その表情にはまだ戸惑いが残っているものの、理解しようとする意思が感じられる。
「たぶんそう。ここはもう呑み込んで欲しいんだけど、そういう不思議な力を持ってる」
「こんな白昼夢見せられたら、マジックって言われるよりも、むしろそっちの方が信じられるな。それで、晴登はその鏡男の行方を探してると」
「あぁ。さすが大地だな。理解が早くて助かる」
ひとまず、大地が状況を素直に受け入れてくれたことに安堵する。この説明を受け入れてもらえないと話を先に進められないからだ。
だが晴登の気持ちとは異なり、大地は神妙な面持ちである。
「いや、俺はただ焦ってるだけだ。こんな訳わかんねぇ空間に閉じ込められて、自分のことで手一杯で優菜ちゃんを守ることができなかった。優菜ちゃんを助けるためなら、そんな眉唾な話だって信じるさ」
晴登が嘘つくとは思ってねぇけどよ、と大地は付け加えた。その信頼に晴登の口元がわずかに緩んだ。
守るべき相手が目の前で奪われてしまうことの悔しさは、晴登にも痛いほどよくわかる。彼のためにも、優菜は絶対に取り返すのだ。
「話は済んだな? それじゃ、作戦会議をするぞ」
伸太郎が場を仕切るように言うと、全員の視線が彼に集中した。
「一つ案を考えた。けど、これを実行するには鳴守の力が必要になる」
「お、俺か?」
まさか自分が主役として指名されるとは思っていなかった大地は狼狽える。
魔術師ではない大地が必要になる作戦なんて、嫌な予感しかしないのだが。
「伸太郎、まさかとは思うけど……」
「そのまさかだ。鳴守に囮になってもらって、捕まった人達の居場所を特定する。要は潜入作戦だ」
予感は見事に的中した。こっちから行けないのなら、向こうから招いてもらおうということだ。
「……他に作戦はないの?」
晴登はダメ元で別案を求めたが、伸太郎はあっさりと首を振った。
「ここにいる人達も使えば狙われる確率は上がるだろうな。でも、それだとお前は嫌がるだろ? なら事情を知ってて、なおかつやる気のある奴に任せるさ」
「よくわかんねぇけど、聞くだにかなり危険な役回りじゃねぇか?」
「あぁそうだ。身の安全は保証できない。でも、お前はやってくれるだろ?」
伸太郎の低い声が静かに響く。まるで、最初から承諾されることを確信しているような口ぶりだった。
その思惑を理解した大地は息を飲み、拳を握る。
「……そうだな。優菜ちゃんを助けるためなら、囮だって何だってやってやる」
「そうこなくちゃな」
「お前、性格悪いだろ」
「合理的な作戦と言ってくれ」
悪態をつきながらも、大地は伸太郎の提案を承諾した。半ば強制的だった気もするが、彼も嫌々という様子ではない。むしろ、自分が出向くことを望んでいたのだから、伸太郎はその心情を上手く利用したと言える。
「ここの防衛は俺と結月でやる。晴登は鳴守と一緒に行動しろ。ただし女装のままで」
「何で!?」
「さっきみんなが連れ去られてる時、俺とお前と天野は狙われなかった。あれを偶然と片付けてもいいが──仮に相手が魔術師を避けていたとしたら?」
伸太郎の推測に、晴登は息を詰まらせる。確かに、自分たちだけが狙われなかったのは奇妙だと思っていた。
敵は魔術師。ならば当然警戒する対象も魔術師であり、この学校にいる魔術師の顔くらいは把握していることだろう。伸太郎の仮説は辻褄が合う。
「どのみち一般人の鳴守一人に行かせても帰ってこれる保証がない。あの時も今も姿を偽ってるお前がついていくのが最も合理的だ」
鏡男に狙われなかったのはあくまで『伸太郎がいたから』であり、『晴登のことはバレていない』という前提のアサインだ。確かに見た目だけなら立派な女の子なので、そう簡単には身バレしないとは思う。
晴登は葛藤していた。
この作戦を遂行すれば、大地が危険な目に遭うかもしれない。優菜が攫われたばかりなのに、これ以上大切な友達を失うことなど耐えられそうになかった。
しかし、伸太郎の作戦以上に有効な策が思いつかないのもまた事実。ある程度のリスクは覚悟しなければならない。
「……わかった、その作戦でいこう。大地もそれでいい?」
「あぁ。自分の手で助けに行けるなら願ったり叶ったりだ」
「じゃあ決まりだな」
伸太郎は満足げに頷く。
「あとは連れ去られた人達を見つけた後のことなんだが……これは正直ケースバイケース。できれば一度戻ってきてもらって、情報を得た上で作戦を立て直したいが……無理ならそのまま二人だけでその人達の解放までしてもらうことになるかもしれない」
「鏡男に見つからなければいいけど……」
「十中八九、見つかるだろうな。だからその時の判断はお前に委ねる」
「わかった」
こうして、大地と晴登は潜入作戦を決行することになった。
*
「この作戦、本当に上手くいくのか?」
