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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第二十七章―双剣―#15

※※※


 この牢に入れられてから、一体、何日経ったのか────


 あの後、ビゲラブナが呆然としている間に、ビゲラブナをここに連れて来た騎士たちはいなくなっていた。

 それ以降、朝晩の食事を運ぶ騎士以外、この牢を訪れる者はなく────ビゲラブナは、誰かにぶちまけて発散することもできずに、怒りと不満を持て余す日々を送っていた。

 特に、ルガレド皇子に対する怒りは強く────緊急会議でルガレドの勘気に恐れをなして情けない対応をしてしまった自分を思い出すたびに、あのとき味わった屈辱がまざまざと甦って────その逆恨みは、日を追うごとに、もはや“怨恨”と言っていいほどに育っていた。

(クソ、クソ───あの底辺皇子め…!ここを出たら、絶対に、私が受けた屈辱の分だけ───いや、それ以上の屈辱を味わわせてやる…!!)

 ルガレドは、親衛騎士となったイルノラド公爵家の次女が、自分の弱い立場も忘れて怒りを露にするほど大事なようだから────ルガレドの手足を拘束するなり手出しできない状態にして、目の前であの娘を辱めてやるのが一番屈辱を与えられるはずだ。

 何なら、他の者に任せず自ら辱めてもいいかもしれない。

(あの娘────顔と体だけ見るならば、極上の部類に入るからな。具合が良ければ、ずっと手元に置いてやってもいい。あのいけ好かないイルノラド公爵の代わりに甚振(いたぶ)るのも愉しそうだ)

 権力欲だけでなく色欲も強いビゲラブナは、これまでの経験を踏まえた卑猥な妄想を生々しく思い描いて、女性に限らず見た者が漏れなく吐き気を催しそうな嫌らしい笑みを浮かべた。

 頭の回転だけでなく、記憶力もあまりよくないビゲラブナは───手練れであるはずの“闇兵”が返り討ちにされただけに留まらず捕らえられたという事実も、自決を阻止されたばかりか自供させられたことに対する疑問も、すっかり忘れ去っていた。

 ビゲラブナの中ではルガレドは相変わらず何も持たない無力な皇子でしかなく、失敗する可能性など微塵も考えない。


 証言と物証が上がっていて、ほぼ罪が確定している状態であるのに────ビゲラブナは、自分が罪に問われることなどあるわけがないと固く信じていた。

 これまでも何度か何らかの容疑をかけられたことがあったものの、明らかな物証や証言が出されても皇妃一派によって覆されて、無罪放免となってきた。

 今こうして牢に入れられているのは、皇妃一派の中でも影響力を誇る面々が不在だからで────彼らがこの皇都に到着さえすれば必ず無罪放免となるはずだと、ビゲラブナは信じて疑わなかった。

 ビゲラブナがこの牢に入れられて何日経つかは判らないが────そろそろ到着してもいい頃合いだ。ビゲラブナがこんな所に収容されていると知ったら、誰かしら行動を起こしてくれるに違いない。

 緊急会議でビゲラブナを助けるどころか、ルガレドの迫力にただ震えていただけのベイラリオ侯爵のことは、まったく当てにしていない。

 元々、現ベイラリオ侯爵は、切れ者だった先代の血を引いているとは思えないほど愚かなことが露呈していて────本人に自覚はないが、お飾りのような存在に成り下がっている。


 ここを出られたら────とにかく、ルガレド皇子は勿論、ここに連れて来たあの騎士たちにも目に物を見せてやらねば気が済まない。

 今いる牢の中を見回して────ビゲラブナの中に、新たな怒りが湧き上がる。

 貴族専用の牢だけあって、ベッドはダブルサイズで寝心地も悪くなく、トイレも風呂場もちゃんと壁に囲われている上に魔道具が使われており、常に清潔さを保っている。

 地下牢に比べたら格段に恵まれているのに、ビゲラブナにとっては不満しかなかった。

 ここより上階には、もっと広くて豪華な家具や設備が備わった牢があるのだ。

 この階の牢は中流階級に属する貴族が収容されることを想定していて、自分のような“大物”が入るような牢ではない。

 牢に入れられたという事実も屈辱ではあったが────入れられたのがこの牢屋であったことも、ビゲラブナにとって気に障る要因だった。

(この私をこんな粗末な牢に閉じ込めおって────私なら、最上階でもいいくらいなのに…!)

