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Xepher

作者:花龍
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第二話 斬獲のシュラネス

第二話 斬獲のシュラネス


腐敗都市ダーティス―
生き物の死がごく自然に繰り返される世界―
アッシュとジェイルは、今まさに屍の道を歩いていた。
死んだ赤ん坊を抱き、泣き崩れる母親の姿もそこにはあった。

『慣れないな、いつ見ても』

ジェイルはため息をつく。
アッシュはあえて周囲の悲劇に目を向けず、一人魔物を倒していた。

『お前のその技、魔法みたいだよな』

魔法。
ジェイルにはアッシュの風がそう見えていた。
風が剣に巻き付き、振り払うと共に烈風が魔物を斬り裂く。
アッシュは剣を鞘に納め、

『そんなことよりジェイル。グランドクロスまで歩いて何日で着くんだ?』

『なんだお前、知らずに家を出たのかよ』

笑いながらも、ジェイルもまた魔物を撃退する。
動作を続けながら、

『早ければ二日もあれば着くだろうな』

『そうか』

二人は果てしなく歩き続ける。
だが、ただでさえ光のない世界に夜が訪れると、まともに外を出るのも困難だ。
景色は徐々に暗黒と化す。
二人は足を止め、テントを張った。

『今日はここまでだな。ところでジェイル』

アッシュの唐突な問に、ジェイルは首だけを彼に向けた。

『紋章騎士団(エンブレムナイツ)についてお前少しは知ってるんだろ?なんでもいいから
教えてくれよ』

ジェイルはその場に座り込み、口を開く

『簡単な組織構成を言うと、まず一番下に第三騎士団がいて、その上が第二、最上が第一
騎士団な訳なんだが・・・』

アッシュも座り、真剣にジェイルの話を聞いていた。
普段みない表情に少し戸惑いつつ、ジェイルは話を続ける。

『第三から第一までを統括している騎士団の総隊長がいて、更にその上には・・・って』

ジェイルは思わず肩の力が抜けた。
その光景を見た途端に、無言になる。
アッシュを見つめながら、一喝した。

『寝てんじゃねえよ!』

ため息をつき、寝ているアッシュに近づくと、静かに口を開く。

『本当に寝てん・・・だよな?』

アッシュの睡眠を確認したジェイルは、立ち上がる。
そして暗い表情で、こう言った。

『アッシュ、俺とお前はガキの頃からずっと一緒だった。毎日修行して、喧嘩もして、
でもそれが楽しくて、毎日があっという間だったよ』

ジェイルは右の拳に少し力を入れ、

『だが10歳ぐらいの頃に、お前が風の力に覚醒してからは・・・俺たちの差は
少しずつ広がっていった。一年後には、もう俺なんかじゃ太刀打ち出来ないぐらいにまで
、お前は強くなった』

ジェイルは握る拳に更に力を入れる

『全てにおいて、いつしか俺はお前に対してただ憧れるだけの存在になっていた。
俺にも、お前みたいな能力があったら、といつも思ってた』

この瞬間、ジェイルの表情が豹変した。
右手を強く握り過ぎ、震えるほどだった。
今まで抑えていた感情が爆発したのだ。

『お前はいつも、俺の目標を簡単にクリアしやがる。そしてお前がごく自然にやっている
ことが、俺には出来ない!』

ジェイルは寝ているアッシュを通過し、一人グランドクロスへ向かう。

『ならば、今こそお前を出し抜き、俺が英雄になってやる。そうすれば俺の存在が
世界から認められるんだ』

アッシュに対する憎しみにも似た感情を放出させ、ジェイルは一人暗黒を突き進む。
英雄になるために。
そして、アッシュを超えるために。


グランドクロス最上階。
星裁の使徒は、一つの「接近」に気付いた。
だがそれは予想していたものとは違う。
長刀を持つ黒衣の男は静かに口を開く。

『ゼファリオン、これもお前が書いたシナリオか?』

ゼファリオンは何も言わない。
瞳を閉じ、ただ「その時」を待つのみ。
その姿を見たシュラネスは、フっ笑う。

『愚問、だったな』

その時だった。
一人の兵士が慌てて最上階の扉を開く。
ゼファリオンは未だ瞳を開けることはなく、そして振り返りもせず、冷静に口を開いた。

『何事かな?』

『申し上げます!ジェイル=クローヴァーと名乗る若い剣士がこちらへ侵入!我ら
第三騎士団が応戦しておりますが、ほとんど歯が立たない状況であります!!』

聖光のシルフィーナは嬉しそうな顔で、シュラネスの方に首を向ける。

『どうする?シュラ君やっちゃう?』

だがシュラネスはため息をつき、兵士にこう返す。

『ルージュはどうした』

斬獲から放たれた言葉、それは「ルージュ」。
それが何者なのかはまだ分かっていないが、兵士は首を左右に振り、その焦りの表情を
変えることなく口を開く。

『第三騎士団長ボルテック様、及び総隊長のルージュ様まで皆別任務の為外出しております!