作戦のため、伸太郎達と別れて行動することになった晴登と大地。向こうから仕掛けてくるのを待っているという状況で、晴登がふとそうこぼした。
「お前が疑ったら俺も不安になるだろ。大丈夫だ、その格好似合ってるぞ」
「誰も女装の感想なんか聞いてないんだけど……」
大地の答えを聞いて晴登は苦笑い。
スカートの裾を気にしながら、軽く屈伸をしてみる。やはり動きづらい。まさかこの姿のまま戦闘することになるのだろうか。下に体操服でも着てくれば良かった。
「さっきは話の腰を折らないために確認しなかったけど、晴登がマジックって言い張ってたのが、実は本物の超能力でしたって話で合ってる?」
大地が退屈を紛らわすように尋ねた。その目には疑念よりも、驚きと興味が混ざっていた。
「うん、大体合ってる」
「へぇ〜。近くにいたのに全然気づかなかったな」
「俺も何でバレなかったのかわかんないよ。今まで何だかんだ見せてたし……」
過去を振り返ってみると、普通に人前で魔術を使った機会が多い。例えば大地の場合は、
「えっと、運動会の時と……もしかして林間学校の時もか?」
「お、当たり」
「は〜ようやく納得したよ。今考えたら不自然なことばっかだったしな。マジで何で気づかなかったんだろ。まるで思考を邪魔されてたみたいだ」
「そんな力はないはずだけど……。今度時間ができた時にもっと詳しく説明するよ。大地ももう関係者だしね」
「それって喜んでいいのか?」
大地は苦笑する。状況に見合わない、そんな和やかな空気が流れた瞬間。
「──来たぞ!」
異変に先に勘づいたのは大地だ。彼の鋭い声と共に、目の前の鏡の表面が歪む。まるで水面に石を投げ込んだように揺らぎ、そこから影がゆっくりと浮かび上がった。
「これが複製体……!」
現れたのは、自分達と瓜二つの存在──否、正確には無表情で生気のない瞳を持つ偽物達だった。
晴登はこうして目にするのは初めてだが、自分が自分の目の前に立っている光景は実に奇妙だった。
「けど、これは作戦通り……」
このまま敵に無視されることがこの作戦の失敗条件だったが、ひとまずそこはクリアした。
二人は静かに身構える。次の瞬間、鏡の中へと強引に引きずり込まれた。
*
「ここは……学校?」
まるで水の壁を通り抜けたかのような感覚と共に、鏡をすり抜けるという不思議な体験を終えると、そこは見慣れた学校の廊下だった。未知の場所に繋がっているかもしれないという懸念をしていただけに、拍子抜けしてしまう。
しかし、違和感はすぐに判明した。
「元に戻った……訳じゃなさそうだな」
廊下に並ぶ教室の扉、窓の外に広がる空、黒板、机や椅子……すべてが日常と同じように見える。だが、クラス札の文字が左右反転している。壁に貼られた掲示物の文章もすべて鏡写しだ。
「……ここ、鏡の中の世界ってことか?」
大地が周囲を見渡しながら呟く。その時、背後から鋭い気配が走った。
「──危ない!」
「うおっ!」
振り向くと、複製体達が無言でこちらへ手を伸ばしていた。晴登は急いで大地を抱えながら横に飛び、距離を取る。
既に接敵しているのだ。一瞬たりとも気を抜いてはいけない。
「助かった晴登!」
「このまま逃げてもいいけど……」
「冗談。こいつらぶっちめて優菜ちゃんの居場所を吐かせてやるぞ」
即断即決、晴登と大地はすぐに動いた。晴登は"風の加護"で素早く間合いを詰め、複製体に"烈風拳"を放つ。一方大地は複製体の顔面に容赦なくドロップキックをかましていた。
「どうだ!」
鏡から生成されていたから皮膚が硬いかとも思ったが、意外と殴った手応えは普通の人間と同じだった。その生々しさに嫌悪感を感じつつも、攻撃を喰らって地面を転がる二人の複製体の行方を見据える。
「うおっ、まだ立つのかよ」
しかし耐久力は人間を遥かに凌駕しているようで、先程の攻撃がまるで効いていなかったかのようにむくりと立ち上がった。
……どうやら、完全にトドメを刺さないといけないらしい。
「大地、下がって!」
「え?」
起き上がった複製体に立ち向かおうとする大地を引き止め、晴登は深呼吸する。そして大地が後退したのを確認してから、腕を大きく振りかぶった。
「"鎌鼬"!」
晴登が腕を振るうと、圧縮された風が刃となって、複製体達の腹部を両断する。しかしそこから血液が噴き出ることはなく、複製体はばたりと倒れて人形のように活動を停止した。
「すげぇ! 今のが魔術か!」
「人間に向かって使いたい技じゃないけどね。でもとりあえず、拘束される前に仕留められて良かった」
晴登の技に興奮する大地を微笑ましく思いつつ、ひとまずの関門は乗り越えたと晴登は息をつく。
──その視線の先で、新たな刺客と目が合った。
「そんな、早すぎる……!」
晴登は息を呑んだ。
複製体を撃破したばかりの彼らの前に、次の敵が現れた。黒いフードを深く被った男──紛れもない、鏡男だ。彼は無言のまま、じっとこちらを見据えている。