 最上階は、皇族を軟禁するための豪奢な牢屋でワンフロアが占められていて────世話をする者が寝泊まりするスペースまでもが備え付けられている。

 この自分にも風呂や着替えなど世話をする侍従をつけるべきで、無造作に食事を出されるだけの現状は絶対におかしい。

 そんなことばかり延々と考えていると────不意に、耳障りな金属の擦れる音が入り混じる荒々しい足音が耳に入った。

(やっと来たか…!)

 きっとビゲラブナを釈放するために、騎士たちが来たに違いない。

 溜まりに溜まった怒りと不満を少しでも解消すべく、相手がこの牢に入れたあの騎士とは違う者だろうと開口一番に罵ってやろうと、ビゲラブナは彼らを待ち構える。

 錠が動く小さな音が響いた直後、重厚な扉がゆっくりと開かれ────執務室で拘束されたときのように、駆け込んだ大勢の騎士にビゲラブナは囲まれた。

「なっ!?」

 不当に監禁したことを謝罪されるとばかり思っていたビゲラブナは、騎士たちの行動に驚いて声を漏らした。

「連れて行け!」

 騎士の一人が声高に命じ、屈強な騎士たちに両腕を掴まれて、強引に歩かされる。来たときも通った廊下を進んで、階段に出る。

 今回は上がるのでなく、階段を下りさせられるようだ。

 拘束を振り切ろうにも、騎士たちの進行が速くて足がもつれそうになり、大人しく階段を下りることに集中するしかない。

「!?」

 騎士たちは、階段を下り切って辿り着いた獄舎の唯一の出入り口を通り過ぎて、別の階段の方へと向かった。

 それは地下へと繋がる階段で────自分が何処に連れて行かれるかを悟って、ビゲラブナは愕然とした。

(なぜ地下牢なんかに────私は釈放されるんじゃないのか…!?)

 足が止まったビゲラブナを引き摺って、騎士たちは進んで行く。

 ビゲラブナが我に返ったのは、騎士たちによって鉄格子で仕切られた狭い牢屋に押し込められた後だった。

 高い天井付近に設けられた腕も通らない小窓から漏れる光と、随所に点る蝋燭の光で、目を凝らさなくても牢屋内の様子が見て取れるくらいには明るい。

 ビゲラブナは、自分を連れて来た騎士たちが牢屋の前に留まっていることに気づき、鉄格子を両手で掴んで叫んだ。

「一体どういうことだっ!?何でっ、何でこの私がこんな所に」


「それはね────君の罪が確定したからだよ」


 ビゲラブナの言葉を遮ってそう答えたのは、眼前にいる騎士ではなく────騎士たちの背後から現れた、このレーウェンエルダ皇国の宰相であり筆頭公爵であるシュロム=アン・ロウェルダだった。

 その後ろには、ロウェルダ公爵家に次ぐ名門イルノラド公爵家の当主であり、虧月(きげつ)騎士団団長ダズロ=アン・イルノラドもいる。

「君は皇族を手にかけた大罪人だからね。もう防衛大臣どころか───貴族ですらない君を、いつまでも貴族専用の牢に入れておけないんでね。この地下牢に移ってもらったというだけだよ」

 シュロム=アン・ロウェルダは、いつものように口元に微笑を湛え────まるで幼子に他愛無い話を聴かせるように告げる。

 当然、頭の回転の鈍いビゲラブナは、すぐにはその意味を理解できない。

「……は?」
「ルガレド皇子殿下の暗殺未遂が立証されたから、君は処刑されることが決まってね。すでに防衛大臣の任は解かれて、貴族としての身分も剥奪されている。つまり、今の君は────平民にも劣る賤民というわけだ」

