愛人だったけれど

　　　　　　　　　　　　　　　　愛人だったけれど
　加藤紅子はとある資産家の愛人であった、元々はホステスであったが客として来た佐藤洋祐に声をかけられてそうなった。
　黒髪を短くしていて切れ長の整った二重の目と細く黒い眉に紅の小さな唇を持っている。女優の様に奇麗な顔立ちで背は一六五程で胸は大きく腰は括れお尻のラインも脚のそれも見事なものだ。佐藤は小柄で耳が大きく黒髪を短くしていて目も大きい。その彼の愛人としてホステスをしながら暮らしている。
　愛人、かつては妾と呼ばれている立場だが。
「別にね」
「何とも思わないのね」
「ええ、そうよ」
　店のママに休憩室で素っ気なく答えた。
「だってちゃんと働いてね」
「このお店でね」
「生計立ててるし」
　自分でというのだ。
「マンションだってね」
「あんたの稼ぎで住んでるわね」
「それで相手の奥さんともね」
「奥さんも納得してるし」
「何もね」　　
　平然として言うのだった。
「疚しいことはないよ」
「だから日陰だの思ってないのね」
「何が悪いのよ」
「愛人であることに」
「そう、一体ね」
　それこそというのだ。
「悪いのか」
「昔はよくあったことよ」
　ママはママでクールに言った。
「愛人、お妾さんなんてね」
「昭和の頃までは」
「政治家とか会社の社長さんだとね」
　そうした立場ならというのだ。
「お妾さんなんてね」
「普通にいたわね」
「太宰治さんだっていたしね」　　
　有名な文豪である彼もというのだ。
「そうだったしね」
「そうよね、今はあれこれ言われてるけれど」
「あんたは自分で稼いでいてあっちの奥さんも納得してるから」
「問題ないわ。それで子供が出来ても」　
　それでもというのだ。
「いいしね」
「産むのね」
「その時はね」
「全部受け入れてるから」
「だからね」
　それ故にというのだ。