それを聞いたシュラネスは、何も言わず静かに前進した。
同時にとてつもない殺気が闘気となってあたり一面に吹き荒れる。
ゼファリオンは初めて瞳を開け、前進するシュラネスの背中を見つめながら、こう言った。

『天地最強の剣、久しぶりに拝めるか』

シュラネスは兵士の前に立つ。
だが、兵士の様子がおかしい。
彼は震えながらこう言った。

『ま、まさか貴方が出られるのですか!?世界、いや天地最強の剣と呼ばれる
シュラネス様が!!』

シュラネス。
その次元を超えた剣の腕から付けられた二つ名は―

天地最強の剣

紋章騎士団で最も冷酷・かつ非情。
戦った相手は女、老人問わず絶命。
世界で未だ彼を越える剣士は存在しない。
その斬獲のシュラネスが、わざわざ出向くには理由があった。

『風をおびき寄せる餌として使えそうだ』

斬獲の闘気が兵士を吹き飛ばし、あいた道を前進し、彼は侵入者と対峙する。


エントランスには無数の兵士が倒れていた。
死んではいないが、気絶している状態だ。
その中央に、あの男がいた。

『なんだ、思ったより楽勝じゃねえか』

彼は再び走り出した。


一方、目を覚ましたアッシュは思わず辺りを見渡した。
明らかに状況がおかしい。
手紙が置かれている訳でもなく、その静寂が彼を焦らせる。

『ジェイル?いない、のか?』

もう一度周囲を探したが、やはりジェイルの姿はなかった。

『ジェイル、まさかあいつ!?』

この時、とてつもなく嫌な予感がアッシュを襲う。
今にも震えそうな様子で、とにかく彼は走り続けた。
恐らく彼も向かっているであろう、グランドクロスへ。

『なんでだジェイル、なんで一人で!!』

普通に走っては恐らく間に合わないと考えたアッシュは、全身から風を呼び起こし、
その力を利用して大きく跳躍した。
民家の屋根を、時には大樹の一本一本を飛び越えながら、まるで空を飛んでいるかのように
彼は先を進む。

『頼む、間に合ってくれ!』


ジェイルは螺旋階段をひたすら走り続けた。
大剣を右手に、アッシュより先に英雄になるために。

『いける!これなら!!』

まだ最上階ではないが、長い階段を抜けたその先には、巨大な扉があった。
それを押し開けると、そこは無人のフロア。
錆びた剣が何本も地に突き刺さっており、壁には乾いた血がおびただしく付着していた。

グランドクロス中階層・剣聖の間

『なんだ、ここは』

ジェイルは思わず立ち止まり、その光景に言葉を失う。
同時に、何者かの足音が前方から聴こえる。
そして、初めて聴くその声と言葉に、ジェイルは戦慄した。

『それは、俺が今まで殺してきた者たちの剣。もうじきそこに、貴様の剣が刺さるだろう』

『テメエは!?』

ジェイルの前方に立つ男。
それは闇のローブで全身を覆っており、顔さえも見えない。
右手には、自身の身長をも越えるほどの長い刀。
尋常じゃない殺気がジェイルを包み込む。

『俺に名乗らせるほどの価値が貴様にあるとは到底思えないな。それに―』

黒衣の剣士は言葉を続けて、

『俺は貴様に用がある訳ではない。風はまだ来ていないようだな』


その言葉を聞いたジェイルは、思わず剣を構えた。

『風ってあいつのことか!どいつもこいつも!?』

構えるジェイルの姿に黒衣の剣士は呆れたのか。
ため息をつき、こう言った。

『やめておけ。貴様では話にもならん』

『ふざけるな!まだ戦ってすらいねえだろ!!』

その発言に対して、黒衣の剣士は声を出して笑った。

『何がおかしい!』

『相手と自分の力をまだ見極められないようだな。その程度で世界を変えるなど、
笑い話じゃなければなんだと言う』

だが、と言葉を付け足し

『せっかくここまで来てくれた客人として、相応の歓迎はさせて貰おう』

『やっとその気になったか?』

ジェイルは腰を少し落として、黒衣の剣士を見据える。
だが、

『テメエ、何故構えない!』

黒衣の剣士は両手を左右に広げ、表情こそ見えないが、笑みを浮かべてこう言った。

『貴様ごとき雑草、構える必要すらない』

ジェイルは怒りを爆発させ、地を激しく蹴り、一気に駆け抜けた。


※※※※※


エントランスの中心に、アッシュはいた。
辺りを見渡すと、気を失った兵士たちの姿があった。
彼は一瞬だが、安心する。
だが、事はそれほど単純ではない。
紋章騎士団の巣窟に、真正面から向かったということ。
それもたった一人で。
ジェイルの力を信じていない訳ではないが、それでも不安が頭をよぎる。

『ジェイルはなんとかやれてるみたいだな』

その時だった。
不気味な足音だけが前方から聴こえる。
アッシュはこの時点で確信した。
それは、接近しているのは、そこらにいる兵士とは全く違うということ。
足音が次第に大きくなり、ついにその姿を現す。