 呑み込みの悪いビゲラブナに苛立っている風でも───この状況に愉悦を感じている風でもなく、シュロム=アン・ロウェルダは、先程と同じ声音でただ重ねて言い聞かせる。

「な───なに…、なにを言って────しょ、けい…、こ、この私が────処刑…?」

 いくらビゲラブナが拒んでも、脳は告げられた内容を理解してしまったようで────弛んだ頬肉が勝手に振るえ、漏れ出る言葉も震えていた。

「う────うそだ…、この私が処刑だなんて、そんな────そんなこと…、許されるわけがない…」

 無意識に呟いた自分の言葉で、ビゲラブナは、はっとする。

 そうだ────こんなこと許されるわけがない。

「わ、私を処刑するなどと────あの方たちが不在のうちに勝手に決めて」

 許されるわけがない────と続けようとしたビゲラブナを遮って、シュロム=アン・ロウェルダがまたもや世間話をするように告げた。

「ああ、君が頼みにしている連中なら、とっくにこの皇都に到着しているよ」
「え────」
「君の裁判にも全員ちゃんと出席してくれたよ。誰一人として君を擁護する者はいなくてね。君の処刑は満場一致で可決されたから────もう覆ることはないよ」

 ロウェルダ公爵の淡々とした声が否が応でも耳に届き、遅れてその内容をビゲラブナの脳が噛み砕く。

(あの方たちは、すでに皇都に到着していて────裁判は終わっている、と…?誰も────誰も…、反対することなく────私の処刑が、満場一致で決ま、った…?)

「そんな…、うそだ────私がいなくなったら、みんな困るはずだ…」

 言われるがままに優遇して、融通を利かせてきた。その恩恵に与ることができなくなるというのに────ビゲラブナの処刑に誰も異を唱えなかったというのか。

「そもそも、なぜ────なぜ、私が裁判に呼ばれない…?おかしいだろう────自分の裁判なのに…、弁明する機会も与えられないなんて────」

 ビゲラブナが震える声で疑問を漏らすと、臓腑が凍えそうなほど冷たく凍てついた声が返される。

「証言も物証もあって、その罪が明らかな場合、被疑者の弁明など意味がないと────よって、裁判に参加させる必要はないと…、以前、自分でそう宣ったではないか。だから────ソルドも裁判に参加させるつもりはないと」

 その憎悪の籠った声の主は────ロウェルダ公爵ではなく、ビゲラブナの部下であったダズロ=アン・イルノラドだ。

 ダズロ=アン・イルノラドのその蒼い双眸は、明らかにビゲラブナへの憎悪で濁っている。


 “ソルド”とは、彎月(わんげつ)騎士団の前団長ソルド=アン・ザフレムのことで────ベイラリオ侯爵家門の者を彎月騎士団の団長に据えるために、ビゲラブナがベイラリオ侯爵の取り巻きと共に冤罪を着せた男だ。

 ソルドは弁の立つ男だったので、裁判の場で発言させると面倒なことになると危惧して────証言と物証があってほぼ罪が確定している被疑者の裁判を簡略化することを提案し、強引に押し通した。

 それ以来────皇妃一派にとって都合の悪い裁判は、簡略化することが通例となっていた。

 自分の裁判が、同じように簡略化されたのだと気づき────ビゲラブナの血の気が引いた。

「わ、私は奴らとは違う!私には───私には…、裁判に出て弁明する権利がある!だから、そんな裁判は無効だ!!やり直しを要求する…!!」

 唾を撒き散らして喚くビゲラブナに、微笑を湛えたままのシュロム=アン・ロウェルダが静かに口を開いた。

「今、皇都では────二人の皇子の話題で持ち切りでね」

 だから何だ────とビゲラブナが叫ぶ前に、シュロム=アン・ロウェルダは続ける。

「皇都の危機を救った英雄と称えられるルガレド皇子と────この皇都を魔物に襲わせようとしたジェスレム皇子の話題で、ね」
「!?」

(ジェスレム皇子が────皇都を魔物に襲わせようとした…?)

