| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一部 皇都編
  第二十七章―双剣―#14

 
前書き
あけましておめでとうございます。本年も引き続き、本作を読んでいただけたら幸いです。

今回は2話分の投稿で、ビゲラブナ伯爵へのざまあ編となります。新年最初の投稿がこんな話で申し訳ないですが、物語の進行に必要な話なので読んでくださるとありがたいです。

 

 

※※※


「あの底辺皇子が魔物の殲滅に成功しただと…!?」

 緊急時だというのに皇城に詰めることなく、いつも通り自分の邸に帰り───翌日、一国の要職を担う者としてはかなり遅く出仕したビゲラブナ伯爵は、執務室に着いて早々、届けられた情報の報告を始めた補佐官に、声を荒げて訊き返した。

「昨日の今日だぞ!!何かの間違いではないのか!?」

 東門に程近いヴァムの森にいつの間にか築かれていたという────魔物の集落。それが発覚してまだ2日しか経っていない。

 昨日の午後、緊急会議が開かれたばかりだ。

「いえ、それが────昨夜、魔物に動きがあったとかで、協力を申し出た貴族家と冒険者とで討伐をした、と…」

「武具や防具はどうした!?補給管理課にはちゃんと通達したんだろうな!?」
「は、はい。ルガレド皇子の要請には応じないよう、通達しました。ですが、その…、ルガレド皇子が管理課を通さずに直接、保管庫から持ち出させたみたいで────」
「何だと!?何故、そんな無理を通した!?」
「いえ…、ルガレド皇子は皇王陛下より指揮権を与えられておりますし────それに、今回の件は“緊急事態”と認められておりますから…」
「だから何だ!!」
「ですから、“緊急措置”として、管理課の裁可がなくとも物資の補給や軍資金を受領することが可能なんです…!」

 長年、防衛大臣をやっているくせに何故こんなことも知らないんだ────と内心毒づいて、補佐官は答える。

 確かに、現皇王陛下の御代において、“緊急事態”の宣言がなされたことも“緊急措置”が行使されたこともないから、若い武官の中には知らない者がいてもおかしくはないが────防衛大臣という立場であるビゲラブナ伯爵にとっては、把握しておかなければならない制度のはずだ。

 そもそも、今回の件が“緊急事態”にまで発展したのは、ビゲラブナ伯爵に原因の一端がある。

 ビゲラブナ伯爵が、規定通りに騎士団を一つでもこの皇都に待機させていれば、ここまで大事にはならなかったのだ。

「それなら、何故、保管庫の方にも通達しておかなかったんだ!!」
「……申し訳ありません」

 それについては自分にも落ち度はあるので、補佐官は不満に思いながらも謝罪する。

 今回の件が“緊急事態”だと判断されたことは知っていたものの────ろくに教育を受けていないルガレド皇子が“緊急措置”のことなど知るわけないと高を括っていた。

 だから、補給管理課に通達しておけば十分だと思ってしまった。

 まあ、ルガレド皇子は、皇宮の会議室を出た足で保管庫に赴いたらしいので────通達したところで、おそらく間に合わなかっただろう。

「クソっ、これでは底辺皇子の手柄になってしまうではないか…!!」

 今回、ベイラリオ侯爵家門や傘下の貴族家は参戦していない。

 まさか、この不利な状況で討伐を成功させられると思っていなかったというのもあるが────参戦できるような貴族家は(ことごと)く、皇都入りしていなかったからという理由が大きい。

 一つだけでも息のかかった貴族家が参加していたなら、ルガレド皇子の指揮に言いがかりをつけるなり、その貴族家の手柄にするなりできたのに。

 運の悪いことに───今回、参戦した貴族家は、反皇妃派か中立派に属しているだけでなく、それなりの権力を持っている貴族家ばかりだ。圧力をかけることも、言い包めることもできない。