「どうした晴登……そういうことか」
晴登の表情を見て、大地も事態を察したようだ。
この作戦の最大の関門が早速登場してしまった。
「大地は先に行って! ここは俺が食い止める!」
晴登は咄嗟に大地を押しやる。鏡男の相手は晴登しかできない。
「……大丈夫なのか?」
いくら素人の大地でも、鏡男の能力が圧倒的なものであることは理解している。だからこそ、ここに晴登を残すことに逡巡を見せた。しかし、
「任せろ!」
その迷いを断ち切るように晴登はそう言い放ち、表情に確固たる決意を宿す。
鏡男はこのイレギュラーな二人の存在を前に、しばらく様子を伺っていた。加えて、女子が男子を逃がそうとしているという構図に、若干の困惑が見て取れる。しかし、すぐにその疑念を振り払うように構えを取った。
「大地行って!」
晴登が叫ぶ。その声を聞いて、大地は躊躇を振り切るように駆け出した。
「……負けんなよ!」
「当然!」
大地が走り出すと同時に、鏡男が加速する。まるで影が滑るような鋭い動きで、大地の背中に向かって疾走した。
「行かせるか!」
晴登は迷いなく飛び出した。"風の加護"を足元に纏い、一瞬で鏡男の進路を塞ぐ。
"晴読"で予知できるとはいえ、全容がわからない相手に無策で立ち向かうことはとても怖い。でも、今だけは逃げられない。絶対にここから先は通さないのだと、集中力を最大まで研ぎ澄まし、鏡男の初撃に備えて──
「……は?」
晴登の目の前で、鏡男が突如として動きを止めた。そして──
ぽんっ
あろうことか、晴登の肩を軽く叩き、そのまま素通りしていった。
「え、ちょっ、何……?」
晴登は訳がわからず、肩透かしを喰らった気分だった。
だが晴登が思考停止している間にも、鏡男の魔の手が大地へと伸びる。
「く、クソっ!」
晴登は乱れた思考を切り替えて、すぐに追おうと足に力を込めた──が。
「あれ、足が!?」
次の瞬間、彼の身体はズブズブと床に沈んでいった。まるで底なし沼に飲み込まれるかのように、脚から下がゆっくりと消えていく。
「さっき触れたのはこのためか……!」
鏡男の能力──"鏡間移動"。触れた対象が鏡の中を移動できるようになる能力だと仮定すれば、晴登の肩に触れた意味がわかる。彼は晴登をここから追い出すことが目的なのだ。
「させ、るか……!」
膝まで沈みながらも、晴登は諦めなかった。身体が鏡の世界をすり抜けても、魔術は反射されるはず。
「"噴射"!」
床に向けた手のひらから、強烈な風を噴射する。
想定通り、反作用で身体が浮き始めた。視界が一気に持ち上がり、沈みかけた下半身が床から抜け出す。
「……!」
背後でその光景に気づいた鏡男が、即座に足元から鏡の壁を生成し、道を塞ごうとする。
「間に合う!」
地面から迫り上がる壁を見ながら、床から抜け出すことに成功した晴登は、足裏が床につく瞬間に再び"噴射"を発動する。そして、今にも天井に届こうとしている壁の隙間に滑り込むように身体をねじ込み、無理やり鏡男に追いついた。
バサバサとドレスがはためく音と共に、鏡男を追い越す形で前方に着地する。
「はぁっ!?」
見た目にそぐわないその高速移動を目の当たりにして、寡黙を貫いていた鏡男も驚愕の声を漏らす。
正直、晴登自身もこの結果に驚いていた。下手をすれば顔面から壁にぶつかることになっていたことを考えると、我ながら無謀なことをしたと思う。
「行かせるかよ」
晴登は振り返り、堂々と鏡男を睨んだ。
魔術は鏡男の"鏡間移動"が効かない。つまり、"風の加護"で足を守れば、この空間から追い出されることもない。
黒フードの下にある鏡男の表情は読めない。しかし、明らかに晴登への警戒度が増しているのがわかった。
「俺が相手だ! かかってこい!」
晴登の宣言に、鏡男は静かに構えを取る。
互いの間に緊張が走った──次の瞬間、戦いの幕が切って落とされる。
後書き
あけましておめでとうございます。波羅月です。この作品はまもなく9周年を迎えようとしております。マジで何でそんなに続いてんだ?(読んで頂きありがとうございます)
さて、今回の話はタイトルで察せる通り、②があります。本当はまとめて更新したかったんですけど、思った以上に文量が増えそうだったので急遽二つに分けました。なので前回の謎がまだ解けていないのですが、次回までしばしお待ちください。
最近はバタバタとしていて更新が遅れてしまいましたが、今年は時間に余裕がありそうなので、頑張って執筆していきたいと思います。目指せ完結。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回をお楽しみに! では!
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