「教会に魔獣が出現して、ジェスレム皇子が襲われた件は覚えているかな?」

 そういえば、そんなこともあった────と思い出す。

 ジェスレム皇子が襲われたとはいえ、報告されたのが“デノンの騎士”に魔獣が討伐された後だった上に、事が魔獣がらみだったので、自分とは無関係だと認識していた。

 その翌日にヴァムの森に魔物の集落が見つかったこともあって、ビゲラブナの頭からすっかり消え失せていた。

「“デノンの騎士”に助けられ、教会から脱出したジェスレム皇子がね、叫んだんだそうだよ。『魔獣はファミラだけを狙うと言ったじゃないか。話が違う』────と」

 そんな報告は受けていなかったビゲラブナは、目を見開く。それでは、まるで─────

「ジェスレム皇子のこの発言は、参拝に来ていた貴族だけではなく────騒ぎを察して集まっていた平民たちも聞いていたらしくてね。その直後にヴァムの森で規格外の魔物の集落が見つかって、そこに君臨していたのは異様な魔獣だったとなったら────関連付けるのは、当然というものだよ」

 シュロム=アン・ロウェルダは、一度そこで言葉を切って笑みを深めた。

「あの騒動で、聖堂が半壊した上に、神託を賜るための貴重な魔術陣が失われてしまってね。皇妃一派は教会からの擁護を得るどころか、その責任を問われ────ベイラリオ侯爵家門のグラゼニ子爵家が魔獣によって護衛に至るまで殺されて、その場に居合わせた貴族が反皇妃派のアルゲイド侯爵家とドレアド伯爵家だったから、ジェスレム皇子の発言を揉み消すこともできなかったみたいだよ。
それで、一連の騒動はルガレド皇子による自作自演だとして罪をなすりつけようとしたんだけど────証人も物証も用意できなかったらしくてね。当然、うまくいくわけがない。それでも、世論だけでも何とかしようと噂を流したものの、まったくといっていいほど浸透しなかったんだよ」

 その丁寧な説明に────ビゲラブナの中に、嫌な予感が這い上がって来る。

「君は緊急会議で500程度大した数ではないと宣っていたけれどね────実際は大した数で、魔物の群れは何とか殲滅できたものの、事後処理がかなり大変だったんだよ。
2週間近く、戦場となった街道が封鎖されていたことに加えて────少しずつ運び込まれた魔物と変異種の死体の数、それに魔獣の異様さに、皇都民は改めて戦慄したらしくてね。
そんな状況で、殲滅を成功させたのがルガレド皇子とその親衛騎士であるSランカー冒険者“双剣のリゼラ”だと知ったら────“双剣のリゼラ”は勿論、ルガレド殿下を“英雄”と称えるのは、当然のことだと思わないかい?
それなのに────ジェスレム皇子の発言を知っている平民たちが、明らかにジェスレム皇子の罪を隠したいだけのそんな噂を────信じるわけがない」

 シュロム=アン・ロウェルダが、ビゲラブナを───いや、先代ベイラリオ侯爵に唆されて驕った者たちを嘲るように、口元の微笑を歪めた。

「ジェスレム皇子が魔獣を放ったという証拠は出なかったから、罪に問われることはないけれど────ジェスレム皇子の立太子を夢見る連中が、さすがにこんな噂が蔓延するのはまずいと焦ったみたいでね。
ルガレド殿下に罪をなすりつけることができないのなら────この騒動の責任を誰かに負わせて、平民たちの目を逸らすしかないと考えたようだよ」

 ビゲラブナの唇が戦慄く。

「まさか────それを、わたしに…?」
「そうらしいね。しかも、おあつらえ向きに、君は皇族を暗殺しようとした大罪人だ。目を逸らすどころか────英雄を殺そうとした者として、ジェスレム皇子に向けられるはずだった悪感情まで引き受けることを期待されているんじゃないかな」
「そんな────そんな…」

 自分が、ジェスレム皇子の都合の悪い噂を掻き消すために切り捨てられたのだと知って────気力と共に身体から力が抜けて立っていられず、ビゲラブナは薄汚れた硬い床に座り込んだ。