 ビゲラブナは、ルガレドの皇子邸に差し向けたはずの暗殺者たちのことを、ふと思い出した。

 そういえば────暗殺が成功したとも失敗したとも報告を受けていない。

「皇子は、皇子邸から指示を出していたのか?」
「いえ、皇子自ら戦場に出て、陣頭指揮を執っていたとのことです」
「は?皇子自身が戦場に出たのか?」
「ええ。ルガレド皇子は何度も魔獣討伐を経験していることを見込まれて指揮権を与えられたわけですし…」

 補佐官に言われて、ビゲラブナはそのことを思い出して────緊急会議で受けた屈辱も一緒に甦って、舌打ちをした。

 何事も自分を基準にしてしか考えることのできないビゲラブナは───ルガレド皇子が皇城から出ずに、貴族の私兵や冒険者どもに魔物討伐を任せて、ただ報告を受けて適当に指示を出すものと勝手に想定していた。自分なら、そうするからだ。

(ということは、暗殺は失敗したということか。何て、運のいい奴だ)

 だが────まあ、いい。

 暗殺者たちには、ルガレドだけでなく、邸にいる使用人も一人残らず殺すように命じてある。

 騒ぎになっていないところを見ると、まだ発覚していないのだろう。ルガレドは皇城に帰還していないのかもしれない。

 討伐に成功して調子に乗った状態で戻ったルガレドが、惨殺された自分の使用人たちを目にして肝を冷やすところを想像して、ビゲラブナは醜悪な笑いを浮かべた。

 元々、ルガレドに暗殺者を差し向けたのは、殺すためというより緊急会議での屈辱を晴らすためだった。暗殺に失敗したとしても、ルガレドに少しでも恐怖を与えられたら、それで満足だった。

 むしろ生きていてくれた方が、もっともっと酷い目に遭わせて────絶望の底まで突き落とすことができる。

(どうせ、これから報復する機会はいくらでもある)

 討伐の失敗を理由に貶めることはできなくなったが────それなら、新たに貶める理由をでっちあげればいい。これまでも散々やってきたことだ。


 ルガレドをどうやって貶めようか────ビゲラブナが醜い表情をさらに歪めて考えていると、足音のような金属の擦れるような耳障りな音が聞こえた。

 それは徐々に大きくなって、この執務室の唯一の出入り口である扉の前で止まった。

 そして、大きな音を立てて扉が開かれ────大勢の甲冑を身に纏った騎士が、どっと踏み込む。

(何だ?底辺皇子の邸で死体が見つかったという報告か?)

 それにしては物々しい。報告だけなら、こんな大勢で押しかける必要はない。

 しかも、防衛大臣である目上の自分がいるのに、入室の許可を請うどころか、ノックすらしなかった。そのことに気づいて怒りが湧いたビゲラブナは、顔を赤く染め────罵倒するために口を開いた。

「一体、何の」
「ビゲラブナ伯爵───ルガレド皇子殿下の暗殺を企てた容疑で拘束させていただく」

 ビゲラブナの言葉を遮って、進み出た隊長らしき一人の騎士が宣告する。

 ビゲラブナは、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。気づいたときには、両腕を二人の騎士に掴まれていた。

「なっ、何をする!?」

 掴まれている両腕を振りほどこうと身を捩るが、騎士に敵うべくもない。両脇を固める騎士によって、ビゲラブナは引き摺られるようにして執務室から連れ出される。

「クソ───この…っ、放せ!!」

 何とか拘束を解こうと藻掻(もが)くビゲラブナは、騎士たちによって周囲を囲まれていることもあって────自分たちが、執務室のある宮殿を出たことも気づいていなかった。

 ビゲラブナが暴れるせいで歩みは遅々としていたが、騎士たちは根気よく進み続ける。

 しばらくして、先導する騎士の向こうに聳える塔が視界に入り、ビゲラブナは出かかっていた罵詈雑言を呑み込んだ。

 天を衝く無骨な石造りのその塔は────皇城の奥まった場所にひっそりと建つ、罪人を監禁しておくための“獄舎”だ。

(まさか────この私をあれに入れるつもりか?)