『探しものはコレのことか?』

そういうと、声の主はあるものをアッシュに投げ渡す。
彼はそれを両手で受け取った途端に言葉を失った。
そして、思わず地に両膝をつける。
目の前の現実を信じられず、震えるような声で口を開いた。

『そんな・・・ジェイル!?』

そう、それはジェイルの首だった。
恐らく勝負は一瞬で決まったのだろう。
変わり果てた親友の姿に、アッシュは頭が真っ白になる。
幼い頃からずっと一緒だった友の死。
受け入れられる筈もない。
だが、そんなアッシュに構うことなく、黒衣の剣士はこう言った。

『ようこそグランドクロスへ。だが、少し早すぎたか。今のお前ではここまでが限界だ』

黒衣の剣士は後ろを振り向き、来た道を戻ろうとするが、

『テメエ、待ちやがれ』

アッシュは震える声で、彼を静止させた。
だが、全く動じることもなく、男は振り返り

『気付け。お前など初めから俺の相手ではない』

『そんな問題じゃねえよ!?』

アッシュの目が尖り、彼は風を周囲に放ち、怒りを爆発させる。

『勝ち負けの問題じゃねえ。やるかやらねえかだ!』

『三流が。こうも命を投げ捨てるとはな』

アッシュは剣を構え、男を睨みつける。

『お前、名はなんだ』

その言葉に、男は躊躇うことなく返事をする。

『俺は斬獲のシュラネス。そう、貴様の内に宿る死神の名だ』

その言葉を言い終えた頃には、二人は上空にいた。
二人の人間離れしたスピード、そして跳躍力。
アッシュの怒りの剣が、シュラネスに襲いかかる。

『絶対に許さねえぞ、お前だけは!』

『礼儀を知らぬ三流が。口を聞き方を教えてやる』

二人は空中で旋回しながら何度も互いの剣を重ね合う。
凄まじい金属音だけが周囲に響き渡る。
だが、少し様子がおかしい。
シュラネスはまるで遊んでいるかのように、ただ攻撃を受け流しているだけだった。

『なんだお前、ふざけてんのか!?』

アッシュは一旦距離を置くと、凄まじい烈風を剣に巻きつける。
それはまるで竜巻。
英雄にして父オルガの剣がついに解き放たれる。

『見せてやるよ、これが風の力だ!』

―虎牙風神流―

空波烈風陣(くうはれっぷうじん)

アッシュは大きく剣を振り払い、先程まで集約させていた風を一気にシュラネスに
向けて放つ。
だが、彼は顔色一つ変えず、こう言った。

『英雄オルガの剣、虎牙風神流か。だが―』

彼は無防備のまま、自身に迫るその烈風を見つめていた。
そして―

『そんなものか』

『なに!?』

シュラネスは長刀をたった一振りしただけで、アッシュの放った烈風を
かき消してしまう。
その光景に、アッシュは驚愕する。
そして、言葉を失った。

『嘘だろ!?たった一振りで俺の風が・・・』

二人は地に降りた。
先に口を開いたのは、斬獲。

『何度も言わせるな。今のお前では何も変えられん。今のでわかっただろう』

『例えそうだとしても!』

アッシュはジェイルの仇を討つ為に、再び前進した。
せめて一撃だけでもと、彼はそう願った。
その様子を確認したシュラネスも、地を蹴り、走り出す。

『親友を殺されて、何もしないまま終われるかよ!』

『ならば貴様にも、斬獲の刃を授けよう』

二人は同時に互いの間合いに踏み込んだ。
先に攻撃を繰り出したのはアッシュ。
だが、その斬撃がシュラネスに当たることはなかった。
彼は水が流れるように華麗な動きでアッシュの体をすり抜けるように通過し、静かに交差する。

『終わりだ』

『な!?』

その瞬間、アッシュの全身から血が吹き出る。
思わず剣を床に落とし、その場に倒れた。

『強・・・過ぎる!?』

その光景を見つめながら、シュラネスはあえて何も言わぬままその場を去ろうとする。
だが―

『どこ行くんだよ、お前の相手はまだ死んでねえぞ・・・!?』

斬獲はため息をついた。

『死ななければ分からんのか。ならば―』

彼は振り返り、やっとの思いで立ち上がるアッシュにこう告げる。

『暫く寝ているがいい』

死神は刀を大きくなぎ払い、その剣圧だけでアッシュを凄まじい速度で後方まで吹き飛ばした。

『かっ・・・は!?』

アッシュはグランドクロスの正門の外まで吹き飛ばされ、意識を失った。

『お前の風は脆い』

シュラネスはそれだけを言い残し、後ろを振り向く。
そこには、同じ幹部の一人、シルフィーナがいた。

『ヒュー♪さすがだね。で、あの子は殺さないの?』

彼はシルフィーナを通過しながら、口を開く。

『殺す価値すらない。今は、な』

二人はその場を立ち去ろうと歩き出す。
意識を取り戻したアッシュは、二人の背中を見つめ、右手を伸ばした。

『待ち、やがれ・・・っ』

やがて伸ばした右手の力が抜け、アッシュは再び意識を失った。
圧倒的な実力差。
これが、紋章騎士団幹部の力。  
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