 追い打ちをかけるように、シュロム=アン・ロウェルダは冷たく告げる。

「だからね…、裁判を何度やり直したところで────君の判決が覆ることは絶対にないよ」

 その言葉で、ビゲラブナの引いていた血の気が噴き上がるように頭まで昇って────唇から、自分を切り捨てた者たちへの怨嗟が迸った。

「ぁ───あいつらぁああ…っ───これまで、あんなに───あんなに良くしてやったのに…っ、このっ、この私を切り捨てるなんてっ───クソっ、クソっ、なんて恩知らずな…っ」


「────ただ単に、自分の番が巡って来たというだけではないか」


 喚きながら床に拳を叩きつけるビゲラブナに、地を這う冷気のように凍てついた声音が水を差した。

 ビゲラブナは、思わず言葉を呑み込み───顔を上げた。声音よりも凍てついた眼差しで、ダズロ=アン・イルノラドがビゲラブナを見下ろしている。

 ダズロ=アン・イルノラドに言われた内容は、何故かビゲラブナを愕然とさせた。

(私の番────)

 何とかおこぼれを与ろうと、先代ベイラリオ侯爵に取り入っていた頃は、邪魔立てする輩や不要になった仲間が追い落とされるたびに、自分はうまく立ち回らなければと考えていた。

 防衛大臣を任された当初も、切り捨てられることのないよう、あんなに注力していたのに────いつからか、そんなことは考えることもしなくなっていた。自分が切り捨てられることなどあるわけがない、と。

「君は毒杯を賜ることになっている。公開処刑じゃなくて良かったね。まあ、でも、その前に────色々教えてもらいたいことがあるから、拷問を受けてもらうけど」

「毒杯……、拷問……」

 ビゲラブナは─────呆然とその言葉を繰り返す。

 この立場になってから、毒杯での死罪に処された者はいなかったため、どんな毒を与えられるのか、どんな最期を遂げるのか想像もつかないが────拷問には、何度も立ち会ったことがある。

 有罪とされた者が責め苦に耐えかね、泣き叫んで────拷問を止めるよう懇願する様を見るのは愉しかった。それをさせている自分が神にでもなったようで、優越感を味わうことができたからだ。

 あれを────泣き叫び懇願せずにいられない、あの仕打ちを────この自分が受ける?

「今日のところは、これで退散するよ。拷問は明日から始めるから────ゆっくり休んでおくといい」
 
 シュロム=アン・ロウェルダが、そう言い置いて、踵を返す。
 凍てついた眼差しをビゲラブナから外して、ダズロ=アン・イルノラドが、それに続く。
 二人を追って、留まっていた騎士たちも出て行った。

 誰一人として、呆然としたままのビゲラブナを振り返ることはなかった。


 シュロム=アン・ロウェルダも、ダズロ=アン・イルノラドも、自分をここへ連れて来たあの騎士たちも、これまで厚遇してやった同志だと思っていた連中も────ビゲラブナが死ぬことにも苦しむことにも、きっと何の痛痒も感じないに違いない。

「クソっ、クソ…っ、あいつら───あいつら…っ、呪ってやるっ!!このまま、あいつらに思い知らせることなく死んでたまるかっ!!絶対───絶対に、一族郎党───いや、子々孫々に至るまで呪ってやる…っ!!」

 この自分が、こんな────何もできないまま、何も残せないまま、死ぬはずがない。そう信じながらも、ビゲラブナは心の底では解っていた。

 ダズロ=アン・イルノラドの言う通り────自分の番が巡って来ただけなのだと。

 これまで自分たちが切り捨て、陥れた者たちのように────どんなに無念を叫んでも、死にたくないと喚いても、呪詛の言葉を吐いても────誰にも届くことなく、ただ死ぬだけなのだ、と。
 
 

 
後書き





いつも読んでくださっている方々、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

次の章で諸々の決着をつけたら、終章で締め、第二部へと進むつもりでおります。お待ちいただけたら幸いです。 
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