 これまでにも何かしら容疑をかけられたことはあったけれど、自邸で蟄居させられただけで、獄舎に収容されたことはなかった。

 今回は、ルガレド皇子の暗殺を企てたという容疑だ。

 相手がいくら後ろ盾がなく蔑ろにされている皇子といえども、皇族に害をなすなど────皇族の権勢が弱まっていようと、この国が君主制である以上、最も許されざる行為である。

 獄舎に入れられるのは当然の成り行きだったが、ビゲラブナはそうは思わない。

「貴様らっ、防衛大臣であるこの私にこんな仕打ちをして────覚悟はできているんだろうなっ!?」

 怒りに任せて叫んだビゲラブナの贅肉で弛む頬が、口を烈しく動かしたために振るえる。

 騎士たちは答えるどころか、ビゲラブナの激高など気にする素振りすら見せず、ただビゲラブナを引き摺って進んでいった。


 塔の入り口を護る兵士二人がビゲラブナたちを認め、装飾らしいものは一切ない重そうな扉を二人がかりで開く。

 扉を潜らされ、階段を強引に昇らされる。

 階段は螺旋状で回り込むようになっている上に一段一段の厚みがあって、贅肉を纏う身では両足を上げる作業が辛く、すぐに息が切れ始めた。

 “獄舎”は、上階に行けば行くほど、牢屋となる部屋が広く豪華になる。今回のように貴人を収容することもあるからだ。

 逆に最下層である地下には、身分を持たない囚人を入れる、石壁と鉄格子に囲まれた便器代わりの汚い壷しかない狭い牢屋が並んでいる。

 他人のペースで階段を上るのは体力を消耗させられ、息切れが激しいビゲラブナは、悪態をつこうにも声も出せない。

 しばらく黙々と足を動かし、騎士たちに連れられて幾つ目かの踊り場からフロアに出たときには、これ以上階段を上らなくていいことにほっとしてしまった。

 切れていた息も落ち着き始め、こんな目に遭わせられたことへの怒りが沸々と湧いてくる。


 そのフロアに設えられた牢屋は二つしかなく、ビゲラブナは奥にある牢屋へと連れて行かれた。先導していた騎士が開錠して扉を開け、両腕を掴んでいる騎士たちがビゲラブナを乱暴に中に押し遣った。

 よろけて前のめりになったビゲラブナが振り向くと、扉は締め切られたところだった。すぐに、鍵をかけられる音が聞こえる。

「クソッ、出せっ、出せ…っ!!」

 ビゲラブナは扉に飛びつき、拳を叩きつけて喚く。

 繊細な模様が彫り込まれて装飾はされているものの、ビゲラブナのような非力な者では開けられない重厚な扉だ。響く音は大きいが、ビクともしない。

(クソ、クソ、底辺皇子を殺そうとしたから何だと言うんだ!!)

 それだけで、この自分が牢に入れられるなど納得できない────ビゲラブナは歯が砕けそうなほど噛み締め、拳を打ち付ける。

 そもそも、何処にそんな証拠があるのか。

(そうだ、証拠なんかあるわけがない…!)

 ビゲラブナが暗殺を命じたのは、先代ベイラリオ侯爵が組織ごと取り込んだ暗殺者────“闇兵”だ。

 底辺皇子の使用人風情が返り討ちにできるはずがないし、万が一捕らえられそうになったときは自決するよう仕込まれている。自決できなかったとしても、拷問に屈することはない。

 だから────証言を得られるはずもない。

 大体、まだ数時間しか経っていないのだ。しっかり調べたとは思えない。

 大方、帰還したルガレドが邸の惨状を発見して、昨日の会議で確執ができたビゲラブナを容疑者として挙げただけの話だろう。そう考えると、一層怒りが募った。

「私は防衛大臣だぞ!!騎士の分際で、底辺皇子のたわ言なんぞを鵜呑みにして、この私にこんな不当な仕打ちをするなど────貴様ら、絶対にただでは済まさんからなっ!!命令違反で、全員処刑してやるっ!!貴様らの妻や子、両親、兄弟姉妹だけでなく、一族郎党に至るまで酷い目に遭わせてやるからな…っ!!」

「いいえ、それはできません────ビゲラブナ伯爵」

 冷静な声音で返され、ビゲラブナが反射的にそちらに視線をやると、ビゲラブナに拘束する旨を宣告した騎士が、扉の側に設えられた格子窓の向こうからこちらを見ていた。

 格子窓は嵌め殺しで、網目のような格子に蔓草や小花を模した装飾が絡みついている。硝子は嵌め込まれていない。牢屋の中を窺う、もしくは、こうして扉を開けずに会話をするためのものだ。

「貴殿は容疑が確定あるいは晴れるまでの間、防衛大臣としての権能を暫定的に剥奪されております。そもそも、“命令違反”が適用されるのは、国防に関わるような───従わなければ国防に支障を来たすような命令に対してのみとなります。よって、我々を抗命罪で問うことは不可能です」

「何だとっ!?」

「それから────何か勘違いをなさっているようですが、我々は、ルガレド殿下の訴えで動いたわけではありません。昨晩、ルガレド殿下の皇子邸に侵入しようとした不審人物が捕らえられ────その不審人物の自供、そして自供によって物証を手に入れ、貴殿がルガレド殿下の暗殺を命じたとの確証を得られたからこそ拘束したのです」

 淡々と告げられた言葉が、すぐには頭に入って来ない。

 元々、頭の回転がそんなに速くないこともあるが────騎士が語った内容が、あまりにも突拍子がないものだったからだ。

(……“闇兵”が捕らえられ────自供した?)

 そんなことはありえるはずがない。だったら────それは、きっと偽証に違いない。

「バカバカしい。何が物証がある、だ。そんなものあるわけがない。そもそも自供など得られるわけがない」

 騎士の言葉がはったりでしかないと思い込んだビゲラブナは、鼻で笑って吐き捨てた。

 動じないビゲラブナに騎士はさぞ内心悔しい思いをしているはずだと、その顔色を窺うが、騎士は変わらず侮蔑の眼差しをビゲラブナに向けている。

 そして────騎士は、淡々と語り出した。

「今回、動員された暗殺者───“闇兵”は22名。全て以前からこの皇城に潜ませていた者たちで、それぞれの偽名だけでなく、どの役職についていたかも、完全に把握しています。捕らえられたリーダーと思しき者の自供によって、貴殿のルガレド皇子暗殺を依頼する書面が押収されました。書面に押印された“印影”が、登録されている貴殿の“印影”と一致することも確認が取れています」

 騎士が語った内容は、ビゲラブナを驚愕させた。正しく、その通りだったからだ。

 証拠となってしまうことを考えれば暗殺依頼を書面になど残すべきではないが────“影”と称される一部の王侯貴族が抱える暗部などとは違って、“闇兵”には忠誠心どころか信頼関係すらない。裏切りを防ぐために書面が欲しいと言われたら従うしかなかった。

 書面に押印した“印影”は、叙爵したら必ず造らなければならない魔道具である“印章”によって押印されたもので────家紋を模しているから、誰が押印したものか一目瞭然だ。

 しかも、“印章”は持ち主として認証されている者にしか作動させられない。

 叙爵あるいは襲爵したら“印影”は皇宮に登録しなければならないので、それと照合されたら、簡単にビゲラブナが押印したものだと証明されてしまう。

(まさか────それでは…、本当に“闇兵”が捕らえられ、自供したというのか?)

 愕然とするビゲラブナに、騎士は投げかける。

「これで────納得していただけましたか?」
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